Sword Art Online -Project Salvation-   作:青き勇者

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本作はBL要素を多分に含んでおります。ご注意ください。

一章あたりの文量は単行本一冊分ほどになりますが、それだと読みにくいので一話あたり一万字程度に分けて投稿していきます。


第一章 アウトサイダー -Outsider-
第一章 アウトサイダー -Outsider- 01


 大好きな亜麻色の髪。大好きな緑の瞳。大好きな優しい顔立ち。僕にとって目の前で屈託ない笑顔を見せる少年は憧れであり恋する相手だ。

 

「頑張ってね」

「うん。いってきます」

「いってらっしゃい」

 

 この夢のような世界で夢にまで見た彼に会えたのは運命だと酔いしれるほどには好きだった。遠ざかる小さな背と彼を呼ぶ黒髪の子ども。どちらもよく知っている。それこそこの先の二人の未来までも知っている。

 だから変えるんだ。例えそれが外界の人間の思惑から逸脱するような行いだったとしても、僕がここにいる以上その意志は揺るがない。未来を変える。結末を変える。それが最良の結末を(もたら)すのか、それとも最悪の結末へと(いざな)うのかはわからない。

 だが、もう僕は止まらない。目指すべき結末ははっきりと見えている。そのために何をしなければならないのかも何度もシミュレーションしてきた。

 これは僕に与えられたチャンスだ。

 

 

 

 

『Sword Art Online』それは僕の前世ともいうべき世界に存在した、あまねく娯楽がある中で最も僕を楽しませてくれたモノの一つだった。こんな言い方をすると英語の最上級を訳した様な感じになってしまうが、他にも人生を豊かにしてくれるモノはあったのだから一番だと言い切る事はしない。けど、確かに心揺さぶられる作品であったのは間違いない。

 その中で好きなキャラクターを挙げるなら二人いた。その超絶的な剣技で絶剣と呼ばれたユウキこと紺野(こんの)木綿(ゆう)()。そして、今この世界で僕と同じ時を共有するユージオ。

 でも、僕が好きになった二人は最期を迎えてしまった。

 ユウキの死はどこか納得する自分がいた。理不尽な病と闘いながらも最期の一瞬まで命を輝かせた彼女の人生には感動を覚えたものだ。だから、悲しくはあってもどうにかしたいなんて思わなかった。

 でも、ユージオに対しては違った。最期まで彼が懸命に生きたのには違いない。でも、彼の願いが果たされたのか。彼の未練はなかったのか。あの結末は果たして本当に納得できるものだったのか。自問自答した末にやりきれない虚無感に苛まれる。でも所詮は物語であり創作上の人物であるのだから、そこまで考えてもどうしようもないと思っていた。

 しかし、ユージオはいま確かに存在している。

 

「システム・コール・ジェネレート・ルミナス・エレメント・アドヒア」

 

 青い猫じゃらしは光ること無く風に揺られている。それを見て僕は溜息をついてまた同じ式句を唱える。かれこれ一週間くらいになるかな、ずっと練習をしていた。小説の方だと確か微妙に違ったなと思いつつも直近で見たアニメの方が印象強くて思い出せない。

 

「才能ないのかなぁ。いや、諦めたらダメだ。そうだ、ユージオは僕が守るんだ!」

「呼んだ? こんなところで何してるの?」

「ユ、ユ、ユ、ユージオ!? いや、そのなんでもない、なんでもない。ビックリさせるなよ」

 

 建物の陰でこっそり練習していたのについ大きな声が出てしまい、これまた運悪くユージオに聞かれてしまった。必死にいい訳ともつかない言葉を並べて最終的にはユージオが驚かしたことについて怒ってしまう。それで申し訳なさそうにユージオがするもんだから僕は罪悪感に襲われる。

 慌てて話題を変えようと頭を回転させてみるがいい案は何も思い浮かばない。落ち込んで顔を俯かせると今度は心配させてしまったのか優しい声色で聞かれる。

 

「だいじょうぶ?」

「あ、うん。今日も疲れたでしょ? そうだ、さっき買ったばかりだから柔らかいよ」

「え、でも……」

「もらって、もらって。あ、でもキリトには内緒だからね」

「わかったよ。ありがとう」

 

 小腹が空くだろうなと思って自分用に買っておいたパンを一つユージオに差し出すと遠慮がちに受け取ってくれた。唇に人差し指をあてて、いたずらっ子みたいに笑い内緒と言えばユージオもつられて笑顔を返してくれる。

 ちょうど建物の隙間から西日が差しこんでユージオの顔を照らせばもう僕の理性は限界である。早々に帰してまた神聖術の練習を再開した。

 あの笑顔を守るためにもできることは全部やる。という意気込みのもと、天職をこなしては空いた時間にこうやって練習している。

 前世の記憶、と言えばいいのか別世界の記憶と言えばいいのか、とりあえず五歳に記憶を思い出した当初は気楽に考えていた。ユージオを守るならアリスが禁忌目録を破ってしまうあの日、アリスを止めさえすればいい。もっと言えばあのバカが変な事を言い出したとユージオから聞いて止めればいい。そう楽観的に考えていた。

 

「はぁ、今日は帰るか」

 

 しかしもう僕とユージオは十歳。お互いに天職が与えられて、会える時間が減ってくると妙な胸騒ぎというか不安、焦燥に苛まれる。果たして自分が本当にその場へ立ち会えるのかも分らない。もしそうなったら止めることなんて不可能だ。十一歳の夏だとは記憶していたが、何日かまでは覚えていない。いや、安息日であることは確かだからまだ絞れる方か。

 ユージオの家の前を通って、少し南に進んだところで西日をうけてオレンジに照らされている僕の家が見えた。特にこれと言って特徴のないこの村では標準的な一階建ての家だ。

 とにかく、最悪の場合にも備えて自分自身がユージオやキリトについて行けるだけの実力を身に付けなければならないと、そう最近は考えるようになった。だから毎日こっそりと練習しているのだ。

 

「ただいま」

「おかえり。夕飯もうすぐできるからね」

「はーい」

 

 母さんが台所で調理をしながらこちらに振り返ることなく言って来たので、まのびした返事をして寝室に向かおうとすると、この世界でユージオと同じくらい大切な存在がテーブルから頭をひょっこりと覗かせていた。

 

「にいに! きょうね、きょうかいでね、おべんきょうした!」

「偉いな、エイトは賢いな」

 

 弟がちょっと高めの椅子から飛ぶように降りると、とてとてと僕へ寄って来る。そんなかわいい弟を撫でながら褒めてやると笑顔になって満更でもなさそうだ。

 

「えへへ、にいにも、てんしょくがんばったの。えらいね」

「お、ありがとう。にいにもがんばったよ」

 

 エイトは僕のことを褒めると手を伸ばしてくるのでしゃがんでやれば、頭を小さな手で撫でてくれる。

 僕にとっては非常に悩ましいことだがエイトがかわいくてたまらない。僕の頭を撫でて満足しているのかきゃっきゃ笑っているのを見ると、もう顔はゆるゆるだ。

 エイトを椅子に座らせると、僕とエイトのベッドとタンスしかない狭い寝室へ入り自分のベッドに腰掛けてこれからのことを考える。

 最優先にすべきはアリスがダークテリトリーへの侵入をしてしまわないように阻止すること。ユージオがあの結末を迎えてしまう根本的な原因はこれだから、これさえ止めることができればギガスシダーを斧で叩くだけの平穏な一生を暮らすことができるだろう。

 

「できたわよー」

 

 母さんの声で思考は遮られ、漂ってくる匂いにもつられてリビングへと向かい椅子に腰掛ける。このあたりでは一般的な家庭料理が並べられ、父さんも寝室から出てきたのか既に席へ着いていた。

 うちは父さんと母さん、それに僕と弟のエイトの四人家族で、父さんは頑固おやじって感じで中々に融通の利かない人。母さんは溌剌(はつらつ)としていて常に明るい人だ。前世の家族とは似つかないけれども、もう何年も一緒に暮らしていれば家族であることに違和感を覚えることもなく、すんなりと受け入れられている。

 スープに浸したパンを口に運びながら、アリスが物語どおり整合騎士に連れて行かれる場合どうするかを思案する。整合騎士を倒したり整合騎士からアリスを守るなんて論外。明らかに力不足だ。というかそもそもアリスが連れ去られたとして僕自身はユージオを守れたらそれでいいんだ。アリスは整合騎士として生きるのだから。

 

「明日も早いんだから、ちゃんと寝なさいよ。慣れないうちは余計に疲れるって言うから」

「うん」

 

 母さんの小言へ思考を続けるため適当に相槌をうっておく。僕がアリスよりもユージオのことを大切にしたってユージオ自身はきっとそれを良しとはしないだろう。

 次の策としては、僕とユージオで鍛える。といっても僕に何か武道の経験がある訳でもないし、フルダイブできるVRゲームがあって剣で戦える世界から来たわけでもない。鍛えるって言ったって鍛えようがない。いや、まぁ、体力作りとか筋力作りとかはできるけどさ。

 それに、ユージオ自身が拒むだろうな。助けに行きたいって思っているだろうし、そのためにすることだと言えば賛同はしてくれる気もする。でも、そんな個人の感情なんて微塵(みじん)も許してくれない絶対的な法に縛られている以上は、ユージオも僕もこの村から身動きできない。それを嫌というほどアリスが連れ去られる場面で思い知らされるはずだ。

 それをわかっていてなお、助けるための鍛錬をしたところで先の見えない暗闇であがき続けるようなものだ。僕はその先に光があることを知っているが、それをおいそれと話すのは(はばか)られた。

 単純に怖いのだ。これからを知っているならアリスのことも知っていたはずだ、どうしてアリスを止めなかったと責められることが。連れ去られるようなことにならないよう手は尽くすが、それが及ばなかった結果の後を想像するとその後にある光にも手が届かないのではないかと思ってしまう。

 

「食べ終わったんなら寝る準備しなよ」

「はーい」

「にいに、おれもねる!」

「エイトおいで」

 

 空になった食器を下げ、エイトを連れて寝室に戻り寝支度をする。毎日風呂を沸かすのは面倒だからと週に一回くらいしか用意してくれないので今日は寝間着に着替えるだけだ。僕にとってここは現実だけど、実際はゲームというより電子の世界なわけだから多少風呂に入らなかったところで気持ち悪さはリアルよりマシだから耐えられる。

 

「よし、今日は灰かぶり姫の話をしよう」

「たのしみー」

 

 エイトをベッドに寝かせると三歳くらいの頃から聞かせてやっている物語を寝るまで話してやる。前世での有名なおとぎ話は僕の創作と言って話すが、こちらの世界の物語ももちろん話している。

 

「もう十二時が近づいて……寝ちゃったか」

 

 大抵は最後まで物語を聞かずに眠ってしまうので少し寂しいが、エイトのかわいい寝顔を見ればそれも些細なことだ。額に軽くキスをして布団をしっかりと掛けてやると自分のベッドで横になる。

 布団を肩までかけてから目を瞑ると、ユージオの笑顔を思い返す。これが僕の日課になっている。前世で五年、今世で五年。片思いを(こじ)らせすぎたのかもしれない。

 

 

 

 

 朝の澄んだ清らかな空気を肌で感じて目を覚ます。生憎と朝日は僕の部屋についている窓から差し込んでは来ない。朝日が僕を照らしてくれるならもう少し起きやすくて、もう少しすっきりと起きられるのになと小さな愚痴を漏らす。

 ぐっすりと眠っているエイトを起こさないようそっと着替える。春の肌寒さを緩和するための薄手の長袖シャツを中へ着込み、ユージオと同じチュニックとコットンパンツを着て、手ぬぐいを肩にかけると鍵の掛かっている扉を開けて外に出る。風が少し吹くたびに肌寒さを感じて腕をさすりながら井戸まで歩く。

 起きるには十分ほど早い時間だろうか。五時半を知らせる鐘の音はまだ聞いていない。でも、これくらいの時間に井戸へ行くといつもユージオが顔を洗っているところに会うんだ。

 路地の角を曲がったところで井戸と、そこで顔を洗うユージオを見つけた。顔を洗い終わったのか濡れた顔を手ぬぐいで拭こうとしているところだった。僕は気配を殺して忍び足でユージオに近づくと、顔を拭くことに夢中で前が見えていないユージオの眼前に顔を構える。

 

「ふぅ……うわぁっ!?」

「ふふふ、おはよう。ユージオ」

 

 顔を拭き終えて一息つく間もなくユージオはどアップの僕の顔に驚いて数歩後ろによろめき、足がもつれて盛大に尻もちを着いた。なんかこういうのいいよね。小学生どうしの(たわむ)れって感じで楽しい。

 

「テ、テオか、おはよう……驚かさないでよね」

「いやぁ、いい驚きっぷりだったよ。今日も頑張れそうだ」

 

 溜息をつきながら口を尖らせて「なんだよそれ」と呆れられた。少々ご立腹のユージオに手を差し出して引き上げると、そのまま抱きついた。抱きつかないと一日が始まらないと言うか一日の元気具合が極端に違うんだよね。

 (はた)から見れば微笑ましい光景も、その実は片方の疾しい気持ちで成り立っているものだと思えば冷めてしまうかもしれないけど、僕らはお互いの体温でほっかほっかだよ。

 

「あったかい。今日も一日頑張れる!」

「そう。僕も頑張るよ」

 

 元気よく僕が言えば、ユージオも微笑みながらそう言ってくれる。

 七歳くらいに始めたこれも、今ではユージオからも抱きしめてくれるようになってこっちとしてはもうテンション上がりまくりである。僕の方が少し背は低くてユージオに包まれるんだけど、そっちの方があったかいし嬉しい。

 

「今日もずっと斧を振るのか。大変だね」

「うん。まだまだ始めたばかりだから上手いことできなくて」

「何回もしていればガリッタ爺さんみたいに上手くなるよ」

「ガリッタじいみたいにかぁ、想像つかないや」

 

 汲んだ水を自身の顔にバシャバシャとかけながら返事をする。真冬の水の様に冷たい井戸水は顔を一気に冷やしていき、さっきまでの熱も幾らか冷めてしまった。これはもう一度ユージオに抱きつかねばと思ったところで鐘が鳴ってしまう。

 

「支度しないと」

「そうだね。帰ろうか」

 

 手ぬぐいで顔を拭いて桶を元の場所に戻すと、途中までは同じ道を並んで歩き岐路で別れた。今日もまた一日の始まりである。

 

 

 

 

 天職。それは決して自分に最も合ったやりがいのある仕事を指すわけじゃない。天から与えられた職と言う方が合っている。天職を与えられるとそこから逃げることはできない。例外としては天職を完遂するか、死ぬかくらいである。天職を全うすることで次代に引き継ぐこともあるがそんなのはほぼ死に際に行われるようなものであって、そんな時期に解放されたところで嬉しくともなんともない。

 

「いってきます!」

「いってらっしゃい」

 

 家を飛び出して意気揚々と小走りで向かった先はユージオの家。もう何度も何度も小さい頃からユージオを呼びに訪れて見慣れた家。小走りで向かった甲斐もあってユージオがちょうど家から出てきたところだった。いつもと変わらない姿に笑顔で呼びかけるとユージオも同じように返してくれる。

 

「いってらっしゃい」

「いってきます」

 

 ユージオを見送ると目前の家の玄関扉をノックする。すると中からはユージオの兄が出てきて僕を招いてくれる。そして、ユージオ一家の面々が揃うと畑へと向かう。

 そう、僕の天職は農夫だ。よりにもよってこの地に延々と縛り付けられる農夫だ。

 ユージオにギガスシダーの刻み手という天職が与えられて働き手が一人減ったことに落胆していた一家に、ユージオの代わりとして僕が働くこととなった。そのことに少し感謝されている様で僕としては嬉しい。

 欲を言えばユージオと一緒に刻み手をやりたかった。キリトの奴め。

 

「早く仕事を覚えようなー」

「はい」

 

 ユージオの兄こと次男のオイゲンが僕に仕事を教えてくれている。たまに長男のエルンストも教えてくれるがどちらかといえばオイゲンの方がわかりやすいし優しい。ユージオの優しさには負けてるけどな! 

 

「腰すこし落として、力み過ぎない」

 

 春ももう終わり頃で畑の方では麦が元気よく育っている最中なのだが、僕は隅っこの方で土を耕す練習である。これがなかなか辛い。とはいえユージオだって辛いはずだと自分に言い聞かせて頑張るのである。

 (くわ)が地面に突き刺さり、その衝撃で土が少し飛散する。そして梃の原理で土を掘り起こせば、また少し先を狙って振り降ろす。そんな同じ動作を何度も何度も繰り返していく。ひたすらに地道な作業だ。もうそろそろ他の事もやりたくなってくる。

 結局、今日はずっと耕す練習だった。遮るものが何もない畑ではソルスが燦々(さんさん)と照りつけて来て、重労働も相まって体は随分と熱くなる。その上やっていることといえばただ同じことの繰り返しともなれば思考力も低下してぼうっとなるのも必然だ。今日なんどめになるかわからない思考の遠のきを感じてハッとする。ようやく自由な時間ができたのだから暮れるまで神聖術の練習をしないと。

 井戸まで行って凍りつきそうなほど冷たい水を顔にぶつけると、幾分か思考が明瞭になった。時間はそんなにないんだ。一回一回、集中してやらないと。

 さっそく昨日と同じ建物の影に隠れて練習を開始する。

 

「システム・コール」

 

 イメージを浮かべる。アニメでアリスが、ユージオがやって見せた光景を思い浮かべる。もう五年もこの世界に来て経つから(おぼろ)げではあるが、忘れてはいない。

 

「ジェネレート・ルミナス・エレメント」

 

 優しい光。(ほの)かであるけれど芯のある光。穏やかに照らしてくれる光。そう、ユージオみたいに。

 

「アドヒア」

 

 遂に猫じゃらしの穂先は想像した通りの光を(たずさ)えて風にゆらゆら揺られていた。ようやく灯った光に僕は拳を突きあげる。

 

「よっしゃあ! できた!」

 

 ハッとして大きな声が出た口を両手で塞いだ。思いのほか路地に反響してしまい、家に人がいたならこのあたり一帯の人にはほとんど聞こえてしまっただろう。

 恥ずかしさに俯いていると目の前をチラチラと光が行き交い、次いでその光を灯す時に思い浮かべたのがユージオの笑顔だったことを思い出せば、さらに顔が火照っていくのを自覚してしまい穴に入りたくなった。

 

「やぁ、今日もここにいたんだね。さっきおっきい声が聞こえたけど、テオなの?」

「ユージオ……恥ずかしいから言わないで」

 

 (うずくま)って一向にユージオを見ようとしない僕に焦れたのか、僕に合わせてしゃがんでくれた。気配が近くなったことで今の誤魔化しようがない真っ赤になっているであろう顔を見られたくなくて、咄嗟(とっさ)に顔を(ひざ)の間に埋めた。

 

「みみ、赤くなってるよ」

「うっ……」

 

 ささやかな抵抗もむなしく覆いきれない耳などという部位のせいでバレてしまう。からかわれている気もするが、それ以上に声色が優しいので無性に抱擁して欲しくなる。

 そんな願いが届いたのか否か、ユージオの手が背中に触れるとさすりだした。

 

「大丈夫?」

「いや、別に泣いてないし、気持ち悪くもないから」

「そう?」

 

 見当違いな対処をされてどこか冷静になった自分に気付くと、ユージオの方へ顔を上げた。

 影で冷えた風がまだ赤いであろう顔をひやりと撫でていくたびに、気分は落ち着いてくる。

 

「ふぅ、ね、明日はひま?」

「うん。キリトも珍しく教会の手伝いするって言ってたし」

「そっか、それじゃ二人で遊ぼうよ」

「うん、いいよ」

 

 デートのお誘いを二つ返事で受けてくれた。ただ遊ぶだけだしデートだなんて思っているのは僕だけなんだけれどもちょっとくらい浮かれたってバチは当たらないさ。

 安息日である明日、いつもの時間に井戸で待ち合わせることを約束して、鐘が鳴ったのを合図にそれぞれの家へと帰った。

 

 

 

 

 ルーリッドの村から北に少し進んだところにある花の群生地。この先を更に子どもの足で五時間くらい進んだところに果ての山脈が存在する。忌まわしきダークテリトリーとの境目だ。

 

「ちょっと待っててね」

 

 花に埋もれながら、ほどよい長さの茎を残して花をちぎっては絡ませていく。それを繰り返して円形を作り出す。色とりどりの花で作られた輪はとても華やかで、朝露がときおり輝いては微かな甘い香りをそよ風が運んでくる。

 一生懸命に花冠を作る僕を、何をするでもなく楽しげに見ていたユージオの頭へと乗っける。

 

「はい、いいね。似合ってる。かわいい。さすがユージオ」

「そうかな、ありがとう」

 

 僕の称賛に素直に照れるユージオ。あぁ、もう、言葉にできないくらいの絶景だよ。スマホさえあれば容量一杯一杯まで写真を撮り続けるって言うのに。この世界でも画家はいたような気がするから描いてもらうか。もういくらでも出すから最高の作品として作り上げて欲しいよ。

 

「テオにも似合うと思うよ。うん。似合ってる。かわいい」

「そ、そ、そう!? ありがとう!」

 

 ユージオは頭から花冠を取ると僕の頭の上にそっと置く。そんな不意の行動に、言葉に若干声が上ずったが不審に思われることはなかったようで安堵する。時たまこちらをノックアウトしにかかってくるから忍耐力を鍛えられている。そのたびに天命がゴリゴリ削られているように錯覚するのだけれども、それで死ぬなら本望だ。

 

「おーい! 何してるんだー?」

「あれ? キリトは教会の手伝いじゃ?」

「あぁ、もう終わったからユージオ探してたら、テオと一緒にこっちに行ったって聞いたから来た」

 

 黒髪に黒い瞳。SAOの主人公が手を振ってこちらへやって来る。黒い瞳は好奇心を(たた)えて輝いているように見える。しかし、その好奇心が元凶でもあるのだから睨みつけられずにはいられない。

 

「なんだよ。機嫌わるいのか?」

「当たり前だよ。せっかく二人きりだったのに邪魔しないでよ」

「んだと。別に俺が来てもいいじゃないか」

「ダメ。安息日くらいユージオといさせてよ」

「まぁまぁ、二人とも」

 

 ユージオが仲介してくれなきゃ、禁忌目録がなきゃ、軽く喧嘩になるくらいには機嫌が悪いというか、キリトとあんまり仲が良くない。一方的に僕が目の(かたき)にしているんだけど、その理由なんてわかるはずも無いのだからキリトが怒るのも無理はない。

 

「ていうか、なんなんだよ、その花冠。似合ってね」

「ユージオが似合ってるって言ってくれたから似合ってるんだよ! 大体これはユージオのために僕が作ったやつだし! キリトなんか放っておいて行こ!」

「ちょっと、テオ」

「待てよ! 俺はユージオに用があるんだ!」

 

 頭に来たのでユージオの左手を取って歩きだせば、キリトが右手を取って逆側に引っ張る。しばらく押し問答が続いて、ユージオの「痛いよ」という言葉に僕は我へ返って力を緩めた。その結果、力を入れたままだったキリトは手が滑って独りで尻もちを着いた。ユージオは緩めたとはいえ僕が手を握ったままだったので無事だ。

 

「いたた、何すんだよ」

「ごめんね、痛かった? 怪我してない?」

「痛かったに……おい!」

 

 キリトが自分に声を掛けられているのかと思って顔を上げてみれば、僕はユージオに対して心配していたのでそれが気に入らなかったのか声を荒げた。自業自得だと思っていた僕はキリトを睨むとユージオに対する謝罪を要求した。しぶしぶ謝ると僕に対してまた突っかかって来る。

 

「テオは俺に謝れよ!」

「やだ。自業自得だもん」

「はぁ、二人とも仲良くしてよ……」

 

 いくらユージオの頼みでも聞けないこともあるんだ。これは一度キリトに暴力も辞さない制裁を加えるしかない。

 そこまで考えたところで右眼に違和感を覚えた。禁忌目録という絶対的な法が僕の思考を遮って来る。これ以上の思考を続けさせない様に右目の奥が(うず)く。幸いにも右眼のアラートは出ていないがこれ以上は危険だ。

 落ち着かせるために一呼吸を深くし、一度頭の中をクリアにした。おかげで変な疼きは引いたが怒りは収まらない。こうなったら勝負で決着をつけるしかない。

 

「こうなったら勝負だ! どっちがユージオを可愛くできるか勝負だ!」

「はぁ? なんでそんな意味のわからない勝負になるんだよ!」

「怖気づいた? できないの?」

「やってやらぁ!」

「僕はどうすれば……」

「「待ってて!!」」

 

 当の本人であるユージオの意志とは関係なしに僕の提案した勝負は始まった。申し訳ないけどこれは絶対に負けられない戦いなんだ。

 自分の頭に乗っている花冠を更に強化するべく様々な種類の花を摘み取っては同じ花冠をもう一つ作り、二つある花冠の間を固定するように木の枝で数か所とめると、後は間を植物の蔦が伸びていてそこから花が生えているようなイメージで飾っていく。

 そして、長い茎を集めて絡めるとチェーンの様にし、青いカタバミのような花を中心に持ってきてネックレスを作る。同じような感じで黄色いカタバミで指輪を作る。

 

「できた!」

「何してるのよ、こんなところで」

「アリス、ちょうど良かった。勝負してるんだけど勝ち負けの判断をしてくれないかな」

 

 この花達にも負けないくらいに綺麗な金髪を(なび)かせながらいつのまにか来ていたアリスが疑問をぶつけてくる。勝負を始めたのはいいものの勝ち負けの判定を審査する人間がいないことに気が付いてどうしようかと思っていたところだったので、アリスに審査員役を頼むことにした。

 

「なんの勝負よ」

「どっちがユージオをより可愛くできるか!」

「あはは、僕の取り合いみたいになっちゃってこんなことに……」

「可愛くって、なによそれ。まぁいいわ、見てあげる。人気者は大変なのね」

 

 呆れたような面白そうな顔で答えるアリスに取り敢えず審査役をしてくれることの礼を言って、先に完成した僕の物からユージオに着けて貰った。

 

「これが僕の自信作! やっぱりユージオには良く似合ってるよ。かわいい」

「凄いね。とっても豪華だ。ありがとう」

 

 豪華さを増した花の王冠。一輪の花だけを使い、際立たせたネックレスと指輪。それらを一つずつユージオに着けていき、指輪は左手の薬指へと着けた。婚約指輪を左手薬指に付けるなんて風習は無いから、ただの自己満足ってのはわかってるけどこうして自分なりに愛を与えているつもりなんだ。これが悪い癖だってのも承知している。

 花の王子様みたいでさっきよりも一段と神々しさが増して見える。心から嬉しそうなユージオを見てもう勝敗なんてどうでもいいかなと思いかけて、やっとできたのかキリトが近くまで来ていたので手に持っている物を見てみる。

 

「……あぁ、もうつけるまでもなくテオの勝ちよ」

 

 アリスにバッサリと言われて負けを自覚していたであろうキリトが(ひざ)から崩れ落ちる。頑張ったんだろうけど元々の器用さというか技術というか、経験がまるで足りてないからヨレヨレの花冠になっていた。

 

「くそっ、得意分野で勝負しようなんてズルいぞ……」

「負けは負けだよ。勝負を受けたんだから素直に認めなよ。でも一生懸命作ってくれてありがとう」

 

 ユージオはキリトを(さと)しつつも、ヨレヨレではあるが一生懸命作ったことは伝わってくる花冠を頭の上に乗せて見せる。あぁ、もうなんて優しいんだ。

 優しすぎるユージオを見て流石に僕も大人げないことをしたと反省した。キリトは記憶をブロックされている状態だからただの十歳児なのだ。手を差し伸べて謝る。

 

「その、悪かったよ。一緒に弁当を食べよう」

 

 悔しそうに僕の手を無言で取ると負けを認めたようだった。花の群生地からは少し離れて天然芝の上で弁当を食べることにする。木陰で涼しい場所を陣取って、アリスに今日の朝頼んでおいた弁当を各々に分ける。S字を切ってパイに触れるとお馴染みのステイシアの窓で天命を見る。まだ三十分くらいは持ちそうだった。

 

「いただきます」

 

 一口、二口と進める度にうま味が増していく。どうやら今日はお母さんに手伝ってもらったらしい。お給料を初めて使った弁当をユージオに食べてもらえるなんて幸せだ。今日は僕の奢りと言ってある。キリトからは是非とも徴収したいところだが傷口に塩を塗るようなマネはよしておく。

 不思議な気分だ。ユージオ、アリス、キリトの輪に自分が交じってる。この楽しい時間が永遠に続いてくれるならどれほどいいだろうか。

 でも永遠なんて存在しない。アリスを止めることに成功しても成長したら今みたいに過ごすことはできなくなるだろう。キリトはどこかで、おそらく二十歳までにはログアウトするだろう。そうなると残るのは僕とユージオ……あれ、これって理想じゃね。

 




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