アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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乱闘

 私たち一学年生たちは次の授業へ向かう最中に玻璃の天文台へと続く廊下で立ち往生していた。

 なぜか。それは廊下を封鎖するように、生徒たちが罵詈雑言の戦まがいの乱闘をしているではないか。

 余りにも激しい闘争は教室内の備品を廊下に引っ張り出し、双方がバリケードを作り、一年前にあった表社会のあさま山荘事件を思い起こさせる。

 上級学生たち、その中でも赤い羽根の耳飾りをした純血派と、緑の梵字(サンスクリット語)の腕章を付けた戦中派と呼ばれる集団のいざこざであった。

 

「外人交じりの常人風情が! 我らが禁裏の血に敵うと思うな!」

 

 その声と共に杖が振られ、眩い閃光が戦中派の陣営のバリケードに炸裂した。

 

「黙れ! 時代遅れの部落共! 今諸外国の魔法戦争の展望も見えないのか! 武器よ去れ(エクスペリアームス)!」

 

 私たちの習っていない魔法のぶつけ合い、鬱憤を晴らさんと言わんばかりの激昂具合に私たちは戦中派の後ろの空き教室へと逃げ込んでその様子を見ていた。

 

「何が起こっておるのだ! 綾瀬よ!」

 

「純血派と戦中派の乱闘よ。第一次世界大戦の頃からの因縁だかね、でも今回は特にひどい!」

 

「まるで(いくさ)だな……。これでは占星術学の授業に間に合わんぞ」

 

 私たちにはどうしようもない。この争いがいち早く収まることを願うばかりである。

 

麻痺せよ(ステューピファイ)!」

 

 戦中派の放った魔法が純血派のバリケードを飛び越えて一人に炸裂した。

 白目を剥いて泡を吹き倒れ込む純血派の生徒。それに対して純血派は更に怒りの感情が高まり、誰かが杖魔法ではない日本古来の呪符を用いた魔法を行使した。

 

「八卦の印! 木により火を準える!」

 

 呪符が投げ込まれ、その呪符がバリケードに触れた途端に一角を吹き飛ばす爆発が起こってしまう。

 耳が裂けんばかりの轟音と、閃光。火の手が上がり、戦中派の何人かが負傷し悲鳴と苦しみの声を上げて阿鼻叫喚の地獄のそれであった。

 

「失せろ! 貴様らにはベットの上がお似合いだ外国交じりの馬鹿どもめ!」

 

 煽りを重ねる純血派の生徒たち。しかしそんな罵声にもへこたれることなどない戦中派は負傷者を後ろへと退避させ、闘争を続ける様子であった。

 

裂けよ(ディフィンド)!」「割れよ(ノラードイグリタス)」「粉々(レダクト)!」

 

 終わることのない戦い、しかし終焉はある。

 騒ぎを聞きつけた教員が授業を取りやめて現場に急行してくるではないか。

 防衛術兼魔法概論学教諭の立木香美乃(たちきかみの)、杖術兼魔法薬学教諭の秋形鬼灯(あきがたほおずき)、魔法動物学兼癒者教諭の村崎野治(むらさきのじ)と、校長である団芝三だった。

 

「やめなさい。これ以上は人死にが出るわ!」

 

「止めんかバカ者どもが! 致死性の呪符術を使う奴がいるか!」

 

「あぁ……血が止まんないよ。本土に連れて行かないと……」

 

「もうよかろう、皆のモノ! 神聖なる学び舎だ、血を流す場ではない!」

 

 教員たちは口々に説教と現場の収拾に大忙しの様子であった。

 徐々に事態が収まり、校長自らの手で火の手を水を表す魔法で消火していた。

 私たちは深いため息のような安堵を漏らして、顔を見合わせた。

 何とも悲惨な状態だ。団芝三も富文も入学前にこの学校がどういった事になっているかなど一言も言っていなかった。

 私は少しだけ苛立つが、この騒動を教師が収めた事でひとまずは安心していいだろう。

 しかし闘争の熱はそう簡単には収まらない。

 若者の怒りは燃え尽きるまでその業火を燃やし続けるのが世の常だった。

 

「くっそ! 砕けよ(ボンバーダ)!」

 

 腕を押さえられた純血派の生徒が無理やり振りほどき、杖を抜いて魔法を校長に向かって撃った。

 この場に戦慄が走った。閃光がまっすぐ団芝三の顔へ、顔へまっすぐ飛翔するが、紙一重で団芝三は顔を避け、魔法は壁に衝突して、炸裂した。

 破片が飛び交い私の鼻すれすれを破片が掠めかけた瞬間、私を突き飛ばした者がいた。

 それは想像もしえなかった者、竜人であった。

 私の身は守られたが、しかし我慢していたが遂に頭に血が上ってしまった。

 

「いい加減にろ‼ 大馬鹿者‼」

 

 感情が高ぶり、七変化で抑え込んでいた翼が大きく開き、制服の背を引き裂いて雄々しく開いた。

 怒り任せの天狗お得意の旋風(つむじかぜ)を廊下の隅々まで吹かせてバリケードも火も破片も悉く吹き飛ばし、切れ散らかした。

 

「阿呆が! こんなもの人に当たっては危ないではないか!」

 

「う、ああ……」

 

 声を失い腰を抜かしてしまう純血派の生徒、しかし私のとった行動はそれどころではない話になり始めていた。

 純血派が全員驚愕の表情を浮かべ、何人かが卒倒して失神する。

 戦中派ですら私の羽根を見た途端、土下座をせんばかりに跪いて床に頭を擦りつけていた。

 こやつらも馬鹿者ではあるが、愚か者ではない。天狗の翼を見て蛮勇を見せる者は日本の魔法使いにいようものか。

 この場の誰よりも怒り心頭の私は翼を大きく広げて威嚇するようにぷりぷりと怒って見せた。

 

「何やってる! 石槌。早く翼しまえ……!」

 

 竜人がいつもにもまして積極的に私に注意をしてくる。

 

「なんなのだ竜人! こやつらは私に牙を向けたのだ! 相応の報いを受けさせねば気が済まん!」

 

「マジで落ち着けよ。人が変わってるぞ。天狗娘」

 

「うるさいのだ!」

 

「たくっ、自分の立場考えろよっ!」

 

 その場から引き離そうと、急に竜人が私を担ぎあげる。

 

「放せ! 放すのだ!」

 

「先生方、すいませんでした。こいつどっかにやりますんで」

 

「わぁっ! 一体どこ触ってるのだ、この破廉恥漢め!」

 

「ああ、うるさい。少しは静かにしろよ」

 

「はあああなあああせええええ!」

 

 私は担がれてそのまま竜人に運ばれていった。

 

 

 

 

 

「自習なのであああああああああっるㇽㇽㇽㇽㇽㇽ!」

 

 郭公がそう宣言して気が狂ったような奇怪な関節が明後日の方向に向いた動きで教室を後にする。

 自習と言っても、五年生が一人に対して二人三人がついて勉強を見てくれるため座学に関しては不便はないだろう。

 しかし私は怒りが収まらず腕を組んでぷりぷりと怒り続けていた。

 

「おい竜人! なぜあそこで止めたのだ! あのような馬鹿共はきつく灸をすえねばまたあのような事を犯すぞ!」

 

「うるせえ、勉強してろ。天狗野郎」

 

「私は野郎ではない! 女だ!」

 

「いちいち噛みついてくるな。気が散る」

 

 私は机の上に立ち吼えるが竜人はぽつぽつと反応を返すだけで私の話をまるで聞く気がない。

 その反応に私は更なる苛立ちを募らせる。五年生もどうすればいいのかとオロオロした様子だった。

 

「撫子ちゃん。またパンツ見えてる……」

 

「構わんのだ! 恥ずかしいものはない。しっかと目に焼き付けよ!」

 

 いつもはこうした私の態度に学友の皆は微かに笑うのであるが、しかしながら今日は重く暗い沈黙で答えた。

 皆が俯いて、私との目を合わせないようにするように机へと向かう様子であった。

 奇妙な光景だった。この教室で私だけが浮いているような、そんな感じだった。

 皆の一様の沈黙に私はやりづらくなりこの空気の出所を綾瀬に耳打ちした。

 

「綾瀬よ。何故皆はここまで大人しいのだ?」

 

「え? ……ああ、うん。それは──」

 

 私の耳元まで口を近づけて小さく耳打ちする。

 

「……実際の天狗だったからだよ」

 

「初めからそう言っておろう」

 

「そんなの半信半疑だったのよ。私だってそうだし……でもさ、翼を見せてくれたし信じるしかないよ」

 

 そう言い綾瀬は苦笑いを浮かべた。

 私自身『天狗』と言う存在が日本においてどのような存在なのか完全な理解が出来ていなかった。

 天狗──それは魔法族の中で『亜種』と呼ばれる特異な能力を有した者たちの中でも最も稀少で、そして強大な力を持った種族である。

 日本では天狗、欧州諸国では天使(エンジェル)とまで呼ばれ『高貴なる青の血筋(ブルー・ブラッド)』と称されていた。

 大変貴重な血筋であり、魔法とは違う神通力という理解不能な力を持ち、いわば魔法界の貴族であり絶滅危惧種。

 日本においては禁裏の一族より天狗が出て日本の魔法界に刻まれる災厄を示している為に天狗とは即ち、権威の象徴なのである。

 それを理解していない私が翼を見せたのなら、皆が縮み上がってしなうのも当然でありこの反応が当たり前なのだ。

 しかしそれを理解していない私は机より降りて、沈黙で応じる学友の背をバンバン叩き反応を求めた。

 

「どうして黙っているのだ? 何とか言ったらどうなのだ?」

 

「は、ははは……」

 

 乾いたような笑い声で応じる学友。やりづらく私はふくれて反応の悪い学友の体を揺すって私の求める反応を引き出そうとした。

 

「いつもの反応はどうしたのだー! よそよそしいのは嫌いなのだ―!」

 

「少し黙ってろ。天狗娘」

 

 竜人がそう言い、私はしょぼくれて机に突っ伏して嘆く。

 

「なんでみんなこうも反応が悪いのだ……私はなにも悪いことしていないのだ……」

 

 むせび泣いてもよいだろうか。良かれと思い怒りいざこざを起こした生徒たちにお灸をすえれば、それはとんだ藪蛇であった。

 皆が委縮する血筋であると自ら示してしまったのだ。故にこの反応は須らく当然であり、致し方ない事であった。

 しかし私は理解できずにいる。

 

「撫子ちゃん。自習だし、勉強しよ。一緒にするから」

 

 綾瀬は私の机と自らの机をくっつけて慰めてくれた。

 

「うぅ、綾瀬はようい奴なのだ。何故私にそこまで優しいのだ」

 

「あはは……私も似たようなもんだし、似た者同士一緒にいよう」

 

「ありがとうなのだ……綾瀬は本当にいい奴なのだ」

 

 そんな私たちの仲睦まじい様子に、私の面倒を見ていた五年生が僅かに騒がしい気配を漂わせた。

 それは好奇心と呼ばれる私には親しみ深い感情であった。

 

「石槌。君もしかして、天狗?」

 

「そうなのだ。どうしたのだ?」

 

 私に見えぬように小さくガッツポーズをするその上級生。本当に嬉しそうな様子であった。

 何かしらの企みからか、私に提案してくる。

 

「君、俺達のクディッチチームに入ってくれないか?」

 

「くでぃっち? 何なのだそれは?」

 

 意図が読めない。何かしらの“ちーむ”とやらに入れたいようであった。

 その上級学年の腕には緑の腕章、戦中派の証があり『あれ』をいざこざの連中であり感じはよろしくなかった。

 

「箒を使った魔法競技だよ。君が居れば純血派の連中をぎゃぶんと言わせられる」

 

「主らの争いに私は興味がないのだ。先ほどの乱闘を目にしておるからな、あのようなことをするのなら私は断らしてもらう」

 

「そうじゃない。あんな乱闘しない、クディッチは平和的なスポーツだ」

 

 私は、真意の理解に苦しんでいたが、綾瀬が口を挟んで制止してきた。

 

「魔法処って、箒飛行の授業ってないですよね。先輩」

 

「ああ。ないが倶楽部活動としてならある。戦中派、純血派、探求派とチームを持っていて共同で練習してる。俺達のチーム、『壬生鴉』に石槌が入ってくれれば、奴らもデカい顔が出来ない!」

 

「興奮する出ない常人。私はまだ入るとは言っておらんのだ」

 

 私はそう言う。

 第一に私はその“クディッチ”と言うものがどういったものあのか知らない。

 知らないモノにては出しにくいし、私は箒と言うものに乗ったことはない。

 常人は箒や絨毯で空を飛ぶと言うのは知っているが、実際に見た事も乗った事もない。

 

「私は箒に乗った事がないのだ」

 

「そうなのか? じゃあ今度でいいから俺たちの練習に出てくれないか。面倒はきちんと見る」

 

 そう言って手を握ってくる上級生の手は興奮から汗ばんでいるようであった。

 そんなに興奮する理由も露知らず私はどうしたらいいかと疑問符を頭の上に浮かべていた。

 

「ようわからんが。とにかく分かった。見に行くだけ行くのだ」

 

「そうかありがとう。恩に着る」

 

 嬉しそうな上級生は頭を下げて嬉しがる。

 しかし、これだけ必死になれるクディッチと言うものはどういったモノなのだろうか。

 スポーツ、海外の言葉で規則に従って競うものと言うものは知っているが、それも競技ごと規則も変わってくる。剣道であれば竹刀を使う。柔道であれば帯を取り投げ合う。

 よくよく分からない。

 私は綾瀬の顔を見れば少し不安そうな顔でこちらを見ていた。

 

「大丈夫。クディッチって結構危険だよ?」

 

「そうなのか? うぅん、しかしここは学び舎だしなぁ。人の死ぬような競技でなかろうな」

 

「場合によっては死んじゃうよ。あれ、本当に気を付けてね」

 

「うむ。分かったのだ!」

 

 私はそう答えて見せたが、本当のところは何もわかっていなかった。

 その危険性も、その危うさも。

 激しい、激しい、あの乱闘も可愛く思える激しいものであるとも知らずに。




十月より投稿頻度が落ちます。ご了承ください。

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