Sword Art Online -Project Salvation-   作:青き勇者

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第二章 モディファイアー -Modifier- 09

 霞む視界、遠くなる音、冷えていく体。どこか覚えのある感覚に、今度は意識が浮上してくる。

 

「ぃてっ!」

 

 物凄く嫌な夢を見ていたと思ったらベッドから落ちた。

 

「なんなんだよ……」

 

 夢の内容はなんだったか。そうだ、カセドラルで死ぬ夢。ユージオは守れたけど僕が死ぬ夢。

 現実になりうる僕の未来。

 

「…………」

 

 いったん深呼吸をして落ち着くと、絶対にそんなことにはならないと思いながら支度を始める。システムを超越することだってできるんだ。キリトがそうしたように、きっと僕にも。

 これだけ努力しているんだから、こんなにもユージオを愛しているんだから。

 

「わかってるくせに……」

 

 踏ん切りがつかない自分へのいら立ちを隠すように小さく呟くと共有スペースである居間へと出た。

 

「おはよう」

「おはよう」

「テオ、ベッドから落ちなかった?」

「お、落ちてないよ」

「そう? 久しぶりに一人で寝たいなんて言うからさ、いっつも落ちそうなのを僕が止めてるのに大丈夫かなって心配してたんだ」

 

 ソファでくつろいでいたユージオが心配そうな顔で言い放った衝撃の事実を知り言葉に詰まる。ユージオが僕を抱き枕にしていた理由が単純に抱き着きたいから以外にあったなんて一年以上気づかなかったよ。

 そういえば、初等練士時代は二段ベッドの上で寝ていたから柵に引っかかって落ちたことはなかったんだ。

 

「そ、それよりさ、朝ご飯食べに行こうよ」

「うん。でもその前に、寝ぐせは直そうね」

「はい。お願いします」

 

 ユージオに促されて隣へ腰かけると、いつものように背を向けてじっと大人しくする。そうすると、ユージオは慣れた手つきで寝ぐせを直していってくれる。この時間がすごく付き合ってるって感じがして好きだ。

 

「はい。終わり」

「ありがとう。ユージオも後ろ少し跳ねてるよ」

「ほんと? お願いしてもいい?」

「うん」

 

 ユージオが使っていた濡れたタオルで寝ぐせのある場所を直していく。ユージオの髪はこの修剣学院に来てから今まで以上にさらさらと綺麗な髪になっている。どうしてかというとこの修剣学院では毎日お風呂へ入ることができ、おまけに洗髪剤は少し上等なものが使われているし、入浴剤もあるから。この修剣学院に限っては前世よりもいい暮らしをしているかもしれない。

 寝ぐせを直すためにひと撫ですると髪が少し間をおいて跳ね戻ってくる。二度、三度と濡らしたタオルで撫でてやるとぺったりとなってほかの髪の毛と纏まる。次の寝ぐせを直し始めると先ほどの夢を思い出す。

 

「ユージオ……」

「なぁに?」

 

 思わず漏れた呟きに言葉を返されてドキリとして手が止まる。すぐに手の動きは再開したけれど、返事をするのに少し間が開いてしまった。

 

「……今日は一緒に寝たい」

「いいよ。……思ってたより寂しかった」

「ふふ、僕も」

 

 誤魔化すように言った僕の言葉へ疑問を抱くことなくユージオは少し恥ずかしそうに呟く。同意するとたまらず僕は背中に抱き着き、わざと耳の近くで寝ぐせを直し終えたと報告する。

 

「もう、くすぐったいよ。ありがとう」

「どういたしまして。さ、ご飯食べに行こ」

「今日はテオの好きな魚だったよ」

「献立確認してるなんてマメだね」

「そうかな。気になっちゃうんだよ」

 

 なんてことのない他愛無い話をしながら食堂へと向かっていく。なんてことないはずだけれど、あの夢のせいでこの一瞬さえも特別な思い出として記憶に残っていく。今が幸せだとそう言い聞かせて。

 一階おりるとユージオは律儀にも踊り場で足を止めた。毎度毎度ギリギリまで来ないおバカなんて放っておけばいいと言っても、頑なに待ち続けるんだ。流石に待つのも嫌になって先に行こうと説得すれば、逆に「じゃあ、僕はテオのこと待ったりしないよ」なんて言われて黙るしかなかった。

 まぁ、いくら話しやすい奴とはいえ貴族と同室のキリトを気遣ってのことだとは思うけど、そこまで過保護になる必要もないと思うんだよ。

 不満を心のうちに秘めていると、二〇二号室の扉が開いてキリトが出てきた。

 

「おはよう、キリト」

「おはよ」

「遅い」

「悪かったよ」

「これで三度目だ。僕たちが来る頃にはここに立っておけよな」

「だから、悪かったって。お前も知ってるだろ、俺が朝弱いの」

「知るか。だいたいな、僕たちが待ってるとわかってるんだからもう少し焦れよ」

「もう、僕は知らないからね」

 

 毎朝けんかする僕らに流石にあきれたのか宥めることなくユージオは階段を下りて行ってしまった。

 本当に器の小さい奴だなとは僕も思うけど、置いていかれるのはちょっと嫌だな。

 

「待ってよ、ユージオ」

「テオは、ほんと……」

 

 ユージオを追いかけて階段を降り始めるとキリトの呆れたような声が後ろから聞こえてきて少し笑う。なんでこう、こんなにも突っかかってくる嫌な奴に対してそんな風に思えるんだよ。いっそ嫌いになってくれればキリトも楽なのにさ。

 食堂へ入ると僕が好きな魚のムニエルの香りが漂ってきて食欲をそそられる。定位置と化している椅子に着くとまたキリトと言い争いをしつつも食べ終え、午前の授業へとむかう。

 午後になれば傍付きのエルと稽古をこなす。それが日常だ。

 稽古を終え床に座って小休憩をすると、それを見たエルが僕の横に座って息を整える。

 

「ふぅ、……少し聞きにくいことではあるんだけど、正直、僕の傍付きは嫌じゃない?」

「嫌ではありません。本当のことをいいますと、誰でもよかったのです」

「ふふ、だろうね。そんな顔してたよ。こんな僕でもさ、周りの声とか、体裁とか気にするんだ。だから、平民の僕が四等爵家の長子である君を指名するのはなかなか勇気が必要だったよ」

 

 上級修剣士は12名しかなることのできない名誉ある階級。そして、その場に僕とユージオ、そしてキリトの三人もの平民が入っている。それだけでも他の上級修剣士からやっかみを受けている状況で、不遜と取られても仕方がない四等爵家嫡男の傍付き指名。

 今頃は様々なうわさが流れているだろうことは容易に想像できるし、事実、声を大にして言ってくる奴も二名ほどいるしな。

 

「確かにテオ上級修剣士は平民ですが、私には全く関係のないことです」

「そうかい。エルがそういうならよかったよ」

「私がそういう人間だってわかってたから選んだのですよね」

「ぐうの音もでないね」

 

 少し棘のある言い回しに苦笑しながら肯定するとエルは僕の後ろに回って手拭いで汗を拭いてくれる。

 

「ありがとう。んでも、ここまでしなくてもいいんだよ」

「ではご自分で拭いてください」

「いやあ、それはほら、めんどうだし」

「でしたら、大人しくしていてください」

 

 僕が横着をして制服の袖や裾で汗を拭ているのを見たエルがだらしないと僕の汗を手拭いで拭き始めたのがきっかけで、今ではされるがままになっている。

 それにしてもやけに手馴れているというか、エルにしては手つきが優しいと感じるというか。

 

「エルは兄弟いた?」

「……もう、いません」

 

 僕の言葉に震えた声が返ってきて確信した。

 きっとこれが今のエルを形成した要因なんだ。僕にとってエイトがかわいい弟であり、かけがえのない家族であるのと同じようにエルにもそんな存在が居たんだ。

 

 

 

 

 人界歴三七三年

 

 上級貴族、四等爵士以上が住まう3区と4区の貴族街にあるセーツヴィル家。そこは四等爵士の家ということもあって屋敷というべきほど大きなものだった。

 今年で十歳になるエルソンは自室で本を読んでいた。どちらかというと内向的で武術よりも勉学が好きだったエルソンは、何度も頑なに剣術をやらせようとする両親から逃げるように本を読み漁っていた。

 剣術の腕が鈍いわけじゃないエルソンは「整合騎士になれ」「もっと上手くなれ」という親からの期待という圧に耐えられなかった。

 

「レヴィト様の剣の腕は素晴らしいみたいですよ!」

「拝見しましたけれどかなりの腕前でしたよ!」

 

 声が漏れ聞こえているとも知らず、噂話をする侍女に苛立ちを感じて本を勢いよく閉じるとベッドで横になる。

 弟のレヴィトが剣を習い始めると屋敷はその話で持ち切り。親でさえもエルソンには期待をしなくなった。それどころか放置も同然で、たまに見かけてはいないもののように扱っていた。

 

「別にこれでいい……僕の代わりなんて……」

 

 “いくらでもいる”その言葉を言えずに黙り込んだエルソンは涙を零して枕に顔を埋めた。

 まだ十歳の子どもにとって親から何も与えられないことの苦痛は、誰も自分を見てくれないことの虚しさは、他人ばかりが褒められている時の嫉妬は自分でコントロールできるものではなかった。

 それでも、少年は優しかった。

 

「兄さま、遊びましょ」

 

 自分がどれだけ憎まれているのかなんて全く分かっていない弟からの言葉。怒りや嫉妬から振り上げそうになった拳も、結局は弟の頭に優しく置かれていた。

 まだ六歳のレヴィトにとっては剣術で褒められることも、兄であるエルソンに遊んでもらえることも当たり前のものとなっていた。普通のなんてことない日常だけど、それが一番楽しいと幼心には感じていた。だから、周りの声を都合よく解釈したり、エルソンと遊ぶ時もいつも自分のしたいことをしていた。

 

「今日は剣で遊ぶ!」

「いいよ。けど、僕は強いぞ」

「負けないもん」

 

 自己主張が苦手なエルソンにとっては、自己中心的なレヴィトの遊びに付き合うのもそこまで苦ではなかった。勝手に遊びたいことを決めてくれるのだから、後はそれに付き合うだけ。それでも楽しかったし、気分転換にもなっていたのだからよかった。

 だけど今回だけは違った。まだ十歳のエルソンにとって六歳のレヴィトに剣で負けるというのはプライドが許さなかった。

 当然、経験時間も体格も違うのだから適当に対等な勝負を演じてから勝つことにした。確かに噂通り六歳にしては剣の腕はなかなかのものだった。とはいえ、まだ六歳。結局、この日だけはエルソンの我が出て勝ってしまった。

 それが原因なのだろう。急に自身をなくしたレヴィトが剣術の練習をしたくないと言い出し、それを聞きつけた親がエルソンを りつけた。

 

「なんてことをしてくれたのよ。あなたの安い剣でレヴィトを傷つけないで」

「お前は余計なことしかしないな。もうここに籠ってろ」

 

 大事にされているはレヴィトの方。それは痛いほど感じていたエルソンだったが、無視という形から敵意という形に豹変した両親を見て殊更つよくレヴィトへの嫉妬心を抱かせ、同時に母親の言葉はなけなしのプライドさえ粉々にした。

 それでもエルソンは優しかった。泣きながら「剣術がんばるから、兄さまと遊びたい」と抱き着いてくる弟に伸ばした手は背中に回っていた。どこまでも純粋で正直なレヴィトを責める気には到底なれなかったのだ。たとえそれが時に残酷な仕打ちを自分にもたらしてしまうとしても。

 

「兄さま、兄さま、も一回」

「飽きないね、レヴィ」

「兄さまと戦うの楽しいから」

 

 心の底から楽しそうに笑うレヴィトにつられてエルソンも笑みをこぼす。この時間だけが幸せだった。代償としてレヴィトに少しでも何かがあると親に責め立てられたが、それでもこの時を思えば耐えられた。そう、耐えられていた。

 それが訪れたのは十四歳になる年。わずか十歳にして流行病に臥していたレヴィトは突然この世を去った。

 唯一無二の存在であるレヴィトを失ったエルソンは悲しみに明け暮れて、来る日も来る日も涙を流しては誰もいない中庭を眺めていた。

 そんなある日に、久しぶりにレヴィトとの思い出を整理しようといつも遊んでいた中庭へと向かう途中の廊下で、聞きたくもない言葉を耳にした。

 

「どれだけあいつに金をかけたと思っているんだ」

「こんなにすぐ死ぬなんてありえないわ。これじゃあ、ムダ金じゃないのよ」

「せっかくの機会が……アレが代わりに死ねばよかったものを」

「全くどいつもこいつも使えないわね」

 

 一瞬でも耳を疑ってしまったエルソンは唇をかんだ。親に少しでも悲しむ心がまだあると心のどこかで思っていた自分を恥じたのだ。

 エルソンは足早に自室へ引き返すと物に当たりたい衝動を抑えて座り込んだ。自分が愛されていないのはわかっていたが、結局のところレヴィトですら条件付きの愛だったのだと思い知らされた。

 それからというもの、親を見返してレヴィトへ謝らせようとエルソンは鍛錬に打ち込んだ。親を見返す方法、そんなのは簡単だ、整合騎士になればいい。あとはそれを成しえるために自分を鍛えなければ。

 そうやって怒りを胸にエルソンはただひたすらに鍛錬を続けた。

 しかし、二年後の冬に両親とも何の因果か流行病であっけなくこの世を去った。

 怒りはどこにぶつければいい。何を目的に生きればいい。そんな自問自答の末にすべてを失ったエルソンは壊れたかのように感情を出さなくなった。

 ただこの時、修剣学院への入学試験の受験資格を得ていたことだけが、惰性でも生きる意味を残していた。

 

 

 

 

 二人には広い修練場が徐々に赤く夕焼けの色に染まっていく。

 短く息を吐きだして、口をそっと開く。言葉を慎重に選ぶようにして深くなる闇を見つめながら音を発する。

 

「聞き流してくれても構わない。僕にはさ、五歳はなれた弟がいるんだ」

 

 辛そうなエルに何ができるかと考えて、弟のことを話すことにした僕は馬鹿なのかもしれない。一番つらい所だろうってことはわかっているのに、そこへ踏み込んでいくなんてさ。

 けれど、何もなかったかのように有耶無耶にするのはきっと違う。

 

「でも、もう三年も会ってない。だからかな、顔も、声もほとんど覚えていない。思い出はあるし、どんなことをしたっていうのも覚えているけど、顔と声にどんどん(もや)がかかっていく」

 

 そう、それは人間なら誰でも経験すること。はっきりと思い出すことができず、あやふやにしか像を捉えることができない。今なら写真というものがどれだけありがたいものかってよくわかる。

 

「……でもね、不思議だよね。兄ちゃん、兄さんって僕のことを呼ぶ声だけは鮮明に聞こえてくる」

「…………」

 

 かすかに乱れた息遣いが、誰もいない静かな修練場を揺らす。

 窓から延びる夕焼けが作るエルの陰から一つ小さな丸く薄い影が落ちて消える。僕の言葉がエルに届いたのは確か。ただ、それが本人にとってどんな意味を持ったのかは分からない。

 罪悪感に塗れた僕は静かに肩を震わすエルをエイトと重ねてしまい、拳を固く握りしめる。残されたものがどれだけ苦しい思いをしているかは理解している。けれど、こうして苦しんでいる姿を見ることからは逃げたくなってしまう。

 

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