アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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吉報と凶報の狭間

「大変遺憾なのだ! 天狗と名乗るには些か迫力に欠けるのだ!」

 

 私は日本魔法界で発行されている新聞。『日刊神州新聞』のクィディッチの欄で日本のクィディッチチーム、『トヨハシテング』の試合結果の不振に一人ぷりぷりと怒っていた。

 天狗と名乗るのならそれなりの実力と威光を示さなければ実際の天狗である私たちの威光すら翳んでしまうではないか。

 新聞の頁に杖をかざして代わる代わる話題を変える神州新聞の目次たちを固定する。

 魔法をかけられ神州社の編集部からその日に起こった最新の魔法界の情報を逐一この紙に投射している為、その日一日のすべての情報が見られる。

 しかし情報を表示する魔法の効力は一日限りであり毎日買わなければならないのが少々不便なところだ。

 

「撫子ちゃん。パンツどころか下着の全部が見えちゃってるから早く降りてきてよ」

 

 綾瀬がそう言い私に下に降りてくるように言っている。

 

「授業はまだ時間があるのだ。もう少し世の情報を知りたいのだ」

 

「すごい事になっちゃってるから、早く降りてきてよー」

 

 私は綾瀬の言うすごい事と言う意味を寸毫も理解できなかったが仕方なかった。

 些かブレザーが喉元に絡みついてうざくなってきた頃合だった。

 と言うのも私は今教室の天井に張り付いて神州新聞を読んでいた。

 猥雑と机や学友たちが犇めくなかでゆっくりと知見を広げるの日課をこなすのは少々五月蠅すぎる空間である為に、天上に張り付い蓑虫の如く釣り下がってしまえばゆったりとした己の空間が手に入る。

 しかしながら皆からは少々この日課は不評であるらしく、全員が頑なに天井を見上げようとしないのだった。

 天狗ならではの習慣だ。父様(ととさま)だって実家にいる時は新聞を読む姿勢は居間の天井だった。

 しかしながら今までこの服装で天井に張り付いたことがないく、スカートもブレザーも全部ひっくり返って、下着も何もほっぽり出して布が首元に纏わりついて気持ち悪い事になっている。

 和服であるのなら帯で押さえていられるが、洋服は神足通との相性は悪いと見えた。

 私は天井からくるりと猫が高所から飛び降りるが如く空中で回って床へと降りた。

 

「もう……こんなに制服乱しちゃってぇ」

 

「むぅ……綾瀬は母様(かかさま)のように甲斐甲斐しいのだ」

 

「当然だよ。友達なんだから。友達の身の回りを正してゆくのも友達の役割だよ」

 

 綾瀬は私の制服を整えながらまるで母様(かかさま)のようになっていく。

 

「ん? 何これ。不思議な痣ね」

 

「これか? 産まれた時からなのだ」

 

 綾瀬が私の頸筋の辺りにあった渦を巻いた六芒星型の痣に目を細めて不思議がった。

 この痣は産まれた時より私の頸にあり、天狗には珍しいものらしい。

 なんでも天狗とは生まれながらにして完璧な種族。完璧とは即ち融通の利かない統一された存在を示しこうした痣は現れないのが常であったが私にはあった。

 忌々しき印のようなものだが、私は在ってしまうものを僻んだ所で変わらない事は良く知っており甘んじて受け入れている。

 

「これって魔法契約の類の痣じゃない?」

 

「魔法契約?」

 

「うん、決して破れない約束の魔法。契約者同士の因果律も捻じ曲げて契約を果たす魔法だよ」

 

「私はそんなことした覚えはないぞ」

 

「ん~? じゃあこれなんだろうね」

 

 綾瀬は笑って言う。

 考えた事もなかった。この痣がある種の呪いの類であればいくら完璧な天狗と言えど継ぎ接ぎの欠点を付加することもあり得る。

 と言っても今は確認もできない問題だ。

 そう考えていると、背後に静かに立った男がいた。

 竜人であった。不機嫌極まりないと言った顔で一言私たちに言い放った。

 

「邪魔だ。席に行けないだろ」

 

「ぬぅっ! ほかの道を通ればいいだろ」

 

「一学年の共有の教室なんだ。自分勝手に道を塞ぐんじゃねえよ」

 

 そう言い私たちを押しのけて自分の席に付く竜人。

 時計を確認すればそろそろ授業も始まっていい頃合だった。

 私たちも席に着き、私はぶつぶつと愚痴る。

 

「ぬぅううっ! 気に食わぬ、気に食わぬぞあやつめは!」

 

「安部君? 確かに撫子ちゃんへの当たりは強いよね」

 

「うん? その言い方は妙に引っかかるのだ。あやつ私以外にはツンケンしておらぬのか?」

 

「うん。結構普通だよ。質問とか普通に答えてくれるし、分からない事があったら積極的に教えてくれるよ」

 

「なにー! 私にはそのような事一切してもらってないのだ!」

 

 私は頭を掻きむしりこの何処へぶつければいいのか分からない怒りを溜め込むばかり。

 机へ突っ伏して目を剥いて、竜人を睨みつける。

 

「あの者ー。私にばかりきつく当たりおって……いつか痛い目見せてやるのだ!」

 

「ははは……、でもなんでなんだろうね。安部君と撫子ちゃんってここに来るまで会ったこともないんだよね」

 

「当たり前なのだ。陰陽師など我ら天狗の足元にも及ばぬ蟻虫なのだ」

 

「聞こえてるぞ。天狗娘」

 

 竜人が私に反論し私はシャーッ、と猫が威嚇するような声を上げて竜人を挑発する。

 しかし本当に不思議だ。竜人とは今まで一度も出会った事とはない。

 ここ魔法処魔法学校に入学するまでは陰陽師と言う輩は地を這う虫同然のモノと父様(ととさま)に教わりそうであると考え続けていた。

 そんなこともあり陰陽師とは係わりを一切持っておらず、ここに来て初めて竜人と出会った。

 それがどうだ。出会ってすぐにまるで常人が天狗をカラスを嘲るが如く私を虐げくるではないか。

 本来なら私が虐げる立場だ。それが逆転しようなど、腸が煮えくり返るとはまさにこの事だ。

 

「いつか絶対ぎゃふんといわせてやるのだ……」

 

 

 

 

 

 三時間目の授業。

 銀の間へと移動した一学年生たちが受ける授業は占い学。

 教室中に敷き詰められた占いに使われる道具の数々。水晶玉、タロットカード、ヴァジュラ、筮竹、紐、賽子、ルーン石。数えだせばきりがないほど取り揃えられている。

 そんな混沌とした教室の中で異彩を放つ教諭が教壇に立っている。

 一見すればまるで真っ黒なシーツでも被っているのではないかと思うほどに黒々としたそれ。よくよく見ればそれは髪の毛であり、足先よりも伸びてよく手入れされていた。

 占い学兼魔法発声術兼備品管理教諭の井上兎喜(いのうえうき)だ。

 

「初めましてぇ、今日が初めてねぇ。ぅ私が井上兎喜(いのうえうき)ぃ、よろしくねぇ」

 

 妙に艶めきのある色っぽい声音で兎喜が挨拶をした。

 既にここに入学して三か月近くたつが、占い学の授業は優先順位が低いのか今迄一度も受けていなかった、と言うのもその筈で授業科目は全部で三十あり、そのほかの授業を受けていれば必然的に受ける回数の少ない授業は多い。

 主に魔法概論、杖術、魔法薬学、防衛術、魔法動物学、日本魔法暦学の六つが重要視され授業回数も多い。

 

「ぅ占いはぁ、人の因果を見てぇ、強いてはぁ、世界の因果律をぉ、読み取るぅ。大変にぃ、繊細かつぅ、深くまでぇ、よくよく見なければぁ、誤読もぉ、ありえるぅ」

 

 声と同じく艶めく髪を体の線に準えるように手でなぞり浮き彫りとなる兎喜の豊満な身体つき。それに反応してか男子生徒は何人か前屈みになった気がする。

 顔も見えない相手に私も妙な色気のようなものを感じてしまわなくもない。

 しかしよくされだけの長さの髪を抱えて首が痛くならないモノだ。相当な重量になろう。

 にしても占い学と言うのは得たいが知れない。

 教科書も確かにありしっかりとした学問なのは間違いないのだろうが、どうにもその内容が統合の取れていないモノばかりで首を捻って疑問に思っていた頃合だった。

 ちょうどいい機会だ、よくよく学ぶとしよう。

 

「ぅ占いはぁ、世界各地でぇ、たくさんあるわぁ。ここの道具はぁ、ほんの一部ぅ、地域によってはぁ、どんな道具でもぉ、占えるぅ。個人のぉ、資質によってもぉ、道具がぁ、変わるぅ」

 

 そう言い、まるで水晶玉を乳房をまさぐるが如き淫猥な手つきで撫でて、そして私たちの前に置いた。

 

「今日はぁ、練習ぅ。みんなペアになってぇ、互いをぉ、占い合いましょうぅ。道具はぁ、好きなのをぉ」

 

 そう言い、授業が開始する。

 皆が思い思いにペアを組み、私は。

 

「綾瀬、組むのだ!」

 

「はいはい、分かってるよ撫子ちゃん」

 

 まるで猫でもあやす様に私の顎を撫でてくる綾瀬。

 通常なら不敬として旋風で飛ばしていてもおかしくないが、綾瀬との知った中。その上綾瀬の撫では不思議と心地いいために許している。

 

「どの道具にする? 色々あるよ」

 

「綾瀬はどれにするのだ?」

 

「私はこれ」

 

 紐を迷いなく選び取った綾瀬に私は首を傾げた。

 

「妙に迫力の欠ける物を選ぶのだな?」

 

「使い慣れてるからね。私の家、祈祷師だし」

 

 そう言い手慣れたように持つ綾瀬。その紐の長さは十五寸程度の麻製の紐だった。

 私はどれにしようかと迷い、不意に目に入った竜人が筮竹を選んでいたことに対抗心を燃やし同じものを選び取った。

 

「この棒切れにするのだ!」

 

筮竹(ぜいちく)にするの? 扱い方難しいよ」

 

「構わぬのだ」

 

 席に着いた私たちは互いに向き合って、お互いを占いだした。

 教科書にこの棒切れの使い方は乗っているそれに習い使えばいいとたかを括っていた私であった。

 しかし、現実はそう甘くはない。

 

「よし、綾瀬を占て見せるのだ!」

 

 宣言して、教科書に目を通しながら五十本ある筮竹の一本を筮筒に戻そうとした時、もはや怪奇現象のように筮竹がへし折れるではないか。

 

「…………」

 

「ははは……そんなこともあるよ」

 

 カランと伽藍洞な音を立てて床に落ちるそれに負けじと私は残りの筮竹を混ぜれば、一本、二本と、加速度的にへし折れてゆき、終いにはすべてが折れて百本に増えたではないか。

 綾瀬もさすがに言葉も出ない様子であった。

 これだ、私は悉く魔法道具との相性が悪いようだ。杖も、箒も、そして占い道具ですら。

 ここまでくれば殆ど芸術の域に達しているのではないだろうか。魔法道具を須らく壊していく天狗娘こと石槌撫子。

 笑えないにもほどがある。

 

「別の使って見よ」

 

「うぅ……そうするのだ……」

 

 水晶玉を持ってきて机に置いて手をかざした瞬間に今度は水晶玉に勢いよくヒビが入り、負けじと壊れるも何もない賽子を取って振ってみれば縦に積み重なって塔になるではないか。

 神と言うものがいるのであれば恐らく私を見放しているのだろう。

 こうも埒外な現象ばかりが起きれば落ち込むどころではなく、泣けてくる。

 

「あなたはぁ、天狗のぉ、石槌さんねぇ。道具もぉ、全部ぅ、ダメになってるわねぇ」

 

「私には才能がないのか? 兎喜よ……」

 

「たぶん、神通力のぉ、せいねぇ。完全にぃ、目覚めていないぃ、六神通のぉ、影響ぅ。天眼通とぉ、漏尽通がぁ、障害になってるのねぇ」

 

 慰めるように兎喜が私の肩に手を乗せてトントンと肩を叩いてくれた。

 天狗の神通力が完全に魔法とはかみ合っていないと言われてしまった。

 天眼通と漏尽通の影響。六神通の中でも最上位とされる神通力で、天眼通はこの世界に生を受けた生きとし生きる者の(カルマ)を正しく知り輪廻転生の理を知る力。

 そして漏尽通とは己が輪廻のより外れ、生まれ変わることのなくなった存在と知るの力。即ち涅槃(ニルヴァーナ)へと至ったことを知る力だ。

 涅槃(ニルヴァーナ)へと至った天狗の羽根は純白に変わると言い伝えられているがここ五百年は天狗も衆生に囚われたままだ。

 しかしながら人間とは生まれ変わりの輪より抜け出すことが最も尊きことと知りながら、その力の片鱗が魔道には障害になるとは思いもしなかった。

 

「綾瀬よ。泣いていいだろうか」

 

「泣かない泣かない。私が撫子ちゃんを占ってあげるから」

 

「分かったのだ……」

 

 私は黙って綾瀬の向かいに座り綾瀬の紐占いを黙って受ける。

 西方に背を向けて南方に右手の甲を向けるように紐を結んでいく綾瀬。そして紐を手の中でこね回し、端を一本こちらに向けてきた。

 

「撫子ちゃん。この紐引っ張って」

 

「よいのか?」

 

「うん、これで占いは完了。後は結果を見るだけだから」

 

 そう言うのであれば私は迷わず紐を引っ張ったするとスルスルと玉に結ばれた紐が綾瀬の手の中よりまろび出てきて、それを綾瀬は見て結果を確かめる。

 

「こぶが八つの等間隔、左周りの結び目に右ねじれ……ふーん」

 

「どうなのだ?」

 

「あまりいい結果じゃないかも……」

 

「凶報なのか!」

 

 私は身を乗り出して綾瀬の肩を掴んで揺する。

 困り顔の綾瀬は何とも言えないような言い方で答える。

 

「こぶが八つ。これはあんまりいい結果じゃない。身の回りで誰かが不幸になる。そして等間隔ってことは連続してってこと。でも左周りの結び目に右ねじれって事は紆余曲折あるけどしっかりとした対応したって事を示してる。何か撫子ちゃんにトラブルがあるのかもしれないわ」

 

「うぅ……不吉な上にあやふやなのだ」

 

「ははは、占いなんてあやふやなものが多いの」

 

 綾瀬はそう笑って答えた。

 誰かに不幸、そしてそれが続く。嫌なことだ。

 しかしながら当たっている占いもある。誰が何といおうと私は私の道を貫く気でいる。

 例えそれが父様(ととさま)母様(かかさま)であっても私は私の目指した立派な天狗となると心に決めている。

 ありとあらゆることを知り、ありとあらゆることを体験して涅槃へと至ったと語り継がれるような立派な天狗に。

 私はそうなりたかった。


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