Sword Art Online -Project Salvation- 作:青き勇者
右に踏み込み左を打ち据える。上手くいなされた木剣を手元に引き寄せ突きをくりだす。半身をずらすことで躱した相手は素早く僕の木剣と自分の体の間へ木剣を構えて、横薙ぎへと変化した僕の木剣を受け切る。
競り合いに持ち込ませず木剣を手元に引き寄せると、その隙をついてきた袈裟斬りを木剣で受けてから今度はこちらが袈裟斬りを打ち込む。カンという木と木がぶつかり合う音に一拍遅れて踏込の音を威勢よく響かせて、僕の木剣はこぶし半個分おし進める。
鍔迫り合いになり力は拮抗するが、僅かにユージオが押し返しはじめる。体つきや身長といった身体的な優位があるから力のぶつけ合いは避けたいと常々おもっている。そして僕が嫌がることをユージオは知っているから、次の一手で木剣を引いて体勢を立て直そうとするのを読んでくる。
「くっ……」
こぶし半個分おし返された木剣は元の位置に戻り、逆にこぶし一個分もじりじりと押される。もう堪えきれないと思う手前で腕の力を抜いて手元へ戻し、踏ん張っていた右足を下げ、次いで左足を後ろへ下げる。それを予測していたユージオは僕の思い通りに左から首を狙った水平切りをしてくる。
「甘いよ」
「なっ!」
一見、後ろに下がって間合いを取ろうとする動きに見えただろうけど、後ろに下げた左足は止まることなく弧を描いて下がり続け、やがて
右手で木剣を持ち驚きで鈍った木剣を簡単に止めると、左手でユージオの右手を掴んで踏み込んできた勢いを利用して進行方向へ引っ張る。するといとも簡単に僕よりも体格のいいユージオは前のめりにこけてしまい、僕が素早く馬乗りになる形で首へ木剣を当てる。
「……参りました」
「なかなか良かったよ、今の打ち込み。僕がいつもみたいに下がってたらやられてたよ」
手を差し伸べるとユージオは少し悔しそうに手を取り立ち上がった。さて、いつものように反省点や改善点を話し合おうと僕が口を開きかけたところで、やけに粘着質な感じのする拍手が修練場に響いた。
「これはこれは、いやはやこんなところで、
「なかなかに有意義なものであったなウンベール殿。ところで、その
「名前ですか? そうですね、総合格闘術の一種、近接格闘術を組み合わせたものですよ」
本当に、ただただ悪意の塊でただただ嫌悪の対象にしかならない二人が立っていた。チンピラ高校生のような取り巻きである銀髪つり目のウンベールに、万年二位で性格が歪んだホストみたいな金髪ライオス。ただの噛ませ犬のようなモブキャラ的性格をしているくせになまじ実力はあるという厄介な奴ら。
信念が一本ちゃんと通った悪役はいないのかと嘆きたくなるが、無視する訳にもいかないので嫌々ながらも返事をする。
「これは驚きましたぞ。あのような戯れが武術に属するものだったとは」
「まあそういうな。我々の尺度で物事を捉えては相手方に失礼というもの」
「学院内でも
当たり障りのない内容をペラペラと自動音声のように吐き出すと、ユージオに目で合図をして修練場を共に退出した。
僕の言葉に気を良くしているのか、バカなあいつらは特に何も言ってくることはなかった。
「ねぇ、今日はどういう意味だったの?」
「ん? ああ、学院内でも稀有な醜い風格の持ち主である二人に遊戯と言う講評をされたということは、つまりそれなりに様になっていたことの裏返しであるから大変光栄です。って感じ。嫌味でも言わないとやってけないよ。頑張ったから抱きしめて」
「はいはい」
最初は突っかかって来たウンベールとライオスにキレて騒いだことで厳重注意され、二度目はユージオを馬鹿にしたウンベールにキレて一日の謹慎と注意、雑務をやらされるという失態を犯してしまった。さすがにこれ以上はマズイと思い事を荒立てない対処法を考えた。その結果が嫌味を言うことで気を逸らすと言う綱渡りな方法だった。
精神安定剤のような役割を果たしてくれているユージオに抱きしめられて頭をしばらく撫でられていると、今日は珍しく早めに稽古を終えたらしいキリトが呆れたような顔で話しかけてくる。
「こんな人通りの多い所で何してんだよ……」
「あいつらが来たのがわるい」
「ああ、あんまり問題おこすなよ」
「そう言うキリトこそ起こすなよ」
「俺は一回も起こして無いだろ」
「いっつも青筋を立ててるから時間の問題でしょ」
軽口を叩きあう僕らの肩を掴むとユージオは有無を言わさない笑顔で帰るよと
どうしてだろう、優しくてまじめで純粋なユージオからあんな凄みがでるようになったのは。
たぶん僕のせい。
「はぁ……」
「どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ。そうだ、来月の昇級試験の勉強しようよ」
「いいよ。キリトは?」
「お、俺は……」
「放っておけば。どうせ実技で無理を通せるとでも思ってる頭お花畑なキリトだし」
「そ、そんなことは……」
毎度のことながら、定期試験での成績は僕、ユージオ、キリトの順でほぼ決まっていて、僕とユージオの成績は大差ないのだが、キリトだけは神聖術やら一般教科の成績が悪く、かなり差がひらいている。
「意地悪言わない」
「でもさ、キリトが参加すると毎回毎回、中断するじゃんか」
「それはそうだけど……」
「きょ、今日は遠慮しとくよ。先に二人は戻ってて」
気を遣ってくれたのか、単に勉強をしたくなかったのか、四大聖花などを育てている裏庭へ向かって行くキリトを見送る。
「あの花、咲くといいね」
「そうだね」
意志の力を利用してゼフィリアの花を咲かす。そんなキリトの小さな実験はいつの間にか始まっていて、僕が気付いたのはキリトとユージオが種を撒いてから一週間後のことだった。
もう何度も失敗している。しかし、着実に進歩している。ま、心配しなくても大丈夫だろうと勉強脳へスイッチして寮室に入る。
「誰もいないね」
「好都合だね」
がらんどうの寮室に少しあたりの悪い陽光が流れ込んでいるのにどこか物悲しさを覚えながら、灯りをともして部屋を明るくする。
部屋の中央に配置されている向い合せの勉強机の右手に腰掛けると、手元を照らすためにスタンドライトのようなものを点ける。
向い合せの机の中央には残念ながらというよりも、嬉しいことに仕切り板がある。そのお蔭で一緒に勉強しようと思うと向かいに座るのではなく隣に座るのが必然であり、勉強が密かな楽しみになっている要因でもある。
「なにからする?」
自然な流れで隣に腰掛けるユージオをみて変なことを考えているのを気取られないように普段通りの受け答えをする。
こんな初恋に浮かれてる高校生みたいなことをしなくても、素直に隣へ来てほしいと頼めばユージオはそばにいて欲しいという僕の意を汲んで来てくれるだろうけど、それだとありがたみが半減してしまうよね。
「取り敢えずは苦手な創生基礎学から」
「いいよ。今日も問題の出し合い?」
「うん。その方が覚えやすいし、せっかく二人で勉強するんだから二人でできることの方がいいでしょ」
最初は頑張ってノートに書いていたものの、全くもって楽しくなかったのでクイズ形式に変更した。それからというもの、勉強は楽しいし、成績は上がるしで一石二鳥だと喜んでクイズを出し合っている。
「そうだね。それじゃ僕から出すよ。テラリアの恵み、その恩恵を一番に受けやすい場所は森。では二番目は?」
「たしか、火山」
「正解。ではその理由は?」
「森は地面それ自体の恵みと植物による恵み、二つ合わせてテラリアの恵みとなるけど、多いとはいえ地面単体の恵みしか得られない火山はどうしても少なくなるから」
「正解。今度はテオが問題出して」
こんな感じで交互に問題を出し合い、たまに難しい問題を出してユージオが正解すれば凄いと頭を撫でて癒されていた。
そうして試験当日。準備に準備を重ねてきた僕はもうやりきるだけだと張り切っていた。
「いつもの調子でね」
「本番は練習のように、だね」
「そうそう。キリトはともかくユージオには上級修剣士になってほしいから」
「俺もなるよ。じゃなきゃ整合騎士になれないからな」
「夢を見るのはいいけど現実を見て泣かないでね」
「はあ、頑張ろうねって言いなよ」
溜息を吐くユージオと謎の自信にあふれているキリトを前にして一つ絶対に成し遂げると決意をして試験に臨んだ。
人界暦三八十年四月一日
あたたかな春のそよ風が木立を揺らす音と心意気新たに学院の門をくぐる新入生たちのざわめきを耳に入れながら僕とユージオは上級修剣士に与えられる寮室の共有スペースである居間でくつろいでいた。
学年末の昇級試験では無事に5位になれた僕と、6位だったユージオで同室になった。まあ、こうなるようにひたすらユージオと勉強して同じくらいの点数になるよう調整したからね。キリトはといえば8位で上級修剣士の仲間入りは果たせたものの、僕たちと離れて少々不満というか、不安そうだった。
「あれから一年か……」
「早いね」
「うん、いろんなことがあったけど、無事にこうやって同じ寮室になれてよかったよ」
「キリトは大丈夫かなあ」
「大丈夫でしょ。一応貴族にしては人当たりのいいリエルトが同室なんだし。仲良くやってるよ」
「そうだね。キリトは不思議と人に好かれるからね」
あの二人を除いてな、とは口に出さずにソファへ深く腰を掛けなおす。ここ最近、どうしてもあることについて考えることが多くなり始めた。それは五月に起きる事件。禁忌目録を犯した大罪人としてユージオとキリトが連行されるあの事件。
止めるべきなのか、見知らぬふりをしてこのまま過ごすのかずっと迷っている。きっとこの事件を変えてしまえば僕の知る過程が大きく変わることになるだろう。そうなると、未来を知るという最大の優位が消えてしまう。
けれど……
「テオ?」
「ん?」
「考え事? 相談にのるよ」
「あぁ、いや、傍付きの子の事でね」
上級修剣士になったのなら当然だけれども傍付きの後輩ができるわけで、もちろんのことながら僕たちは誰を傍付きにするか、入学試験の日に決めていた。
ユージオとキリトは貴族に遠慮したのか最後まで指名しなかったが、僕は順番が回ってきたら指名した。
「たしか、エルソン君……だったよね」
「うん、多分だけど事情のありそうな子」
「どうしてそう思うの?」
「あの子の振る剣が、誰かのために振る剣じゃないからかな」
「でもそれは……」
「うん。でもね、自分のために振ってる剣でもないんだよ。たぶん、だけど」
確信があるわけではないけれど何か事情があるとは感じた。誰かを守るため、誰かに認められたいから、そう言った理由が見えない。いったい何のために剣を振っているのかわからない、そんな子。
少し俯いて、指名する後輩を選ぶために入学試験を見に行った時のことを思い出す。ただ機械的で無味乾燥な剣。中身のない空っぽの器のような剣。だから気になってしまったんだ、ユージオのためにと必死になる僕とは正反対の彼に。
「あ、そうそう、無いとは思うけど……」
傍付きの話をしていて思い出したことを話そうとユージオに喋りかけると、間もなく扉が三回たたかれた。
「あ、来たね。また後で言うよ。どうぞ!」
ユージオへの話はいったん保留にしてソファに浅く腰を掛けなおすと、扉の向こうにいる後輩に向かって呼びかけた。
すると扉がそっと開き、まだ着始めたばかりのはずの制服がよく似合う少年が入ってきた。
「失礼します。私、エルソン・セーツヴィル初等練士と申します」
「僕は君を傍付きに指名したテオ。そしてこっちがルームメイトのユージオ。よろしくね」
「ユージオです。よろしくね」
「はい、よろしくお願いいたします」
大半の人は少し緊張している礼儀正しい少年に見えるのだろうけど、僕には中身のない言葉を機械的に発しているようにしか感じられなかった。入学試験の時の様子を知っているからなおさらだろうか。
扉から入って一歩進んだところで佇んでいるエルソン君は、ノーランガルスでは珍しい南アジア系に近い容姿をしている。程よく日に焼けた肌に、焦げ茶色の髪の毛で顔は整っている。少し細目で
「先に話を進めるから部屋に行ってるよ。ユージオの傍付きの子はまた今度紹介して」
「うん。エルソン君、テオだから大丈夫だとは思うけど何かあったら僕に相談してね」
「はい、お気遣いありがとうございます」
「それじゃ、こっちに」
向かって左側にある僕の部屋の扉を開けて中に入ると、エルソン君が座れるよう椅子をベッドと向かい合うように設置する。過ごす場所は共有スペースが基本になるので、僕の部屋はクローゼットとベッド以外はあまり物がない。だから椅子もこの日のために用意しておいた一脚しかないわけで、僕はベッドの縁に腰かけた。
「座っていいよ」
「失礼します」
「まあ、そう硬くならないでいいよ。本当は紅茶でも飲みながらのんびり話せればよかったんだけど、生憎とテーブルも椅子も足りてなくてね。話が終わったら居間で少しお茶を飲んで帰るといいよ」
「お気遣いありがとうございます。ですが、そこまでしていただくわけにはいきませんので」
「ふふ、先輩の施しを受けるのも傍付きの役目だと思えばいいよ」
「……はい」
初めて困惑の色を少し見せたエルソン君につい微笑むと、間をおいてから返事をされた。どうやら感情がないわけではないんだなと、少々失礼なことを思いつつ話を進める。
「僕がどうしてエルソン君を指名したのか気になる?」
「……理由は気になりません。ただ……」
「ただ?」
「いえ、何でもありません」
「そう……」
何を言いたかったのか気になるところではあるけど、初対面で根掘り葉掘り聞くのはあまりよくないなと思い、若干重い空気を変えるために傍付きとしてすることを話していく。
といっても、掃除をすること、稽古をつけること、それくらいなものだ。貴族の出自、それも四等爵家の出にもかかわらず、僕が話している間も掃除の仕方を教えている間も素直に聞いてくれるので困ることはなかったが、距離を取りたいという意思がひたひたと伝わってきて話し辛かった。
「これくらいかな。さてと、まだ一時間はあるか……少し稽古でもする?」
「……はい」
「乗り気じゃないなら断ってくれてもいいんだよ」
「いえ、ご教示お願いいたします」
「はは、そんな大層なものじゃないよ」
どうにもエルソンという人物の像を掴めないので、剣を合わせてみれば多少は性格がわかるかもしれないと思ったのだが、本人はあまり乗り気ではなさそうだ。
気まずい空気をごまかすように乾いた笑い声をだすと、部屋の扉を開けて居間に出た。どうやらユージオは自室で傍付きのティーゼと話している最中らしくいなかった。
ユージオとティーゼがいればお互いに紹介しあったり話し込んだりでもして稽古の話をうやむやにできたかもしれないが、どうせ明日から傍付きとして稽古をつけなければならないのだからと修練場に足を運んだ。
「エルソン君はハイノルキア流、だったかな」
「はい、概ねは。正確には……ハイノルキア流ではありません」
入学試験の時に見た動きから推測してみたのだが、反応は芳しくない。まさかと思いある可能性を尋ねてみる。
「それは独自の流派、ということかい?」
「……そう、ですね」
「奇遇だね。僕もだ」
エルソン君が独自流派、正確には派生なんだろうけど、その使い手だと知って驚きとともに不敵な笑みが浮かんだ。なにせ、僕もアインクラッド流から派生したといってもいい独自流派の使い手だからね。
「手合わせ願おう」
「よろしくお願いいたします」
互いに間合いを取り、木剣を構える。あまり乗り気じゃなかったはずのエルソン君も剣を持てば変わるのか表情は引き締まっている。
本当はエルソン君の実力を確かめて、いいところを褒めたりアドバイスをしたりと先輩らしいことをするつもりだった。だけど、独自流派と聞いて好奇心が湧いてきてしまった。
「本気で行くよ」
「はい」
緊張が乗った返事を聞き届けて、木剣を握りしめ一歩間合いを詰める。互いに視線は離さない、瞬きすらできない。
そして、僕は距離を詰めるべく一気に踏み込む。
「はぁっ!」
短く一声を放ち体重を乗せ打ち込む。カァンと木剣がぶつかり合う音が修練場に響く中、正面から受け止めても動じないエルソン君に少し驚く。
競り合う木剣を引き離してまた打ち込む。そうやって絶え間なく攻撃していくが、見事にすべてを捌ききっている。時折フェイントを交えながら、当てるつもりで剣を振るがなかなか届きそうにない。
そうやって何合も打ち合って分かったことといえば無感動なエルソン君の剣。虚無といっていいほどにそこには何もない。いや、少し違う──
「セァッ!」
「くっ、ま、参りました」
「あ、ご、ごめん。つい熱くなって。大丈夫?」
「……はい、問題ありません」
ついエルソン君の剣を弾き飛ばしてしまい駆け寄ると手首を確認する。問題なさそうではあったけど念のために光素で治療をしてもう一度あやまる。
「私が未熟だっただけですから」
「そうはいっても……あ、今度、跳鹿亭の蜂蜜パイ奢るよ」
「そんな……いただきます」
諦めたかのように頷くエルソン君に少しおかしくなって笑うと、困ったように視線を逸らされた。
打ち合いの中でときおり
僕がどうにかできるものかは分からないけど、力になってあげたい。
「正直、僕の剣をあれだけ捌けるなんてすごいと思うよ。よく頑張りました」
「……っ、ありがとう、ございます」
「……うん、それじゃあ戻ろうか」
やってしまった。ユージオの頭を褒めるたびに撫でていたせいで、癖づいていたのかエルソン君の頭をごく自然な感じで撫でてしまった。絶対に引かれた。どうしよう、この始末。