Sword Art Online -Project Salvation-   作:青き勇者

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第二章 モディファイアー -Modifier- 04

 人界暦三七八年八月二十八日

 

 今日も今日とて肌の触れ合う箇所から温もりを感じながら目を覚ます。目を開けると視界に移るのは寝間着である白いシャツの襟と、なめらかな肌を見せてどこか色気を感じる鎖骨。

 カーディナルの元を訪ねて央都まで行き、帰って来た日からは僕が抱きつく前にユージオが抱きついて眠る様になり、この四か月間は(もっぱ)らユージオご愛顧の抱き枕となっていた。

 この辺りは夏といえども夜は肌寒いくらいには冷えるし、抱き枕にされるのも(やぶさ)かではないのだけれど、偶には僕もユージオを抱きしめて寝たいと言う欲求があるのに、直近一か月はずっと抱き枕状態だ。

 背中に回された腕と下半身に回された足はがっちりとホールドされて離れる気配はないし、頭から聞こえる規則正しい微かな寝息を聞けば起こしずらいし、これだけ密着していると(わら)の敷布団だけと言う寝床では味わえない温かさが眠気を誘って、結局は(あらが)いがたい誘惑に負けてしまいユージオが起きるまでずっとこの状態である。

 でも、がっちりとホールドされて動けないのは後ろに限ってであって前には動ける。だから少し身じろぎをして胸に顔を近付ければユージオの香りがするのでそれを堪能して起きるのを待つ。

 ユージオは僕を抱き枕にしているからか匂いに気を遣い始めて、よくテルルやテリンにいい香りの石鹸を譲ってもらっている。だから、今日も仄かに甘い花の香りがして心地いい。この香りが僕の為に用意してくれた物だと思うと心が満たされて幸せなんだ。

 

「……ん、おは……よう。テオ……」

「おはよう。ユージオ」

 

 頭の上から降ってくる眠たそうな声に挨拶すると、締め上げられるような感じで抱きしめられて流石に抵抗した。

 

「むぅ……」

「寝ぼけてないで、起きてよ」

 

 ユージオは意外と寝起きが悪いので、寝ぼけてさっきみたいにきつく抱きしめてきたり、僕の上に乗っかってきたり、毎朝何かしら一悶着あるのがお決まりになっていた。

 

「ほら、起きろよ、ユージオ。今日は大会だぞ!」

「キリト? おはよう。君は何かある日だけ早起きだね……」

 

 外で日を浴びてでもいたのか納屋(なや)の扉を開けてキリトが入って来ると、眠そうなユージオの肩を揺らして興奮を抑えられないと言った感じで語り掛ける。

 

「おはよう。その逆よりはマシだろ。なあなあ、俺ちょっと不安な型があるから見て欲しいんだけど」

「まずは仕事でしょ」

 

 未だ眠そうなユージオと型の稽古をしたいと言うキリトの肩を叩いて作業服に着替えさせると、朝一の仕事である馬への餌やりのためのバケツを握らせて、寝床にしていた(わら)を詰めさせる。

 渋々ながらも、もうここに来て五か月も経つからか慣れた手つきで(わら)を詰めていく。

 (わら)を詰め終えると重たいバケツを二人はそれぞれ一つずつ持って隣の厩舎(きゅうしゃ)へと向かう。僕もそれについて行き、中に入ると壁に掛けてあるブラシを手に取って二人が餌をあげている間に馬へブラッシングをしていく。

 

「賃金でないのにテオも手慣れたな」

「泊めてもらってるから少しは働かないとね」

 

 (えさ)(おけ)に餌を詰めながらキリトが話しかけてきた。僕がブラッシングしていた馬は餌に気を取られて動き始めたので、それに合わせて移動しながらもブラシを動かす。

 ユージオとキリトには賃金が出ているが、僕には出ていない。じゃあタダ働きかと言うと泊まる場所を納屋(なや)とは言え提供してもらっているのだからそれも違う。

 

「もう今日で終わりだね」

 

 キリトが別の馬の餌桶へと移動したのを見送ってブラシをかけている馬相手に呟く。今日で終わればいいと言う不安な思いがない訳ではない。

 仮に策が上手くいかずに三人で衛兵隊への入隊が叶わないことになれば、誰か一人がまたこの農場にお世話になってしまう可能性もある。ユージオを優勝させずにここへ留め置くことだってやろうと思えばできる。けど、そんなことをしてはユージオを裏切るのと同じだ。

 手際よく三人で仕事を終わらせ、厩舎(きゅうしゃ)からでるといつも朝食を取っている丸テーブルへと向かう。

 

「「おはよう! ユージオ、キリト、テオ」」

「おはよう、テリン、テルル」

 

 朝から元気よく朝食を入れた篭を持ってこちらへ挨拶をしにくるテリンとテルル。そんな二人にユージオは笑顔で挨拶すると、僕とキリトも挨拶をする。

 あのユージオ激おこ事件以来、二人はユージオのことを怒らせてはいけない人と判断したのか、それとも一週間も僕たちの関係がぎくしゃくした原因が自分たちに有ると思ったのか、リボンの色を変えて悪戯(いたずら)をするようなことはしなくなった。

 

「今日の朝ごはんはマルベリーのパイだよ!」

「マルベリーは凄く力が付くのよ! 今日の大会で二人が勝てるように、あたしたちが一日がかりで摘んできたんだから!」

「そいつは嬉しいな。ありがとう、テリン、テルル」

 

 胸を張って誇らしげにする二人にキリトは近づくと、二人の頭を少し乱暴に撫でた。嬉しそうに笑みを浮かべていた二人は、ユージオに気付くと少し不安そうな表情を作った。

 

「……ユージオは、嬉しくないの?」

「もしかして、マルベリー嫌いだった……?」

 

 心配していると言うよりは不安そうに顔色を(うかが)う二人にユージオは慌てて顔と手を横に振った。

 これはかなりユージオの怒りが効いているなと、密かに笑っていると懐かしむようにユージオは弁解した。

 

「ち、違うよ、僕も大好きだよ! ただ……ちょっと昔のことを、思い出していただけなんだ。ありがとう、二人とも」

 

 それを聞いて安堵したのか二人は笑顔になると、いつもの丸テーブルへと走っていった。

 感傷に(ひた)るユージオの背中をキリトが軽く叩くと励ます。

 

「俺たちは今日の大会で勝ち抜いて、衛兵隊でもすぐ一番になって、来年にはセントリアに……アリスのすぐ近くまで辿り着く。そうだろ?」

 

 キリトはそう言って僕を見るとニッと白い歯を見せて笑った。確かに物語通り進めばそうなるが、型が不安だの言っているキリトを見ているとキリトをここに残すことになる気もしてくるよ。

 

「僕の未来予知ではそうなる予定だね。でも、僕がここにいる時点で違う結果になるかもしれないんだから、キリトは少し危機感を持った方がいいよ。とはいえ、三人で衛兵隊に入ることを目指さないとね」

「そうだね。そのために僕も頑張ってこの五か月間、アインクラッド流剣術をしっかり教わって来たし、テオと練習したんだ」

 

 少しキリトを脅かすが飄々(ひょうひょう)と躱して反抗的に笑ってくる。ユージオは力の籠った声で決意を示すように拳を握りしめていた。

 三人で衛兵隊に上がるための秘策を成功させるための練習は、流石に特殊なものだったので央都から帰って来てからほぼ毎日同じ練習をしていたし、その度に出費が(かさ)むので持ち帰った宝石の原石もいくつかお金に換えていた。

 

「おーい! なにしてるのよー!」

「はやくきなさーい! もう先に食べちゃうわよー!」

 

 既に席へ着いてパイを食べる準備も終えていた二人が急かすように、手に持ったフォークを振り回して呼んでいる。

 僕たちが慌てて席に着くと、賑やかな食事が始まった。

 

「ねぇねぇ、三人で大会に出てどうするのー?」

「そうだよねぇ、二人までしか優勝できないのにー」

「ふっふっふ。僕には秘策があるからね」

「「なにそれー」」

 

 意味ありげにわざとらしく笑えば、二人は双子らしく息をぴったりと揃えて首を傾げる。何度も見る光景だが、可愛らしさについ笑みが零れてしまう。

 

「秘策は秘密だよ。言っちゃったら秘策じゃなくなっちゃうからね」

「じゃあじゃあ、テリンがその秘策とやらを見破ってやるの」

「テルルたちは今日応援にいくからね、その時にばっちり見てるの」

 

 元気のいい二人はやる気満々のようで、ふんすと鼻息を荒く吐いて二人とも探偵のような顔つきだ。「やれるもんならやってみろ」とお決まりのセリフで挑発すると二人そろって「やってやるの!」と声を揃えて拳を掲げる。それを見た僕たちは揃って吹き出してしまった。

 賑やかな食事を終え、十頭の馬を放牧し、掃除をすると納屋(なや)へ戻り作業着から普段着のチュニックへと着替える。

 なんだかんだで長いこと過ごした納屋(なや)を後にすると、ウォルデ農場の母屋へと向かう。扉をノックすると出て来てくれたのはこの農場の主の奥さんだった。快活な婦人は勢いのある性格の持ち主で嫌いではないが苦手だった。

 

「これ弁当だよ、頑張りな!」

「ありがとうございます」

 

 各々が受け取ると、代表してキリトが婦人の餌食となった。天命が減らないギリギリの加減で肩を強く叩いて豪快に笑う。

 

「シャキッとしな! そんなんじゃ勝てないよ! まあ、負けて来ても今度は三人まとめて雇ってやるから安心しな!」

 

 なんとも豪気(ごうき)な人だと三人そろって苦笑しながら別れた。

 農場が広いことも有って街までは歩いて四十分くらいかかるので、その間に型の復習をイメージでしておく。どうやらユージオもキリトも少なからず緊張している様だったので話しかけるのを躊躇(ためら)ったのだ。

 八月最後の日にザッカリアの街で行われるノーランガルス北域剣術大会には、近くの村や町から大体五十人以上の参加者が集まる大イベントだ。大抵はルーリッドで衛士をしていたジンクのように、剣に関する天職に着いていた人が九割九分だろう。僕たちみたいに無職な奴なんて滅多にいない。

 ザッカリア衛兵隊に入隊できるのは大会の東西ブロックでそれぞれ優勝した者、つまりは基本二名となるのだが、ルールなんてのは抜け穴を探してぶっ壊してこそである。ちゃんと三人で入るための策は用意してある。策を用意してあるものの策が成功するかどうかはまた別問題ではあるが。

 会話が弾むこともなく静かに道を歩いているとザッカリアを囲む城壁と西の大門、そしてその先に見える赤褐色の砂岩を主に使った建物の街並みが見えた。

 しばらくするとポン、ポンという花火の劣化版のような音が聞こえてきた。

 

「実は僕、こうして本物を見るまでさ、ザッカリアの街は存在してないんじゃないかって、少しだけ疑ってたんだよね」

「そりゃどうして」

 

 ユージオの呟きに僕を挟んでキリトが質問を投げかけると歩きながら答えた。

 

「だってさ……ルーリッドの村の大人達だって、ほんとは誰も実際にザッカリアの街を見ちゃいないんだ。前の衛士長だったドイクさんには、ザッカリアの剣術大会に参加する権利があったんだけど、引退するまでに結局一度もその権利を使わなかったからね。ましてや僕なんかがザッカリアに行く機会なんて一生無い筈だった。村の誰も行ったことが無くて、自分の目でも見ることもできない場所なら、ないのと一緒だと思ってたんだよ」

「……そう言う意味では僕って東帝国に行って、央都にも行ってるから凄いよね」

 

 力なく笑うユージオを見て、僕が自慢げに言うと嬉しそうに笑ってくれた。

 

「そうだね、まさか国を越えてるなんてね」

「俺たちの何倍もテオは動き回ってるからな、ちょっと羨ましいぜ」

「凄いよね。僕にはあの村を出るだけでも凄いことだと思ってたのに」

 

 さっきまでの静けさは無くなり、キリトはどこか遠くを見るように空を仰いで、ユージオは明るい表情を浮かべる。

 ちょっと前に出て後ろへ振り向き、後ろ歩きしながら両手を広げて大げさに僕の願いを言ってみる。

 

「世界はもっと広いよ。僕が見せてあげる。色んなところを、色んな世界をさ。約束だよ」

「ありがとう。約束ね」

 

 笑顔を浮かべるユージオに僕は笑い返す。そう、約束だよ。色んなところを、色んな世界を、地球も入れたとびっきりのツアーをね。

 

「俺がいるのに堂々といちゃついてんじゃねぇよ!」

「あ、待てよ!」

「はやくこいよー!」

 

 怒っている割には随分と軽い口調で怒鳴ると、もうすぐそこに見えている門へ五十メートル走でもするかのようにキリトは全力で走っていく。突然の奇行に驚いてユージオと顔を見合わせると、くすりと笑っておバカなキリトの後を追いかける。

 乗馬した衛兵がいるそばまでキリトは先に着くと、こっちに向かって手を振っている。後十メルくらいで合流できると思ったその時だった。突如キリトの隣にいた馬が(いなな)棹立(さおだ)ちとなる。

 

「キリト!」

 

 高く振り上げられた前足がキリトの方へと振り降ろされようとしているのを見て腰の剣を抜くと肩へ担ぐレイジスパイクのモーションを一瞬で終えて、十メルの距離を瞬時に詰めるようにして駆ける。

 こちらに気を取られていたキリトは馬に対応しきれずに見上げるばかりだ。早く早くと七年前と同じような焦燥感に囚われながら疾駆し、キリトと馬の前足の間に丁度システムのアシストが切れた竜仙剣を置くようにして構えた。

 時間にして一秒もない、そんなギリギリでキリトの額から十センほど離れた場所に構えた剣へと、腕や肩へと衝撃が走り剣と馬蹄が当たって金属音が鳴る。どうにか腕一本で剣と馬の体重をほんの一瞬だが支え、キリトが抜け出すのを認めると馬から離れて剣を鞘に納めた。

 

「わ、わりぃ、助かった」

「無事でよかったよ」

「どう、どう……」

 

 申し訳なさそうにしているキリトへ微笑むと視線を暴れる馬へと移す。

 衛兵が必死に手綱を握って馬をコントロールしようとするが全く上手く行かない。暴れる馬は周囲にも被害を出しかねず、周囲の人も遠くへ避難している。

 

「止めるぞ。まず動きを抑えよう」

 

 キリトの言葉に僕とユージオは頷き、キリトは正面左、僕は正面右から抑えにかかる。馬の首を二人掛かりで捕まえて体重を乗せ、暴れようとする馬を押さえつける。ユージオは馬の頭に装着している頭絡(とうらく)という馬具の端を掴んで頭を振り上げようとするのを抑えていた。二人掛かりで首を抑え込まれ、頭を下げるように掴まれている馬は暴れようとしてもバランスをとれなかったり重心を乱されたりして小さな動きにとどまっていた。

 二十秒ほど格闘しても収まる気配のない馬に、違和感を覚えたのか何かに気付いたキリトは頭を抑える背後のユージオに叫んだ。

 

「後ろだ! ユージオ後ろに回れ!」

 

 ユージオが頭絡から手を離すとまた馬の動きが激しくなりはじめるが、そう時間は掛からずに落ち着きを取り戻した。

 一体何が原因だったんだと思いつつも、まだぶるっと鼻息を荒くして首を震わしてはいるが落ち着いている馬の顔を撫でる。撫でる右腕と肩に微かな痛みを感じて顔を顰めるも直ぐに気を取り直す。

 

「よしよし、もう大丈夫だからね。えらい、えらい。衛兵さん、もういいですよ」

 

 相当に怖かったのかまだ若い衛兵さんがギュッと握りしめている手綱を見て安心させるように笑顔で声を掛けると、少し力を抜いたのか手綱が垂れ下がった。

 元の位置に衛兵と馬が戻っていくのを見送り、馬が落ち着いて直ぐにユージオの元へと駆けつけていたキリトの元へと歩く。

 

「おつかれさん」

「何が原因だったの?」

 

 キリトが労いの言葉を掛けてくれ、ユージオは僕の問いに掌に捕まえた虫を見せることで答えてくれた。右掌に平然と虫を乗っけているユージオに尊敬の念は絶えないが、距離は取りたい思いで一歩下がる。

 改めて見ると大きさは四センほどの(せみ)? (はち)? 虫はもう纏めて虫で嫌いだからよく分からないと思っていると、ある虫を思い出した。農場で働き始めた初日に馬なんかの家畜の血を吸う虫がいると聞いた、確か名前は。

 

「オオヌマアブ?」

「そうだよ」

 

 ユージオが頷くとキリトは既に息絶えている虫を右手で摘まんで不思議そうに首を傾げた。

 

「西の森が一番近い濁り沼の筈だからここらにはいないはずだよな」

「ああ、確かそいつって濁った沼の周りにしかいないんだったよね。でも、西の森はちょっと遠いなあ。なんでいるんだろ」

「行商の荷馬車に紛れ込んだんじゃないかな?」

 

 確かこんなシーンあったような無かったようなと大して重要な所ではないからとあやふやな記憶を思い出そうとしていると、大会でキリトと当たる奴が小細工をしていたんだったと思い出した。

 周りを見回してみるがもうさっきの騒動が収まってからは人が散り散りになっていてそれらしい人物は見つからない。

 

「そうかもな……」

 

 死骸として再設定された天命も尽きたのか砂の様にオオヌマアブの死骸は消え去り、キリトが手を軽く払うと軽く息をついて言った。

 

「ま、大した怪我をしなくて良かったよ。テオは大丈夫か?」

「うん。僕は二人よりも操作権限が高いから馬の体重くらいなら平気だよ」

 

 微かな右腕の痛みを意識の外へと追いやって答える。これくらいなら支障は無い筈だ。

 ユージオは僕の言葉に安堵したのか微かに笑みを浮かべる。

 

「いきなり飛び出て行った時はビックリしたよ。テオは昔から無茶をするよね」

「本当にありがとう」

「どういたしまして。あれくらいどうってことないよ」

 

 両腕で力こぶを作って見せると二人は笑ってくれた。

 ザッカリアに入るために西門へと歩き始めると、思案気にしていたキリトが顔を上げて意味ありげに話しかけてきた。

 

「絶対に三人で衛兵隊に入ろうな。たとえどんな邪魔が入っても」

「邪魔だなんて大げさだな、キリトは」

「邪魔と言うか、さっきみたいなトラ……予想外なことが起きるかもしれないから大会前も気負抜くなってことだよ」

「そうだねー、キリトは厄介な引き寄せ体質だから、また事件に巻き込まれるかもね」

「おい」

 

 軽口を叩きながら西門を通り、もう何度来たのか忘れたザッカリアへと入った。大会があるからか人通りはいつもより多い気がするし、店も繁盛している様で活気にあふれている。

 とは言え京都や東京の人ごみに比べたらがら空きみたいなもんだけど。

 街なかを慣れた足取りで進み、屋台を虱潰(しらみつぶ)しに見て回るキリトは気に入ったのが見つかったのか腹の足しにするために肉まんじゅうを買っていた。

 僕とユージオも串焼きを一本ずつ手に持って食べながら会場の受付を目指す。

 

「いつもより人多いね……」

「まだ慣れない?」

「流石に慣れたけど……やっぱり人が多い所はあんまり好きじゃないや」

 

 安息日には毎回と言っていい程ザッカリアへ一緒に遊びに来ては色んなところを見て回っていた。大会での秘策を実現するための道具も買いに来ていたので顔見知りもそこそこいたりする。

 

「そんなこと言ってどうするんだよ。本番は何百人もいる中で試合するんだからな。ウォルデのおやっさんにおばさん、テリンとテルルも来るんだからカッコ悪い所は見せられないぞ」

「わ、わかってるよ……」

「そう言うキリトは、型、バッチリなのかな?」

「な、なんとかなるさ!」

 

 不安そうなユージオを脅かすキリトをからかうと、逃げるように足を速めて先に行こうとする。結局ドタバタしていて朝に型の復習をすることはほとんどできなかったのだ。

 

「ほんといい加減だよね……今はそれが羨ましいよ」

「まぁ、練習と同じようにすればいいさ。本番だからって気負いすぎることもないよ」

「そうだね。練習は本番のように、本番は練習のように、だね」

 

 ユージオは笑顔になると僕の教えたモットーを口にする。精密で緻密な技術が求められる戦いを披露しようと言うのだから緊張で動きが鈍ってズレが生じてしまうことは避けないといけない。だから常々練習の時からこの言葉を口酸っぱく言っていた。

 話している間に大会の会場となるこのザッカリア最大の施設である集会場へと着いた。正面に見えるこの建物は長方形の広場を取り囲むように階段状の客席が設置されており、収容客数は確か五百人近かったような気がする。

 普段は劇団や楽団、領主の演説などに使われる場所で、この前にもユージオとのデートで劇団の芝居を見に来たことがある。あの時は楽しそうに目を輝かせて劇を鑑賞するユージオにこういうのもいいなと思ったものだ。この世界じゃ娯楽施設と言うのが少ないことも有ってデートといっても食事するか、郊外に探検に行くかくらいしか思いつかないからね。

 

「いつ見ても、大きいよね……ここで試合するのか……」

 

 ため息交じりに不安そうな心境を吐露するユージオの手を握って、先についていたキリトと受付に足を運ぶ。

 殆どの人間が既に登録を終えているのか、集会場正面入り口に設けられた出場者登録窓口は閑散としていた。口ひげを生やした初老の衛兵は暇そうな顔をしていたが、僕たちを見ると目を(すが)めて見定めるように視線を動かした。

 

「三人分登録をお願いします!」

 

 キリトが威勢よく言うと、衛兵はもう一度僕たちをしっかりと見てから咳払いをして言った。

 

「大会に出るには北域の町や村で、衛士の天職についているか、ザッカリアで衛兵見習いの職にあるか、あるいは……」

「そのあるいはです。テオ、あれ」

 

 キリトに促されると長いこと愛用しているリュックの中から三枚の羊皮紙を取り出す。それぞれの名前が書かれている村長直筆の証明書だ。

 赤いリボンで一纏めに丸めて結ばれてある羊皮紙を衛兵に渡すと、リボンを解いた後丁寧に丸まった羊皮紙を広げて読み始めた。

 

「なになに……ふむ、ルーリッド村長直筆の証書か。『この書状を携える若者、ユージオはステイシア神の皆の元に与えられた天職を成し遂げ、新たな道を求める身であることを証する』……ほほう。ユージオは誰だ? キリトは? テオか? ……ふむ」

 

 証書を読み終えた衛兵は小難しい顔で証書に書かれていた名前を読み上げ、それに手をあげて僕たちは答えた。最後に僕が呼ばれたとき変な間があったような気がして焦ったが気のせいだったようで、口角をあげて明るい声で喋りはじめた。

 

「つまり、最北の小村ルーリッドで、しかも衛士ですら無かった小僧っこらが、新しい天職として栄誉ある我らがザッカリア衛兵隊員たらんと望んだか。ん?」

「はい。そういうことです。剣術大会の出場登録の方よろしくお願いします」

「よかろう」

 

 書類を渡したために一番近くに居た僕が答えると、机に置いてあった上質な紙を紐で纏めた台帳を広げてペンを一本差し出した。

 

「ここに名前と出身、剣技の流派を書きなさい」

「はい」

 

 ペンに手を伸ばすと既に何人もの選手の名前が書かれているその下の枠に、すらすらと名前、出身を書き、一拍置いてから流派を書きこんだ。上の枠を見ると他の流派が書かれているが、僕の書いたアインクラッド流はどこにも、それこそページを捲っても書かれてはいないだろう。

 僕が書き終えてペンを卓上に置くと今度はキリトが書き、それに続いてユージオも書きこんでいく。

 ユージオは書き終えるとペンを衛兵に返し、内容の確認をするべく台帳の向きを変えた衛兵が目を(すが)めたのをみて不安そうにこちらを見て来たが、大丈夫だという意味で微笑んだ。

 

「ふむ。ワシも剣を握って長いが、ついぞ聞かん流派じゃのう。ルーリッドあたりにこんな流派が会ったかの?」

 

 疑問を口にする衛兵にユージオは不安な表情を消しきれていなかったが、キリトは平然とそれに答えた。

 

「最近できた流派らしいですよ」

 

 キリトの答えに僕たちが便乗するように頷くと、衛兵は一先ず納得したのかそれ以上は聞かなかった。

 嘘は言っていないが嘘と誤解するような言い回しに、僕は内心苦笑していた。なんせ同じようなことを散々とやってきたから、嘘を言わずに嘘を作り上げる妙な印象操作技術を習得してしまったものだ。

 衛兵は三枚の番号が書かれた銅板を卓上の箱から取り出すとそれぞれ僕たちに渡した。僕は55番、キリトは56番、ユージオは57番だ。

 

「十一時三十八分までに会場の控室に入りなさい。最初にクジによって東組、西組と分けられる。試合用の剣もそこで貸与されるからの。十二時の鐘で、先ずは予選じゃ。型の演武で八人にまで絞られる。一番から十番までの型は事前に配布した要項(ようこう)の通りじゃが、大丈夫かね?」

 

 僕とユージオが揃って頷き、キリトは曖昧に頷く。衛兵は鷹揚(おうよう)に頷いて話を続ける。

 

「よろしい。続いて二時からが本番じゃ。八人が四人、二人、そして一人になるまで試合を行う。その一人……つまり東西で二人の勝者に、晴れてザッカリア衛兵の天職が与えられるというわけじゃな」

 

 僕たちはその言葉に頷く。しかし、心の中でそれは少し違うと付け加える。

 この大会の規則が書かれた紙を事前に事細かく確認していたが、そこに書かれていたのは目前の衛兵が説明した内容と少し違う。彼が嘘を言っている訳ではないが例年というかそれが当たり前すぎて条件を無意識の内に限定してしまったのだろう。

 選手登録を済ませた僕たちは近くの屋台で腹ごしらえしてから選手の控室に入った。

 控室に入ると結構広めの部屋だった。四脚の椅子が壁の両端に並べられているが、片方は少し上等な椅子の様でそこには誰も座っていない。

 僕たちが入った途端、既に集まっていた参加者五十四人は一斉にこちらを見定めるように睨みつけてきた。ザッカリアの衛兵見習いの制服を着ている若者が十人、他は殆どが壮年のがっしりとした体格を持った男達だった。筋骨隆々という言葉が似合う人達に見られているからかユージオは心細そうにしているが、キリトは平然としている。

 

「よかった……」

「な、何が良かったんだよ」

 

 キリトの呟きに緊張を隠せないユージオは恨めしそうに聞いた。

 

「女性の出場者がいなくてさ」

「……あのなあ、キリト……」

 

 呆れからか、いつもの調子のキリトに緊張感を壊されたからかユージオは溜め息を吐いた。

 

「お前らだって、女の子相手に試合なんてことになったら困るだろ?」

「まさか、僕は男でも女でも容赦しないよ。ユージオ以外ただの人間だし」

「た、ただの人間って……じゃあユージオは何なんだよ」

「特別な天使に決まってるでしょ」

 

 引き気味のキリトが僕の堂々とした発言を聞いて顔を引き()らせていたが、お構いなしにユージオの手を握る。だが驚天動地の出来事が起きた。手を直ぐに離された。これはなんだ、天変地異の前触れか、世界崩壊が迫っているのか。

 茶番をしている間に僕たちへの興味が失せたのか周囲の視線は向けられなくなっていた。

 

「驚天動地、天変地異、世界の終焉、人類滅亡……」

「テ、テオ、そのここでは……」

「聞こえてないぜ。それよりも……」

 

 呆然としている僕を放置して二人はこそこそと話を始め、キリトはこの控室を歩き回りはじめた。僕が心の平穏を取り戻すに要した五分をたっぷりと使って何かを探っていたらしいキリトはユージオに向かって(ささや)き声で言った。

 

「顔を動かすなよ。二列目の長椅子の、一番奥に座ってる若い奴見えるだろ」

 

 心の平穏を取り戻した僕は二人の会話に聞き耳を立てる。キリトの言う場所を視線だけ動かして確認しようとするが、左目だけの視界では確認できなかった。ま、確認できずとも予想はできている。

 

「うん。衛兵見習いの制服を着てる人?」

「あいつと試合することになったら気を付けろよ。何かしてくるかもしれない」

 

 怪訝な表情でキリトを見詰めるユージオをあいつから隠すように隣へ立つ。

 

「あいつはキリトと当たるから安心しなよ。何してくるか言おうか?」

「いや……いい……」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をして遠慮するキリトに声を出してしまうのを我慢しながら笑ってしまった。

 笑いが収まらずに手を口に当てていると、肩に手を置かれてユージオに背筋が凍りつくような低い声で名前を呼ばれ押し黙る。僕の言葉で何かしらあいつがしてくると分かったのだから、キリトを心配するユージオはふざける僕に怒ったのだろう。

 何かもう尻に敷かれているというか手綱をがっちりと握られてしまっている。

 

「大丈夫なの?」

「キリトなら大丈夫だよ」

「まあ、へまをしない様に頑張るさ」

 

 僕の一言でユージオは安心したのかそれ以上は話題にしようとはしなかった。

 

「さ、剣を貰おうよ」

 

 話題を切り替える為かユージオは顔を明るくして自分の57と数字が刻まれた銅板を右手に出して僕たちへ見せた。それに頷いて三人で一緒に受付に行くと参加登録の銅板と引き換えに剣を借りる。この剣は全参加者が使う共通の剣で、木剣ではなく鉄剣だ。

 優先度は低いが人を傷つけるには十分な威力がある。とはいえ寸止めの規則があるから血が流れることは普通はありえない。まあ、あいつは思考を捻じ曲げてこねくり回してキリトを傷つけようとしていたが。

 長椅子にユージオとキリトが僕を間に挟んで座って直ぐに、奥側の入り口から箱を抱えた四人の衛兵が入って来た。中には出場登録をしたとき受付で対応してくれた人もいた。

 隊長であろう金色の肩章をつけている茶髪で筋骨隆々な中年の男が簡単な挨拶を終えると、別の衛兵が控室へと大きな箱を運び入れた。体格に反して優しげな隊長は箱の淵に手を置くと言った。

 

「この箱の中には、一から二十九までの数字が書かれた球が赤と青の二種類ずつ、合計五十八個入っている。諸君には(ふた)に開いた穴から手を入れて球を一人一個ずつ取り出してもらう。赤が東の組、青が西の組だ。予選の演武は、数字の順番に行う。質問が無ければ、前に座っている者から順に球を……」

 

 隊長の言葉を最後まで聞かずにキリトは立ち上がるとそそくさと箱の前まで移動する。全くせっかちな奴だと呆れながらも、慌てて立ち上がったユージオに僕も続いた。

 

「どうした、引いていいぞ、若いの」

 

 何をしているのかせっかちなくせに催促されているキリトを見て、何か企んでいるんだなと思ったが「こんな土壇場で企まずとも、何日も前から仕組んであるから引き給え」と偉そうに胸中で呟いた。

 キリトが右手を箱の中に入れてガサガサと漁り、諦めたかのような表情で赤色の球を取り出した。キリトは東組に決まった。

 続いてユージオがキリトの引いた色を気にしながら箱に近づいて右手を差し入れる。数秒箱をかき混ぜた後に「えいっ」という可愛らしい声と共に球を取り出した。今の声を録音しておきたかったなどと思考が逸れ始めていると「青だよ」と緊張した面持ちでユージオは色を知らせて来た。ここで別の組になったら今までの練習が全て水泡に帰してしまうことを気にしているのだろうが、今までの努力を一時(いっとき)の運で左右されるような計画は立てたりしてないから安心して欲しい。

 箱の中で頑張ってくれているであろう彼女に感謝しながら右手を突っ込むと、球をかき混ぜたりするようなことはせずに手を浮かせて開く。すると球の方からまるで僕を選んでと言う風に掌へと吸い付いてくる。実際はシャーロットが僕の望みの色を渡してくれている訳だが。

 受け取った球を箱から取り出して青色なのを確認すると、ユージオに笑顔で腕毎突き出して見せた。

 

「ふふ、青だよ」

「やったね!」

 

 僕が色を見せた瞬間に破顔して嬉しそうにしてくれるユージオに見惚れてついつい箱の前を陣取ってしまい、次の奴に邪魔だと言われてしまった。しかし、今の僕はユージオの笑顔のおかげでとても寛大だから謝って素直に譲ってあげた。

 一番早くにクジを引き終えた僕たちは一番奥の長椅子に座って待機していた。十何人目かにあいつが引いたクジを確認すると赤色だったので、一先ずは安堵する。

 何処から湧いてくるのか分からない余裕な表情で剣を触っているキリトと、緊張からか手を忙しなく組み替えているユージオを見て、一声かける。

 

「頑張ろう」

 

 僕の言葉に頷いた二人に拳を突きだすと、キリトが直ぐに拳を当ててくれ、意味を察したユージオが拳を当てる。視線を合わせて笑みを浮かべると、全員がクジを引き終えたのか東西で二列に番号順で並ぶように言われた。

 

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