Sword Art Online -Project Salvation-   作:青き勇者

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第二章 モディファイアー -Modifier- 02

「何してるの」

 

 一瞬ユージオの体に刺々しい氷の薔薇が見えた気がした。この場の全てが凍りついたように動けず、ユージオに睨まれたテオから小さな悲鳴が聞こえる。いつも陽気なテルルとテリンでさえ固まっている。

 

「ユ、ユージオ、その、ごめん、なさい……」

「どうして普通にあげないの?」

「ごめん……」

「テルル、テリン、朝食持ってきてくれてありがとう。パイおいしかったってお母さんに伝えてね」

 

 遂にはテオの謝罪を無視してユージオは納屋(なや)へと向かってしまった。相当怒っているのだろうが、さっきまでのユージオは無表情で淡々としていた。ああ、あれは怒らせてはいけない人を本気で怒らせたときのやつだと身震いする。

 絶望に染まったテオの顔を(さかな)に水を飲むと、手早く自分の分も片付けて午前の仕事をするべくユージオの後を追う様に納屋(なや)へ向かう。気になって後ろへ振り返ると、この世の終わり見たいな表情で一ミリたりとも動かないテオがいて少しかわいそうだった。

 

「ユージオ、俺は左側の列を掃除するよ」

「…………」

 

 しかし、他人を(あわ)れんでいた俺にもユージオは無視を貫いた。俺はなぜ自分は大丈夫だと思ったのか話しかけて後悔した。視線すら合わせてもらえず、まるで俺が存在しないかのように扱われて流石に堪えた。

 ユージオは優しいから何かと俺のことを気に掛けてくれていたんだ。だから、こうも真逆の反応をされると結構ユージオの優しさに甘えていたんだと気付かされると同時に恐ろしい。

 結局、こんな状態が一週間も続いた。仕事はユージオに頼る場面も多々あったのでそれが無くなった途端、急に仕事の効率が落ちて手に着かなくなった。しかしユージオは気にすることなく淡々と仕事を終わらせ、剣術すらユージオは自主練に励んで徹底的に会話を避けた。

 

「おい、テオ」

「…………」

 

 日中も納屋(なや)で謹慎処分を受けた罪人の様に籠っているテオに話しかけるがこっちもダメだった。一日中無視された挙句、寝るときはニメートル以上を必ず空けてユージオは寝るので、テオは触れることも喋ることも叶わない状況だった。そんなこんなで抜け殻の様になったテオは俺の言葉を無視しているというよりもはや聞こえてないんだろう。

 

「一緒にユージオへ謝りに行こう」

「……何回謝っても許してくれなかった……嫌われたんだ……」

 

 今にも消えそうな声でテオは言葉を発した。反応してくれただけで少しは進歩したと喜ぶべきか、自分の発した言葉で更に追い込まれているテオを(あわ)れむべきか。

 それにしても、ユージオがこれだけ怒るなんて有りえないと思う。確かに悪ふざけをしてしまったが、それでここまで怒るほどユージオは狭小(きょうしょう)な器じゃないし謝れば許してくれるだろう。となると他にも原因があると思った方がよさそうだ。それがさっぱり分からないんだけれども。

 

「テオはこのままでいいのかよ?」

「よくない。けど……あんなに怒ってるの初めてだし、謝っても許してくれないなんてどうしたらいいか……」

「許してくれるまで謝ればいいじゃないか。俺も一緒に謝るから」

 

 不承不承(ふしょうぶしょう)に頷いたテオは重そうな体を立たせる。俺もユージオに無視されている訳だから早くこの状況を脱したかった。流石にもう耐えられそうにない。

 ユージオが鍛錬している場所まで俺が先頭を歩いて向かうと、その後ろをテオはとぼとぼと着いてくる。

 

「その、ごめん。あんなからかい方したのもそうだけど、それまでも何かとキリトを邪険にしてた」

「俺も、ごめん。それに対抗して悪ふざけをした俺も悪かったし、少し避けていた部分もあったから」

 

 背後からの唐突の謝罪に振り返ると、視線は合わせてくれなかったが反省していることはよく分かった。俺もユージオには謝っていたけどテオには謝ってなかったなと思い、足を止めるとテオに向かってちゃんと謝った。

 テオはユージオに対する執着が強いからそばにいる俺をどうしても感情的な部分で受け入れることができないんだろう。理性では分かっていても感情に逆らいきれないことも有る。それに加えて、ユージオが死んでしまう瞬間を夢とはいえ見ているんだから尚更に執着心が育ってしまっているんだ。

 俺の謝罪を受けたテオはゆっくりと顔を上げて少し微笑んだ。なんの他意もない純粋な笑みを向けられたのは初めてな気がして俺もつられて口角が緩んでいた。

 

「ユージオにもちゃんと謝ろう。許して貰えるまで」

「そうだね。ありがとう、キリト」

 

 さっきまでとは違い少し軽くなった足取りで、ユージオの元に向かった。牧場の空き地で俺が一週間前に指示した練習メニューを独り淡々と繰り返しているユージオの元に着くと、テオと顔を見合わせて一つ頷き頭を下げた。

 

「ごめん、ユージオ。恋人だって言ってくれたのに裏切るようなことして」

「俺もごめん。テオの悪ふざけにのっかったりして。ユージオが嫌な思いするって分かってるのに」

 

 淡々と続いていたさっきまでと違い素振りの音が若干鋭くなったと思ったら剣を下げてこちらに振り向いてくれた。今までは話しかけても全く反応してくれなかったので、やっと話を聞いてくれるという期待で顔を上げた。

 カチンという鞘に剣を収める音で、まだ頭を下げていたテオも顔を上げると、ユージオは一週間ぶりに固く閉ざされていた口を開いてくれた。

 

「確かに僕はそのことでも怒ったけど、一度謝ってもらった時からもう許してるよ。僕がこの一週間怒っていたのは別のこと」

 

 俺はやはりと思ったが、テオはその可能性すら考えていなかったらしく困惑していた。しかし、一体何が原因でここまで怒らせてしまったのかは分からない。

 ユージオは俺たちが何も分かっていないことに気が付いたのか呆れた様に溜め息を吐いて、答えを教えてくれた。

 

「僕はね、テオとキリトがいがみ合っているのに怒ってたんだ。あれもその結果起きたことじゃないか。特にテオ」

 

 呼ばれて肩を跳ねさせるとテオは心当たりがあるからか目線を少し逸らした。

 

「テオは言ってたよね。央都を目指す仲間としてよろしくって。なのにテオが和を乱してどうするの?」

「……ごめん」

 

 詰め寄るユージオの正論に何も反論できないのか顔を俯かせてテオは小さな声で謝罪した。ルーリッドを旅立ったあの日確かにテオはそんなことを言っていた。

 テオの謝罪にユージオは顔を顰めるとテオの左肩に手を置いた。

 

「僕に謝るんじゃない」

「……キリト……」

「ユージオ、テオはもう謝ってくれたよ。俺に強くあたってしまったこと。俺もテオに謝った。避けてたことを」

 

 テオは泣きそうな顔でこちらを向いたので流石に助け舟を出した。それを聞いたユージオは少し驚いた後に笑顔が戻った。

 

「ごめんね、もう済んだことを掘りかえすようなことして」

「ううん。僕が悪いんだから……」

 

 ユージオが謝りながらテオを抱きしめてあやしているのを見ると、ユージオもかなり葛藤(かっとう)していたんだと分かる。好きな人を少なからず傷つけたという事実はやはり優しいユージオには堪えたに違いない。

 でも、そうまでして俺とテオの関係を心配してくれたと言うのは、ユージオのテオに対する本当の愛なんだろうなとも思う。優しいだけじゃない、気遣うだけじゃない。時に間違いを厳しく指摘するのも愛なんだ。

 俺も何度アスナに怒られたのか分からないな。二人を見てると怒られて落ち込んでいた時のことを思い出しても俺のことを思ってのことだとよく分かる。ほんの偶に理不尽なこともあったけど。

 触れ合うのが久しぶりだからなのか、いつからかテオを慰めるためではなくお互いに慰め合うようなハグに変わっていた。

 

「僕ね……分かってるんだよ。頭の中ではユージオは僕のことを恋人って思って、愛してくれていることを分かってるんだ。でも、キリトと仲良く話しているのを見ると、気遣っているのを見ると、どうしようもなく不安になるんだ。頭ではそんな関係になる訳ないって分かっていても心の中じゃそうなるんじゃないかって疑ってる。嫌になるよね……好きな人を信じられないなんて……」

 

 テオが心情を吐露(とろ)していくたびにユージオは顔を曇らせていく。

 好きな人を信じられないか……俺の場合どうだろう、アスナを疑ったことはままあるな。でも、テオとは性質が違うかもしれない。俺は頭の中で色んな可能性を考える中で疑ったりするが、心からアスナを疑うなんてことはアインクラッドで結婚して以来ないかもしれない。

 そう言う意味では心から疑ってしまうってことは恋人同士にとって致命的なのかもしれない。

 やがて言い終えたのかテオが息を吐き、ユージオはハグを解いて向かい合うと疑問を投げかけた。

 

「それは本当にそうなのかい?」

「え?」

「本当に僕を信じていないのかな、それは。テオは僕のこと十分に信じてくれてると思うよ。だからさ、信じ切れていないのは自分自身なんじゃないのかい? 自分が僕の心を留められるほどの人であるかを自分で疑って、それで不安になってしまう。そうじゃないかな?」

「それは、そうかも……」

「テオは自分のこともっと信じていいよ。僕のために死すら演じた。長い旅をして力を付けて僕を助けてくれた。何より、初めて会った時から遊んでくれて、元気をくれて……アリスがいなくなってからも僕に変わらず接してくれた、愛をくれた。こんなにも僕のために何かをしてくれたのって世界中探してもテオだけだよ。だから、もっと自分を信じてあげて。認めてあげて。僕はそんなテオを信じてるよ」

 

 俺がいることも忘れて二人の世界に入ってしまっている。しかし、ユージオの言うことは一理ある。

 俺も未だにアスナの家には何かと理由を付けて行こうとはしない。それは、アスナの親が怖いから、というより自分がアスナの恋人として認められるだけの存在であるという自負が欠けているから、と言われれば納得してしまう。

 自信か……アメリカに行って勉強すれば何か変わるのかな。そう言えばアスナにこのことを打ち明けて、一緒に行ってくれるかと聞いて……何て答えたか分からないんだった。

 一緒に行ってくれるだろうか、自分勝手な願いだがアスナならもちろんと答えてくれるかもしれない。でも、答えは思い出せない。大事なことなのに、大事なことの筈なのに。

 俺が思い出せない記憶に悶々(もんもん)としている間に話は済んだのか、ユージオとテオはこちらに向き直った。

 

「ごめんね、キリト。仕事の時だけじゃなくてこっちからお願いした剣術の指導まで無視して」

「いや、いいよ。ユージオなりに俺らを思ってのことだって分かったから。ま、でも遅れは取り戻さないとな」

 

 頭を下げるユージオとテオへ少し脅かすように笑うと、二人は不敵な笑みを浮かべて対抗してきた。

 連続技の練習にそろそろ取り掛かってもいいかなと思っていたところだ。今まで以上に厳しくしていこう。

 

 二人の素振りを全体が見える場所から観察する。

 ユージオは筋がいい。才能によるところが大きいが、本人はそう思っていないようで真面目に俺の言う通りの練習をしている。それが更に基礎を盤石なものとしている。

 テオはセンスがいい。我流で一時期練習していたことも有ってか、俺が教えることを吸収するのは時間がかかってしまう。一方で、自分の中に一度でも落とし込むことができれば(たちま)ち上達し、技の完成度も威力も俺を正直に言って越えてくる。

 俺がアインクラッドで習得した剣術を、アインクラッド流という大層な流派を語って二人に教えて行くのは楽しい。

 真面目に取り組んで一歩一歩着実に自分の物へとしていき、技を完成させた瞬間に純粋な笑みを浮かべて喜ぶユージオを見るのが楽しい。

 俺の言葉を自分なりに解釈しようと足掻いて足掻いて、散々指摘された果てに自分の中に落とし込む。そしてその感覚を忘れないうちに何度も剣を振り、三十分もしないうちに俺の技を越えてくるテオを見るのが楽しい。

 そして、そんな二人に負けじと自分自身の剣技もソードスキルのシステムによるアシストだけに頼らない技を貪欲に極めていくのが楽しい。

 そう、楽しい。アスナがいなくて皆もいなくて、外とは連絡が取れないしどうしてここにいるのかもわからないのに、ユージオとテオといると楽しい。俺は二人の師匠でありながら、同時にライバルみたいな存在でもある。剣を教え、身に付けた技を互いに競い合って更に技を高めていく。

 こんなにも充実した楽しい日々をこの世界でも過ごせることに、俺みたいなどこの誰かも解らないような奴と過ごしてくれる二人に感謝している。

 

「見ててよ!」

 

 ユージオが許してくれた日から一週間。テオは空き地で抜剣しながら威勢よくこちらへ呼びかけた。それに片手を上げて応えると、隣のユージオと一緒にテオのソードスキルを見守る。

 テオは右手に持った竜仙剣を上段へ構えると、息を吸って一拍置いた後に地面を踏みしめて切り降ろした。

 淡い青色の光を発しながらシステムのアシストを受けて勢いよく地面に吸い込まれるように空気を鋭く切っていく。そして、剣は地面へ着く直前に(きっさき)が弾かれたように跳ね上がり、その勢いを利用して一気に振り上げる。

 V字の軌跡を描いて敵を切り裂く二連撃技『バーチカル・アーク』を見事にやりきったテオは厳かに剣を鞘へ納めると一転して嬉しそうに叫んだ。

 

「やったー! 遂に二連撃技できた! ユージオ、見てた? キリト、どうだった?」

「凄いよ……凄いよ、テオ!」

「……文句なしだな。よくやった」

 

 驚嘆しつつも師匠であることを意識して儼乎(げんこ)たる声色で褒めると、テオは喜色満面だった顔を引き締めて一礼した。テオもユージオも剣を教えている間は俺のことを尊敬して接してくれる。それが嬉しくて、ついこちらも振る舞いを変えてしまう。

 頭をあげるとテオはまた喜色を滲ませユージオの元へ駆け寄る。

 

「やったよ、ユージオ!」

 

 笑顔でハグして喜びを分かち合う二人。まさかこんなに早く二連撃技を習得してしまうとは思っていなかった。ユージオはまだ全然できていないのにテオは一週間でできてしまっている。

 俺は二連撃技を二日でものにして見せたが、それはアインクラッドやその後の仮想世界でいた経験があってこその物であって、全くの素人が習得できるようなスピードではない。テオなりにこうだと思う瞬間が練習の間にあったのだろう。一度掴んでしまえば手繰り寄せる間もなく手元に収めてしまうその圧倒的なまでのセンスの良さは、やはり(たぐい)まれなるものがある。

 最初は感覚や勘に多少敏感なだけかとも思っていたがこの件で確信した。生来(せいらい)よりの才能、天才だな。

 

 

 

 

 ウォルデ農場から少し歩いたところにある街道で七時半を知らせる鐘の音をバックにキリト、ユージオと対面していた。

 連続技である『バーチカル・アーク』を習得し、その他にもこそこそ練習していた神聖術や体術など、自衛するための最低限は力を付けることができたので、シャーロットを通じて大図書室へと招待された僕はカーディナルの元へ行くことにしたのだ。

 ザッカリアから央都までは片道約七百キロルの道のりとなる。もう一人旅には慣れているし、央都へ行く途中には街もいくつかあって食糧なんかの調達にも困らないだろうから、東帝国へ行った時と比べれば大分気が楽だ。長いこと使っているリュックも背負って準備は万端だ。

 早くても帰って来れるのは二十日後くらいで、トラブルが起きればひと月以上かかることもあるだろう。

 

「そんなに落ち込まなくても帰って来るよ」

「うん。僕としてはテオの誕生日を祝えないのが残念でね」

「それなら、僕が帰って来てから祝ってくれるとうれしいな」

 

 僕がこのまま蒸発してしまう心配はしていないらしく、誕生日の心配をしてくれた。もう次で十七歳になるのに誕生日を祝って貰うのは少し気恥ずかしいが、ユージオに祝って貰える誕生日は待ち遠しくもある。

 

「分かった。待ってるよ」

 

 少し寂しそうに笑って頷いた。本当はやはり僕が央都に行くことが心配なんだろう。

 二人には央都に行って協力者と会うと言う話をしてある。細かいことはまだ話せないがいずれ会えると言えば何も聞かずに僕の央都行きを了承してくれた。ここまで信頼されていると少しこそばゆいものがあるけど、その信頼に応えないといけないなという思いが強くなる。

 

「キリト、僕がいない間もどんどん進めていって構わないよ。帰って来たとき僕がユージオにぼこぼこにされるくらい強くしてあげてね」

「あ、ああ……頑張るよ」

「テオは随分と余裕だね。覚悟しておきなよ」

 

 口角は上がっているが目の笑っていないユージオに一週間無視されたトラウマが蘇って血の気が引いた。

 あの一件以来、僕が何かと調子に乗ったり感情が剥き出しになりそうになるとそのセーブ役として、ユージオが抑止力になっていた。脅されるのは心地よくないがユージオの行動は僕を想ってのことだと分かっているのだから素直になれた。

 

「お、お手柔らかに……」

「ふふ、もうすぐ仕事の時間だから。気を付けてね、テオ。……ありがとう」

 

 吃る僕にユージオは優しい笑みを浮かべて別れの挨拶と、感謝の言葉を口にした。

 この旅もユージオは自分の為に僕が頑張ってくれているものだと考えているんだろう。僕に負担を掛けることを病んでいるがそれを隠して、謝罪ではなく感謝を伝えようとした。ならその感謝を裏表のない真の言葉にしてやらないとね。

 

「ユージオ、僕はね、自分の為にしたことが、他人の為にもなることだとそれは素晴らしいことだと思うんだ」

「……テオは変わらないね」

「ユージオは変わったよ。怖くなった」

「……もう、早く行きなよ」

 

 怖い表情は、棘のある言葉は優しい気持ちの裏返しだ。微かに(うる)む瞳の横に口づけると、息をのむユージオから直ぐに離れて道を振り返ること無く進む。

 今ユージオがどんな顔で僕を見送ってくれているのか分からない。どんな気持ちで僕を見送ってくれているのか分からない。でも、僕はユージオを愛している。

 

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