Sword Art Online -Project Salvation-   作:青き勇者

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第一章 アウトサイダー -Outsider- 08

 息を切らして走って来るユージオに、僕は両手を広げて見せた。そうすると、僕を押し倒す勢いで抱きついてくる。温もりが触れ合ったところからじんわりと体中に、心に沁み渡る。

 

「改めて、ただいま。ユージオ」

「おかえり、テオ」

 

 一年ぶりの再会を噛みしめるように、長い長い抱擁は続いた。いつの間にか身長差が五センくらい開いていて、ユージオに包まれる感覚が増している。

 やがて抱擁を解くと、笑顔で向き合いお互いの頬にキスをする。特に示し合わせたものではないがごく自然と愛情をお互いに確かめ合った。

 

「僕はもう、会えないかと思ってた……生きてると、信じてたけど……」

「えっ、まさか失敗した? あれでも死んだと思われなかったの?」

「ん? どういうこと? 村の皆も、僕もテオは死んだと思ったさ。けど、僕は死体が見つからないから生きてるかもって、そんな淡い期待を信じていたんだ」

「そ、そうか」

「それで、さっきのどういう意味?」

 

 ユージオの有無を言わせない顔に、僕は折れるとあの日なにをしたのか話しはじめた。ユージオってこんなにも気が強かったかな……。

 

「……という感じ。つまり僕は死を偽装したわけだよ」

「ど、どうしてそんなこと……それに、八ヶ月も僕に会おうとしなかったのもどうしてなの?」

 

 どこか圧を感じるユージオの質問に答える前に、斧をもって遅れてやって来たキリトを手招きする。

 どうして呼ばれたのかわかってない様子のキリトは渋々と言った感じで僕たちのそばに腰掛けた。

 

「キリトも聞いておくといいよ。僕に色々聞きたいことがあるのは君もだろうからね」

「あ、ああ、悪いな。なんか、二人の邪魔して……」

「まあそう気にしなくていいから。それで、死を偽装した理由と、八ヶ月も会おうとしなかった理由だったね」

 

 居心地悪そうにしているキリトを僕とユージオで挟んで話を進めていく。キリトをこの場にいさせるのは単純に信頼を得たいからだ。

 昨日のゴブリン戦では、ソードスキルを使って見せたけど、できるのはイメージがしやすくて練習もしやすかったあの二つだけ。これでも、できるようになるのに独力だったこともあるけど四ヶ月は費やしたんだ。

 キリトから信頼を得て、剣術の師事を取りつけたい。

 

「この二つの理由を説明する前に大前提としてしなければならない話が一つある。それは、僕には未来が見えた、という事だよ」

「み、未来?」

「予知、能力とかか?」

 

 ユージオは首を傾げ、キリトは僕の大仰(おおぎょう)な話し方に胡散臭そうに呟いた。

 前世と言うよりはまだ未来を見たと言った方が、受け入れられるかなと思って言ったんだけど、十分に突飛な話だったみたいだ。

 

「僕には禁忌目録を破るギリギリのところを攻めてまで死を偽装するだけの理由をその未来の中に見たんだよ。もう黙っていても仕方が無いし、黙っていたところでよくなるとは思わないから言うけど……」

 

 そう、黙秘を貫いたところで、僕一人が頑張ったところでよい結末が得られるなんて思わない。ユージオ、キリト、二人の協力があってこそハッピーエンドを迎えられると、僕は思う。

 それに、僕が死んだあの日から物語はもう狂い始めている。

 

「ユージオ……」

 

 ユージオの緑の瞳を、純粋な瞳をしっかりとみて告げる。

 

「ユージオはアリスを助けに央都、公理教会の深部。セントラル・カセドラルへ行き、そこで、死ぬ」

「なっ……」

「そ、それは、ほんとう、なのか……?」

「君が連れ出すんじゃないか、キリト」

「うっ、それは……」

 

 僕の言葉にユージオは衝撃を受けたのか固まっている。一方でキリトは僕の言葉に大分動揺している様だ。それもそのはず、この時点ですでにキリトはユージオを巻き込んでセントラル・カセドラルを目指そうとしているのだから。

 

「別に責めているわけじゃないさ」

「……ごめん」

「テ、テオ、どうして僕が央都に……第一、天職を放り出していけないよ。それにアリスは……生きているのかい? 僕はどうして死ぬの? 禁忌目録で殺人は禁止されているのに……」

 

 混乱からかいつもはおっとりしているユージオにしては珍しく矢継ぎ早に質問をしてくる。勢い余ってどんどん近づいてくるユージオを手で制して落ち着くように言うと、ひとつひとつの疑問を解消していく。

 

「天職を、このギガスシダーを倒すんだよ。そうすれば次の天職は選べる。そこで剣士を選べば、ザッカリアの大会へ出場する権利が得られる。そこで優勝すれば衛兵になれて、隊長の推薦が得られれば帝立修剣学院への入学試験が受けられる。そして、アリスは生きているよ。アリスを助けるって事は公理教会に反逆するも同然だからね。整合騎士と戦う事になる」

 

 僕は軽くギガスシダーの幹を叩いて、はっきりと倒すと口にする。それに驚いたのかユージオは目を丸くし、続く僕のやけに具体的な説明でさらに混乱し、アリスが生きているという一言で顔を明るくする。そして、最後の反逆と言う言葉にユージオは口を開けて絶句していた。

 

「はん、ぎゃく……そんなこと、できる訳が……できないよ!」

「なら、アリスを助けられない」

 

 ユージオは唇を噛んで俯いた。ユージオはまだ絶対の法と言われる禁忌目録を犯していない。法を越えた先の自分の正義を貫くという場面を経験していない。

 黙ってしまったユージオからキリトへと視線を移す。

 

「キリトはこの木を倒す算段ついてるんでしょ? というか僕でも今すぐに倒せるけどね」

「あ、ああ……って、テオ……さんはもう倒せるのか?」

「テオでいいよ。そう、青薔薇の剣を使わなくてもこの『竜仙の剣』僕は竜仙剣って呼んでるけどね。この剣は青薔薇の剣と同じ神器さ。これでギガスシダーは倒せるよ」

 

 お手製の剣帯から(さや)ごと外すと、二人の前に竜仙剣を置いた。ユージオは思考が纏まったのか、考えるのを止めたのか、恐らく後者だろう。剣を見るために顔を上げた。

 おお、と言う二人の歓声が上がったことに気を良くして僕は話を続ける。

 

「で、死を偽装した理由その一、無職になるため」

「むしょく?」

「無職……」

「キリト、半目になるなよ」

 

 キリトの視線から逃げるように、首を傾げるかわいいユージオを見て勝手に癒される。

 

「ここじゃ、禁忌目録は絶対で、その絶対の法の中に天職を放り出せない文言が書いてある。となると、無職にならないと自由に動くことはできないわけだよ。僕の天職は農夫だった。この木を倒せば終わる天職じゃない。この地へ延々と縛り付けられる天職だ。だから、この地から離れる二人について行くには無職になるしかなかったんだ。無職になるには上の人に天職を全うしたと宣言してもらう必要がある」

「そういうことか……死んだらステイシア様の元に召された後、また新しい道を歩めるようにこの世での天職を全うしたことを村長が宣言するから、それを利用したわけだね?」

「正解」

 

 ユージオの頭を撫でて褒めると嬉しそうに笑う。やっぱり褒めるところは褒めないといけないよね、横から飛んでくる視線は痛いけど。

 そして、第二の理由を話すために、二人へ見せるために置いてあった竜仙剣の(きっさき)を、胡坐を組んだ足で固定し、右肩へ剣の重量を乗せるようにして大事に抱える。

 もうこいつは手に入れてからの十ヶ月も肌身離さずといっていいほど近くに居た相棒だからな。

 

「そして、理由その二、この竜仙剣を手に入れるため。北の洞窟があるなら、東西南北すべてに洞窟があるでしょって事で、東に向かった訳だよ。ノーランガルスをでて、イスタバリエス東帝国に足を踏み入れた。案の定、東にも洞窟があって、そこでも竜が骨になってたよ。ただ、北の洞窟とは真逆で暑かったけどね。多分、あれは火山だったところだと思う」

「ま、まさか、本当に国を越えてたなんて……」

 

 ユージオは溜息を吐いてそんな事を漏らしていた。まさか僕が他の国に行った可能性まで考えていたのか。

 僕が妙な感心をしている間に、ユージオは疑問を呈した。

 

「あれ? でも、東に洞窟なんてあった? 北の洞窟、東の大門、西の峡谷、南の回廊ってならわなかったかい?」

「東の大門の左側に洞窟は有ったよ。東の大門を守る竜の棲みかだったとは思うけど、構造は北の洞窟と大して変わらなかったよ」

 

 ユージオの指摘に僕は推論を述べる。恐らくは東の大門の存在が大きすぎてそこを守護する竜の棲みかまでは知られていないのだろう。

 

「まあ、剣はここにあるんだから、実際にあったんだよ。それに、リュックにその洞窟で手に入れた宝石はあるしね」

「う、うわぁ……これが宝石?」

「これは、また……」

「まだ原石だから磨かないといけないけど、磨いたら綺麗な宝石になるよ」

 

 結局、緊急用に神聖力の畜力池としてここまで持ってきてしまった宝石の原石を二人に見せる。これを少しお金に変えて、ダイヤを研磨してもらい、指輪にしてユージオにプレゼントするのもありだな。

 僕が妄想を膨らましているとユージオは少し残念そうに呟いた。

 

「でも、これ竜の棲みかにあったものなんでしょ?」

「た、たしかにそうだけどさ、氷みたいなもんだよ。竜が大事に抱えてた財宝と違って、こいつは壁にたくさん埋まってたから」

 

 慌てて言い訳をすると、納得してくれたのか引いてくれた。こんなことでユージオに嫌われたくない。というかユージオも青薔薇の剣を持ち出している時点でアウトだと思うってことは口に出さないでおく。

 

「ちょっといいか?」

「ん?」

「確か神器はオブジェクト……じゃなくて物凄く重い筈なのに、どうしてテオは普通に持ててるんだ?」

「あぁ、それは、オークを殺したお蔭でオブジェクト操作権限が四十八になったからだよ。今は昨日のゴブリンを倒したお蔭で五十一になってる。もとは三十九だったから結構上がったよ」

 

 自分の窓を出して二人に見せる。やっぱり闇の国の住人を倒した際に得られる経験値とも言うべき力は量が多い。

 

「オークを殺した? ……というか、テオはオブジェクト操作権限を理解しているのか?」

「そうだよ。未来を見る中で理解した。だから、僕はこの剣を持ち帰るため、権限を上げなければならなかった。そして一番早くて確実にあげられる方法が闇の住人を殺すこと。僕は洞窟からダークテリトリー側へ向かって毎日爆発を起こして、様子を見に来た五人のオークを倒したという訳さ。神聖術でね」

「そう、なのか……」

 

 俯いたキリトの考えていることは何となくわかる。僕も同じことで悩んだのだから。

 

「キリトの懸念もわかるよ。相手は姿が違うだけで人と同じ魂を持っているから殺人と変わらないってこと。それでも僕は覚悟を決めたんだ」

「テオ、そ、そうなの? あいつらが、人と同じ……」

「まあね……」

 

 ユージオは信じられなかったのか目を見開いていた。

 ダークテリトリーの奴らは禁忌目録では殺してはいけない対象に入っていない。となると、自然とダークテリトリーの連中は人間とは違う生き物と考えるのが当然と言えば当然だった。容姿が違うから余計に本質は全く違うものだと思ってしまう。

 少し沈んだ空気を換えるためにもう一つの話題へと移る。

 

「えっと、それで、八ヶ月会おうとしなかった理由だね」

「うん。どうしてなのさ」

 

 ちょっと怒っているのか頬を膨らましているユージオにこれまた癒される。

 ユージオを絶望の淵に突き落すようなマネをした罪の意識から自分に罰を課していたなんて理由がない訳ではない。実際、ユージオを遠くから見ているだけなのは相当に堪えたし。

 

「理由は簡単だよ。村人に僕が生きていることを悟られたくなかったから。絶対、僕と会ったら村の中でも顔に嬉しいことありましたって貼り付けて歩くでしょ。今まで僕が死んで暗かったユージオが急に元気になったら誰でも何かあったのか(うたぐ)るよ」

「うーん。確かに隠し通す自信はないかな……」

 

 想像を一通りめぐらせたのか、視線を僕に戻すと自身なさげにそう言った。それに僕もユージオともっといたくて村にうっかりついて行きそうな気もする。

 

「もし僕が生きてるってわかったら、また農夫にされて努力が水の泡だからね」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で話す。

 本当に、それだけは勘弁だった。農業の大変さが嫌と言うのもあったけど、何よりもユージオより僕の方を大切にしようとするユージオの一家が大嫌いだった。虫唾が走るような思いで天職のある日は過ごしていたんだ。そんな日にまた舞い戻りたくはない。

 

「キリトが現れるのは知っていたから、多少うわついてもキリトと何かあったのだと思ってくれるこの時を待ってたんだ」

「……でもさ、それなら、キリトが現れた日に出て来てくれても良かったよね?」

「いや、それだとキリトが浮いちゃうじゃんか。それに、あの登場の仕方の方が格好良かっただろ?」

「格好良かったけど……格好良かったけどさ……」

 

 納得いかないのか複雑な表情で下を向くユージオとは対照的に、キリトは聞きたいことがあるのかこちらを向いた。

 

「そのことが聞きたかった。あの時、確かにソードスキル……ええと、技を使ったよな? それも剣が光ってる奴」

「ああ、そうだよ。さっきも言ったように未来を見たからキリトの剣術も知ってるわけだよ。そこから拝借してね。たしか、アインクラッド流剣術だっけ? 技の名前までは憶えてないけど」

「アインクラッド流……?」

 

 こんどはキリトが面食らって呟いた。そうか、まだ流派は聞かれていなかったのか。まあ、これがしっくりくるし先に言ってしまっても問題ないだろう。

 

「で、だ。キリトに頼みがある。僕とユージオに剣を、アインクラッド流剣術を教えてくれ」

「テオ……って僕も!?」

 

 僕の言葉に驚いて素っ頓狂な声をあげてユージオはこちらを見る。でも、その目に浮かんでるのは戸惑いや拒絶よりも好奇心や覚悟のほうが大きかった。

 

「ユージオも剣、教わりたいでしょ?」

「それは……否定しないよ。僕も強くなりたいから。弱いままの僕じゃ、どうやら自分の身も守れないみたいだから……ね。もう、誰かを守れないのは嫌だ。戦えず、逃げることもできず、ただ見ているだけなのは嫌だ。僕は……誰かを守れる力が、アリスを助ける力が欲しい。キリト、僕からもお願いするよ。剣を、剣を教えて欲しい!」

 

 ユージオが頭を下げてキリトに頼み込んだのを見て、僕も頭を下げる。

 ユージオの本音は、決意は十分に伝わってくる。あの日僕が一歩踏み出したように、ユージオは今この瞬間に一歩踏み出そうとしている。

 これから先の運命を大きく変えるための力を手に入れるにはキリトに剣術を指南してもらうしかない。その協力が得られなければ僕は道を失うことになる。

 

「……わかった。教えるよ、俺の知る限りの技を。俺の修行は、厳しいぜ。それでもいいか?」

「ああ、よろしく頼む!」

「お願いします!」

 

 もう一度深々と頭を下げると、ユージオと顔を見合わせて喜んだ。受けてくれるって確信していたけど、こうしてちゃんと言ってもらえると安心する。

 

「早速、と言いたいところだけど、キリトにお手本を見せてもらおうか。青薔薇の剣も持ってきてるみたいだからね」

「ああ、そうだな」

 

 キリトはそばに置いてあった細長い革包みを持って立ち上がると、包みを外して青薔薇の剣を抜いた。透き通るような剣身は竜仙剣と同じように清らかだ。

 ギガスシダーに大きくつけられた切り込みの正面に立つと、キリトは剣を振るための構えに入る。

 腰を落として、剣を後ろに向ける。一瞬の溜めを経て剣は輝き、キリトが一閃すればギガスシダーの切り込みはその幅を倍にして、深さを先人が積み上げてきた分と同等刻み込んだ。今この瞬間三〇〇年の時を進めたんだ。

 

「す、ごい……」

「いやあ、見事だね」

 

 驚きでかすれ声のユージオと呑気な僕の声でキリトはこちらに振り返った。

 

「こんなもんかな。ホリゾンタル。さっきの技の名前だ」

 

 水平切りの技。僕が四ヶ月もかけて習得した単発の剣技をよくもまあ軽々とやってのける。そうじゃないと困るが少し対抗心が湧く。ユージオの尊敬の目が明らかにキリトに向いている。

 

「凄いね。僕は習得に四ヶ月もかけたんだけど」

「ほんと、凄いよ。もちろんテオも」

 

 気遣ってフォローしてくれるユージオが優しすぎて僕が小さい。せっかく円滑に進んでいるのだからもう少しポジティブにいこう。

 そこからは辛い修業が始まった。といってもそれはユージオにとってであって僕は八ヶ月も素振りやらしていたからついていけた。

 昼休憩を挟み、午後は天職を(おろそ)かにできないと真面目なユージオが斧で叩き始めた。既に三〇〇年分進んだのだからサボっても構いやしないと思うんだが、それを言うのは野暮だろう。

 

「ユージオのこと、好きなのはどうしてだ? ……その、男同士だろ?」

 

 斧を懸命に振るユージオから少し離れて順番が回って来るのを待っていたキリトは、聞きづらそうに僕に尋ねた。

 

「そうだね。男同士で恋人、見た事ないね。でも禁忌目録になってはいけないなんて書いてない。ユージオの好きな所はいっぱいあるよ。かわいいし、優しいし、真面目だし、意外と芯は強い所も」

「そうか……」

 

 まあ正妻がいて、あれだけのハーレムを形成しているキリトさんは根っからの異性愛者なんだから男相手に恋慕を抱くなんて埒外(らちがい)だろうな。もっとも、理解できないことを理由に遠ざけようとはしていない。むしろ聞きにくいことを聞いてまで近づこうとしてくれる。

 

「理由と言うか別な言い訳はあるんだよ。ユージオは三男だから生涯独り身の可能性は高い。だから僕は大好きなユージオの傍にいて独りにさせたくないと思った。なんていう薄っぺらい理由というか建前はね」

「独り身の可能性が高いってどういうことだ?」

「恵みには限りがある。限りがある以上子どもの数も考えないといけない。だから基本結婚するのは長男が多くて、たまに次男。三男は滅多に結婚できない。僕にも弟がいてね、僕がいなくなったことで嫁は貰えるだろうし寂しい思いはしないだろう。……まあ、ユージオと同じくらい僕を好いてくれていた弟と死をもって別れたんだ。既に寂しい思いをさせてしまっているだろうね」

 

 自嘲気味に言えばキリトは何も返さなかった。こんな暗いこと言って何にもならないことくらいわかっているのに口からするすると抜け落ちていく。自分では気づいてなかったが一人で抱え込んで弱っていたらしい。

 

「……あまり一人で抱え込むなよ。ユージオを頼ってやれ」

「うん、そうだね。自分で思ってたよりも弱ってた、ね。でも、キリトのことも頼らせてもらうよ。これからは央都を目指す仲間で、剣術指導の師匠なんだから」

 

 意地悪く笑うとキリトは苦笑して立ち上がった。どうやらユージオは五十回の斧打ちが終わったらしい。

 キリトと入れ替わる様にしてユージオは僕の隣に腰掛けて、水筒からコップにシラル水を注ぎそれを口に付けた。どこか僕の様子を(うかが)うような空気を感じる。

 

「何話してたの?」

「ねえ、ユージオ。エイトは、元気にしてる?」

 

 脈絡もなく質問に質問で返した僕の言葉に対する反応は鈍かった。僕の瞳からユージオは視線を逸らすとぽつりと零す。

 

「四月、テオが死んだ事になって直ぐのころ、僕に誕生日の贈り物を届けてくれた。テオが僕のために用意していたものだってね」

 

 エイトは僕が用意していたユージオへの誕生日プレゼントを渡してくれたのか。金は殆ど準備のために費やしたせいで縁起でもないハンカチを、手巾を用意したんだった。もちろんエイトの分も立派なアネモネのブローチを用意していた。受け取ってくれたかな。

 

「その時、僕は何か声を掛けるべきだったのに、何も言えなかった。おめでとうと言われてありがとうと返しただけ。それだけで何も言えなかったし何もできなかった。エイト君は相当悲しかったに違いないよ。誰がどう見てもやつれて悲痛だった。僕も周囲からしたら同じような感じだったらしいけどね……」

「…………」

 

 何も言えなかった。傷つけたのは僕の癖に、その事実を聞かされて勝手に僕は傷ついている。苦しむ胸にその資格はないと言い聞かせてもコントロールなんてできやしない。ただただ苦しい。

 

「僕は、その事を後悔したよ。だからエイト君の誕生日に僕から贈り物を渡した。今まで溜めてた……といってもささやかな金額でしかなかったけど、それを使ってテオが毎年エイト君に贈っていたっていうブローチを買って渡した。花のブローチ、喜んでくれたよ。ありがとうって、元気が出たって……」

 

 涙に震える声を(つむ)いでユージオは話を続ける。僕はただ黙って聞いていた。

 エイトの誕生日は七月。その時でも引きずっていたということは恐らく今も落ち込んでいるに違いない。

 

「……ダメなの? エイト君に会ってあげられないの!?」

「…………」

 

 僕を見ることなく吐き出されたユージオの言葉に何も言えなかった。全部わかってて、全部知ってて、ユージオは自分だけが会っていることに引け目を感じている。

 ユージオにとって僕は恋人と思ってくれるほど大事な存在であることには変わりないけど、それ以上に他人を思いやるユージオはエイトと僕の関係の方が自分との関係より大事だと考えてしまうんだ。

 

「……ごめん。僕のために、わかってるんだ……ごめん……」

「謝らないで。全て覚悟の上で、僕の意志で決めたことだからユージオが謝ることはない」

「…………」

「僕はユージオが大切だ。そんなユージオが死ぬかもしれないとなったら僕は助けるためにその他の全てを投げ捨てる覚悟がある。実際もうしているね。たぶん、それがエイトだったとしても同じようなことをしたと思う。ただ、今はユージオの命が掛かっている。だからユージオのことを考えるしユージオのために動く。勘違いしないで欲しいのは、僕はユージオを選んだってことだ」

「僕は……」

「アリスを助ける。その道のりは長いかもしれないけど届かないものじゃない。それにアリスを助けるのは僕も望むところだからね」

 

 なんだか、僕が弱音を吐くつもりが逆にユージオを励ますようなことになってしまっている。でも、こんな感じであの歳の夏からやってきたんだ、どこか懐かしさを覚える。

 

「僕の……せい……」

「それ以上は言わせない」

 

 アリスのことも、今回のことも全て自分のせいだと思い込んでいる。僕はそれを許さない。

 肩を掴むと俯いていたユージオの顔を上げさせて僕と目を合わさせた。涙に濡れて顔はぐしゃぐしゃ、視線は直ぐに逸らされたけど、向き合わないとユージオは全て一人で抱え込んでいつか暴走してしまう。

 

「僕の目を見て」

「…………」

「ユージオ」

 

 恐る恐る視線が僕に向けられた。僕の目を見た瞬間、目を見開いて唇を噛んだ。

 

「……ごめん……」

「どうして謝るの」

「それは……」

 

 理由なく謝る。ユージオは自分がすべて悪いと思っているから何も理由がなくても謝る。そんな風に自分を追い詰めてもどうにもならない。

 

「僕は怒ってる」

「……ごめん」

「どうして謝るの」

 

 同じ問いかけにまた何も答えることはできない。再び目を逸らそうとしたので肩を掴む手に力を入れた。

 

「僕は全部自分で抱え込もうとしているユージオに怒ってる。ユージオがアリスを助けられなかったって思ってることも、エイトに対して引け目を感じていることにも僕は怒ってない。僕が怒ってるのはそれらを全部自分一人で抱え込んで自分一人のせいにしていることだよ」

「…………」

「僕だって、あの時もっとちゃんと二人を呼び止めていたらあんなことにはならなかったって思ってる。僕が死を偽装するなんてやり方したからユージオ、エイト、母さんと父さんを苦しませることになったって思ってる」

 

 また溢れて来たユージオの涙を拭ってやり、優しく語りかけた。ちゃんとユージオに届くように。

 

「ユージオは自分を責めてもいいけどその時は僕も一緒に責めて欲しい。僕は自分を責める時にユージオを責めるから」

 

 ユージオ自身が納得できていないことに許すだとか大丈夫だとか気休めの言葉を掛けたところで、それは救いの言葉にはならないだろうと思う。むしろ苛む棘となってしまうという懸念が大きい。

 なら、ユージオが今して欲しいと思っていること、責めることを僕はすればいい。でもそれをユージオだけに押し付けず、僕にも背負わせろと示せば少しは楽になるだろう。

 

「僕は独り立ちするって……そう決めたはずなのに……。ほんと意気地なしだ」

「ふふ、言ったじゃん。もう少し甘えてもいいって」

「そう、だね。でも、その少しはいつまでなのさ」

「さあね。何百年も先かもしれない」

「あはは、生きてないよ……」

 

 ユージオの泣き笑いに僕はどうしようもなくなって、気付いたら(まなじり)から涙が垂れていた。

 ユージオが自分を責めているように、僕も自分を責めている。でも、僕はどこかユージオのためと言う免罪符をもって気持ちを整理していたのかもしれない。酷い奴だ。

 

「ユージオ、どうやら終わったみたいだよ。僕も素振りでもしておこうかな」

「うん。テオ、抜け駆けはダメだからね」

 

 キリトが斧を置いてこちらを見ていたのに気付きユージオに知らせる。僕も動きたくなってきたので肩を軽く回すと、涙を拭って立ち上がったユージオに釘を刺されてしまった。

 素振りは良いみたいだがキリトに教えて貰うのはダメらしい。ユージオはまた斧でギガスシダーを叩き始めた。

 代わりにキリトが僕の隣に座り、僕は竜仙剣を持って立ち上がる。

 

「教えようか?」

「いや、ユージオに怒られるからやめておくよ」

 

 肩を竦めて見せると、キリトは笑って見せた。

 キリトから少し離れた場所で竜仙剣を抜くと構える。意識するのは姿勢と重心。剣を頭上まで持ってきて、踏込、剣筋、力の入れ具合を意識して振り降ろす。一回一回を丁寧に意識して振る。雑にしてはいけない。集中を切らしてはいけない。

 百回振り終わったところで一息ついた。これはキリトの指導によるものじゃなくて自己流の練習だ。キリトとの練習は剣の振り方とか、体の使い方とか、そう言った剣を体に馴染ませる、覚えさせるためのものが基本になっているのだが、僕の練習は剣と自分だけに集中して精神統一をする感覚に近いかも知れない。

 なんというかこいつを握って以来、剣にも意志があると思えてならないんだ。声が聞こえるでも無ければ、訴えかけてくるでもないが、何故か剣そのものに意志というか思いを感じる気がする。ただの錯覚かもしれないが、ユージオも剣と対話しようとしていたことを考えると気のせいだと切り捨てる気にもなれない。

 

「お前は何を思って、何を感じているんだろうね」

 

 剣身を見詰めて呟いても返事はない。(さや)に戻すと(つか)を一撫でして、何回交代したのかわからないが、座っているキリトの隣へ腰掛けた。

 

「不思議だな」

「なにが?」

「鍛錬をしている様には見えないからさ。なんというか儀式をしているように見えた」

「儀式って、ははっ、なにそれ」

 

 僕がキリトの答えについつい笑ってしまう。それに機嫌を損ねた訳ではないのか、あまり変わらない顔で竜仙剣に視線を移した。

 

「その剣は竜仙剣といったな。竜仙ってなんなんだ?」

「竜仙ね……木としか知らないよ。どんな木なのかも知らない。(つば)の意匠は梢頭(しょうとう)、それも木のてっぺんに当たる部分だろうね」

(こずえ)? でも木のてっぺんなら一つしか無い筈だけど」

「そうだね。これだけあるってことは、それだけの竜仙たちがこの剣を形作っているということなのかもしれないね」

 

 基調となっている白を覆い隠さんばかりに赤い(こずえ)が交錯する様に、どのような経緯でこの剣ができたのか、その記憶が気にならないわけじゃない。でも、記憶を見せてくれるのはまだまだ先だろうなという思いもある。

 どこか悲しさを感じるんだ。言い出したくない、見せたくない、そんな悲しさをどこか感じるんだ。気の迷いだと言われればそれまで、と言うくらい不確かなものだけどね。

 ユージオが僕に弱音を吐いてくれるように、僕もいつか剣に頼られるような存在になれたら教えてくれるだろう。

 

「終わったよ。斧が前より一段と軽く感じるおかげか、いつもより早く打てるよ」

「そうだな。それに疲れにくい気もする」

 

 ユージオから斧を受け取りキリトはまた斧打ちを始めた。確かに二人の斧打ちは隠れて見ていた時に比べれば軽快だ。

 僕ってやっぱり犯罪者って言われても仕方ないようなことやってるよね。

 

「はぁ……」

「どうしたの?」

「ユージオがかわいくて困ってる」

「テ、テオっ、そ、そういうのは、やめてよ……」

 

 怒りたいのか恥ずかしいのか、あたふたしているユージオを見ていると和む。ずっとこんな風に長閑(のどか)に過ごせればいいんだけどね。

 

「ねぇ、その服、僕が贈ったのだよね。ちゃんと着てくれてるの嬉しいよ」

「うん、僕にとって大切なものだから。本当は天命が減らないように着ること無く置いておきたいんだけど、これを着てないとどこか不安になるんだ。テオがそばにいてくれてるような気がして手放せないんだ……」

「……ユージオ……ちゃんと洗ってる?」

「洗ってるよ!」

 

 毎日着てるような口ぶりだったので、照れ隠しに神妙な顔で聞いてみれば怒られた。

 自分が贈った物をこんなにも大切にしてくれるのが嬉しい。怒ったり、笑ったり、泣いたり、そんな豊かな表情を見せてくれるのが嬉しい。

 つい最近までは思いつめた顔で天職をこなしていたからこっちも辛かった。もっと色んな表情が見たい。もっとユージオのために何かしてあげたい。

 

「僕もテオに何かあげたいな。毎年、お金が少なくて少しの食べ物しかあげられなかったから、何か形に残るものをあげたい」

「いいよ、その気持ちだけで。ユージオが僕のために贈り物を用意してくれるだけで嬉しいんだ。それ自体の物の価値じゃない。ユージオが贈ってくれるということが僕にとっては価値あることなんだ」

 

 毎年なけなしのお金で誕生日プレゼントの料理を贈ってくれることが何よりの喜びだった。アリスがいなくなってからは弁当としてパンを自分で買わなくてはいけないし、家族に無断で使われるしで、殆ど手元には残ってないのにしっかりと、僕の誕生日に贈り物を用意してくれるんだからそれはもう嬉しかった。

 物としては残ってないけど思い出には残っているし、あまり思い詰めなくてもいいと思うんだけどね。

 

「あんまり綺麗な言葉ならべても僕は惑わされないぞ。知ってるんだからな、エイト君がテオに初めて作った服を贈ったこと。今着てる服がそれなのも」

「いや、これはほら」

「少しは素直になってよね」

 

 拗ねるユージオに僕は何も言えずに固まった。確かにあの時ボロボロにして川に流した服は母さんの量産品で、着替えて大事に着ていた方、つまり今着ているのはエイトが初めて僕に作ってくれた大事な贈り物だ。初めてとはいえ、器用なエイトは完成度の高いぱっと見では気づかない服を仕上げたのでわからないはずなんだよね。

 これは嫉妬心のなせる技なのだろうか。

 でもチャンスかな。ユージオからこんな風に言ってくれてるんだから正直に頼んでしまおう。

 

「その……形に残るものが欲しいです……」

「どうして畏まるのさ」

 

 言い慣れてなかったからかつい丁寧語になっていたのを、訝しげにユージオは指摘してきた。

 

「いや、その、ユージオに買って欲しいって言うの初めてだなって、思ってさ」

「そういえば……いっつもテオが僕に欲しいって言ってもない物まで僕にくれたもんね」

 

 くすくすと笑ってユージオは着ている服に視線を落とした。僕が贈った物と言えばパンやブローチ、シチューに服、川魚のムニエルとか靴など、結構な数のものを贈っている。それらを思い出しているのだろうか。ユージオの俯いた顔は穏やかだった。

 

「僕ね……幸せだった。今もテオがいて幸せだよ。ただ、アリスがいないのが辛い。アリスは何してるのかな」

「まだ言わないでおくよ。ユージオが僕の言った言葉に向き合えた時、本当のことを話す」

「テオがそういうなら、任せるよ。僕はテオを信じてる」

 

 整合騎士のことを話すのはまだ早い。全て話す必要はあると思うが、今すぐに全てを話す必要はない。少しずつユージオが消化しきれるまで待ってからでも遅くない。大丈夫、まだこれから二年あるんだ。

 

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