Sword Art Online -Project Salvation-   作:青き勇者

15 / 20
第二章 モディファイアー -Modifier- 06

 このザッカリアの街へやってくる人たちはぐるりと囲む城壁の中へと入るために、必ず東西南北の城門を通る。それはダークテリトリーの住人も同じで、そういった者が街へと侵入してしまわない様に見張り、必要に応じて戦うのがザッカリア衛兵隊へ入隊した僕の仕事のひとつである。

 とは言ったものの、そんな事態が起きたためしはここ三百年以上なかったので、ただ石像のように突っ立っているのが大半であり、時たま道を聞かれるとそれに答えるくらい。

 週に四日は半日を門番として過ごしている。そして、それ以外の時間は専ら訓練であり、稽古や素振り、筋力や体力作りなどが主な内容で、訓練が終わると夕食をとってお風呂に入って寝るだけだから、最近はあまりアインクラッド流の秘奥義を練習できていない。

 

「ユージオー、一緒に寝よー」

「いいよ」

 

 二段ベッドが左右の壁際に備え付けられている衛兵隊舎の四人部屋で、僕たち三人は過ごしているけれど、ベッドは二つ空いている。一つはただの空き、もう一つはこうして僕とテオが一緒のベッドで寝るから空いている。

 

「ほんと仲良いな、おまえら」

「羨ましいですかー?」

「羨ましくねえよ」

「またまたー」

「もう、テオ、寝るよ。おやすみ、キリト」

「はーい」

「おやすみ」

 

 軽口を叩きあう二人に溜め息を吐きながら灯りを消すと、既に僕のベッドへ寝転がって待っているテオを見つけて微笑む。もうこれが当たり前になっていることが嬉しかった。

 村での生活はテオがいなくなってから少し(すさ)んでいて、みんなからも家族からも距離を置かれていて寂しかった。あの時はテオがいなくなったことに頭が一杯一杯で自分の気持ちなんて気にする余裕もなかったし、ウォルデ農場に来てから直ぐに怒って距離を取った時もテオのためだからと誤魔化していた。けれど、僕が怒った反動なのかテオが毎日抱きついて寝るようになってからその温かさが、息遣いが頭から離れなくなってしまった。

 だから、ひと月もテオが央都へ向かうために離れて初めて、自分のことを考える余裕ができてしまい寂しいという感情に気付いてしまった。寂しい、一度そう気付いたのならもう歯止めはかからず心の内からどんどん溢れてくる。

 僕は似たものを知っていた。テオと出会えたあの時に感じたとめどない幸せを。

 自覚してしまえば躊躇(ちゅうちょ)することなく僕から抱きつけた。今までの寂しさを紛らわすように幸せを享受したくて、心をテオの温もりで満たしたくて行動に移した。

 でも最近になって違う思いが脳裏を掠める。テオが時折見せる顔がチラついて、その度に寂しさでも幸せでもない別の感情が芽生えてしまう。

 

「どうかした?」

「テオは……えっとね、最近アインクラッド流の練習があまりできてない、よね?」

「そうだね。明日練習する?」

 

 衛兵隊に入ってからは仕事時間内に鍛錬の時間を設けられているけど、基本的な型の練習とかばかりで、秘奥義まではあまり練習できていない。それがアインクラッド流のような秘奥義が複数個もあるとなれば尚更に。

 

「うん、そうしよう。キリトは?」

「ああ、いいぜ」

 

 提案に頷くとテオの肩越しに向かいのベッドで寝ているキリトへ投げかけると、背中を向けたまま返事をしてくれた。

 

「それじゃ、明日は練習ね」

「うん、おやすみ」

「おやすみ」

「おやすみー」

 

 明日の約束をして目を瞑ると、テオは僕の胸へと顔を近付けていつもの位置に納まった。僕はそんなテオを抱きしめようと手を伸ばして一度空中で彷徨(さまよ)う。ちらつくんだ、テオの真剣な顔が。

 

「……ユ、ジオ……」

 

 今日は一日訓練だったから疲れていたのか直ぐに寝てしまったテオの寝言に、宙を彷徨(さまよ)っていた手は優しく背中へと回して落ち着いた。

 僕よりもちょっと高い体温はじんわりと触れ合った場所から広がっていく。

 

「テオ」

 

 好きだ。

 

「ん……ユージオ?」

「おはよう」

「……おはよう。珍しいね、早起きなんて……」

「久しぶりに練習するってなると目が覚めてね」

 

 もぞもぞ姿勢を変えようと動くテオへ回す腕の力を少し抜くと、顔を水面から上げた時のようにパッと息を吸い込んで胸の位置から僕を見上げ、眠たそうな笑顔を浮かべた。

 欠伸を一つして涙を滲ませると目を擦りながらテオは起き上がり、僕の頬へ少し屈んで口づける。

 

「楽しみなら早く仕度しないとね」

 

 もう一度あくびをしながらベッドを降りてキリトを起こしに行くテオへ視線を送りながら、ベッドの淵に座って寝間着のシャツを脱ぐ。肌寒さを感じて腕をさすってからベッドの上に放ると、隣にある箪笥から白い半袖の薄生地のシャツと半ズボンを取り出し、青い長袖のシャツと紺の長ズボンを取り出す。

 

「もう五分、いや十分だけ……」

 

 枕に顔を埋めてぼそぼそと呟くキリトは毎度のことながら、それに対峙するテオもまた毎度のことだった。ズボンも脱いでシャツと同じように放ると、動きやすい半袖シャツと半ズボンを着る。僕がそこまで終えたところで、掛け布団を(まく)っても起きてこないキリトにテオが焦れて顔面直上へ手を(かざ)した。

 

「システム・コール・ジェネレート・アクウィアス・エレメント」

「……?」

「フォーム・エレメント」

「……し、しんせい、ちょっと、待った! 起きるから!」

「ごめん、もうエレメント生成しちゃったよ。リキッド・シェイプ・ディスチャージ」

「うわぶっ!」

 

 式句を聞いて慌てて起き上がるキリトに、容赦なく言い放つと頭上で大きなしずくを一滴おとす。キリトの頭に水が弾けるようにして直撃すると、寝癖もろとも顔を濡らして前髪から水滴をぽたぽたと落下させつつ、恨みがましい目をテオに向けていた。

 神聖術を使って起こすのはたまにあることだけど、式句の途中で会話をしても素因(エレメント)を保っていられるなんてやっぱりテオは凄いよ。

 

「この野郎……ユージオからも何か言ってくれ」

「ダメだよ。水だとベッドが濡れちゃうよ」

「あっ、そうだね。気を付けるよ」

「いや、そこじゃないから!」

 

 幽鬼のように濡れた黒い前髪を垂らして怒るキリトに僕とテオはついつい笑ってしまい、それにつられたのか呆れたのか少し笑って濡れた前髪を掻きあげていた。

 テオは手ぬぐいを一枚キリトへ放り投げると、早く仕度するように促してシャツを脱ぎ始める。

 

「食堂が開くまであと三十分くらいあるから、軽く運動でもしておく?」

「うん、体を温めておこうか」

 

 鐘が一度からんと鳴ったのを聞いたテオがズボンを履きながら言った。着替えている間に少し冷えた体をさすりながら頷くと、キリトはくしゃみをしてから頷いた。

 

「こっちでもいいけどねー」

 

 くしゃみをしたキリトを無視して僕に抱きついてくるテオへ、流石に怒って軽く拳骨を落とすと冬用の少し厚い上着をキリトに掛けてあげる。

 

「痛い……」

「調子に乗らないの」

「……はい」

「ありがとう、ユージオ。ちょっと昨夜は冷えたからな。……いや、お前らは違うかもしれないが……」

 

 頭のてっぺんを抑えるテオが首を傾げるとキリトは苦笑する。

 もう九月も今日で終わり、明日から十月に入る。衛兵隊に入ってからのひと月はそれなりに充実していて、覚えなきゃいけないことや辛いことも一杯あるけどこうやって三人でいられるから苦じゃなかった。

 最後にキリトが着替え終えると部屋を後にして直線の廊下を通って、安息日だからかまだ静かな隊舎から出る。衛兵隊の敷地内に巡らされている持久走用の道が隊舎のすぐそばを通っているので、軽く体操をして体をほぐすと三人で並んで走り始めた。

 

「朝は、気持ちいいね」

「そうだな」

「澄んでいて、体も軽く、なったようだよ」

 

 訓練の時に比べたら余裕のある走りで鍛錬場の外周へと辿り着く。訓練の時はいつもこの一周二キロルくらいの道を十周させられる上に、時間制限つきのオマケで遅いと罰として一週間分の超過時間分を門番の時間を削って走らされる。

 僕たち三人も最初の一週間は時間をかなり越えてしまって、門番の時間をまるまる走らされ、さらに午後の訓練でも走らされるという地獄を二週間目の初めの日は味わった。

 隊長いわく新人は大体こうなるらしく笑っていた。

 

「おはよう。久しぶりだな、三人とも」

「お、おはようございます、隊長。お久しぶりです!」

「おはようございます、その節はどうも」

「おはようございます」

 

 日課なのか僕たちの後ろから隊長が走って来たので、僕が挨拶をするとそれに続いてテオとキリトも挨拶をする。

 

「今日はどうしたんだ?」

「今日は少し体を動かそうと思いまして、その前に軽く温めようかと」

「そうか。元気にやってるか?」

「はい、おかげさまで」

 

 僕たちと横並びになると進捗を尋ねる隊長に、僕を挟んでテオが答えて会釈する。

 鍛錬場を抜けたあたり、ちょうど半周に差し掛かったところでテオは隊長に質問をした。

 

「気になっていたんですが、どうしてあの時あんなことを?」

「ま、長いこと審査員をしていると、いろいろ考える訳だ。例えばそう、引き分けになったらどうなるか、とかな」

「そうでしたか……あの場で隊長だけ、優勝者を一人にしようとはしなかったので、不思議だったんです」

 

 ずっと胸につっかえていたことが解決できたからなのか、緩やかな曲がり角を走るあいだ晴れやかな顔をしていた。

 

「俺が助け舟を出したのは、お前らの実力を買ってのことだ。大した実力なく引き分けだったなら、あのまま予選の得点で、決まってただろうな」

「……ありがとうございます」

「そういう訳で、頑張れよ」

 

 励ましの言葉と共に僕の肩をポンと叩くと、かなりの速さで走り去っていく。隊長の後ろ姿に僕たちは頭を下げると、隊舎が見えたので速度を落として歩き始めた。

 食堂で朝ごはんを食べ、少しゆったりとした時間を過ごしてから剣を帯び、門番の先輩に挨拶をして西門を通った。安息日にも門番の仕事はあるが、新人である僕たちはまだそういった不規則な時間の仕事を与えられていない。

 

「このあたりでいいか」

 

 街から一キロルほど離れ街道から少し逸れているここは、短い芝生があるだけで他には何もない練習するにはうってつけの場所だ。

 

「まずは軽く素振りしてから単発技をしよう」

「「はい」」

 

 いつものように師匠と弟子の関係へ気持ちを切り替えて青薔薇の剣を振る。隣でテオが僕と同じ速さで振り、キリトは僕たちの前で対面して素振りをする。

 最初の頃は剣筋が曖昧でよくキリトに指摘されていた僕とテオも、あれから半年が経って綺麗な風切り音が聞こえるまでに上達した。

 素振りで体を慣らした次はホリゾンタルやスラントを練習し、二連撃であるバーチカル・アークとホリゾンタル・アークを練習する。

 普通は一つの流派に一つの秘奥義しかないのだけれど、どういう訳かキリトが教えてくれるアインクラッド流には僕が知るだけでも六つはある。まだまだ底のしれない流派で謎は多い。

 休憩のために芝生の上で手足を投げ出して寝転ぶテオの横へ座ると、勢いよく寝転んだせいか乱れてお腹が見えているシャツを直してあげる。

 

「きもちーよ。ユージオも寝転びなよ」

「うん」

 

 腕枕にしていいという合図なのか頭の位置に腕を用意して僕へ寝転ぶよう促す。ゆっくりと頭を降ろしていくとテオの上腕にぶつかり力を徐々に抜いて行く。

 

「キリトも寝転ぶ?」

「腕枕は遠慮しとく」

 

 空いた左の空間でパタパタと動かすテオの腕を見て苦笑したキリトは少し離れた位置に寝転んだ。

 

「もう少し寄りなよ。距離を感じる」

「わかったからその手をどけてくれ」

 

 意地悪く投げ出されたままの左腕を見咎めたキリトが苦言を呈するとテオは大人しく左手を自身のお腹の上に置いた。開いた場所にキリトは改めて寝転び直すと一息ついていたが、すぐにテオが肩に手を回して引き寄せる。

 

「おい……もう懲りただろ」

「こりごりだけどね、こうしてたいんだから仕方ないよ」

「ユージオはいいのか?」

「僕は構わないよ。キリトは友達だから」

 

 テオは僕が他の人と仲良くしていると妬いちゃうくせに、今みたいにキリトへ触れたりする。心を許すようになったのか前みたいにふざけているだけなのかは判然としないけど、いがみ合うことは減ったから僕は嬉しい。

 

「……そっか。まったく……少しはその抱きつき癖みたいなのを治せよ」

「やだよ。落ちつく」

「こっちが落ちつかないよ」

「大丈夫。ユージオ以外、眼中にないから」

「はあ……」

「似たような会話、何回もしてるような気がするよ」

 

 頑固なテオに呆れ混じりの笑いを零すと視線を空に向けて深く息を吸い込んだ。それに倣ってかテオもキリトも青い芝生の匂いとほどよく湿った土の匂いが混じる空気を胸いっぱいに吸い込み、しばらく無言でゆったりと流れる雲を見ていた。

 

「幸せはずっとずっと近くにあるもの。でもそれに気付けるのは幸せが手の届かない場所へ行ってしまったとき。僕ね、幸せだよ。今が幸せ。本当の意味で幸せには気付けてないのかもしれない。だけどね、後で幸せだったって気付いてしまった時に胸を張ってあの時も幸せだと思っていたと言いたい」

「テオ……?」

「この世界に生まれて幸せだ。ユージオに会えて、恋人になれて幸せだ。キリトと旅ができて幸せだ。僕は全ての世界で一番の幸せ者だよ」

 

 どこまでも澄んだ青空と棚引く白雲を穏やかな表情で見つめたまま、唐突にテオは視線を一度も動かすことなく語り始めて、まるで空の向こうを見ているような、何かを思い出しているような、そんな不思議な面持ちで言い終えまた黙り込んだ。

 

「僕も幸せだよ。テオと出会えて、恋人になって、そばに居られて。キリトに剣術を教えて貰って、遊んで。テオとキリトと一緒にいられて幸せだよ」

「俺も幸せだ。二人と会えてよかった。ほんとうに……」

 

 僕もテオと同じように空を見上げながら言葉を紡いでいく。随分と僕は思いを口にすることができるようになったと最近は感じる。それもこれもテオが明け透けに向き合ってくれるから、言葉でちゃんと気持ちを伝えようとしてくれるから。

 僕は解ってる。こんな風に遠慮なく話せる人がいることも、弱音を吐き出してしまえる人がいることも、愛し合うことのできる人がいることも、そのどれもが幸せなことなんだってことを。

 

「あー、えっと、こんな辛気臭い雰囲気をつくろうとしたわけじゃないんだけどさ、ほら、続きしようよ」

「あれで辛気臭くなるなってのは無理だろ」

「ふふっ、ためになったよ」

「あーもうっ、いいから、つ、づ、き!」

 

 照れているのか首を振って起き上がろうとするけど、僕の頭の下に腕があることを思い出してテオはじれったいだろうにその場から動かずにじっとしている。そんなちょっと優しいテオに微笑んで体を起こすと、頬を少し赤く染めながらそばに寝かせていた剣を手に取ってすたすたと距離を取られてしまった。

 そんなテオに勢いよく跳ね起きで立ち上がったキリトが「三連撃技するか?」と呼びかけると、さっきのことも忘れて目を輝かせながら引き返し、早く早くとキリトと僕を急かしてくる。

 いつもの楽しい光景を眺めながらテオの様子を思い返す。僕にも解る日が来るのだろうか。テオが僕たちよりも、空よりも、さらにその先に見ているものを理解できる日は、知ることのできる日は来るのだろうか。

 

 

 

 

 

「こういうのとかどうかな」

 

 午後を知らせる鐘が奏でられ、アインクラッド流の練習を終えた僕たちは街で食事をとってキリトと別れた。テオが二人きりで「でーと」をしたいと言い出したからだ。

 今は雑貨屋で一般的なペンダントを三種類テオが手に持って僕に見せている。

 

「うーん、もう少し実用的な方がいいかも……」

「ああ、そっか、じゃあコップとか?」

 

 隣の陳列棚へ移動するテオを新鮮な気持ちで追いかける。いま選んでいるのは誕生日の贈り物だ。いつも僕に送ってくれる贈り物はテオが一人で用意してくれるので一緒に選んだりしたことが無かったからこんな風に悩んで選んでくれていたんだと思うと嬉しい。

 ただ、いま選んでいる贈り物は僕への物じゃなくてキリトへ贈る物。どうしてテオが記憶を失っているはずのキリトの誕生日を知っているのかと聞いても予知夢で見たとしか答えてくれなかったけど、最初はいがみ合っていたテオがキリトに誕生日の贈り物を用意しようと提案してくるなんてね。

 

「そうだね、いいかも」

「ほんと? どんなのにしよっかな」

 

 マグカップが並ぶ棚をつぶさに見ていくテオの顔は真剣だけれど楽しそうで、時々みせる表情とはやっぱり違う。

 どうしても考えてしまうんだ、テオの真剣で苦しそうな顔をするとき何を考えているのか。ううん、本当は何を考えているのかなんて僕は解ってる、解っているけどそれを認めてしまえばきっと僕はテオの前で笑えなくなる。

 

「テオはいつも僕のを選ぶときどうやって選んでるの?」

 

 自分の思考を紛らわすように話しかけると、テオは視線をコップに向けたまま少し唸ってからこちらを見た。

 

「ユージオはどんな物を贈っても絶対に喜んでくれるからさ、何を贈れば喜んでくれるかじゃなくて僕がユージオに何を贈りたいかで決めているんだよ。だから、何を贈れば喜んでくれるかを考えるのは結構むずかしいね」

「そうだったんだね。キリトも何を贈っても喜んでくれると思うけどなあ」

「いやいや、ユージオくらいだよ、虫をあげても喜んでくれるの」

「あ、まさか虫で試してたのかい?」

「ま、まあね。あ、これはどう?」

 

 追及を逃れるようにコップを両手に一つずつ持って僕に見せる。右手には青い本体と黒の取っ手、左手には白い本体と赤の取っ手というごくごく単純な色合いだけれど使いやすそうなコップを掲げて僕の返事を待っている。

 

「僕はこっちかな」

「僕もこっち。会計してくるよ」

 

 テオは白いコップを手に勘定場へ行き、しっかりとした布で包装してもらっていた。

 

「いくらだった? 半分出すよ」

「いいの? ユージオは選ばなくて」

「選びたいのはやまやまなんだけど……その、お金があまりなくて。だから半分ずつならと思って」

「分かった。六百シアだったから三百シアちょうだい」

 

 店の外に出て近くに設置されている長椅子に腰掛けると、テオに百シア硬貨を三枚わたす。

 テオはまだ竜の棲み処から取って来たと言う宝石の原石を売り払ったお金が残っているらしく、僕たちの中では一番お金を持っている。とは言っても、その殆どがザッカリアの剣術大会で引き分けを演じるための稽古で使う木剣を買い込むのに消えてしまっているはずだ。練習の度に剣を折っていたのだから、木剣を買っていた店主には名前も顔もすっかり覚えられてしまったものだ。

 

「そういえば、お金は後どれくらいあるの?」

「う、うーん、うーんとね……二百万くらい」

「に、にひゃっ!?」

 

 ちょっとした好奇心で聞いてしまったのを直ぐに後悔する金額に変な声が出た口をなんとか塞ぐと視線で説明を求めた。

 木剣を買うだけでも八十本ほど購入しているから三十万は使っているはずなんだ。それに街で遊んだり、央都への旅の道中に泊まる宿屋で二十万は使っているはずだから、それでも五十万。僕が農場で四か月働いて貰ったのは三十万くらいなのに。

 

「えっと、ルビーは300グムくらいで40万だったんだけど、サファイアが貴重らしくて180グムで250万くらいしたんだよ。流石にそんなにもお金を持ち歩けないから、まだサファイアは原石から取り出した粒、だいたい150万シア分くらいとってあるよ」

「も、もうなんて言ったらいいか……ダイヤは?」

「まだ鑑定してないけど20グムで一千万、とか、かな?」

「いっ、いっせ……」

「ま、まあ、全部が全部、綺麗な奴じゃないし五百くらいだと思うよ」

「そ、それでもね……」

 

 開いた口が塞がらないとはこのことだなと他人事のように思いながら呆然としていると、この話は終わりという意味でぱんとテオが掌を打ち鳴らして、お腹が空いたなあとお腹をさすり背もたれに凭れかかった。

 そういえばさっき三時を知らせる鐘の音が鳴っていたことを思い出す。

 

「軽食でも食べようか。あ、そうだ、気になってた屋台があるんだ。直ぐに買ってくるからここで待っていなよ」

「ほんと? ありがとう。これ選ぶのにけっこう疲れたよ」

 

 何店舗も転々と歩き探したから疲れたのも仕方が無いと、足をぶらぶらさせるテオに微笑む。

 ここから歩いて二分ほどのところにある屋台の、芋の揚げ焼きが気になっていたので二つ買うべく向かう。

 じゅわ、ぱちぱら。芋を揚げる音が、香ばしくて甘い匂いと共に届いてくる。

 

「一つ五十シアだよ」

「二つ下さい」

「はいよ」

 

 百シア硬貨を店主の奥さんに一枚渡すと、揚げたてでほかほかな芋の揚げ焼きを受け取る。

 両手からおいしそうな香りが漂ってきて食欲を刺激されるけど、いま食べるよりもテオと一緒に食べた方がもっとおいしく食べられることを知っているから、椅子に座って待っているテオの元に駆け足で急ぐ。

 角を一つ曲がって椅子に座るテオを見つけると駆けて近づくけど、途中でまたあの表情を浮かべているのを見て足は止まってしまう。

 真剣に考えている表情、でも凄く苦しそうで悲しそうな表情。僕はどうしてテオがこんな顔をするのか……本当は解っているんだ。きっと、僕が央都で死んでしまうという夢をみたから、どうすればいいのかをずっと考えているんだ。

 テオは優しくて、あったかくて、誰よりも僕のことを想ってくれている。だから、僕が死んでしまうなんてことを受け容れられるわけがないんだ。僕だって、テオが死んでしまったと村の人たちが言うなか受け容れることができなかった。

 それならテオがすることはどうやったら回避できるのかを考えること。昔からテオは用意周到なところがあった。

 北の洞窟に行ったとき、大けがをしたテオを僕が運んでアリスがテオのリュックを持っていたんだけれど、アリスが何かテオの怪我の治療に役立つ物は無いかとリュックを開けると、ロープに杭、乾燥させた日持ちする食糧に包帯、武器になりそうな小さい木剣とナイフが入っていた。あの日はたった二時間くらいしか準備時間はなかったのに、これだけ用意していたんだ。

 どんな結末になるのか、その過程すらも見えたテオはきっとあらゆる可能性を考慮して僕を助けるための案を模索しているんだ。

 僕に央都へ行かないでって言ったらそれでもう終わりなのに。それなのに、解ってるはずなのに一度も言わなかった。

 テオに甘えてばかりで助けられてばかりの僕は悩んでいるテオに何も言えずに、ただ知らないふりをして過ごすしかなかった。僕がアリスを助けたいと言う気持ちを捨てられないうちは何も言うことはできない。それに、きっとテオは自分に嘘をついてまで央都へ行かないなんて言うことを許してくれない。

 

「僕は何もしてない。何もできない。ずっとテオにばかり……」

 

 暗い気持ちが渦巻いてテオへの焦点が合わなくなり視界がぼやける。僕はテオとの間にある空間をみつめることしかできずに、やがてどこか遠いテオは滲んだ絵具のように三色の塊になって原型すら分からなくなる。

 どんどん遠くなっていく。テオが離れていく。

 

「ユージオー!」

 

 茫然としている僕に気付いたテオの声が聞こえると同時に戻る視界で、長椅子を立ちこちらへどんどん近づいてくるテオを見て声が漏れた。

 

「……最低だ……」

 

 僕から離れてしまってどうするんだ。テオが離れていくんじゃない、僕が勝手に負い目を感じて離れてるんだ。

 

「あっ、いい匂い。おいしそう」

「……はい、熱いうちに食べて」

「ありがとう」

 

 右手に持っていた揚げ焼きを渡すと嬉しそうに受け取る。

 自己嫌悪しながら話す僕はいつも通り振る舞えているだろうかと思い至り揚げ焼きを半分かじるが味はよく分からない。二口目を食べようとしたところで視線を感じて手を少し揺らしてしまうけど、それを誤魔化すように食べ終えるとおいしいねと微笑んだ。きっとテオは気付いているに違いない。それでも聞き出そうとせずにおいしかったと言って僕の手を取ると隊舎に戻っていく。

 どこまで僕はテオの優しさに甘えているんだろう。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。