Sword Art Online -Project Salvation-   作:青き勇者

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かなり長い期間お待たせしてしまい申し訳ありません。
第二章はすでに書き終えてますので毎週投稿する予定です。


第二章 モディファイアー -Modifier-
第二章 モディファイアー -Modifier- 01


 虫の(ささや)きが納屋(なや)へ静かに木霊(こだま)する。月光は清らかに高窓から僕たちを映すべく筋を作って注いでいる。昼間も長閑(のどか)なこの一帯は夜になれば静寂(せいじゃく)が訪れ、僅かな生き物たちの息遣いだけが命を感じさせる。彼女もまたこの息遣いに紛れているのかと思い周囲を見渡し、(はり)が剥き出しの天井を見上げる。

 両隣で深く眠る二人もまた、息を吸って吐いてはお腹を上下させ、気持ちよさそうにしている。そんな僕と二人が寝床としている(わら)を敷いただけの粗雑な寝所は、二人にとっての職場でもある。

 僕は残念ながら面接に落ちた、という訳ではないが流石に三人は同時に雇えないようだったので辞退して寝床だけ借りている状態である。それに僕の予定ではここをひと月ばかり離れるつもりだったから丁度いい。

 ユージオの亜麻色の髪をさらりと撫で、寝顔をしばらく拝むと立ち上がる。月明かりの届かない闇で足をぶつけたりしない様に細心の注意を払いながら外へと出た。

 靴が土を擦る音も最小限に留めつつ、納屋(なや)から離れていく。少し林の様に木々が立っている場所まで来ると、牧場を広げるためか切り倒された木の切り株に腰掛けて空を仰いだ。

 月が綺麗だ。星が美しい。周囲に明かりなんてないこの場所で見上げる夜空はプラネタリウムよりも美しいと思える。知っている星座は皆無で、この世界の宇宙はどんなところなのかと乏しい前世知識を基に想像してみる。

 益体(やくたい)のないことを考えていると風がさらりと肌を撫で、短く切りそろえた髪が少し揺れた。そろそろ来たかなと思い空を仰ぎながら口を開いた。

 

「初めまして。僕はテオ。ま、名前は知ってると思うけどね」

 

 虚空(こくう)に呟く様は気が触れた狂人か、夜空の星々に語り掛けるロマンチストに見えるだろうか。でも、そのどちらでもない。

 

「君に会いたい、会って話がしたい。カーディナル、君は僕がカセドラルを目指すために必要不可欠な存在だ」

 

 風がまた吹いて、木々に微かなざわめきを起こす。返答は清々しい程に何もない。こんなもんだろうと思い、切り株から立ち上がって林の奥へと歩みを進めた。

 カーディナルとの早期の接触。これは必要不可欠だ。なんせ僕は今この世界に存在しない筈の死人であるから、修剣学院はおろかザッカリアの剣術大会にすら出場できない。だから身分証明ができるような物、平たく言えばキリトとユージオが持っている村長直筆の証明書がいるのだ。

 当然村長にそんなものを直接用意してもらえるわけもないので、カーディナルにコピーでもして貰おうと考えているのだ。流石にコピーくらいはできるだろうと踏んでいるが、アテが外れた場合は路頭に迷うこととなる。完璧な徘徊霊のできあがりである。

 仮にそうなった場合は二人について行くことができたとしても、捨てられた子犬を隠れて保護されるような境遇で僕は二年近く過ごすことになる。流石にそれはごめんだ。いや、ユージオに餌付けされて犬の様に付き従うのもアリでは……ナシだな。

 しょうもないことを考えている内に、随分と奥まで来た。月明かりも木々が伸ばす枝葉によって遮られてほとんど入ってこず真っ暗だ。ここなら誰にも見つかることはないだろう。僕を監視する彼女を除いて。

 

「ふぅ……」

 

 両手を握って拳を作り、左手を前、右手を少し後ろにする。続いて左足を前、右足を後ろにして腰を落とす。この構えを基本として前方に右拳で正拳突きを放つ。続いて左拳でも同じように放った後、腰の捻りも利用して右足で蹴りを放つ。左足での蹴りも行い、これが一つのセットとなり、二十セットは繰り返す。

 どうしてこんなことをするのか、それは体術が発達していないこの世界では十分に武器となりうるからだ。他人の天命をむやみに減らしてはならないと言う禁忌目録のせいで、剣術ですら実戦には不向きな型が主流となっているのに、それ以上に相手を傷つける可能性のある体術など発展する余地がない。

 整合騎士ともなれば多少は体術の心得もあるだろうが、それでも武器は剣であり、神器であるから、己の体を武器として考える者などいないだろう。ともすれば、体術を鍛えるのは理にかなっている筈だ。敵の意表を突く剣に頼らない攻撃手段。そういった物は必要だし必ず役に立つだろう。

 

「はっ!」

 

 それに、手数は多い方がいい。

 イメージも拳闘士のものがあるしそう難しいことでもない。この世界でイメージというのは大事な要素だ。なればこそ、この拳撃(けんげき)は、この蹴撃(しゅうげき)は相手の鎧をも砕くという明確なイメージをもって繰り出せば必ず強力な武器となる。

 そもそも剣がある時点でそこまで接近することも少ないとは思うが、エルドリエとの戦いでは役に立ちそうだ。

 あの拳闘士みたいに炎でも(まと)えたらいいんだが、流石にそれは無理だな。だが、アニメでみた鎧を砕く拳のイメージはしっかりと残っている。

 

「ハアッ!」

 

 空気を切る音が鋭く聞こえる。思い付きで始めだしたこの鍛錬だが、もう三か月はしているのでそれなりに様になってきているし、ギガスシダーを切り倒した日、早めにキリトとユージオが帰った日に、直径二メルくらいの木に打ち込んで見事に折った。折れると思って拳を振り抜いたのはいいけど本当に折れるとそれはそれで驚いたよ。

 推測だけれど、ダークテリトリーの住人を殺した時点で操作権限や天命などが上昇しているが、僕自身の身体的能力のようなステイシアの窓には表示はされない裏パラメータなるものも存在していて、それも上昇しているのだろうと思っている。

 でなけりゃ、木を素手で折るなど考えられない。ま、それで自信を付けた僕は思い付きで始めたこの鍛錬を今でも欠かさず続けている訳だ。

 

「ふぅ……」

 

 二十セットが終了し、寝間着を(まく)り上げて汗を適当に拭き取ると納屋(なや)へ引き返す。

 やれることはやる。一を完璧に(こな)してそれで準備万端だと抜かすほど自惚(うぬぼ)れてはいないつもりだ。オークとの戦闘で罠を張り、神聖力の電池まで用意し、自分に有利な地形へ誘い込んでもなお、俺は焦った。三つの準備じゃ足りなかった。だから、剣術というただ一つの手段を得て満足するつもりはない。だから体術を鍛える、カーディナルに早期から接触する。

 準備をする。ユージオを守るためだ。一の策を砕かれても二の策を、二の策もダメなら十、百、(しま)いには千でも万でも準備をする。一で上手く行けば幸運、百で上手く行けば僥倖(ぎょうこう)、千で上手く行けば重畳(ちょうじょう)、万で上手く行けば良好。

 次は柔術か投擲術(とうてきじゅつ)かなどと考えている内に納屋(なや)へと着いた。中に入って寝床へ向かうと、寝相の悪いキリトが腕や足を投げ出して僕の場所を占領していたので、仕方なくユージオの左側へと寝ころんで寝顔を暫く見つめていた。

 

「かわいい……」

 

 呟きがつい漏れてしまいユージオが起きないか様子を窺う。相変わらず規則正しい寝息を立てるユージオに安心して目を閉じた。だが、また目を開けて抱きつくと再び目を閉じた。

 果たしていつまで我慢できるのか怪しくなってきた自身の欲望に、素直になりたい気持ちを抑えつけて眠った。

 

 

 

 

 今日は寝る位置が悪かったのか朝日が眩しくて目を数度瞬かせると、つい癖で目やにを取る様に擦ってしまうがこの世界では目やにはできないんだと思い出して起き上がる。服の繊維についていた(わら)がぱらぱらと落ちるが、気にせずに二人を起こそうとして固まった。

 穏やかに眠るユージオとそんなユージオに抱きつくテオ。俺という存在がいながらこの有様である。

 ここに来てから三日目だが、今日はたまたま二人より早く起きたのだ。いつもは二人にどやされながら起こされて一日が始まるので知らなかったが、まさか昨日も一昨日もこの状態だったのだろうか。

 これは部屋を分けた方がいいのではと思うが納屋(なや)で空いているのはここだけ。

 

「どうしたものか……」

 

 未だ気持ちよさそうに眠る二人を起こしにくい。これが二人とも友達同士であったなら、からかったりして起こすのだがカップルであるのだから(たち)が悪い。さらに二人ともモデルだと言われても信じるくらい美形なのが余計に(たち)が悪い。

「ユージオとの間には僕が入る」という徹底ぶりのテオのことだから、邪魔されたら怒るだろう。しかし、なんで当のテオは反対側にいるのか、謎だ。

 

「触らぬ神に(たた)りなしと……」

 

 そもそも二人は俺と違ってちゃんと起きられるから起こさなくてもいいだろう。俺がダメ人間みたいな思考を自分でしなきゃいけないこの状況が嫌になるが、顔でも洗ってさっぱりしよう。

 どうして俺がこんなにも気を遣わないといけないのかとこっそり納屋(なや)を後にして思う。ルーリッドを出発するときに仲間だって言ってたから遠慮はあんまりしなくてもいいと思うんだが、どうにも二人の距離が近すぎて遣り辛い。ユージオは俺に対しても気遣ったり優しく接してくれるが、テオは隠しきれていない敵意が偶に牙をむく。

 納屋(なや)から外に出ると朝日が眩しい。朝日はまだ姿が出切った直後で、果ての山脈の上に浮かんでいる。眩しい日差しを浴びて体内時計をリセットして一日が始まる。

 

「……気持ちいい」

 

 手で作った皿で井戸水を桶から(すく)って顔を洗う。冷たい水が眠気を覚ましていくのを感じて、もう一度顔に水を掛ける。

 この世界に来てから二週間と少しくらいだったか経っているが、変わらず中から外に通信する手段は見つからないし、外からの連絡も来ない。

 テオが言うにはセントラル・カセドラルの最上階に外部との通信ができるコンソールがあるらしいからそこへ向かうしかないのだろう。

 それにしてもテオは不思議な奴だ。ユージオのために死を偽装するなど、おおよそ俺が観察してきたこの世界の住人には考えもつかないようなことだろう。しかもそれを成し遂げたんだ、武器まで調達する周到ぶりで。

 ラースの目的はこの世界で人と同じようなAIを生み出すことではないかという推測はできているが、その目的が達成されている様に見えるのにも関わらず、まだこの世界は動き続けている。となると、まだ目的は達成されていないということ。この世界の住人にはなんらかの欠陥があり、その欠陥こそがラースの目的。

 そして、それにも見当がついた。この世界の人間は禁忌目録に、法に遵守しすぎること。破ることができないと言うレベルではなく、もはや触れることすらできないレベルで彼らは法に従順だ。

 ユージオのために死を偽装したテオでさえ、禁忌目録の穴を突いて見せただけで、破るには至っていない。テオの言葉の端々からは禁忌目録を破ることを前提として思考している様に感じるが、一体どうやって禁忌目録を破るのかまでは分からない。

 もう一つテオについて気になること、これは些か荒唐無稽な話ではあるが未来視あるいは予知夢、それらに類するものを持っているということ。

 俺は最初、半信半疑で聞いていたがやけに具体的な内容と、何よりも予知夢を見たがために起こした死の偽装という行動を(かんが)みれば馬鹿にもできなくなった。

 

 思いつく仮説は三つある。

 一つ目。未来視、予知夢が可能なのは超常的な科学では説明のしようがない能力によるもの。

 この仮説は真っ先に思いついて真っ先に却下した仮説だな。可能性がゼロとは言わないが小数点以下の確率と考えていいだろう。この世界が異世界だったならあるいは信じたかもしれないが、ここは仮想世界と言うのが分かっている以上はその可能性を信じるのは危険でもある。

 二つ目。未来から来たという説。

 これも却下した。そもそもテオが見たという未来にテオ自身はいないと言っていた。つまり俺とユージオだけの未来を見た訳だ。テオがその場にいたなら未来から来たという説も少しは信憑性があっただろうが、いないのなら例え未来から来ていたとしてもあそこまで具体的な内容が話せるだろうか。誰かから聞いたという可能性もあるが、俺から聞く以外にはあの内容全てを知るのは難しいだろう。

 となると俺が話した可能性もあるが、例えルーリッドに帰ったとして恐らく数度しか面識のないであろう相手に、恋人だと言われても俺がユージオのことを事細かに、それこそ報告するように言ったりするだろうか? 恐らくしない。ユージオの死を告げるだけで俺も、告げられたテオも一杯一杯になるはずだ。

 三つ目。この仮想世界に組み込まれたシステム的な要因。

 この仮説は割と有り得るんじゃないかと考えているが、確信には至っていない。ここは、結局は仮想世界であるのだからリアルに比べれば未来予知というのはしやすい環境だ。

 というのも、ラプラスの悪魔といわれる超常的概念の存在がある。これを理解して居る訳ではないがこの概念を提唱したラプラスがこんな言葉を残している「もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、この知性にとっては不確実なことは何もなくなり、その目には未来も過去同様に全て見えているであろう」。

 つまり、全ての状態を知り、それをもとに全てを計算すれば未来が導き出されるということ。そして、この仮想世界は機械の中で造られた世界であり、それを管理する機械はこの仮想世界の全ての状態を知りうるのだ。そしてそれらの状態を元に計算をすることもできるだろう。となれば、未来を計算し、それを夢として出力するのも不可能ではないのではと思う。

 しかし、この仮説にも至らない点がある。それは、未来を計算するために必要なこの世界の状態は、この世界の物からでしか計算できない点だ。この世界の人間たちの動きからなら未来は計算できるかもしれないが、俺はその条件から逸脱する存在だ。そんな存在まで含めて未来を計算するのは流石に無理がある。

 まあ、ラプラスの悪魔も後に否定されてたはずだけどな。

 

「結局のところ……」

 

 分からないままだ。

 テオは一体何者なんだ? まだ仮説にすべき可能性があるとは思うが思いつきそうにはない。一番可能性の高い仮説ですら結局は超常的な現象となってしまうのだから。

 

「結局のところ?」

「うおっ!」

 

 深く思考していたせいか周りが見えなくなっていて、すぐ横にいたユージオに気付かず素っ頓狂な声を出してしまった。顔を洗っていたテオはそれを笑って見ていた。

 ユージオは単純に気になるのか首を傾げているので、適当に言い訳でもしなければと口を開く。

 

「あ、ああ……結局のところ、朝ごはんもがっつり食べたいなと思っていたところなんだよ」

「うん。僕も前まで昼ごはんが固い丸パンだけだったから、朝はしっかり食べてたんだよ」

 

 ユージオはもっともらしく頷いてくれるが、テオは見透かしたかのようにこちらをじっと睨んでくる。強敵を(かわ)すべく、ユージオの腕を引っ張って納屋(なや)へと戻る。

 

「さ、早く仕事済まそうぜ」

「そうだね」

「手伝うよ」

 

 この場所、ザッカリア近郊にあるウォルデ農場で与えられた仕事の一つである、朝一番の馬への餌やりとブラッシングをするべく納屋(なや)へと一度戻る。寝床として敷いていた(わら)の山を直径一メルはある桶に一杯ずつ俺とユージオでそれぞれ入れると隣の厩舎(きゅうしゃ)へと運ぶ。かなりの重さになるが、権限の上昇のおかげかそこまで苦労せずに持ち運べる。

 ここには十頭の馬がいてそれぞれの餌桶に持ってきた(わら)を均等に分けて入れてやり、壁に掛けてあるブラシでブラッシングをしてやる。まだ始めたばかりで慣れないブラッシングに時々馬が嫌がるような仕草をするのでかなり時間がかかる。だから、給料も出ないのに手伝ってくれるテオのおかげでかなり助かっている。

 ブラッシングを終えて厩舎(きゅうしゃ)内の掛け棚に収納し、少し汚れた手を水桶で洗うと外に出る。朝日を探して東を向くとさっきまで果ての山脈の上にいたがもうかなり上に昇っていた。

 眩しさに目を細めて手を(かざ)し、すぐに見るのをやめて下に視線を落とした。少し離れた場所に立派な家が一軒。ザッカリアに近いから赤褐色の砂岩で造られている家は平屋建てで、ルーリッドの村長宅くらいには立派なものだった。そこは俺とユージオの雇い主であり、ここウォルデ農場の所有者でもある一家の家だ。朝食はその家と厩舎(きゅうしゃ)との間に設けられた丸テーブルで取るので、そこに向かって歩く。

 やはり街の規模がデカくなれば必然とそこに住む者の富み具合も変わって来るのだ。きっとここの町長だか領主だかの屋敷はさぞ立派な豪邸なのだろう。

 

「「おはよう! キリト、ユージオ、テオ!」」

 

 赤褐色の砂岩に合うように作られた暗褐色の木でできた玄関扉を勢いよく開けてこちらにやってくると、双子が元気に挨拶をした。この農場主の娘である双子の女の子、テルルとテリンは籐篭(とうかご)を引っ提げている。朝食を持ってきてくれたようだ。

 テルルとテリンは双子で赤茶の髪と焦げ茶色の瞳は同じ。おまけに顔の造形まで見分けがつかない。極めつけは服装すらも毎回同じにしてくるのでどっちがどっちだか、結った髪を留めるリボンの色でしか判別できない。赤がテリンで青がテルルとそう自己紹介されたので今の所間違ってはいないが、リボンを外されるとたちまち分からなくなる。

 

「おはようテリン、テルル」

 

 ユージオと俺が挨拶をすると、テリンとテルル、おまけにいつの間にか二人の背後に回っていたテオまでがにやりと笑った。何か嫌な予感がして俺とユージオが顔を見合わせるとテオは二人の頭に手を置いて挨拶をした。

 

「おはようテルル、テリン」

 

 俺とユージオが挨拶したのとは逆の名前で二人を呼んだテオに、また俺とユージオは顔を見合わせた。どういうことだろうかと考えるまでもなく二人がわざとリボンの色を交換していたことに気付いたが、時すでに遅し。

 

「「正解! よくわかったねー」」

 

 おもしろそうに(はしゃ)ぐテルルとテリンに微笑ましいなと温かい視線を送っていたのだが、次の言葉で無情にもその想いは散華(さんげ)した。

 

「間違えたキリトとユージオの朝ごはんは減っちゃいまーす」

「代わりにー、私たちとテオの朝ごはんは増えちゃいまーす」

 

 無邪気に(はしゃ)ぐテルルとテリンに、俺は再三ユージオと顔を合わせた。渋面(じゅうめん)を作って何か言いたげにしていたが、諦めたのか息を一つ吐いてテルルとテリンに対面する席に着いた。

 いやいや、諦めるなよと言いたくなったがユージオは優しい奴だから二人が楽しんでいるところに水を差さないようにしようと思ったのだろう。だが、俺は黙っちゃいない。

 

「ちょっと待て。俺とユージオはこれから仕事をしなければならない。そしてそのためには体力が必要だ。つまり、朝飯はしっかりと食べる必要がある。だから、な?」

 

 既に席へついて篭の中身を広げているテルルとテリンに、立ったまま正論を並べて抗議する。流石に不憫(ふびん)そうな表情を浮かべた二人はしかし次の瞬間には不満そうにしていた。

 ああ、これは不味いと思ったのも束の間。俺の前へ置かれた皿の中身はテオの物と比べて半分ほど、ユージオのと比べても三分の二ほどしかなかった。

 

「ふっふっふ。私たちに逆らおうなんて」

「五年はやいわ!」

 

 やけに現実味のある数字をだして高笑いする二人にこれ以上は止めようとテオとテルルの間の席に着いた。これ以上ごねると皿が空になるか給料が減らされるに違いない。

 それはもう顔に不満が漏れているのだろう、ユージオが苦笑している。皿の端っこをフォークでつつきながら大分減らされたパイを口に運ぶ。女子に逆らうと(ろく)なことにならないな。

 不機嫌なのを隠しもせずに左ひじを突いて、掌に顎を乗せながら食べていると視界の右端でパイの刺さったフォークが空中を滑りユージオの口に吸いこまれていく。

 

「はい、あーん」

「あ? いや、何平然とユージオは食べてるんだよ!?」

 

 まるで恋人の様に、じゃなくて恋人なんだが、テオがフォークに刺したパイのかけらをユージオの口に近付け、何の躊躇(ためら)いもなく口を開けるとパイを口に含んで咀嚼(そしゃく)する。

 少なくとも途中までは同じ条件で同じ分量のパイを食べるはずだったユージオが、隣で堂々とテオから分けられたパイを口にしている。

 俺が勝手に酷く裏切られたように感じて声を荒げると、ユージオは申し訳なさそうにこちらを見た。いや、俺は別に謝罪が欲しい訳じゃなくてパイが欲しんだけど。

 

「ごめんね、キリト」

「ユージオは特別だからね。諦めるんだキリト」

「俺にもパイよこせ……」

 

 申し訳なさそうに謝るユージオと、ユージオの口の端に着いたパイのかけらを指で拭いながらこちらを見て、平然とそれを口にするテオ。

 まだ九歳の子どもたちの前で堂々といちゃつく二人に頭を抱えながら自分の空になった皿を見詰めた。

 真面目で純粋で優しいユージオの彼氏は、何かと俺に当たってきたり蹴落として来たりする。俺はユージオを取って食ったりしないっての! 

 

「そんなに欲しいの?」

「……欲しい」

 

 隣でニヤニヤといかにも悪だくみを考えていそうなテオに若干尻込みしたが、罠だろうが何だろうが欲しい物は欲しい。昨日なんて均等に分けられた分量でも昼ごろには腹が減って死にそうだったってのに、今日の量じゃ絶対に昼までに死んでしまう。そうに違いない。

 

「しょうがないな」

「ありがとう!」

 

 テオもなんだかんだ優しいんだなと思いながらパイを切り分ける手許を見ながら感謝する。切り分けられたパイにフォークが刺さり、それが空中に浮いて俺の皿の手前まで来たところで急停止した。

 ニヤリと笑って俺の目を見ると、フォークを丁度口の位置くらいまで高く上げる。まさかここまで持ってきて掌を返し自分で食べるんじゃないだろうなと幼稚なからかいを想像して、テオは斜め上の発言をした。

 

「はい、あーん。食べたいなら食べなよ。ほら」

 

 フォークをひらひらと俺の眼前で振るテオに一瞬正気かと視線をやったが、それに返って来るのはいたずらっ子のような笑みだけ。気があるのかと一瞬も考える余地なくただからかっているんだと分かる。

 こんなことはアスナにしかして貰ったことないんだぞ。アスナならきっと許してくれる、ごめんと心の中で叫びながら、俺は眼前のパイへ一息にかぶりついた。

 

「ん、いやー、パイは美味いな」

「なっ……」

 

 俺が羞恥で食べないとでも思ったのだろうか、パイのなくなったフォークを見てテオが驚いている。仕返しに成功した俺は笑い返してやった。幼稚ないたずらに乗っかる俺もかなり幼稚だなと自虐しながらも、存外嫌じゃなかった。今までこんな風に同年代のやつと悪ノリなんてしたことなかったからな。

 しかし、俺が少しこの状況を楽しんだのを察してか、あるいはテオが下らない提案をした瞬間からか、思うところがあったのだろう。だんまりだったユージオの一言で場が凍りついた。

 

「何してるの」

 

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