Sword Art Online -Project Salvation-   作:青き勇者

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第一章 アウトサイダー -Outsider- 07

 今は八時前くらいだけど広場の井戸で顔を洗っていた。今日は久しぶりにぐっすり眠れて、顔を洗う前に朝ごはんを食べて来たんだ。

 冷たい水で顔を洗っていると後ろから声を掛けられる。振り返ると、テオがそこにいると期待してしまい、キリトを見つけて溜息をついてしまう。挨拶されて溜息を返すなんて僕は何をしているんだろう。

 

「おい……溜息はないだろ、溜息は……」

「ご、ごめん。テオかと、思っちゃって……」

「そ、そうか……」

「ごめん。朝から暗いこと言って。で、どうしたの? 今日は安息日だから仕事はないよ?」

 

 沈んだ空気を換えるために話題を変える。

 昨日は僕がテオの敵を討とうとして運んだ青薔薇の剣で、ギガスシダーを打つという前代未聞な暴挙をしでかしたキリトに今日は仕事が休みであることを伝える。

 

「それが……朝からセルカが姿を消しちゃってさ……。それで探してみようと思って……」

「ええ?」

 

 キリトの思いがけない言葉に狼狽(うろた)える。セルカはアリスの妹で、アリスがいなくなった後シスター・アザリヤに弟子入り。それからはこっちが心配になるほどの頑張り屋で、真面目な子だ。そんなセルカが突然いなくなるなんて。

 

「シスター・アザリヤに何も言わずに教会からいなくなったのかい?」

「どうも、そうみたいだ。こんなこと初めてだってシスターは言ってた。なあ、ユージオはどこか、セルカが行きそうなところに心当たりはないか?」

「行きそうな、って言われても……」

 

 心当たりが全く思い浮かばずに顔を俯かせる。

 僕はアリスを助けられなかったことに引け目を感じてセルカとちゃんと話したりしなかった。テオはセルカのこと、気に掛けていたみたいだったけど、僕は全く彼女の事を知らない。

 

「俺ゆうべ、セルカと少しだけアリスの話をしたんだよ。だから、もしかしたら、アリスとの思い出の場所とかかもしれない、と思って……」

「どうしたの? キリト」

「まさか……。なあユージオ、昔、セルカに、アリスが整合騎士に連れていかれた理由を訊かれたとき、教えなかったんだって? 何故だ?」

 

 どうして今そんな話になるのかわからなかったが、頷いておく。

 

「ああ……そんなこともあったね。なぜ、どうして言わなかったのかな……。はっきりした理由があった訳じゃないんだけど……不安だったのかもしれないね。セルカが、アリスの後を追いかけてしまいそうで……」

「それだ」

 

 キリトの確信に満ちた声に首を傾げる。

 

「俺、ゆうべセルカに教えちゃったんだ。アリスが闇の国の土に触れた話を……。セルカはきっと、果ての山脈に行ったんだ」

「ええっ!」

 

 キリトの言葉に僕は一気に顔を蒼ざめさせた。それが本当なら、とてもまずい事になる。

 

「それはまずいよ。村の人に気付かれる前に、早く追いかけて連れ戻さないと……。セルカが出発したのは何時頃なの?」

「わからない。俺が起きた五時半にはもう居なかったらしい」

「今の季節だと、空が明るくなりはじめるのは五時くらいだ。それより早くだと、森を歩くのは無理だよ。ということは、三時間前か」

 

 六年前どれくらい時間がかかったのかを思い返す。たしか朝の丁度これくらいの時間に出発して、洞窟の前で弁当を食べたとき太陽はてっぺんあたりだった。

 

「僕とアリスとテオで洞窟に行った時、子どもの足でも五時間くらいしか掛からなかったんだ。多分セルカはもう半分以上進んでると思う。今すぐ追いかけても間に合うかどうか……」

「急ごう。直ぐに出よう」

 

 キリトに急かされて僕は頷いた。

 

「準備している時間はないね。幸いずっと川沿いだから、水に困る事はない。よし……道はこっちだよ」

 

 皆に怪しまれないよう北へと足早に進み、詰め所の衛士に気付かれないようルーリッドを出た。

 川沿いの道へと最短距離で移動し、そこで踏まれた後のある雑草が目に入った。キリトを制止して地面にしゃがみ込むと萎れた茎に触れる。

 

「ここだ……踏まれた後がある」

 

 ステイシアの窓を開き、天命の減り具合を確認する。

 

「天命が少し減ってる。大人が踏めばもっと減るから、しばらく前に子どもが通ったのは間違いないね。急ごう」

「あ、ああ……」

 

 立ち上がると早足に僕は歩きはじめる。

 六年前の光景を思い出す。三人で楽しくこの川沿いの道を歩き、洞窟がどんなところなのか、竜はいるのか、氷が取れれば弁当はもっとおいしく食べられるようになるとか、そんな冒険心を(くすぐ)る話。

 しかし、その後の事を思い出してもしアリスと同じ事がセルカの身に起こってしまったらと気が気でなくなり、気持ちばかりが急いてしまう。まるで一年前の時の様に。

 走馬灯のようにあの光景が蘇ってくる。あの血は、破れた右袖は、川へと続いていた血痕は、あれはテオの、テオの……

 

「なあ……ユージオ」

 

 悪い方へ思考の坩堝(るつぼ)(はま)ってしまっていた僕はキリトの声に気を取り直す。左後ろをちらりと振り向いて先を促す。

 

「なに?」

「念のために訊いておきたいんだけど……もしセルカが闇の国に入ったら、その場ですぐ整合騎士に捕まってしまうのか?」

 

 一日後に村へ飛んで来た整合騎士を思い出して首を横に振る。

 

「いや……整合騎士はたぶん、明日の朝に村まで飛んでくると思う。六年前はそうだった」

「そうか……。じゃあ、最悪の場合でも、まだセルカを助けるチャンスはあるわけだ」

「……何を考えてるのさ、キリト」

 

 不遜な物言いをするキリトに一抹の不安を覚える。

 

「単純な話さ。今日中にセルカを連れて村から出れば、整合騎士から逃げ延びることができるかもしれない」

「…………」

 

 こともなげにそう言ってみせるキリトへ、僕は諦めるように言った。

 

「そんなこと……できるわけないよ。天職だってあるし……」

「べつに、ユージオに一緒に来てくれとは言ってないぜ。俺がセルカを連れて逃げるよ。俺が口を滑らせたのが原因なんだからな。その責任は取る」

「キリト……」

 

 僕を試すような言い方、僕はもう必要ないみたいな言い方。そんなこと言われても僕はわからない。

 あれだけ大切だっていなくなってから思い知ったテオのことさえ、僕は天職を言い訳にして探しに行こうとしないんだ。そんな僕が、逃げるだなんてできるわけがない。

 僕は戦うこともできなければ逃げることもできない弱い人間なんだよ。

 

「だめだよ……無理だよ。セルカにだって天職があるんだよ、例え騎士が捕まえに来るとわかっていても、君と一緒に行くはずがない。それにそもそも、そんな事にならないと思うよ。闇の国に足を踏み入れるなんて言う重大な禁忌を、セルカが侵すなんて有りえないことだ」

「でも、アリスにはできた」

 

 キリトのたったその一言に僕は唇を噛んだ。

 言い訳を探して、楽観的に考えてしまっている事はわかってる。

 

「アリスは……アリスは特別な存在だった。彼女は、村の誰とも違っていた。僕とも……もちろん、セルカとも」

 

 何が特別な存在だ。何が誰とも違っていただ。どうして僕はアリスが禁忌を侵してしまったことを正当化しようとしているんだ。

 アリスは、アリスは普通の女の子だったじゃないか。村で一番神聖術の才能があって勉強熱心だったけど、僕たちと変わらない普通の子だったじゃないか。

 僕はどうしていっつもこうなんだろう。どうして肝心な時に自分の正しいと思う事を言えないんだろう。

 沈黙が続いて、顔を見上げた時には洞窟がすぐそばにあった。

 

「見えたよ、キリト」

 

 断崖絶壁にぽっかりと空いた洞窟。思ってもみない程村に近い果ての山脈。

 

「これが……果ての山脈なのか? この向こうが直ぐにもう、闇の国……?」

 

 一つ頷くと、洞窟の闇を見つめる。

 

「僕も、初めてここに来た時は驚いたよ。世界の果てが……」

「……こんなに近いなんて」

 

 僕の言葉を引き継いでキリトは呟いた。

 放心するキリトに向かって、急かすように僕は言った。

 

「さあ、急ごう。セルカとはもう三十分差くらいまで近づいているはずだ。見つけてすぐに引き返せば、まだ明るいうちに村に戻れる」

「あ、ああ……そうだな」

 

 洞窟に近づき、小川の端に伸びる岩棚へと足を踏み出す。

 

「おい、ユージオ……灯りはどうするんだ?」

 

 洞窟の闇を見て慌てたのか、キリトが聞いてくる。

 僕は任せろと言ってズボンのポケットから草穂を取り出した。

 

「システム・コール・ジェネレート・ルミナス・エレメント・アドヒア」

 

 二ヶ月の練習の末に習得した初歩中の初歩の神聖術を使って、草穂に明かりを灯すと、洞窟の闇は遠くなったので歩みを進めていく。

 

「ゆ、ユージオ……今のは?」

 

 神聖術を見るのは初めてだったのか、キリトに向かって僕は得意げに草穂を揺らした。

 

「神聖術だよ、すごく簡単な奴だけどね。去年、青薔薇の剣を取りに行こうと決心した時に、一生懸命練習したんだ」

「神聖術……。お前……システムとか、ルミナスとか……意味は知ってるのか?」

「意味……はないよ、式句だから。奇跡を授けて下さるようにお願いする言葉なんだ。上級の神聖術は、式句もさっきの何倍も長いらしいよ」

 

 神聖術に興味を持ったのか、キリトの視線は揺れる草穂の光に釘付けだ。

 

「なあ……俺にも、使えるかな?」

「僕がこの術を使える様になるのに、毎日仕事の合間に練習しながら二ヶ月くらいかかったんだ。アリスが言ってたんだけど、素質のある人なら一日で使えるし、できない人は一生かけてもできないって。キリトの素質はわからないけど、今すぐには無理じゃないかな……」

 

 僕の言葉に今は諦めたのか、視線は草穂の光から洞窟の闇へと移った。

 道なりに進んでいき、肌寒さを感じて来た頃、キリトは不安になったのか声を漏らした。

 

「なあ……ほんとに、セルカはこんなとこに潜っていったのかな……」

 

 僕はその答えを示すように足元の凍りついた水たまりを照らした。氷は中央が踏み割られて四方へひびが走っている。セルカがここを通ったのは間違いなさそうだ。

 キリトがその氷の上に乗ると、ぱりんという音を響かせて氷が更に大きく割れた。つまり、キリトより体重の軽い者がこの上を歩いたのだ。

 

「なるほど……間違いないみたいだな。まったく……無鉄砲と言うか恐れを知らないというか……」

「べつに、何も怖いものなんてないよ。この洞窟にはもう白竜もいないし、それどころかネズミやコウモリの一匹もいやしないんだから」

「そうか……」

 

 僕はそう言って立ち上がると、先に進もうとした。しかし、そんな僕の背中を悪寒が(はし)った。

 

「きゃああああ!」

「まずい……!」

「セルカ……!」

 

 洞窟に余韻を残しながら響いた悲鳴は間違いなくセルカのものだ。僕たちは脇目も振らず走りだす。

 セルカに一体何が、ここはさっきも言った通りネズミやコウモリの一匹もいない場所なんだ。しかし、そこまで考えて六年前に獣の咆哮(ほうこう)を聞いたことを思い出した。

 まさか、あんな咆哮(ほうこう)を発する獣がこの先にいると言うのか。だったら、僕はどうしたらいいんだ。

 怯える心を必死に宥めつつも息を切らして広間へと向かう。六年前逃げた時と同じように、肺は激しく空気を求め、息を吸うたびに冷たい空気が肺を冷やす、脚はもつれないよう必死に動かす、腕は千切れんばかりに振る。ただ、一つ違う事がある。それは、逃げていないということ。

 広間が近づくと、微かにオレンジの光が見えた。聞こえてくるのは獣の咆哮(ほうこう)じゃなくて、ギッ、ギッという聞いた事のない音と金属がカチャリと擦れる音。

 ひりつく空気を肌に感じながら広間へと抜けると、ツララの道を移動して竜の骨が横たわるこの空間の中心を見渡せる場所をキリトが先に確保した。キリトに続いて僕もツララに隠れる。

 キリトは事態を把握しているようだが、僕からは見えない。ツララの陰から覗くキリトの上から、そっと顔をだす。すると僕の目に飛び込んできたのは荷車の上に横たわるセルカだった。

 悲鳴を聞いた動揺から思わず僕は飛び出して叫ぶ。

 

「セルカ!」

 

 しかし、その声に反応したのはセルカではなく、幾つもの不気味な眼球ですぐに後悔した。

 篝火(かがりび)が照らすくすんだ灰緑色の肌に、つるりとした頭部。尖った耳の周囲にだけ生えている剛毛と、その大きい眼球は黄色く濁っている。

 あれは闇の軍勢のゴブリン! 

 

「おい、見ろや! 今日はどうなってんだあ、また白イウムのガキが二匹も転がり込んできたぜぇ!」

 

 その途端、笑い声なのか(おぞ)ましいゴブリン達のぎぃ、ぎっという声が広間に響き渡る。

 

「どうする、こいつらも捕まえるか?」

 

 最初のゴブリンがそう言うと、奥から大きい雄叫びが響き、(おぞ)ましい笑い声は収まった。左右に割れた群れの中を悠然と進むゴブリンは、一回り大きな体躯を持っていて、尋常じゃない威圧感を放っていた。

 あんなの、あんなのがいるなんて。

 他のゴブリンと違って鱗鎧(スケルメイル)を装備していて、額の鉢金(はちかね)には飾り羽を突きたてている。両目の端に赤く化粧したような模様を付けたそいつは口許を歪めると、しゃがれた声で言った。

 

「男のイウムなんぞ連れて帰っても、幾らでも売れやしねぇ。面倒だ、そいつらはここで殺して肉にしろ」

 

 殺される。

 そう直感した僕の体は恐怖からか足を一歩、指先一センすら動かすことはできなかった。

 助けないと、動いてくれ、そう頭の中では考えるのに体は一向に動いてくれない。これじゃあまた後悔する。いや、もうその時には死んで、後悔すらできなくなっているかもしれない。

 息がどんどん上がっていくのを感じる。恐怖で動かない体が、さらに地面へと縫い付けられていくような、意識までも刈り取られそうな気がしてくる。

 

「……ジオ! ユージオ!」

「……キ、リト……」

 

 キリトの呼び掛けに、僅かに動いた口許が名前を呼ぶ。

 キリトに肩を叩かれて僅かに体が動きだす。

 

「ユージオ」

 

 キリトは前を見据えて静かに話す。

 

「いいか、セルカを助けるぞ。動けるな」

 

 まだ体は万全に動かせるほどじゃない。心が体を動かすのを邪魔してくる。それでも、セルカを助ける、それを聞いた途端に恐怖は勇気へと塗り替わっていく。

 そうだ、僕はセルカを助ける。

 

「三つ数えたら、前の四匹を体当たりで突破する。体格差があるから、こっちが怖気づきさえしなきゃ絶対いける。そしたら俺は左、お前は右の篝火(かがりび)を倒すんだ。その光る草をなくすなよ。火が消えたら、床から剣を拾って、俺の後ろを守ってくれ。無理に倒そうとしなくていい。その間に、俺はまずあのデカいのを片付ける」

「僕、剣なんて振った事ないよ」

「斧と一緒さ。行くぞ……一、二、三!」

 

 僕は走り出したキリトに続いて右の篝火(かがりび)へ向けて一直線に向かって行く。

 

「うおおおおお!」

 

 左からキリトの雄叫びが聞こえて、僕も負けじと声を振り絞る。

 

「わあああああ!」

 

 目の前に立ちふさがるゴブリンへ向けて体を低くすると突進する。ゴブリンは僕より小さい事もあって、簡単に倒れてくれた。勢いを殺すことなくもう一匹に体当たりをして、今度も上手く行った。

 僕はそのまま篝火(かがりび)へと辿り着き勢いよく蹴とばした。すると篝火(かがりび)は地面へと倒れ、その衝撃で火は消える。

 キリトも上手く行ったのか広間は暗くなり、僕の持っていた小さな草穂の光が篝火(かがりび)に変わって闇を僅かに照らす。氷はこの光を反射して明るくなる。

 すると、周囲のゴブリン達が悲鳴を上げ始めた。あの大きなゴブリンさえもこの光を嫌がっている。

 

「キリト……これは……!?」

「多分……あいつら、その光が苦手なんだ。今がチャンスだ!」

 

 キリトは武器の山から一振りの刀を取り出すと氷の上を滑らせて僕によこした。

 

「その刀なら使い方は斧と同じでいけるはずだ。いいか、草の光で牽制して、近づく奴を追い払うだけでいいからな」

「キ……キリトは?」

「奴を倒す」

 

 端的に答えて一歩踏み出したキリトは剣士の顔だった。

 

「グルラァ! イウムのガキめらが……この蜥蜴(とかげ)殺しのウガチ様と戦う気かあ!」

 

 背後であのゴブリンの威圧するような声が聞こえた。僕はキリトの負担が少しでも減る様に後方の敵へ向けて刀と草穂の光を向ける。

 

「違う! 戦うんじゃない、勝つんだ!」

 

 キリトが動いた気配を感じて、僕も一歩分間合いを詰めて敵のゴブリンを牽制する。刀の振り方はめちゃくちゃで、ほとんど草穂の光のお蔭のような物だったが、それでもこちらに意識を集中させることで、キリトの方へはいかないようにしていた。

 右へ刀を振り、左へ光を向ける。それだけで敵は近寄ろうとはしなかった。キリトの倒さなくてもいいという言葉のおかげで、僕は無謀なことをしでかさずに安全な距離を保って戦えていた。

 

「ガルルァアア!」

 

 しかし心の余裕はあのゴブリンの咆哮(ほうこう)と、キリトが叩き付けられたような音でもって無くなってしまう。

 

「キリト! やられたのか!?」

 

 どれだけ待っても僕の呼び掛けに返事は返ってこない。代わりに聞こえてきたのは憎悪に濡れた声だった。

 

「……この屈辱は、お前らを八つ裂きにして、食い散らしても収まりそうもねぇが、……とりあえず、やるとするか」

 

 嫌な予感がして振り向くと視界に入って来たのは、ツララに(もた)れかかる様にして倒れているキリトと、その前で蛮刀(マチェーテ)を振りかぶるあのゴブリンだった。

 助けなきゃ。もう後悔はしたくない。もう何もできずにただ結末を見届けるだけなのは嫌だ。

 自然と体は動いていた。

 

「キリト―――ッ!!」

 

 キリトとゴブリンの間に体を滑り込ませるようにして立つと、右手に持った刀をめちゃくちゃに振り回す。それに驚いたのか二、三歩ゴブリンは退いた。

 しかし、僕の攻撃が児戯(じぎ)にも等しいものだとわかると、ゴブリンは煩わしそうに、だが簡単に僕の刀を捌いた。

 

「やめろユージオ! 早く逃げろ!!」

 

 もう逃げない。キリトを、セルカを僕は助けたい。だから、僕の刃、届いてくれ。

 

「あっ……」

「やめろおおお──―ッ!!!」

 

 僕の刃は届くこと無く、軽くあしらわれ、ゴブリンは僕の足を払った。体勢を崩して隙だらけの僕に蛮刀(マチェーテ)を振りかぶるゴブリンの姿が見えた。

 僕は戦った。僕は逃げなかった。最後まで弱かったけど、これできっと後悔はしない。

 目を瞑り、半ば死を受け入れるような心境で衝撃に備えた。

 しかし、派手に甲高く金属音が鳴り響いた後、どれだけ待っても、体勢が整っても衝撃はやってこない。

 もしかしてもうステイシア神の元に辿り着いて、今は別の場所に立っているのだろうか。

 恐る恐る目を開けると、目に飛び込んできたのはステイシア神でも僕を屠ったはずのゴブリンでもなかった。

 短い金髪は少し伸びていたが、青い瞳は変わらない。右眼は白い眼帯で覆われていたが、優しい顔立ちは変わらない。どうして君が──

 

「テオ……」

「ただいま」

 

 心地いいテオの低くて落ち着く声色にやはり僕は死んでしまったんだと思った。やっと会えたテオに僕は笑顔が零れる。そうしたらテオも笑顔を返してくれる。

 その笑顔に胸が締め付けられるような、幸せと言う感情が胸から溢れんばかりに零れ出てきそうな、そんな感覚に襲われる。たぶん、これが恋なんだ。生きている間にしたかった。

 もう離したくない、今すぐ抱きつこう……そこまで思って、左の方でギリギリと聞こえる金属が擦れる音に目を移した。

 テオが(つか)を持つ右手と剣身の下を左手で支える、透き通るような、青薔薇の剣のような剣身の腹で鈍い色を放つ蛮刀(マチェーテ)は止まっていた。

 どういうことだと脳が処理を終える間もなく、テオは赤い意匠が入った(つば)の剣を振り抜いて蛮刀(マチェーテ)を弾いた。

 テオはゴブリンに振り返って剣を持っていない左手の指を一本立てる。

 

「一つ、僕のユージオに傷つけるべからず」

「また、ガキが増えやがって! 俺の剣を一回受け止めたくらいで調子に乗るな!」

 

 ゴブリンは烈火のごとく怒り、もう一度蛮刀(マチェーテ)を振りかぶると今度はテオに向ける。

 そうするとテオは立てる指を二本に増やす。

 

「二つ、僕のユージオはかわいい」

「へっ?」

 

 思わず間抜けな声が出てしまい、慌てて僕は口を両手で塞いだ。

 テオの言葉が(かん)に障ったのか、ゴブリンは顔が張り裂けてしまうのではと思うほどの怒りに染めて刀を振った。

 

「ガキがあああああ!」

「テオッ!」

 

 テオの名前を叫ぶが、その場から逃げようとはしない。それどころか剣を少し右後ろに下げ、淡い青い光を発した事を感じたのか一気に右下から左上、ちょうど蛮刀(マチェーテ)と交差する場所目がけて振り切った。

 すると、キンという微かな音を立てて、蛮刀(マチェーテ)は半ばから綺麗に真っ二つになった。その光景に僕が目を白黒させている間に、テオは三本目の指を立てる。

 

「三つ、僕のユージオは僕のもの」

「テ、テオ……」

 

 僕と同じように目を瞬かせているキリトをテオは見下ろすと、牽制するかのようにそんな事を言った。

 

「あ、あんたが……ユージオの、恋人……?」

「えっ、ユージオそんな風に言ってたの? ということは恋人になっていいの? ほんとうに!?」

 

 キリトの発言に今度はテオが驚いて、こちらを見つめてくる。まさかこんなことになるとは思ってなかった僕は恥ずかしさから視線をそらしてしまう。

 そんな僕に詰め寄るテオは物凄く嬉しそうだ。僕も、ほんとうは凄く嬉しいんだけど、この状況でこれはちょっと遠慮したかった。

 

「む、無視してんじゃねえええええ!!」

「うるさいな。僕とユージオの話の邪魔しないでよ」

 

 顔はしかめっ面だけど文句を言う声は嬉しさに弾んでいるテオに僕は呆れた。

 ゴブリンは怒りで充血した目が飛び出んばかりにテオを睨みつけながら半分になった蛮刀(マチェーテ)を振るが、間合いが掴めていなかったのかテオが動かずとも空振りした。

 蛮刀(マチェーテ)がテオの眼前を掠めて少し伸びた前髪を揺らすなか、右手で持っていた剣を両手で握りしめた。

 

「四つ、僕とユージオの邪魔をするべからず」

 

 四本目の指は立てることなく、テオは剣を静かに上段へ構えて、隙だらけのゴブリンを頭部から両断するべくオレンジに発光する剣を振り降ろした。

 僅かな断末魔をあげる暇すら与えずに、綺麗に振り降ろされた剣はまるで紙を裂くかのようにゴブリンを簡単に両断した。

 血を吹き出して倒れるゴブリンに一瞥する事もなくテオは僕に振り返って、さっきの続きをって感じの顔をしていたけど、キリトに気が付いたのか神聖術を唱え始める。

 

「システム・コール・ジェネレート・ルミナス・エレメント」

 

 テオの人差し指からそっと離れた光はキリトの左肩に届くと、その傷を治してしまった。いつの間に神聖術をと驚いている間に、テオは近くに落ちていた剣を拾うとキリトへ投げ渡した。

 

「戦えるでしょ? 残りのゴブリンを頼んだよ」

「あ、ああ……ありがとう」

「ユージオも、あいつらが諦めるまで頼むよ」

「う、うん……」

 

 僕とキリトはテオに言われるがまま、威勢のなくしたゴブリン達を相手取る。

 やがて、キリトが副隊長的な立場だったのか少々偉そうだったゴブリンの首を取った事で、残りのゴブリン達は一目散に帰っていった。

 

「ユージオ、会いたかった! 八ヶ月もずっと茂みに隠れて辛そうなユージオを見てるのは苦しかったよ」

 

 ゴブリンがいなくなり、安全になったところでテオの発したその言葉に僕の眉はピクリと動いた。

 八ヶ月、見ていた、ずっと、茂みに隠れて……

 

「テオ……どういう意味だい?」

「えっ、あ、ほら、ね。出てくるタイミングを計りかねてたというか……すみませんでした!」

 

 しどろもどろに言い訳を始めるテオを睨みつけると、諦めたのか勢いよく謝罪の言葉と共に頭を下げた。つまり僕がテオのことで悩んでる間、去年の八月からはもう近くに居たってことなのか……

 

「はぁ……なんだか、今までの疲れが一気に押し寄せてきたよ」

「ごめん。でも、こうするのがよかったんだよ。さ、じゃあ僕はこれでね。セルカをちゃんと教会まで送るんだよ。積もる話は色々あるだろうけど、明日ギガスシダーのとこで待ってるからそこでね。あ、村の人には僕が生きていること言わないでね。母さんにも父さんにもエイトにも言わないで。これだけはお願い。それじゃ、また明日!」

「ちょ、ちょっと!」

 

 軽く抱きつくと、そう早口に言い残して颯爽(さっそう)と去っていくテオに僕は眩暈(めまい)がしてへたり込んだ。

 生きてた。テオが生きてた。さっき抱きつかれた時、確かに温かかった。やっと、会えたんだ。

 聞きたいことが一杯ある。言いたいことが一杯ある。したい事も一杯ある。

 気が付いたら僕は涙を流してしまっていた。

 

「……セルカを連れて、帰ろうか」

「……うん」

 

 キリトは気遣わしげに僕へ話しかけてくる。それに頷いて、涙を拭うとセルカを起こしに行く。

 

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