Sword Art Online -Project Salvation-   作:青き勇者

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第一章 アウトサイダー -Outsider- 05

 やがて、二人の姿が見えなくなった頃、僕は道を大きく逸れて村を迂回する形で真逆の東へと歩き始めた。

 森の中は草木や木の根が多いので、着慣れていない婆さんから貰った浴衣を脱いで、チュニックとコットンパンツといういつもの服装へと着替える。

 そして、遠くに見える果ての山脈が大きくぽっかりと途切れた場所、東の大門の左側を目指して歩く。今からなら昼頃には東の洞窟へ辿り着くはずだ。

 今はもう五月も終わりの頃なので、この地域ではソルスの照りつけが強くなって暑くなりはじめるらしい。今は森の中を移動しているので木陰が多く殆ど陽の光はあたらないが、それでも汗はかきやすいと感じる。空気の僅かな湿りが、汗の乾きを若干遅くしている。とはいえここはあくまでも電子の世界なので、乾きは異常に早い。

 (かん)(ぼく)の枝葉をかき分け、根を跨いで小川を渡る。そんな風に森を歩くこと五時間。ようやく果ての山脈に辿り着き、洞窟も十分ほど歩いたところに発見した。

 五年前の夏を思い出しながら、洞窟の近くのやわらかい草地で婆さんが持たしてくれた弁当を食べ始める。

 アリスとユージオと僕で楽しく食べた弁当。川の冷たさに驚いて、赤くなった手を見せたらユージオに握られたんだったな。

 思い出すと幸せなことばかりが思い浮かんできて、弁当を口にしながら口角が上がってしまう。

 しかし、アリスを守れなかったことを思い出すと気は沈み、あの物語にはない入口から聞こえた獣の咆哮(ほうこう)という予想していなかった展開に、もし神聖術を使いこなせていたらまた違ったのだろうかと、今更ながら(うな)り考えてみる。

 洞窟の前で百面相をしながら弁当を食べると言う、奇妙な光景を作り出していた僕は立ち上がるとすぐそばの川へと手を伸ばした。

 

「温かい。中は凍っている訳じゃなさそうだ」

 

 標準的な水温よりも少し高い、ぬるま湯のような温度に、北の洞窟とは違うと改めて認識した。

 弁当を片付け、リュックを背負い、草穂に光を灯して、殆ど北の洞窟と変わらない洞窟へと進んでいく。

 

「中もあったかい。まさか竜のいる場所が灼熱地獄だったりしないよな」

 

 爺さんからそんな話は聞いていないが、洞窟の竜がいる場所の情報については無いに等しかった。なんせ挑戦者は竜に負けて誰も帰ってこなかったからだ。

 僕は他の人と違って死ぬことはないと高を括って進んでいる。だが、それは竜が既に死んでいて竜に殺されることはないと確信しているからで、もし環境的要因で死ぬようなことがあったら目も当てられない。

 東西南北、全てに竜は恐らくいる。となるとその全てがあの司祭の命令によって整合騎士に殺されているだろう。北は確かベルクーリだった。東もベルクーリかはわからないが、自分の言いなりにならない邪魔な竜を早めに排除したかったはずだから、恐らくは序列一位のベルクーリにさっさと始末させたはずだ。

 

「あっちいな……」

 

 暑さと言えば砂漠のある南帝国のイメージだったのだが、東の洞窟はまさにそのイメージにピッタリなくらい暑かった。さらに問題なのは日本の夏の様に湿気が纏わりついてくることだ。おかげで汗はだらだらと乾くこと無く湧き出てくるし、水を飲む手も止まらない。

 暑さと格闘しながら相変わらずの一本道を進み続け、ようやく広間らしき場所が見えてきた。北の洞窟とは対照的に赤く見えるのは気のせいであってほしいが、滴る汗は如実にこの先の広間の暑さを表している。

 広間への出口付近の岩と岩の間に杭を刺しこもうとして、不自然に広がる出口を見渡す。どうやら塞がっていたのは本当のようで何者かが吹き飛ばした跡がある。取り敢えず杭を差しこみ縄は無くてもこれだけで目印になるだろうから先へと進む。

 広間へ足を踏み入れ、目に汗を入れてしまいながらもドーム状の空間全体を見渡せば、見事なほどに真っ赤で、見事なほどに輝いていた。

 

「うわぁ……」

 

 何が輝いているのか、近くの壁を調べればすぐにわかった。宝石の原石である。ダイヤ、サファイア、ルビー、ガーネットなどが多く埋まっていた。ダイヤはそのなかでも割合少なかったが、このドーム全体は宝石の山と言って差し支えないほどである。

 恐らくここは火山、それもマグマの通り道だったに違いない。だが、暑くはあるものの人が死ぬような熱さでない事から活発じゃない事は確かだ。

 綺麗な宝石に見惚れるが、僕が欲しいのは宝石ではなく剣である。北の洞窟であった氷柱(つらら)のように、地面から隆起したマグマが固まった塊のようなものを避けて通りつつ、大きな広間へと出た。

 案の定、輝く財宝の上に竜が骨となって眠っていた。すぐ傍に寄って竜の安らかな眠りを祈る。きっと優しいユージオならこうしたに違いない。

 つづいて竜の(かぎ)(づめ)をみれば殆ど北の竜と同じ切り口に見えた。これだけ綺麗な切り口を作り出せる剣の腕を持った者はそういない。ベルクーリのものであることは容易に推測できた。

 

「さて、早く出たいんだけど……あった!」

 

 額の汗を拭い取りながら財宝の山をかき分けると、オレンジ色の革でできた(さや)に、白を基調として赤く鋭い(こずえ)が幾重にも重なっているかのような意匠が入った(つば)の長剣が見えた。

 

「これが、竜仙の剣……」

 

 村のおとぎ話によるとこれは『竜仙の剣』というらしい。昔この地域のどこにでも生えていたが絶滅してしまった竜仙という樹木がもとになっていると言われているらしい。

 

「よいっ、しょっ、とっ!」

 

 全力で持ち上げてみるも、青薔薇の剣の時よりは持ち上がったが、これを担いでルーリッドの村まで戻るのは不可能だ。汗が滴り、剣を濡らす。力を緩めると手汗の手伝いもあって一瞬で手元から離れる。

 水分を補給すると、ステイシアの窓を剣と僕の分の二つを出して見比べる。やはりオブジェクト操作権限は剣が四十五で、僕は三十九。僕でも結構高い方だとは思うのだが、やはり足りない。

 もうここにいるのも限界なので、元来た道とは逆の通路へ向かう。足りないなら上げればいい。簡単なことだ。

 徐々に下がっていく周囲の温度に安堵し、顔の汗だけでも拭き取って少しでも不快感を消す努力をする。

 十分くらい歩いたところで、冬の木枯らしのような風音が聞こえてくる。ダークテリトリーは近い。

 

「こっちでも変わらずか……」

 

 くっきりと引かれた境界の向こうは、北の洞窟の先に広がっていた光景と全く同じなのではないかと錯誤するような荒野が広がっていて、何気なく呟いた一言に不気味さを覚え体が震える。

 ここまで来て何をするのかといえば、闇の軍勢、つまりダークテリトリーの住人を殺すのだ。

 

「殺す……それによって力を得る……相手が魔物なら、よかったのに……」

 

 簡単に殺すとは言っても、相手も同じようにフラクトライトを持っている。同じように知能はあるし感情もある。人を殺すのと同じだ。

 でも、見た目が違うだけでその忌避感も少しは薄れるのだから、とことん開発側の思惑通りとなってしまう訳だ。

 もうユージオを守るために誰かを殺すことを躊躇(ためら)わない。例えその相手を守りたい人や大切な人がいるとしても、ユージオを守るために僕は躊躇(ためら)わない。

 殺しを恐れろ、慣れを恐れろ、それでも躊躇(ためら)うな。僕は人間であり続けながらユージオの傍でいたい。殺人鬼になってしまわないよう、自分を戒めろ。

 

「ふぅ……」

 

 一つ深い呼吸を終えると、覚悟を決めた。随分と覚悟を決める時間が短くなった物だ。前までは何日も掛かったというのに。

 ダークテリトリーとの境界より五メルほど離れた場所で脚を肩幅に開き、右手を突きだし、構えを取り、神聖術の起句を口にする。

 

「システム・コール・ジェネレート・サーマル・エレメント・フライ・ストレート・バースト・エレメント・ディスチャージ」

 

 目標は空中。イメージは二十メルほど直進した後に大きく爆発する感じ。

 熱の素因(エレメント)が指先に集まり、指向性を持って放たれた一つの小さな熱は二十メル先の空中で大きな音を響かせて爆発した。数瞬遅れて爆風が僅かながらに髪を揺らす。

 

「これで来てくれればいいんだけど……」

 

 爆発音を繰り返し発生させることで、これに気付いた住民をおびき寄せようと言う作戦だ。

 もう一度くらい爆発を起こしておくかと、右手を(かざ)して起句を口にしたところで異変に気付いた。

 

「発動しない……神聖力が足りない? ダークテリトリーに近いから? それもあるけど洞窟はそもそもソルスが届かないから神聖力は少ないのか。とはいえあの広間はテラリアの恩恵を大きく受けている筈だから、神聖力はかなり有りそうだな……」

 

 素因(エレメント)が指に集まり始めてすぐに霧散してしまう。神聖力が足りていない時に起きるこの現象に頭を抱えた。剣をまともに扱えない僕の武器は神聖術だ。その神聖術がここでは一回使うたびに神聖力が補充されるまで待たなければならない。頼みの綱がもろ刃の剣と成り果ててしまったのはいただけない。

 あの広間へ敵を誘導できれば神聖術を使い放題だろう。あれだけ宝石やら地熱やらといったテラリアの恵みを一身に受けているかのような環境が揃っているのだから。

 しかし、あそこで待ち伏せするのはかなり辛いだろうし、複数人いた場合一度目の奇襲で全員仕留められないとなると、広間の方に逃げざるを得なくなり最悪包囲される。

 通路であればかなり敵の動きを制限できるという一対多の状況では最高の条件が無くなってしまうのは痛い。

 この場所で全員倒せなくても通路を逃げながら後ろに攻撃するだけで当たるというのに。

 

「やはり、ここの方が地の利は活かせるか。となると、アレを使わざるを得ない……いや、宝石を掘りだして持ってくればどうだ? 少しは神聖力を貯め込んでいるはず……」

 

 考えながらぼそぼそと呟き、いい案は無いかと頭を働かせ続ける。

 広間の神聖力が高そうな理由を考えているなかで、宝石に神聖力が溜められているのでは無いかと見当をつけた。なら、その宝石をここへ持ってくればいいのではないか。

 

「とにかく、今はここでできる事をしよう」

 

 早く確かめたくはなるが、今すぐ敵が来てしまっても対応できるように即席の罠を仕掛けておこう。

 一人で様子を見に来るだけならまだしも、最悪は偵察隊を組まれて複数人で来ることも予想されるから、すこしでも敵を足止めする意味でも罠は仕掛けておかなければならない。

 簡単なのは縄を地面から五センほど離した場所にピンと張った物だ。洞窟は暗いから足元が見えにくくなるし、例え明かりを持っていたとしても僕という敵に気を取られたら複数人を相手取ることとなった場合、一人くらいは引っ掛かってくれるだろう。

 取り敢えずこれをできるだけ張っておく。できた数は結局四本だけとなった。縄の両端を留める杭が足りなくなって、縄は余っているがこれ以上作れなくなったのだ。

 縄を切るためのナイフを仕舞い、もうできる事はないなと明かりを消し、洞窟の暗闇に体内時計を頼って一時間おきに爆発音を出しつつ三時間ほど身を伏せて敵を待った。

 大体、神聖力が回復してくる時間が一時間ほどなのだ。

 

「さすがに、今日は来ないか」

 

 少々落胆しつつも予想通りなのでリュックを背負って早々に撤退した。そもそも見渡す限り荒野のダークテリトリーに、爆発音を聞いていた人がいたかも怪しい。

 暑い広間を抜け、暗くなった人界へ戻ると晩飯の準備を始めた。

 

 

 

 

 次の日は朝早くから食料を調達し、昼食の分だけリュックに詰めると近場に隠しておく。

 植生が若干変わって見かけた事のない物もあるが、爺さんに教えて貰ったおかげで食べられる物とそうでない物の区別はついている。

 一時間ほどで準備を終えて、洞窟に再度入っていく。

 今日は広間に着き次第、宝石を掘りだして神聖力を貯めているかどうかを確かめる。そして、昨日と同じように一時間おきに爆発音を出す。

 単調な作業だし、その殆どが待ち伏せしている時間という事も有って、ずっと気を張りっぱなしだと疲れるし、かと言って気を緩めると寝てしまいそうになる。

 

「あっちいな、今日も」

 

 広間に到着すると、剥き出しになっているダイヤモンド、ルビー、サファイア、ガーネットをそれぞれ一つずつ手に取り、神聖力を確かめる。といっても明確な数値で測れるわけではないから感覚に頼る事となるのだが。

 ダイヤモンドが一番神聖力を含んでいる事は直ぐにわかった。明らかに他とは量が違う。ステイシアの窓を開いて確認してみると、ダイヤモンド原石の天命は六万だった。対して他の原石はルビーとサファイアが大体同じくらいの二万ほど。大きさによって変わって来るが、それでもギガスシダーが二十五万くらいだった事を考えると掌に収まる原石が六万など、驚愕の一言に尽きる。

 

「でも、ダイヤモンド少ないんだよなぁ。ルビーとサファイアで我慢するか」

 

 ダイヤモンドは見渡す限り、手の届く範囲には今手元にある一個だけ。見上げればあるにはあるが、それでも二個しか見えない。一方でルビーやサファイアは大量にある。

 ルビーの原石に手を伸ばし、力を加える。剥き出しになっているので少し力を加えてやれば簡単に取れるから、そう苦労せず必要だろう個数は集まった。

 ダイヤは直径五センの物が一つ。ルビーとサファイアは五から十センの物が四つずつ。宝石だとデカすぎるが、原石なので余分な岩石が付着していて少し大きくなってしまっている。

 

「十分だな。早く出よう」

 

 大して動いていないのに流れ出るのが止まらない汗に辟易(へきえき)としながらも、小走りでダークテリトリーへ繋がる通路へと向かう。

 その際に通った広間の中心で静かに横たわる竜仙の剣へ少し触れてから広間を後にした。このまま何もすることなく持ち帰れたらどれだけいいか。

 ダークテリトリーとの境界に着き、神聖術を放つ。そして、ルビーを片手に持ってからもう一度放とうとしてみると、ルビーから神聖力が流れ出しそれが力となって神聖術を無事に発動させることができた。

 

「よし、これならいける」

 

 かなり有利に展開を進められる確信を得られて満足気に頷いた。

 その後、数回神聖術を放ち、ルビーが持つ神聖力はだいたい神聖術四回分、素因(エレメント)を四個生成するのが最大だとわかった。これなら十分に戦える。この神聖力を蓄えた宝石たちはまさしく神からの、テラリアからの恵みであった。

 

「相手は使えずこちらは使える。相当有利だな」

 

 神聖力とこちらは呼んでいるが、向こうにも呼び名が違うだけで同じものを利用して術を使う奴らがいる。そいつらはこの辺りで術を使えず、僕は宝石の分だけ神聖術を使える。

 これはもう相当な強さの奴が来ない限りは負けない。

 勝利への道筋が明らかになった今、しかし油断なく暗闇に伏せていた。そして時間がくれば爆発を発生させる。これを五日続けた。

 

「きたっ」

 

 小さく呟いて、地面へ伏せる。あれは恐らくオークだ。ゴブリンが北なら東はオークという訳か。

 人数は五人。一人隊長のような人物が見えるがそこまで強くはなさそうだ。他の部下と大して変わらない装備をしている。爆発音がするくらいで、そりゃ将軍レベルの奴が出てくるわけもないしな。

 緊張に鼓動が逸るのを抑え、冷静さを失わないよう努める。

 手順は簡単だ。入口から二十メルの地点に伏せる僕は、敵が洞窟に入ったと同時にゆっくりと後退する。敵が洞窟に入り明かりを灯そうとするか、五メル進んだ時点で攻撃を開始する。

 罠は入口から十メル地点に、一メルの間隔をあけて四箇所設置している。僕の攻撃に慌てて突っ込んできたところを罠に引っ掛かってくれたら万々歳、そうでなくとも逃げながら神聖術で応戦する。

 

「…………」

 

 じっと、息を潜めて敵が近づくのを待つ。豚のような顔と体でありながら二足歩行。それぞれ斧や短剣といった獲物を携えている。油断しているのか敵は話をしていて笑っている。その様子を見ていると本当に人間と同じ魂から作られたんだという実感が湧いてくる。

 残り一メル。敵は洞窟を見つけると一直線にこちらへやって来て、少し洞窟に入る前に話し合いをしていたが直ぐに境界を跨いで入って来た。

 それを認めて壁際に沿って姿勢を低くしながら後退していく。その際に敵から目を離さないように気を付けて、(つまず)いたりしないよう忍び足を心がける。

 

「爆発音ってだんだんでしょうでぇ」

「こんなとこどに洞窟だんてそもそもありますたっけ?」

「だぁな、特にだんもねぇみでぇだがなぁ。明かりを付けど」

 

 オークは特に声量を落としたりはしていないのでよく洞窟に響いて聞こえる。

 少し進んだところでオークの隊長と見られる奴の指示で下っ端が明かりを付けようとカンテラをとりだした。

 ここだ。

 

「システム・コール・ジェネレート・サーマル・エレメント・フォーム・エレメント・アロー・シェイプ・ディスチャージ」

 

 ぼそぼそと、それこそダークテリトリーに吹いている木枯らしに掻き消されてしまう声量で唱える。しかし、声量は関係ない。矢を(かたど)った三つの熱の素因(エレメント)は僕の明確なイメージを正確に再現して見せ、隊長と見られる人物の胴体を三本ともが貫いて見せた。

 直接的な感覚は無かったが、確かに殺したのだと言う実感がオークから流れ出る血を見て湧いてくる。しかし、そんな余韻に浸っている暇はない。

 

「た、隊長!? て、てきだ!」

「システム・コール・ジェネレート・ルミナス・エレメント・アドヒア」

 

 奇襲に混乱していたオークたちの前で草穂に光を灯してわざと僕を視認させる。そうするとオークたちは光を嫌がりながらも僕に突っ走って来る。それに僕は合わせるようにして逃げる。

 しかし、光を嫌がっているのはどういう事だ。敵を見るとこちらを直視するのを避けるようにしている。そして、そのおかげもあって敵は罠に足を引っかけた。

 

「よしっ、罠に……はぁ!? んなのありかよ!」

「小賢しいマネしやがっでっ! 隊長のかたきだ!」

 

 オークは縄に引っ掛かけた足を強引に振り抜き、縄をちぎって何事もないかのように追いかけてくる。

 威勢のいいオークは僕が逃げているからか、罠を潰せたからか、自分たちが優位に立っていると疑わないようだ。

 しかし、ここまでは想定済みである。とはいえ強引に突破されるのは予想外だったから少々面食らった。両手に掴んだ宝石を頼りに神聖力を補給し、神聖術を発動させる。

 

「くそっ、システム・コール・ジェネレート・サーマル・エレメント・ディスチャージ!」

 

 矢の形のイメージが強く残っていたおかげで、最後を省いても矢の形になって飛んでいってくれたが、二本の矢は一人の右肩に一本突き刺さっただけで、スピードを落とさずについてくる。

 何か、ないのか。爆発はこんなところでさせると落盤を起こしかねない。かと言ってそれ以外に……待てよ、あいつらは光が、もっと言えばルミナス系の神聖術が苦手なんだ。なら、その光をバーストすれば……フラッシュグレネードか。

 今まで直接的に攻撃することへ拘りすぎていて気付けなかった。そうだ、ユージオとキリトが北の洞窟でゴブリンと対峙した時も光を嫌うような場面があったじゃないか。

 右手のルビーと左手のサファイアを放り投げ、ダイヤをリュック横のポケットから取り出して左手に握りしめると、右手を後ろに向ける。

 イメージはフラッシュグレネード。強烈な光を放って敵を失明させる。恐らくこれだけでも光が苦手なオークたちは天命を削られるはず。

 

「システム・コール・ジェネレート・ルミナス・エレメント・バースト・エレメント!」

「なっ、なんだ、ぐあっ!」

「め、目がっ!」

 

 目論見通りオークたちは強烈な光に目をやられて、走っていた勢いそのままに全員が派手に転んだ。僕は一方的な虐殺になっているような現状に気後れしながらも神聖術を発動させる。

 (うずくま)り、何も見えていないであろうなか、僕の発する神聖術式句だけは死の足音の様にはっきりと聞こえているだろう。僕が一音一音発するたびに怯えた声を発するが、もう止まる事はない。

 人差し指に集まった素因(エレメント)は熱、そして形状は矢。

 

「ディスチャージ」

 

 ただ平坦に発した僕の声を合図に矢は正確にオークの頭を打ち抜く。

 頭皮を熱で溶かし、頭蓋(ずがい)を突き破り、脳を焼き切って、顔面を貫通し地面へと突き刺さる。肉が焼ける嫌な臭いの後、熱の矢が消失すると穴からぼこぼこと血液が溢れ出てくる。とはいえ焼かれたからか頭に穴を穿たれたにしては少ない。

 これはユージオを守るため。だから仕方ない。

 

「システム・コール」

「ひっ、や、やめでぐれ!」

 

 声が近づいてくるのを聞いて、さっきの式句のあと仲間の声が聞こえなくなったのを感じて、目が見えないオークは見当違いの方へ命乞いを嘆願する。しかしそれを聞き入れることなく僕はまた平坦な声でもって死を(もたら)す結句を口にした。

 結末は先ほどと同じ。悲鳴を僅かに漏らすのが精一杯で、直ぐに絶命した。

 (なぶ)る趣味はない。直ぐに楽にするため、頭を正確に貫いていく。その度に血が舞い、悲鳴が響き、死体が力なく横たわる微かな音が聞こえる。

 一分もしないうちに最後のオークが断末魔をあげて(たお)れた。

 これはユージオを守るためなんだ。

 

「…………」

 

 何も言わず、何も発する事はできずにその場を爆発させて落盤を起こした。せめてもの弔いの気持ちと、この偵察隊の後続が来た時に調査を諦めるようにするためだ。このままにしておけば村に被害が出る可能性がある。

 広間に辿り着いた僕は自身のオブジェクト操作権限が四十八になっている事を確認して、竜仙の剣を持ち上げた。軽々しく持ち上がったはずの剣はしかし、前以上に重く、まるで僕ごと地に縛り付けられるように感じられた。

 この剣を持ちあげるために奪った命の重さがそのままのしかかってきているような感覚が、手だけでなく体中に纏わりついてくる。

 しかし、この剣を持ち帰らなければユージオと肩を並べてセントラル・カセドラルへ目指すことはできない。

 竜仙の剣を(さや)から抜剣し、その真っ白な剣身に驚く。(さや)はオレンジ、(つか)は白にオレンジの線、(つば)は白が基調とは言え赤い意匠で飾られている。だから剣身も赤色系統だと思っていたのだが、シルクの様に透き通るほど真っ白な剣身は清らかに輝く。

 

「よろしくね。僕はテオ。僕の愛する人を守るため、友達を助けるために力を貸してほしい」

 

 ユージオは剣と対話しようとしていた。なら、僕も剣に、これからお世話になる相棒に挨拶くらいはしておかないといけないと思ったのだ。

 力を貸してほしい、そう願った瞬間僅かに竜仙の剣は輝いた気がして、軽くなった……というより手に馴染んだような気がした。これは認められたという事だろうか。

 殺人をして、剣に認められて……ルーリッドを目指す足取りは僕の複雑な心境を表すかのように覚束(おぼつか)なかった。

 


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