アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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空中遊戯

 放課後に向かった先は瑪瑙観音堂。

 そこは観音菩薩を奉った御堂であり、学校にしては宗教色が強いが、知識を欲するが故の苦しみを解き放つべくこの場所は建てられたのだと言う。

 瑪瑙と呼ばれる割には趣はいたって普通の寺であり、差し当たり特別なものは見当たらなかった。

 私に着いて来てくれた綾瀬と共にその大きな門の前に立ち合言葉を唱えた。

 

『おん あろりきゃ そわか』

 

 観音菩薩の真言が合言葉とは誠に判り易い合言葉だが、ここに近寄る人間は基本的に戦中派だけであった。

 戦中派、明治の時代に幕府の側に付いていた魔法族の家系が多くそこに集まるのだと言う。

 純血派とはよく衝突し、大変折り合いが悪くこの学校の風紀を乱す一翼を担ってしまっている。

 しかし、強硬的な態度を取っている純血派に比べれば穏健派。一切の争いに感知を示さない探求派に比べれば物騒といった具合の輩だった。

 門が開き、開かれた観音堂の仏はまさしく神と評するに値する座した巨大な観音菩薩の姿だった。

 憂いの帯びた穏やか表情、足を崩し片膝で頬杖を突く姿、苦しむものをすべて受け入れるその姿は天狗のように荒ぶる生き神ではなく、天上に住まう姿なき慈愛であった。

 そして何より驚かされたのはその観音菩薩像がすべて瑪瑙で作られていた事だった。

 十トンは優に超えるだろう、中まですべて瑪瑙であれば一体どれだけ掘った事だろう。到底想像もつかない。

 

「ほおぉ、何という神々しさか。驚愕に値するのだ」

 

「そっちが先なんだ。ははは……」

 

 何とも気まずいといった様子の綾瀬は乾いた笑い声で私の腕に張り付いてくる。

 それもその筈で、門が開いた直後に観音堂で座禅を組んでいたり、勉学に精を出していた皆が一斉にこちらを向き、そして今にも杖に手を掛けんばかりに殺気立った視線を送ってくるではないか。

 私はムッと、目を顰めて威圧せんと翼を大きく広げた。

 漆黒の黒々とした艶のある羽根が空気を仰ぎ、風を唸らせる。

 私の翼にあの乱闘程ではないがしっかりと驚きの表情を見せた。

 

「来てくれたか。石槌」

 

「うむ、来たのだ」

 

「ど、どうも先輩」

 

 私の翼の後ろに隠れる綾瀬をかばう様に羽根で覆い隠しながら話す。

 

「練習は出ないが見に来たのだ」

 

「ああ構わないよ。これで俺達にも拍が付く」

 

 そう言って私の手を取り鬱陶しいぐらいまでに上下に握手をする。

 この上級生男子生徒の気配には悪意と言うものはなく、むしろ嬉しさの色合いが強く出ていた。

 本当に私がここに来るだけで嬉しそうであった。

 この者と私が話していることに興味を示した他の生徒たちも私を取り囲むようにして話しかけてくる。

 

「リーダー、この子が例の?」

 

「ああそうだ。これで純血派の連中に邪魔されない」

 

「……これが天狗の羽根か。艶やかで美しいな」

 

「後ろのは見学か? にしてもよく天狗を勧誘できたな!」

 

 仲睦まじい友好関係だ。皆がこの男子生徒を慕っていた。

 

「挨拶がまだったな。俺は上木竹人(かみきたけひと)。壬生鴉でリーダーやってるから、みんなからはリーダーって呼ばれてる」

 

「うむ、よろしくなのだ。竹人よ」

 

「そっちの子は?」

 

「山本綾瀬です。撫子ちゃんと同じクラスです、よろしくお願いします上木先輩」

 

「ああ、よろしく頼むとも。見学はいくらでも歓迎だ!」

 

 綾瀬の手も私と同じようにうざい位に握手で応じる竹人。

 恭しく彼は観音堂の奥部屋へと案内する。そこは本来なら住職の部屋であるはずだったが、長年不在であり現在は戦中派学生たちの作戦会議場として利用されていた。

 戸を開けて最初に見えたのは黒板に殴り書きされた、作戦計画図。

 そしてあまりにも多く揃えた箒たちに南蛮渡来の“えれきぎたー”なる楽器が並び、皮製の鎧があちこちに散乱してむせ返る汗臭い臭気に思わず鼻を摘まみたくなった。

 

「皆、この子がさっき説明した。天狗の子だ」

 

「おお、この子が」

 

「よくやったリーダー。これで練習区域で純血派と争わずに済む」

 

 皆喚起して私の来訪を喜び勇んでいた。

 

「竹人よ。私は見学できたのだが、何かの歓迎会のか?」

 

「いやいや、見学さ。まあある意味では歓迎会みたいなもんだが」

 

 二人分の椅子を出して、皆が私たちをまるでお殿様でも相手するように仰々しく接待してくる。

 いくら天狗である私でも、こうした顔を見るなり接待をされるとむず痒くなる。

 父様(ととさま)はこういう対応に慣れているが、私はまだまだ慣れていない。

 

「さて、君たちはクィディッチについてどれだけ知っているだ?」

 

 竹人はその場を仕切るように私たちに質問してくる。

 私はきっぱりと答えた。

 

「まったく知らないのだ。箒に乗った事もないのだ!」

 

「少しだけ、箒も少しだけ乗った事があります」

 

「そうか……では、練習場に行く道すがらにクィディッチのルールを話そう」

 

 私たちに箒を渡して、彼らは各自一本ずつ箒を手にして部屋を出て表へと出る。

 その道すがら、竹人は説明を始めた。

 

「クィディッチは元々は欧州のホグワーツと言う魔法学校の生徒からもたらされたんだ。ゴミ同然の箒で太平洋を渡ってきたんだ」

 

「あの大海の海をこれで飛んできたのか?」

 

「そう、その時に魔法処の職員たちがそいつらを助けてここに長く滞在してクィディッチの基礎を伝えたんだ。まあ歴史なんてどうでもいいか。クィディッチのルールが先だな」

 

 瑪瑙の観音堂をでた私たちに竹人は楽しそうに説明を始めた。

 

「クィディッチは各チーム7名の選手によって競技が行われる。競技者は箒から落ちない、極端な妨害行為に限りは退場がある」

 

「ほほう」

 

「それで、あそこ見えるかな?」

 

 竹人が指さす方角、海のど真ん中にてっぺんに丸い円が付いた六本の鉄の棒が聳えていた。

 

「あれがゴールポスト。あそこの輪っかにクァッフルっていう赤い球を入れる。点数は全部10点。この点数で勝負する」

 

「ちょっと通るぞ!」

 

 私たちを割って通るようにして、竹人のチームメイトが二人係で大きな箱を運んで行く。

 何やら箱の中身が暴れているようで大変運び難そうにしているではないか。

 

「あれは競技用の用具入れだ。あそこにクィディッチに使うボールが全部入ってる。ボールの種類は『クァッフル』、さっき説明した赤い球と、『ブラッジャー』、暴れ球って呼ばれる人を襲う魔法が掛けられた球が二つ、そして試合終了の球、『スニッチ』が入ってる。スニッチは取った瞬間試合が終了して取ったチームに150点が入る」

 

 海岸の大海燕の休息地へ着いた私たち。他の戦中派チームが我先にと言わんばかりに箒に跨った。

 すると、摩訶不思議。足が地より離れて空へと飛び立ってゆく。

 全くの驚きだ。魔法とは神通力を得ずとも飛行の術を与えうるのか。

 

「さあ。まずは、飛行よりも先にやるべき事。浮かぶことからだ」

 

 竹人は箒に跨り、その場でふわりと浮かぶではないか。

 私たちもそれに習いなんとなしに箒に跨ってみた。

 

「まずは山本君から浮かんでみて」

 

「あの、コツとかは」

 

 綾瀬がそう聞くが困ったような苦笑いで誤魔化すような笑いを漏らす竹人。

 

「コツと言っても飛ぶのは感覚的なものが多い。歩くのにコツも何もないだろ? それと同じなんだ。強いて言うとしたら飛ぶぞって言う気合かな」

 

「ぬぅ……」

 

 私は何ともあやふやな説明に悪戦苦闘したが、隣の綾瀬が何とも当たり前の如く浮かぶではないか。

 

「わ、わっ。浮かびましたよ先輩!」

 

「いいぞ! さぁ石槌、今度は君だ」

 

「分かったのだ!」

 

 私は飛ぶぞ! っと心のなかっで思うがうんともすんとも箒が浮き上がる気配がない。

 その場でぴょんぴょん飛んでみるが一向に飛ぶ素振りも見せない。

 

「ええい。飛べ、飛ばぬか! 箒の分際め!」

 

 そう罵った途端に、私の股下を勢いよく抜けて飛んで行く箒が一人でに空を舞いそして粉々に砕け散った。 

 竹人も綾瀬も呆気にとられ、その光景にポカンとしていた。

 私だってそうだ。人を乗せて飛ぶものが一人で飛んで花火玉の如く炸裂するなど誰が思うか。

 

「天狗ってのは凄いな……予測不能の事態だね」

 

「撫子ちゃん、一緒に飛ぶ?」

 

「うぅ……そうするのだ」

 

 私は渋々と綾瀬の箒に共に乗り飛んで、クィディッチの試合場へと向かった。

 既に練習は始まっており、予備候補メンバーから主要メンバーも混成で練習をしていた。

 素早い箒捌きで襲い掛かってくる者たちを掻い潜り、クァッフを敵方のゴールポストまで運ぶ上級生。

 まるで曲技団のような見た目であったが、しかしその目は笑顔とは縁遠い真剣そのものであった。

 箒で宙返り、そのままゴールへとクァッフを投げ込もうとした瞬間に脇より暴れ球が顔すれすれを掠めて再度投げ込むタイミングを計っていた。

 

「大層危ないのだ」

 

「私あんまり撫子ちゃんにはお勧めできないよ。死人こそ出てないけど怪我する人は毎年出てる」

 

 綾瀬は心配そうにそう言う。

 たしかに心配にもなろう。暴れ球のみならず、反則退場にならない程度なら妨害は許されている競技であるのはこうして遠目で見ても分かるくらいには存在していた。

 向かってくるブラッジャーを相手に向かって蹴りぶつけて、行動不能にしようと考えている者もいて現にそれを実行している。

 

「竹人よ。あの者たちは何をしているのだ?」

 

 私は混戦を極める一角から離れたところで二人競うようにして飛ぶ者たちを指さした。

 

「あれかい? あれはシーカーって呼ばれてる。スニッチをたぶん追ってるんだ」

 

「スニッチ?」

 

「見えにくいだろうけど、よく見てくれ。あれだ」

 

 シーカーと呼ばれた二人の追う先、太陽の光で反射して輝いた小さな小さな羽根を生やした金色の球が逃げ惑っているではないか。

 何とも素早くそして機敏に動く金の球。まるで蜻蛉の飛行にも見えるその球を追って二人は競い合いながら奪い合う。

 

「スニッチを取らないとクィディッチは永遠に終わらない。公式の最長記録は半年も続いた記録もある」

 

「半年もか!」

 

「ああ、それだけ熱狂させる魅力があるんだよ。このクィディッチには」

 

 ここまで激しいく熱を佩びる戦いは早々ないだろう。これが練習ではなく本番ならば一体どれだけ白熱するか想像しただけでも興奮してくる。

 私には天空は天狗の領域でそうであるものと考えていたが、しかしこうして常人も飛ぶものとは変えず、天狗も思いつかない遊戯を想像して見せたのだ。

 こんなもの──。

 

「面白そうなのだ!」

 

「そうだろ! 君が僕たちのチームに入ってくれたら──」

 

「入ったら何だってんだよ。上木」

 

 矢庭に声が掛かり、そちらを見えれば壬生鴉とは違う集団がこちらに来ていた。

 赤い羽根の耳飾りを付けた集団、純血派だった。

 

「何しに来た。今日は壬生鴉の練習の予定だぞ」

 

「そうだったか? でも今日の乱闘騒ぎで戦中派は謹慎じゃなかったか?」

 

「いわれもない言い掛かりだ。それは当事者たちの問題で俺達壬生鴉には関係のない話だ」

 

「ああ、そんなことどうでもいいんだよ。早く会場開けろよ練習できねえだろ」

 

 竹人と純血派の棟梁が激しい言い争いを始める。

 後々聞いた話だが、あの乱闘騒ぎで純血派と戦中派の当事者たちが一か月の指導処分を受けていて、それを言い掛かりに各派閥の自治チームの練習場の争いの火種になっていたのだ。

 

「それで、そこのが壬生鴉に入ったらどうなるっていうんだ?」

 

「はっ、知らないのかこの子を」

 

「ああ、知らないね。見たところ一年だろ?」

 

 隠し玉だと言わんばかりに竹人が私を紹介した。

 

「この子は天狗だ。石槌山法起坊の実娘だ」

 

「あ”ん? 頭おかしくなったと違うか?」

 

 その嘲るような言い方に私はカチンとくる。何を言うのかこの常人は私の父様(ととさま)は石槌山法起坊の名前を襲名した確かな天狗で、私はその血を引く石槌撫子だ。

 羽根を見せれば黙ると思い、翼を出そうとしたときだった。

 純血派の集団を割って出てくる見知った者がいた。

 

「そいつは確かに天狗の娘ですよ。鹿島先輩」

 

「竜人! なぜそこにいる」

 

「何故って……分からないのか。俺は入学前から純血派だ」

 

 耳飾りを見ろと言わんばかりに指で弄る竜人。

 私は驚愕してしまう。いけ好かない奴であったが、さらに印象の悪い連中とつるんでいた。

 今迄そっけない態度で私をあしらってきた竜人だが、それなりに認めていた私だった。

 頭もよく、魔道にも長けている男だったが、こうも横暴な輩と絡んでいたなど。

 

「そんないけ好かない連中と即刻ここから消え失せよ! 竜人」

 

 私は翼を大きく広げて威嚇した。

 その態度に大きく竜人はため息を付いた。

 

「先輩、実際に天狗だったでしょ」

 

「マジか……くっそ」

 

「ひとまず退散しましょう。先輩」

 

 純血派は状況を読み取り、退散することに決めた様で校舎に向かって帰り始めた。

 そんな中、竜人が忠告してくる。

 

「石槌」

 

「なんだ。竜人。早う失せよ!」

 

「……いつまでも天狗の威光が届くと思うなよ」

 

 そう言い竜人は帰って行った。胸糞悪い気分だ。ああ本当に、胸糞悪い。

 

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