Sword Art Online -Project Salvation-   作:青き勇者

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第二章 モディファイアー -Modifier- 07

 人界暦三七九年四月一日

 

 いつも見慣れた亜麻色の髪に緑の瞳、優しい穏やかな顔立ちにもう大人と変わらない体躯。今年で十八歳を迎える僕の恋人は今日から過ごすこととなる新しい学び舎のとある一室で、まだ着てから三、四時間くらいしか経っていない真新しい、ここ修剣学院初等錬士用である灰色の制服を床に脱ぎ捨てて僕の前でトランクスのような下着一枚というあられもない姿で立っている。

 僕が脱げと言った訳じゃないし、亜麻色の髪の少年ユージオに新たな露出趣味が芽生えてしまった訳でもない。僕はユージオの裸体への興奮を隠すのに必死で、今頃顔は眉間にしわが寄って唇を固く引き結んで(まなじり)は吊りあがり、いかにも人殺しをしそうな風体となってしまっているだろうが、こうでもしないとこの状況では到底耐えることはできない。

 

「ふむ、なかなか……」

 

 ギロリという擬音が相応しい目つきでユージオから、野太い声で言葉を発した若干老け顔の先輩へと視線を移し次に何をするのかと身構える。

 ユージオは僕と先輩の視線に耐えるのに必死なのか恥ずかしさで顔を俯かせそうになったり、手で体を覆ってしまいそうになったりするのを堪えるべく体を震わせていた。羞恥心、動揺、緊張、疑問などからか視線は泳ぎまくっているが、先輩がもう一度口を開くと恐る恐る視線を固定する。

 

「よし、よく鍛えているな!」

 

 ガハハ、と豪快に笑う先輩の言葉にユージオは呆気にとられたのかさっきまでの複雑な心境はどこへやら、体の震えも止まっていた。

 確かにユージオの体は鍛えられている。長い間斧を振るっていたこともあって体の基礎は割とできていた方だったし、キリトの剣術指導が入ってからも体力や筋力作りは欠かさずしていたから着痩せするが体格はかなりいい。何より、抱き枕という名の拘束をされていたから身をもってユージオの筋力は知っている。

 先輩からユージオの体に改めて視線を移してよく見てみる。上腕二頭筋とか筋肉の盛り上がりがほどよく分かるし、太腿や脹脛は剣を振るときの踏込を支えるためにがっしりとしている。胸筋は結構固めで、シックスパックとはいかないが腹筋は見事に割れている。

 先輩が見ているのはこういった体つきであろうが、僕の目は胸の飾りとか下着の膨らみとか、そういった場所に視線が無意識の内に固定されてしまう訳で、非常に申し訳ないと理性では思いつつも本能が視線を乗っ取る。

 

「もういいぞ」

 

 先輩の言葉にほっとした表情でユージオが制服を着こんでいくと、僕はそっと胸を撫で下ろし表情を緩める。

 ところで僕は本来この場にいるはずのない人間で、今ごろは上級修剣士の傍付き以外の初等錬士は引率教師の元でこれからする内容とかを説明されているはずだ。つまりは初日にして問題を起こしている訳だ。

 だが、僕は忘れていなかった。というより忘れるはずがないだろう。二十歳目前の少年だとは思えないほど巨大な熊男みたいな先輩に服を脱げと言われるユージオのことを、たった数行のそれこそ大多数の人が忘れているであろうことでもこの僕が忘れるはずがない。恋人である僕が自分の見ていない場所で平然とそんなことが行われようとしているのを知っていて無視できようか? いや、できまい。仮にそんなことができるなら恋人じゃないね。

 だからこそ、それを阻止しようとしたわけだがここで厄介なルールその一、上級修剣士の言うことは絶対という理不尽極まるルールによって服脱げ命令はあっけなく素通りした。僕が反論しようとするまもなくユージオは上着を脱ぎ始め、止めなければいけないと言う使命感と先を見たいという欲求のせめぎ合いを起こしている間にもう下着姿になっていた。

 一体僕は何をしに来たんだとユージオへの無体を止められなかったことに打ちひしがれていると、先輩が不思議そうにこちらを見て口を開いた。

 

「なぜ君がいるのかは知らないが、君の筋肉も見ようか?」

 

 驚いて視線を先輩に向けると「はあ? 何言ってるんだこの熊野郎」と口を突いて出そうになり慌てて飲み込む。本人は善意なんだろうがこちらからしたらユージオにあんな命令した時点で悪人なんだよと毒づいてしまう。

 悪口で埋め尽くされそうな思考をクリアにしようとして、結局僕はユージオのために何もできていないことを思い出し、ここで同じように脱げば少しはユージオの恥ずかしさが紛れるんじゃないかと思って脱ぐことに決めた。ユージオだけにあんな格好をさせて、恥ずかしいだろうに僕は欲に負けて直視してしまった訳だからせめて同じ目に合わないと示しがつかない。

 決意を胸に上着から脱ごうとして手を掛けたところで気付く。今、さっきのユージオを見て下半身がヤバいと気付いた、というか気付けた。このままズボン脱いでたら死んでた。

 

「少し待ってください」

 

 冷や汗をかきながら落ち着いた声で言うと背を向けて深呼吸をする。何か別のことを考えろ、そう、前世の漫画どうなったかな。アニメはどうなったかな。アイツの得意技は確か……。

 僕にしてはよく頑張ったと思う。僅か三十秒で準備を終えて上着に手を掛け、ズボンを降ろしていく。

 

「ふむ。鍛えてはおるようだが、少し足りないな」

 

 先輩の視線が頭から足先まで通り、次いでそう言われた。そうだよ。僕はユージオに比べたら貧弱だよ。だがな、お前よりは絶対に強いからな熊野郎。反骨精神で羞恥心を誤魔化していると少しは気が楽になるが、やはり気まずい。

 農夫だった僕は腕の筋肉は良く使っていたので剣を振る筋力は大して問題ないが、それ以外の足腰などは農具と勝手の違う剣を振るのに微妙に適していなくて、踏ん張りがきかなかったり腰が上手く使えなかったりしたものだ。今ではかなり改善されているが、今度は操作権限が早い段階で上がった障害として筋力が付きにくくなったのでどうにも傍目にはアンバランスというか貧弱に見えるのだ。

 割れ目はあるもののハッキリとはしていない腹筋を見ながら溜め息を吐いてしまいそうになるのを堪えて顔を上げると、ユージオもこちらを見ているのが視界に入り、一瞬視線が合うと逸らされてしまった。ダメだ、ユージオに見られていることを意識するとまたヤバいことになる。羊が一匹……羊が二匹……。

 

「もういいぞ?」

 

 先輩の言葉を受けて速攻で服を着ると、気持ち少しだけズボンをへそまで上げて、上着の裾を下げて隠すようにする。

 僕がベルトを締め終えたことを確認すると先輩は椅子にゆっくりと腰掛ける。

 

「これからの予定を話すが、君はどうする」

「も、戻ります。失礼します」

 

 慌てて上級修剣士の寝室を後にすると、もう一人の上級修剣士の寝室と繋がる共有スペースの居間を通って上級修剣士寮を後にした。

 僕がユージオに無理言って着いて行った理由はもう終わったのでこれ以上長居する必要はない。それよりも今はユージオの心配より自分の心配をしなければならない。なぜなら初日に先生の言葉を無視すると言う問題を起こしてしまっているのだから。

 

 夕食の時間、食堂でユージオとキリトと食事をしていた。僕とユージオが並び、向かいにキリトが座って話をしやすいように席へ着いている。

 

「なんでまた初日に問題なんか起こしてるんだよ」

「僕が、僕が、ユージオが裸に剥かれることを知りながら知らないふりなんかできると思っているのか!?」

「ちょ、ちょっと、テオ、声が大きいよ」

「い、いや、思ってないけどさ……未来を知ってるってのも大変だな」

 

 キリトの呆れた声は心外だったが、問題を起こしたのは事実なので言い訳を始めるも、最初こそ小さい声で弁明しようと努めてみたが途中で感情が高ぶって語尾はかなり大きくなってしまった。ユージオに宥められて落ち着きを取り戻すが、引き気味にキリトから可哀想な視線を頂戴して溜め息を吐いた。

 結局先生の説明には途中から参加し、説明が終わった後に三十分説教された。その時に初めてアズリカ先生に会った訳だが、僕への心象は最悪だろうしもうあんな説教をうけたいとは思わない。だが、最後の「初日ですからこちらも忙しくこれで済ませますが、二度目の無いように」と言う言葉で更に苛烈(かれつ)な説教が待っていることを察した。

 一連の騒動は既に噂として広まっていて、今も周囲でこそこそこっちを見ながら話している奴が何人もいる。

 

「大体ありえないんだよ、第一声が脱げとか何考えてんの。筋肉しか頭にないの」

「テオ、怒るよ」

「……ごめん。はあ……毎月ユージオが確認と言う名の名目で……」

 

 配慮を知れよ、配慮を。ばっかじゃないの。

 文句が次から次へと溢れ出て来て、不貞腐(ふてくさ)れた様に皿の中の魚をフォークで串刺しにして口へと運ぶ。

 

「キリトはどうだったの?」

「ん、ああ、優しそうな女の人だったぜ」

 

 パンを咀嚼(そしゃく)しながら答えるキリトは特に変わったことをされたりさせられた様子はなさそうだ。上級修剣士の傍付きとしての仕事は主に掃除や洗濯など先輩の身の回りの世話で、先輩からは仕事や授業の合間に直接稽古をつけてもらえたりする。初日の今日は先輩から仕事内容を教えて貰ったり稽古に関しての相談をしたり今後に関して必要なことを擦り合わせていたのだろう。

 僕も途中で初等錬士寮に戻って来てからは掃除の仕方や寮での過ごし方を説明され、実際に掃除も廊下や自分たちの寮室、この食堂を準備する時にしている。

 魚を食べ終えたユージオがカチャリと音を立ててカトラリーを皿の(ふち)にハの字で掛け置くと悲しそうにこちらを見た。

 

「どうして、テオは傍付きにならなかったの? テオなら問題なく高成績を出せたはずなのに……」

「僕はいいんだよ。上級修剣士には貴族が殆どで付き合い辛そうだったからね。平民三人が傍付き候補になったんじゃ流石に困るだろうさ」

「それは……」

 

 ユージオの悲しそうな表情を見て頭を撫でてやりながら答える。ユージオとしては入学試験で僕と張り合って高成績を出し、お互いに切磋琢磨し合いたいという気持ちがあったのだろう。だから、普段から型の練習も神聖術の勉強も欠かさない僕が傍付き候補になれるほどの成績を出さなかったことを不満に思っているのだ。

 僕としては平民が貴族の傍付きになる可能性が高い以上面倒事はなるべく避けたく思ったのだ。作中には書かれていないが、先輩の中にライオスやウンベールみたいな奴らがいないとは言えないから、そんな奴の傍付きになるくらいならまだ自由の効く一般生徒でいいと思いわざと中間くらいの成績になるよう試験を受けた。

 食事を終えてコップに入ったシラル水を口に含み喉を潤すと、少しお腹を休めるべく少し楽な姿勢を取る。まだ食べている二人を待ちながらユージオを眺めていると視界の隅で目障りな二人を捉えた。

 流石に初日から絡んでくる訳ではないようだが、あいつらと同じ空間にいると言うだけで反吐がでそうになる。

 

「はぁ……」

「どうしたの?」

「なんでも」

 

 溜め息を聞いて首を傾げるユージオになんでもないと微笑み返す。

 何と言うか最近は、というよりずっとだがユージオのことが好きすぎて、ユージオに対して余計なことをする輩への敵愾心(てきがいしん)とか嫌悪が激しいと感じる。そして、そんな風に人を嫌ってしまう自分を否定しようとは思わず、むしろ肯定してしまうから嫌いだと言う感情に際限がなくなってしまう。

 人をどんどん好きになるってことは、その逆もまた同時進行してしまう物だろうか。よくユージオに諌められてはいるが、それが無ければ殴り掛かったり暴言をまき散らしたりしてしまいそうで、右眼の封印もあった方がよかったのではと思えてくる。

 食事を終えた二人と共に僕たちへ与えられた二階の寮室、206号室へと向かう。十人部屋のここは全員が平民であり、平民出の女子の寮室である106号室以外の他の奴らは貴族か豪商の子である。

 貴族とか豪商の子にもいい奴はいると信じたいが、全員が何かしら嫌らしい性格をしていると考えた方がよさそうだ。そうじゃないと万が一にでも親しげに話しかけて変な噂が広まったり、貴族間での暗黙のルールとかできあがったりすると厄介だからな。いい奴と関係を築くのもそもそもやめた方がよさそうではあるが。

 寮室へ近づくと廊下に声が漏れ聞こえるほどには賑やかで、中へ入ると殆ど戻って来ていたらしく三十畳くらいの部屋で五人が壁際に設置された二段ベッドに腰掛けたり、中央にある六人掛けの机の椅子に座って寛いでいる。しかし、僕たちが入るなり視線をこちらに集めて静まり返る。

 

「お、勇者の御帰還だ」

「おお、勇者様ではないか」

「や、め、ろ」

 

 暗めの赤毛をツンツンに尖らせている短髪で平凡な顔立ちの少年、ダグレイが口端を持ち上げて嫌味な言い方をしてくる。それに便乗するのは央都出身で明るい茶髪のショートボブにチャラい顔立ちのシュライナー。

 二人は僕が戻って来た際、面白そうにどこへ行っていたのかと根掘り葉掘り聞いてきた奴らで、説教のためアズリカ先生に連れ去られていくところを目撃していた奴らでもある。別に気の悪い奴らではないし多少おふざけが過ぎるがこれくらいなら問題ない。ユージオに嫌な思いをさせない限りは僕も寛容なつもりだ。

 

「テオ、勇者って?」

「こいつらが勝手に言っているだけで不本意だ」

「初日から無断でいなくなるという問題を起こした挙句に何食わぬ顔で戻ってきやがったからな」

「先生に連れて行かれるときも逆に堂々としてたし、その眼帯もそれっぽいから勇者ってわけ」

「テオ……反省してるの?」

「反省はしてるけど抜け出したことを後悔はしてない」

 

 ダグレイとシュライナーの説明にユージオは躊躇(ためら)いがちに質問した後、僕の正直な返答を聞いて溜め息を吐いた。自分のために着いて行ったと思っているからかそれ以上は何も言わなかったが、それじゃあ僕がユージオに負担を掛けている様で釈然としない。

 僕の発言に下手な口笛をならして(はや)し立てるダグレイへ睨みを利かせると、肩を竦めて怖い怖いなどと心にも思っていないことを言い出す。それにシュライナーが笑えば他の三人とついでにキリトまで笑い出した。

 

「キリトまで笑うなよ」

「悪い悪い。何だかんだテオは打ち解けてるなと思ってさ」

「どこをどう見てそう思ったの」

 

 恨めしそうに言ってみるも声は明るくなってしまった。これだけ弄られてはいるが、この二人がこうやって関わってくれなければ他の寮室メンバーには問題児として遠ざけられてしまっていただろうことを考えると、一応は感謝をしておくべきなのかなと思える。

 そんな風にまた賑やかな空間へと戻りはじめた寮室へ残りのメンバーも合流して全員が揃った。

 今まで基本的に三人で行動してきた僕たちにとって、寮室という空間は新鮮に感じるものがあった。これから一年を共にするこの部屋のメンバーも平民で集められていることもあるからかいいやつが多いし、どこか仲間意識のようなものがある。これなら心配なく学院生活を送ることができそうだ。

 一つ不満があるとすれば、ユージオと一緒に寝られないことだが。

 

 

 

 

 夏が終わり秋もたけなわ。順調な学院生活ももう半年が過ぎていた。先輩に教えて貰った剣術、先生に教わった神聖術や知識。全て僕自身の実となって役立つと思い励む。

 それはテオも同じようで僕がいる間は嫌になるほど傍にいてくれるのに、僕がいない間は何かに取りつかれたように鍛錬している。今も木の陰からこっそりと覗く僕の前で何故か裸足になってぶつぶつ言いながら、夕時の学院の人気が少ない庭で神聖術の練習をしていた。

 正直、何を考えているのか全く分からないけど、また変なことをしようとしていることは分かる。この半年、テオは問題ばかり起こしていて、初日の無断欠席のような違反はないけど神聖術を暴発させたり、変な式句を組み込んで予想外の挙動をさせたりという事件が多発しているから神聖術の授業はテオに近づかないことが暗黙の了解となっていた。

 

「あ! ユージオ!」

「ちょ、ちょっと、素因(エレメント)を持ったまま来ないで!」

「あ、ごめん、ごめん」

 

 僕に気付いたテオが手の指先に素因(エレメント)を保持したままこちらに駆けてくるので、慌てて逃げながら叫ぶ。僕の注意で気付いたのか直ぐに消してくれてほっとすると、そんな僕を見てテオは悲しそうに眉を顰める。

 

「そんなに逃げなくっても……」

「テオが神聖術している時は近づいたらダメだってみんなの共通認識になってるんだよ」

「分かってるけどさ……」

「……おいで」

 

 落ち込むテオを元気づけようと思い両手を広げると、暗い表情をぱっと明るくして抱きついてくる。腕を背に回して抱きしめて感慨に耽る。

 小さい時はテオが僕を元気づけるためによくこうしていたし、それによく甘えていたことも多かった。けれど、最近は僕がテオを元気にしてあげるためにこうすることも多くなって、少しでも今までもらったものを返してあげられているのかなと考えるようになった。

 

「ユージオが積極的で僕は嬉しいよ」

 

 不意に耳元で(ささや)かれた言葉にどう返事をしようかと迷っていると、テオは抱擁を解いて僕の手を握ると腰掛けやすい切り株へと案内してくれた。

 肌が触れ合うくらいに密着して座り、切り株の余白をかなり持て余した状態でテオはこちらを向くと質問してくる。

 

「今日はどうしたの? 稽古は?」

「稽古はゴルゴロッソ先輩が僕に気を遣ってくれて、テオと過ごしなさいって早めに終わらせてくれたんだよ」

「そっか」

 

 初めこそ服を脱がされて先輩のことを嫌っていたテオも、その後に僕から話をしたり先輩と話をしたりと時間を掛けて理解をして貰ったお蔭で、月に一回している筋肉の付き具合確認では恋人と知った先輩が配慮してテオの同伴を認めてくれて、今は上を脱ぐだけだが僕の体を種に仲良く話し込んでいることもある。もちろん仕返しにテオにも脱いでもらっている。

 しかし、それよりも毎日大浴場に入ることの方が僕らには問題だったりする。一緒に入るのは恥ずかしいけど一緒に入らないと不安で僕らは互いに意識して引っ付いたり離れたりを繰り返していた。キリトは最初こそからかってきたものの最近では呆れられている。

 テオも僕も黙って変な間ができたので僕から話しかける。

 

「テオはどうして神聖術もそんなに頑張るの?」

「僕にとっての刃は、最初は神聖術だった。剣術を教わってどれだけ上達しようとも剣だけでは届かないかもしれない。だから、神聖術も剣も僕の刃となる物すべてを磨いておきたいんだ」

「テオ……」

 

 こちらに向けていた顔を前に向けると、どこか遠くを見るように真剣な顔で語った。こうやって真剣な顔をしているときは大体が僕のことを考えてくれている時だと衛兵隊へいた頃に気付いた。だからこの顔を見ていると胸がぎゅっとなって仕方がなくなる。この胸の締め付けが僕のことを考えてくれて嬉しいと感じる恋の延長なのか、僕のことで雁字(がんじ)(がら)めにしてしまっているのではないかと言う罪の意識からなのか一年経った今でも未だに判然としないことが何よりも申し訳なかった。

 もし罪の意識からだとしたら、テオへ傍にいて欲しいと思うのも、抱きつくのも僕自身を慰めているだけの自慰行為となってしまう。そんな風に心の中で思っているとなったら僕は自分を否定しかできなくなってしまう。あの時あれだけ偉そうにテオへ自分のことを信じられていないんじゃないかと言っておきながら、自分がその深みに()まっていると思うと情けない。

 再び訪れていた沈黙を破ったのは、少し落着きのないテオの掌が僕の手の甲をそっと覆ってから一分ほど後だった。

 

「ユージオはさ、僕のどこが好きなの? ほら、そう言えば聞いたことないなって、思って」

 

 前を向いたまま聞いてくるテオの頬はほんのりと朱色が差していて、さっきの間も併せて考えるとどうやら前からずっと聞きたかったことだろうと推測できる。僕はどうにも愛情表現が苦手みたいで、愛してるとか好きは言えるけどどこが好きって言われると言葉に詰まってしまう。

 そう考えるとテオがしてくれること言ってくれることを鸚鵡(おうむ)返しに言っているだけのような気がして、自分の言葉で伝えることを少し頑張ってみようと思いテオの横顔に向かって口を開く。

 

「テオはね……テオは僕にとってソルスみたいな存在なんだ。僕に元気をくれる、愛をくれる、贈り物もくれるし、笑顔をくれる。いっぱいいっぱい貰って、そして僕は幸せになれる、心が満たされる。でもね、ソルスには手が届かないように、テオには何かあげることができてるのか少し不安になることもある」

「ぼ、僕だってユージオにいっぱい貰ってるよ」

 

 弾かれたようにこちらへ振り向いてそう言ってくれるテオに微笑む。そうすると顔を少し逸らされてしまう。

 

「テオはソルスのように温かくて、ソルスのように輝いて、ソルスのように綺麗だよ」

「ユージオ、そ、その、ありがとう」

 

 照れているのか顔を真っ赤に染めて俯き加減にお礼を口にするテオが僕は凄く愛おしくなり、赤く()れた頬に掌を伸ばして触れる。

 

「どういたしまして。テオは僕のどこが好き?」

「そ、その、綺麗な緑の瞳とか、サラサラの亜麻色の髪とか、真面目なとことか、皆に優しいとことか、かっこいいとことか……好き」

 

 照れているのか緊張しているのか、少し上ずった声でどんどん羅列されていく言葉に僕の顔にもテオの顔にも熱が集まっていくことがよくわかった。好きな人に自分の好きな所を言って貰うのは恥ずかしいけど凄く嬉しくて幸せだ。

 熱が冷めない内にテオは決意を灯した瞳で僕と向き合った。いきなりどうしたのかと思っているとおもむろに口を開く。

 

「どうしてこんなことを聞いたのかというと、好きだっていう気持ちを再確認したかったっていうのと……その、僕とこのさきずっと共にいてくれるかを、聞きたくて、えっと……」

「僕はテオと一緒だよ。今までも、これからも、死んでからも……死んでからもはいやかな?」

「そ、そんなわけない! ずっと一緒にいたい。ずっと、ずっと……」

 

 少し冗談のつもりで言ってみた言葉に、テオは必死になって僕に訴えかけてくるので驚いて目を丸くする。そしてはっとする。今のは言っちゃいけなかったんだ、冗談でも言っちゃいけなかった。僕が死んでしまう所を夢でも鮮明に見てしまっているテオにそんなことを言ってしまうのはあまりにも無神経すぎた。冗談なんて慣れないことを照れ隠しにするからこうなるんだ。

 傷つけてしまったと思い謝罪の言葉を口に出そうとしたけど、テオの言葉に遮られる。

 

「ユージオ、僕との約束……ううん、僕とユージオの、二人だけの法を作りたい。禁忌目録よりも優先されるような強い法を。これは僕たちを強く、きつく縛ってしまう物になると思う。けど、同時に僕たちのことを守ってくれることにもなる。だから、もし、ユージオがこの先ずっと一緒にいてくれるなら……」

「禁忌目録よりも、優先される法……そんなことが……」

「できる……と思う……」

「僕にその法を受け容れる覚悟があるかを問うているんだね」

「うん……」

 

 二人だけの法……。

 眉根を寄せて話すテオが何度も思案して葛藤(かっとう)して、悩み抜いた末に辿り着いた一つの結論なんだと直ぐに分かるほど真剣な瞳をしていた。テオは優しいから僕が首を横に振れば、僕が覚悟を決められるまで待ってくれるか、別の方法を考えるためにまた時間を費やすのだろう。

 でも、僕はそんなつもりはない。冗談交じりに言ったとは言え、例え死んでしまったとしても一緒にいたいと言う思いは嘘じゃない。

 ギガスシダーの下で初めてテオに怒られた時の言葉、今ならよくわかる。僕とテオでお互いを責めて、自分だけのせいじゃないと思う様にしようというのは、責任を半分こしようと言うことだと思うんだ。今まで幸せや喜びは半分こしてきた。テオはそれだけじゃなくて悲しみや辛さすらも半分こにして支え合って行こうと、そういう意味で怒ってくれたんだ。

 僕はテオにばかり負担を掛けるようなことはしたくないから、例え辛くても、きつくてもテオと半分こする。それなら、きっと僕は頑張ることができるから。それに、覚悟はもうあの時に決めたんだ。

 

「僕は洞窟で助けられた時ね、もうテオを離さないって決めたんだ。覚悟はもうできてる。それと、縛るんじゃないよ。結ぶんだ。法で僕たちを結ぶんだよ」

 

 決意を()めた声はテオにちゃんと届いたのか少し悲しそうに眉尻を下げると穏やかに微笑んだ。

 

「二人だけの法を(しるす)のは心の臓にしようと、思ってる。ユージオは右眼の封印に気付いてるよね?」

「封印……?」

「右眼が赤くなって体が言うことをきかなくなることだよ」

「……うん、アリスを連れて行かれた時、そんなことが、あったかも……」

 

 あの時は僕も大罪を犯してでもアリスを助けようと思って動いたけど、結局体は(すく)んで何もできずにただ眺めているだけだった。でもそれに原因が有ったのだとしたら……いや、例えテオの言う封印が無くても僕は動けなかったに違いない。

 あの時、動きも思考も阻害されていたけど、整合騎士に立ち向かうのが怖いと思った感情は本物だったのだから。

 

「法を作り上げ、それを心臓に(しるす)。右眼のものよりも強力なものになるはずだけど、一方でもし破ったりしたときの代償は大きくなる可能性もある」

「破ることになったりしないんじゃ?」

「法は守るものであり、破られるものでもある。例え僕たち二人だけの間だとしてもそれは不変だよ」

「そう……なんだ……」

 

 法を破るなんてそんな簡単にできないのに……それこそ僕たちの間だけなら尚更に。

 時々、テオは僕と違う価値観を持って行動をすることがある。今回も僕とテオで認識の齟齬(そご)が、価値観のズレが生じている。どうしてなのかはわからないけど、テオは僕とはまた違う世界が見えているんじゃないかと思うことがあって、それは未来を見たからで片付けられるほど小さなことじゃない、もっと大きくてもっと遠い、そんな気のするもの。

 テオが何を見ているのか、テオが何を知っているのか知りたくない訳じゃないけど、僕はテオを信じるって決めたから、自分から話してくれるまで待つことにしよう。

 

「それじゃあ、法文を考えよう。幾つか草案は考えてあるけど、二人で話し合ってしっかりと詰めていきたい」

「分かった。期限は有るの?」

「出来れば今年中に終わらせたいかな」

 

 そう言ってテオは僕から少し離れて座り直すと、僕との間にびっしりと書き留められた紙を一枚置いて見せた。

 

「一応これだけ考えては有る。けど、実際は十個くらいにしようと思う」

「こんなにも……読んでもいい?」

「うん。意見を聞きたい」

 

 紙を手に取るとテオの几帳面で丁寧な文字で箇条書きに綴られている文を一つ一つ順番に読んでいく。

『どのような場合に()いてもテオ及びユージオ両名の命が優先される』『テオとユージオ、両者に有益な場合のみ、虚言、天命の損耗などの傷害行為が許される』『テオとユージオは両者の命を優先する場合に()いて他者の天命を損耗、または全損させても許される』

 たった三つ読んだだけで僕は手が震え始めているのを自覚した。ここに書いてあることは僕たちのことが中心で、僕たちに有益であれば禁忌目録を無視するという考え……理解ができなかった。

 

「分かってる。ユージオが受け入れられないことは、分かってる」

「ち、ちがっ……」

「無理しないで……」

 

 僕の目を見て話しかけるテオは心配そうにしていて、そんな顔をさせている僕が情けない。覚悟はできているといったのに、どうしてこんな風に拒絶してしまうのだろうか。少し考えれば分かること……ううん、考えるまでもなくテオは僕とのことを一番に思ってくれてるって分かるのに、いざ禁忌目録と対峙(たいじ)するとどうしても怖気づいてしまう。

 震える手に力を籠めて紙がくしゃっとなる音を耳にしながら、最初の三つだけ読んで気になったことを聞いてみる。

 

「……キリト……のことはどうするの?」

「僕はユージオのためならキリトすら斬るよ」

 

 間もおかず返された言葉に息をのんでから目を瞑った。僕はどうすればいいんだろう。テオは本気で僕のためならそうしてしまうと思う。テオは村での平凡な暮らしを、大切な家族との暮らしを捨ててまで僕を選んでくれたんだ。だから、きっとテオに残っているものは僕だけなんだ。そこにはキリトすら含まれてないんだ……。

 胸が苦しい。テオにそんなことは絶対にして欲しくないって思うのに、僕のためだと言う理由にどこか言い負かされてしまいそうな僕がいる。でも、ダメなことなんだ。きっと、禁忌目録に他人の天命を減らしてはならないと書かれていなかったとしても、大切な人を傷つけることはあってはならないんだ。

 目を開けてテオに向き合ってしっかりと目を合わせると僕の想いを伝えるべく口を開いた。

 

「ダメだよ。例え僕のためでもキリトに剣を向けちゃ……」

「ユージオ、僕はユージオとの結末が良くなるならユージオに嘘も吐くし剣も向けるんだよ?」

 

 テオの言葉に何も返せず、目を逸らしてしまう。テオの覚悟は僕のなんかと比べるのも烏滸(おこ)がましいくらいに堅固(けんご)で、一途だ。嫌になってしまうくらいに、僕の半端さが浮き彫りとなってしまうから目を背けたくなる。

 でもそれじゃダメなんだ。こんなにも僕を想ってくれる人から目を逸らしちゃいけないんだ。もう一度、ちゃんと目を見なきゃ。

 

「テオ……僕は、嫌だよ。キリトに剣を向けてるとこなんて見たくない。僕に剣を向けるのは構わない。だけど、キリトにまで剣を向けないで。他にも敵以外の人に剣を向けることもしないで。テオが、そんなことするの、見たくない……」

 

 最後まで伝えるとテオの顔が(かす)んで頬を涙が零れていき、ぽたぽたと紙の上に落ちる音が聞こえてくる。ギッシリと書き留められた紙はインクが滲んでしまっているだろうけど、僕は霞む視界の中でもテオから目を逸らさなかった。輪郭も、表情もぼやけてしまってるけど、テオが僕から目を逸らさないでいてくれているのは分かる。涙が幾度落っこちたのか分からないほど泣いて、不意に視界が揺らぐとテオに抱きしめられていた。

 

「……ありがとう。ぼく、僕、ユージオのことになると見境がなくなって、止まらなくなる気がして、怖いんだ。だから、こんなことばっかり紙に書いてしまってるけど、本当はユージオに止めて欲しかった。ユージオに僕はダメなことをしているって言って欲しかった。ごめん、ごめんね。泣かしてしまうなんて……」

「……何言ってるのさ。謝ることなんてないよ。僕はテオを信じてる。けどそれは妄信じゃない……テオが間違えることも有るって分かってる。だから、当然のことをしただけだよ……」

 

 謝るテオの声はとても弱弱しくて、ずっと悩みを抱えていたんだということが分かる。僕の肩に落ちてくる涙にはきっと安堵も混じっているんじゃないかな。

 僕はテオを雁字(がんじ)(がら)めにしてしまっているのかもしれない。僕のことを考える度に苦心し、苦悩し、迷っている。でもそのことに対して罪の意識を感じるのはきっと違うんだ。僕もさっきテオのことで苦しくなって、どうしたらいいか分からなくなっていた。けど、テオがそれを罪に思うなんて僕は望まない。だから、相手のことを想って苦しくなってしまうのも愛なんだ。僕はテオを愛して、テオは僕を愛してる。何も負い目を感じる必要なんてないんだ。

 

「ちゃんと、話し合おう。僕たちにとってより良いものになるよう、ちゃんと話し合おう」

「うん。ありがとう」

 

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