Sword Art Online -Project Salvation-   作:青き勇者

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第一章 アウトサイダー -Outsider- 09

 

「ハッ!」

 

 キリトに教えて貰ったアインクラッド流剣術のホリゾンタルを、目の前で深く深く刻み込まれた切り込み目がけて打ち込む。僕の一振りが芯を捉えると、幹は大きく削られ、残りわずか四メルないくらいの幹では支えきれなかったのだろう、自重で手前に倒れ始める。

 

「逃げろ!」

 

 キリトの声に僕とテオは左へ、キリトが右に幹の直ぐ外側を回って最短距離でギガスシダーの巨体から逃げおおせた。

 幹や枝葉が(しな)る音を何重にも奏でながら、地面に倒れると一際大きな爆発音とも呼べる轟音が発生し、遅れて地面が揺れる。

 強烈な風と砂ぼこりに、目を腕で覆って凌ぐ。砂ぼこりが晴れる頃にはその巨体は寝そべっていた。

 

「凄いな……」

 

 テオの言葉に反応することなく僕は倒れたギガスシダーをじっと見ていた。千年以上かかると言われていたギガスシダーの討伐はたった三百年で終わりを迎えた。

 

「信じられないよ」

 

 思わず呟いた言葉は少し震えていた。僕はギガスシダーを見詰めて暫くのあいだ動こうとはしなかった。一生をかけても倒せないと思っていたこの木の残りの天命を僅か十日近くで削り切ったのだから、その衝撃は言葉では到底あらわすことができない。

 

「ま、何はともあれ。おめでとう、ユージオ」

「ありがとう。まだ、実感が湧かないけど、僕、ギガスシダーを倒したんだね」

 

 一つ頷いたテオに抱きついた。

 もう離したくないと思ってから、独り立ちしようという決意を揺さぶられてから、簡単に堕ちた僕は結局テオに甘えてばかりだった。

 僕は自分の決意を曲げたことに対して反省するべきなのにテオのそばは抗えない程に離れがたい。魔性の領域だよ。

 

「ふぅ……剣士を目指すよ、僕。アリスを助けるために」

「うん。長い道のりになりそうだけど……キリトも一緒にね」

 

 僕はテオの心地いい体温と優しい抱擁に抗いながら、決意を口に出した。曲げたりしないように気を張らないと、テオに(そそのか)されたらまた迷ってしまう。

 テオの言葉でキリトが近づいてくるのがわかった。抱き合ってるからキリトの姿は見えないんだけど、すぐそばまで来ると肩に手を置かれる。

 

「俺はそのまま二人が駆け落ちしないか心配だな」

「ははっ、それは名案だね。どうする?」

「テオ、食事抜きにするよ」

 

 また決意した端から僕を(そそのか)すような言葉を口にするテオに、抱擁を解くとつい強めの口調で脅かしてしまう。

 

「ごめんってば」

 

 テオの謝罪に苦笑する。五日ほど前から少し奮発して日持ちするおいしい料理を持ってきているんだ。それがテオの最近の楽しみらしい。

 

「今頃村も騒いでるだろうね。今日か、次の安息日は宴かな。存分に楽しんで来なよ」

「うん……」

「気にしなくていいよ。僕は独りで肉でも焼いて楽しむよ」

「うん……」

 

 テオは参加できない。わかっている事だし、テオも余り気にしてはいないんだろうけど、それでもテオがいないというのは悲しい。それに僕はテオを独りにさせたくない。ずっとそばにいて欲しいと思ってしまう。

 

「いいかいユージオ。楽しむのが君の仕事だ。僕の分まで楽しんでこなくちゃ許さないからね」

 

 ずるい言い方だ。笑顔で、屈託なくそんな事を言われたら暗い顔もできなくなるじゃないか。

 

 

 

 

 陽気に皆が踊ってる、話してる、喜んでる。ギガスシダーが無くなった事で南に農地を広げることができるようになったんだ。この村が潤う事になれば人の数も増えていくのかな。

 村の広場では中心にある大きな篝火(かがりび)を基点としてたくさんの篝火(かがりび)が夜空の星に負けない勢いで、皆を明るく照らしている。噴水の水は、陽気に踊る皆の頬は篝火(かがりび)のオレンジ色に照らされてとても温かい。そこに笛やら太鼓やらの楽器で軽快な音楽が奏でられてこの空間を彩っている。

 ここにテオも……とまた考えてしまい頭を振る。

 

「ユージオ」

 

 この雰囲気を楽しんでいるのか笑顔でキリトが発泡酒の入ったコップを渡してきた。それを受け取ると、今日何度目かの乾杯をして(あお)った。

 お酒の力も借りてテオがいない事の悲しさを紛らわしていると、串焼きにがっついていたキリトが話しかけてきた。

 

「なあ、ユージオ」

「ん……なんだい?」

「お前、この後……」

 

 キリトが言い切る前に後ろからの大きな少女の声で遮られる。

 

「あっ、こんなところにいた! 何やってんのよ、お祭りの主役が」

 

 誰だと思って振り返れば三つ編みをおろし、いつもの修道服姿とは違って華やかな赤いベストと若草色のスカートを纏ったセルカがいた。

 

「あ、いや……僕、ダンスは苦手で……」

「ほら、俺も、記憶喪失だし」

 

 僕もキリトも首を振って踊る事を遠慮すると、睨まれてしまった。どこか懐かしい気がする。

 

「そんなもの、やればなんとかなるわよ!」

 

 セルカは僕とキリトの手を強引に取ると、皆が踊っている広場の中心近くまで連れていき、それでもなお立ち竦んでいる僕たちの背中を押すことで踊りの輪に強制的に入れられた。僕たちが輪に加わると歓迎するかのようにわっと歓声があがり、困惑する暇もなく僕と同じくらいの女の子から年下や年上の子など、たらい回しにされるように踊った。

 テオに申し訳なく思いながら踊りを踊る。楽しんでという言葉を思い出して、僕なりに精一杯おどったよ。

 段々、盛り上がっていく音楽が唐突に終わり、何事かと楽団のいた方をみるとさっきまで楽団のいた舞台に村長が立っていた。

 

「みんな、宴もたけなわだが、ちょっときいてくれ!」

 

 村長の声を聞いた皆が静かになると、村長は皆を見回してから口を開いた。

 

「ルーリッドの村を拓いた祖父たちの大願は、遂に果たされた! 肥沃な南の土地からテラリアとソルスの恵みを奪っていた悪魔の樹が倒されたのだ! 我々は、新たなる麦畑、豆畑、牛や羊の放牧地を手に入れるだろう!」

 

 村長は厳然と演説をしているが、声がところどころ弾んでいるあたり嬉しいのだろう。村長の言葉に皆は歓声で応えた。村長が手をあげると、また皆は静かになる。

 

「それを成し遂げた若者、オリックの息子ユージオよ、ここに!」

 

 僕の名前が呼ばれた瞬間、僅かな緊張に襲われた。村長の手招きを見て一歩目を踏み出せないでいると、近くに居た人たちに押されて舞台へと近付けられた。隣にいた父さんへ振り返るが、戸惑っているのか僕を見ようとはしてくれない。

 父さんも、母さんも、兄さんたちも誰も祝ってはくれなかった。少し期待している自分がいた。天職をやり遂げた今なら祝ってくれるんじゃないかって、認めてくれるんじゃないかって。でも、そんなことはなかった。

 皆に流されるまま舞台へ登り、村長の隣に並び立つ。この場に集まった皆へと向くと、大きな歓声があがる。嬉しかった。僕を認めてくれる人がいる事が、嬉しかった。

 

(おきて)に従い……」

 

 村長の声に皆はまた静まり返る。

 

「見事天職を果たしたユージオには、自ら次の天職を選ぶ権利が与えられる! このまま森で木こりを続けるもよし、父親の後を継いで畑を耕すもよし、牛飼いになろうと、酒を(かも)そうと、商売をしようと、何なりと己の道を選ぶがいい!」

 

 父親の後を継ぐ……村長のその言葉に僕は動揺しなかった訳じゃない。その選択をすれば認めてもらえるかもしれない、家族としてちゃんと接してくれるかもしれない。そんな気持ちがない訳じゃない。それを望んでいる僕がいる。

 でも、もう決めたんだ。アリスを助けるって、テオとキリトと一緒に央都へ行くって。もう、迷わない。例え家族から完全に見放されるようなことになっても僕は……選択を後悔しない。テオが全て捨ててまで僕のために動いてくれた。だから僕も選ばなきゃ。

 青薔薇の剣の(つか)を左手で力強く掴むと、俯かせていた顔を上げて前を向き口を開く。

 

「僕は……剣士になります。ザッカリアの街で衛兵隊に入り、腕を磨いて、いつか央都に上ります」

 

 僕が言い切るとざわめきが広がった。さっきみたいな歓声じゃない、僕の意図を少なからず察した人達は隣同士で話している。

 父さんも兄さんたちも表情は苦々しいものだった。もう、僕は後戻りできないんだ。

 村長が手をあげると皆は黙る。村長がこちらに向くと表情は皆と同じように好意的なものじゃなかった。

 

「ユージオ、お前はまさか……」

 

 皆気づいてる。でも、村長はそれから先は言わなかった。

 

「……いや、理由は問うまい。次の天職を選ぶのは、教会の定めたお前の権利なのだからな。よかろう、ルーリッドの長として、オリックの息子ユージオの新たなる天職を剣士と認める。望むならば村を出て、剣の腕を磨くがよかろう」

 

 村長の言葉に皆は取り敢えず納得したのか(まば)らな拍手が聞こえてきた。しかし、それを遮るかのように大きな声が上がった。

 

「待ってもらおう!」

 

 人垣を割って出て来たのはジンクだった。僕が剣士になる事が、ザッカリアに行く事が許せないんだろう。

 

「ザッカリアの衛兵隊を目指すのは、先ず第一にこの俺の権利だった筈だ! ユージオが村を出る事を許されるのは、俺の次じゃないとおかしいだろう!」

「そうだ、その通りだ!」

 

 ジンクの言葉に便乗して、かつての衛士長であった頃の面影が一切残っていない恰幅な父親も野次を飛ばしてきた。

 僕はこの予想外の事態にどうしたらいいのか思考巡らせるが良案は思い浮かばず、村長が宥めるように言った。

 

「しかしジンクよ、お前はまだ衛士の天職について六年だろう。(おきて)では、後四年経たねばザッカリアの剣術大会に出る事はできんぞ」

「ならばユージオも後四年待つべきだ! 剣の腕が俺より下のユージオが、俺を差し置いて大会に出るのはおかしい!」

 

 見もしないで剣の腕を否定されるのは良い気がしない。けど、子どもの頃から何かにつけて僕を見下してきたジンクの事だから、もうそう言う奴なんだと割り切れば少しは気が楽だ。けど、四年も待つなんてできない。キリトを、何よりテオをそんなに待たせることはできない。

 

「ふむ。しかしそれをどうやって証明するのだ? お前の方がユージオより腕が立つことを?」

「なっ……」

 

 僕が驚いて村長を見ると平然としていた。対してジンクと父親は顔を真っ赤に染めて相当怒っている様だった。二人はこの村一番の剣の使い手と言って憚らないんだから、今の言葉は火に油を注ぐようなものだと、成り行きを見守るしかない僕は内心悶々としていた。

 

「ルーリッドの長と言えど、その暴言は聞き捨てなりませんな! 息子の剣が木こりごときに後れを取ると申すのなら、この場で戦わせてみればよいでしょう!」

 

 今度はジンクの父親が村長にものすごい剣幕で詰め寄り、それに皆がそうだそうだ、と野次を飛ばしはじめ、試合だ試合だと(はや)し立てる。

 僕は諦観の念でもってジンクからの立ち合いを受けた。舞台から降り、即席の試合スペースでジンクと向き合う。

 どうしようかと考えていると人ごみの中からキリトがこちらにやって来てくれた。それに安堵しつつもこんな状況になった戸惑いを隠せずに呟く。

 

「ど、どうしようキリト。なんだか大事になっちゃったよ」

「ここまで来てごめんなさいじゃ済まないだろうなあ。それはともかく、試合って本気の斬り合いなのか?」

 

 恐ろしい事を言い出すキリトに僕は首を振る。

 

「まさか、剣は使うけど寸止めだよ」

「ふうん……でも、その剣はもし止まらないで当たっちゃうと、それだけで相手を殺しかねないからな。いいか、ジンク本人じゃなくてあいつの剣を狙え。横っ腹にホリゾンタルを一撃当てればそれで終わる」

「ほ、ほんとに?」

「絶対だ、保証する」

 

 確信に満ちた答えを貰うと、キリトに背中を叩かれて前に一歩出た。ジンクとその父親に一礼すると位置に着く。

 

「静粛に!」

 

 村長の言葉で場の騒音は消え、かわりにぱちりと篝火(かがりび)の火が弾ける音が聞こえる。

 

「それでは……予定にはなかったが、この場で衛士長ジンクと、刻み手……いや、剣士ユージオの立ち合いを執り行う! 剣は寸止めにて、互いの天命を損なうこと(あた)わず、よいな!」

 

 村長の言葉を聞き終えると直ぐにジンクは腰の剣を抜いた。僕もそれに追随するように剣を抜く。青薔薇の剣はその綺麗な剣身を美しく輝かせ、それに魅せられたのか感嘆の声が漏れ聞こえる。

 ジンクも例外ではなかったのか青薔薇の剣に気後れしたように見えた。しかし、すぐ気を取り直したのかとんでもない言いがかりをつけて来た。

 

「ユージオ、その剣は本当にお前のものか!? もし借り物なら、俺には使用を拒否する権利が……」

「この剣は……北の洞窟で手に入れた物で、現在の所有権は僕にある」

 

 最後まで言わせずに僕は所有権を宣言した。僕は青薔薇の剣を手放すつもりなんてないし、この剣は僕のものだ。

 ジンクはそれ以上何も言わず、手に一つ息を吹きかけると剣の(つか)をしっかりと握りこんで大上段に構えた。

 僕はそれを見て腰を少し落とし、剣は中段に構え、右手脚を僅かに後ろへ下げる。

 ジンクがアインクラッド流にあるような強力な技、たしかテオが言うにはソードスキルとやらに類するものを知らない事から推測するに、恐らく僕の方が技量的には上だ。とはいえ油断はできない。剣を使っている時間で言えばジンクの方が圧倒的に上なのだから、経験の差で負ける事も十分に有りうる。

 村長が手を高く掲げて、始めの声と共に手を振り降ろした。

 

「うおおおっ!」

 

 喊声を上げ一直線にジンクは突っ込んでくる。キリトの予想通りこのまま振り降ろされる剣の腹をホリゾンタルで打ち据えれば決着はつく。

 しかし、ジンクの剣は唐竹割りから水平切りへと移行する。それに驚く事無くどこか冷静な自分がいた。水平切りの剣に同じく水平切りのホリゾンタルを当てるのは至難の業だ。少なくとも剣を教えて貰って僅か十日ばかりの僕ができる芸当ではない。

 剣を叩き斬るのは変わらない。だが角度は替えないとあてるのは難しい。となると、テオの技、僕を助けてくれたテオのあの技なら。

 直ぐに(きっさき)を右後ろに向けて一瞬の溜めを作る。イメージはテオの斬撃。僕を助けてくれたあの時の技。

 

「やあっ!」

 

 僅かな手応えを感じてジンクの剣へと腰のひねりを加えて振り上げる。青薔薇の剣はジンクの剣を下から切り上げ、真っ二つに切り裂いた。斜めに残る剣の青い軌跡に僕は嬉しくなる。できた。これでテオに一歩追いつけた。

 

「やった……」

 

 滲み出る喜びを抑えきれずに小さく呟いて、しまったと口を塞いだ。しかし、呆然としているジンクには届かなかったのかどこか虚ろな目をして立ち尽くしていた。

 次の瞬間にはどっと皆が湧きあがり、また僕は囲まれてしまう。ジンクは父親に引っ張られて逃げるように帰っていった。

 暫く踊って、(はしゃ)いでとこの祭りを堪能していたが、少し疲れたので喧騒から離れて休憩していた。

 

「ユージオ兄さん」

 

 不意に声を掛けられる。振り向くと金色の短髪に青い瞳、テオと違って優しさよりも強さを感じさせる整った顔立ちのまだ十一歳の少年がいた。

 

「エイト君」

 

 少し声が強張ってしまい、心を落ち着かせる。

 

「天職を、あの木を倒しちゃうなんて凄いね。おめでとう。それにさっきの試合、かっこよかった」

「ありがとう。エイト君にそう言ってもらえて、嬉しいよ。あっ、それ……」

 

 素直な称賛に少し照れて目線を落とすと、去年僕がエイト君の誕生日に贈った花のブローチが胸に飾られているのを見つけた。

 

「俺、本当に嬉しかったんだ。ユージオ兄さんが誕生日を祝ってくれたこと」

 

 微笑んでブローチを撫でるエイト君は、自分なりにテオの事を受け容れたのか前みたいに悲痛な感じはしなかった。でも、悲しさや寂しさをどこかまだ隠しているような悲壮感がある。

 

「僕は、テオに何もしてあげられなくて……なのに……だから、せめてテオが大切に想ってたエイト君に元気になって欲しいと思って……。結局誕生日の時だけで、それ以外は自分の事で一杯一杯で会えなかった。ごめんね」

「ううん。俺は……幸せだよ。自慢の兄が二人もいるんだから」

 

 泣きそうなエイト君を見て僕は思わず抱きしめていた。そんな風に僕の事を思ってくれてたなんて知らなかった。たまにしか遊んだことはないし、誕生日を祝ったのも去年の一回だけ。それなのに、そんなことを言われたら僕はまた決意が揺らいでしまう。

 兄と慕ってくれるまだまだ小さいエイト君から僕は離れないといけない。それも僕は大好きなテオと一緒にいられるのに……。いつのまにか涙が零れていた。

 

「エイト君……」

 

 テオは生きているから安心して──そんな無責任な言葉を言いかけて固く口を結んだ。これ以上、エイト君を傷つけられない。そんな事を言ったらテオが命を賭けて全て投げ出してまでした事が無駄になる。エイト君が黙ってくれたとしてもテオが生きてるとわかってるのに会えないなんてどれだけ残酷なことか。

 

「ユージオ兄さん……俺は兄さんが今でも帰って来るんじゃないかって思ってるんだ。ダメだよね。受け容れなきゃ、もう居ないって……ごめんなさい。こんなこと、話すつもりじゃ……」

「僕は全部聞くから。だから……言いたいことは言っていいよ。泣きたいなら泣いていいよ」

 

 震えるエイト君の声に僕は震える声で伝えた。それからエイト君は(せき)を切ったように泣き始め、今まで溜めていたのだろう言葉を吐露し始めた。

 

「……兄さんがいなくなって、父さんも、母さんもみんな暗くなっちゃって。俺も何にも考えられなくて、天職も手に着かなくて……」

 

 嗚咽(おえつ)混じりに(つむ)がれる言葉を聞き逃すことのないように一言一句まで聞いていた。涙が僕の首筋に、肩にと流れていくのを感じた。

 

「ユージオ兄さんへの誕生日プレゼントだって、兄さんが楽しみに用意していた手巾を、俺は、捨てようとした。兄さんとユージオ兄さんの仲がいいのはわかってた。だから、兄さんと仲がいいユージオ兄さんが羨ましかった。兄さんは一杯愛情を注いでくれたんだろうけど、俺はただの弟で……多分ユージオ兄さんにはもっと一杯愛情をあげてた」

 

 言葉を切ると鼻を(すす)って、エイト君が僕に回した腕の力が少し強くなった。

 

「酷く羨ましかった。だから、俺は、兄さんがいなくなってムシャクシャしていた俺はユージオ兄さんへの贈り物に八つ当たりしようとした……ごめんなさい。でも、そんな事をしたら兄さんは悲しむから、俺は結局できなかった。だから、ユージオ兄さんに渡した時、酷く惨めで、でもありがとうって言ってくれて嬉しかった」

 

 いつの間にか腕の力は緩くなっていた。涙は変わらず僕を濡らすが、声色は少し穏やかになってきている。

 

「ユージオ兄さんに誕生日に贈り物を貰って俺は嬉しくて嬉しくて……。本当は、兄さんにも誕生日の贈り物を貰ったんだ。ユージオ兄さんのと一緒にもう用意してあった。まだ三ヶ月も先だったってのに……なんで用意なんかしてたんだろうね。でも、それも嬉しかった……けど辛かった。俺におめでとうって言ってくれる兄さんはいない。直接渡してくれる兄さんはいない。そう思うと、その贈り物が色褪せて見えた……」

 

 テオの言っていた事、たぶんエイト君も同じなんだ。物の価値じゃない、気持ちが嬉しいんだという言葉。

 

「兄さんに会いたいよ……」

 

 掠れた言葉は僕の心に大きく響いた。会わせてあげたい、今すぐに会わせてあげたい。僕がいなければ二人の間を裂くなんて事なかった。でも、これは僕だけじゃなくて、テオの問題でもある。そう、テオは言っていた。だから、僕だけではどうにもできない。僕だけが抱え込んでもどうにもならない。

 

「……ユージオ兄さん……いかないで……」

 

 一際強く抱きしめられて僕はどうしたらいいのかわからなかった。いかない、そばにいると言ってあげたい。でも、僕にそれはできない、しちゃいけない。

 結局なにも返事をできないまま時間だけが過ぎ、いつの間にか収まっていたエイト君の泣き声に気付くと、エイト君の方から抱擁を解いた。

 

「……ありがとう。もう明日には出発するんだよね?」

「そう、だね……」

「……そっか、明日、渡したいものがあるんだ。だから朝に南門で待ってて」

「うん」

 

 少し穏やかな表情になったエイト君は、涙の痕が残る(まなじり)を細めて微笑んだ。渡したいものが何かは見当がつかなかったが、あと三日で僕の誕生日を迎える事は思い当たった。

 誕生日に贈り物を贈ってくれるんだとわかり、僕は微笑み返した。絶対、絶対に僕とテオ、そしてキリトでアリスを連れてここに帰って来る。どれだけ時間がかかるのかはわからないけど、必ず帰って来る。

 かなり酔っているキリトと明日の朝に南門で待ち合わせる約束をして、その日はお開きとなった。お酒がまわっていたおかげかその日はぐっすり眠れたので心地のいい朝を迎えられた。

 

「おはよう」

「お、おはよー」

 

 未だ眠気が取れていないのか眠そうなキリトから挨拶が返って来る。

 

「それじゃ、行こうか」

「ちょっと待って」

「ん? どうしたんだよ」

 

 遅れてやって来たくせに、せっかちにも先へ行こうとするキリトを呼び止める。まだエイト君が来ていないから待たないと。

 誰かを待っていることを察してくれたのかキリトは大人しく僕の隣に来て待ってくれた。

 三十分くらいだろうか、一回の鐘を挟んで暫くしたころにエイト君は来た。あともう少しで天職が始まる時間だ。

 

「ごめんなさい。遅くなって」

「気にしなくていいよ」

 

 申し訳なさそうに僕へ謝って、キリトにも頭を下げる。おおらかと言うか細かいことをあまり気にしないテオと違ってエイト君は礼儀とかしっかりしている。

 

「これ、ユージオ兄さんに。少し早いけど誕生日おめでとう」

「わあ、ありがとう。嬉しいよ。こんなに立派な背嚢(はいのう)、作るの大変だったんじゃ?」

 

 紺色の背嚢(はいのう)は僕の背中をすっぽりと覆うくらいに大きく、ポケットが一杯ついていて、一番大きな収納空間も沢山の物が入りそうだった。これがあれば旅をするための道具や食糧なんかが大量に、楽に持ち運べそうだ。

 さっそくセルカに作って貰った弁当を背嚢(はいのう)に入れると、まだまだ余裕のある収納に感心して背負ってみた。エイト君は嬉しそうに僕が背負うのを見ていた。

 

「贈り物だから天職の時間も使えなくてね。安息日にコツコツ作ってたんだ。昨日急いで仕上げたんだけど間に合ってよかったよ」

「でも、どうして背嚢(はいのう)を?」

「兄さんも立派な背嚢(はいのう)持ってたでしょ? だから同じような物をユージオ兄さんにもあげたくて。まさか旅に出るとは思わなかったけど、さっそく役に立ちそうでよかったよ」

 

 そう言って嬉しそうに微笑むエイト君にまた涙が溢れそうになって堪える。余り心配を掛けたくないから、笑顔で別れたいんだ。

 

「本当に、ありがとう」

「頑張ってね、ユージオ兄さん。キリトさん、よろしくお願いします」

「ああ、任せておけ」

 

 深く一礼して、エイト君はその場で見送ってくれた。手を振ってどんどん離れて行く距離に寂寥感(せきりょうかん)を覚えて、鼻の奥がツンとした。今にも涙が溢れそうになって前を向くと、後ろで鐘が鳴った。もう一度後ろを振り向くと天職の時間を忘れていたのか慌てて走って戻っていくエイト君を見て、僕は涙を堪えきれなくなった。

 

「ユージオ……テオが待ってるぞ」

「そうだね……」

 

 止まっていた足を動かし、ギガスシダーのある森へと続く道とザッカリアへ続く道、その岐路まで来た。そこに人影を見つけて早足になるが、立っていたのがテオではなくガリッタじいだとわかって混乱した。

 

「ガリッタじい! 来てくれたの、嬉しいよ。昨日会えなかったからね」

 

 混乱を隠して明るく挨拶すると、ガリッタじいは笑顔で鷹揚(おうよう)に頷いて僕の両肩に手を乗せた。

 

「ユージオよ、儂が指の長さほどしか刻めなかったギガスシダーを、よもや倒してしまうとはなあ……。教えてくれんか、いったいどうやったのじゃ?」

「この剣と……」

 

 少し抜いて剣を見せると、次いで後ろのキリトに振り返って紹介する。

 

「何より、彼の……僕の友達のおかげだよ。名前はキリト。ほんとに、とんでもないやつなんだよ」

 

 少し可笑しくなって笑いながら紹介すると、キリトは不満そうな顔を一瞬してガリッタじいに頭を下げた。それを見てガリッタじいは頷きながら笑顔になった。

 

「そなたが噂のベクタの迷子か。なるほど……変動の相じゃな」

 

 ガリッタじいはそう呟いた後に左手で森を指した。

 

「さて、せっかくの旅立ちを邪魔して悪いが、少々付き合ってもらえんかな。何、そう手間は取らせん」

「……うん、いいよね、キリト」

 

 テオが待ってくれているんだろうけど、ガリッタじいとはもう当分会えなくなるんだ、少しくらいならテオも許してくれる。キリトも頷き、気を良くしたガリッタじいは一つ頷いて「それではついておいで」と森への道へ進んでいった。

 もう七年間かよったここも、通る事はないのだと思うと感慨深かった。いつもなら見上げていたギガスシダーも、今や地面に横たわって静かに朽ちるのを待つだけとなっていた。

 

「ギガスシダーがどうかしたの? ガリッタじい」

 

 僕の声には答えることなく無言で歩き出す。途中までは幹だけだったのが、枝や葉が広がり始めて歩きにくかった。強靭(きょうじん)堅固(けんご)なギガスシダーはその枝までもが例に漏れず凄まじい硬さを誇るようで、地面や岩にさえ穴をあけ喰いこんでいた。

 やがて先端に辿り着くと、ガリッタじいは止まる。

 

「一体何があるのさ、ここに?」

「これじゃ」

 

 僕の疑問に、ガリッタじいは指を差して答えた。ギガスシダーの頂点である(こずえ)、そこはまるで針の先端かというほどまでに細く鋭かった。大体一メルほどに渡っては枝葉もなく綺麗なものだ。

 

「この枝が、どうかしたんです?」

 

 キリトが尋ねると、ガリッタじいは屈んで(こずえ)をなでた。

 

「ギガスシダーの全ての枝の中で、最もソルスの恵みを吸い込んだ一本がこれじゃ。さあ、その剣で、ここから断ち切るがよい。一刀で落とすのじゃぞ、何度も打つと裂けてしまうかもしれんでな」

 

 ガリッタじいは一メル二十センくらいの場所を手刀でポンと叩いた。それに僕とキリトは顔を見合わせて頷いた。

 エイト君から貰った背嚢(はいのう)をキリトに預け、青薔薇の剣を抜剣する。雲ひとつない青空から燦々(さんさん)と照りつけるソルスの光を反射して、いつにも増して青薔薇の剣は輝いて見えた。

 位置に着き狙いを定めて剣を構え、両手で(つか)を持って剣を振りかぶる。イメージはテオのあの技。ゴブリンを倒したあの一撃。

 

「はっ!」

 

 気合の一声と共に剣を振り降ろす。技が発動した手応えは無かったが、綺麗に枝は切り落とせた。ゴトという鈍い音をだして地面に落ちた枝を見やると、剣を(さや)に納めた。

 

「これでいい?」

「うむ、持ち上げてくれんか。そのまま持っていておくれ」

 

 青薔薇の剣と同じくらいの手ごたえを感じて持ち上げると、ガリッタじいは分厚い布を懐から取り出して慎重に切り落とした枝に巻きつけはじめた。その上から更に革紐で縛り上げると満足そうに頷いた。

 

「これでよし。央都セントリアに到着したら、この枝を北七区に店を構えているサードレという名の細工師に預けるがいい。強力な剣に仕立ててくれるはずじゃ。その、美しき青銀の剣に優るとも劣らぬな」

「ほ、ほんとかい、ガリッタじい! それは有りがたいな、僕たちさん……二人なのに剣が一本じゃこの先困りそうだなと思ってたんだ。ねえ、キリト」

 

 嬉しくてつい口が滑りそうになったが、ガリッタじいは気にしていないようでほっとした。僕が嬉しそうなのを見てキリトも笑いながら頷き返してくれた。

 僕はキリトへ丁寧に包装された(こずえ)を渡し、持ってもらっていた背嚢(はいのう)を背負いなおした。

 僕とキリトが頭を下げて感謝すると、ガリッタじいは微笑んだ。

 

「なに、ささやかな(はなむけ)じゃよ。道中、気を付けて行くのじゃぞ。今やこの世界は、善神のみがしろしめす地ではないからな。……儂はもう少しここで、この樹を見ていくとしようかの。さらばだユージオ、そして旅の若者よ」

 

 じっとギガスシダーを見詰めるガリッタじいを背に、僕とキリトは細道を通って街道の岐路まで戻った。そして、今度こそザッカリアへの街道を歩み始める。

 

「おーい!」

 

 十分ほど歩いたところでテオが見えた。直ぐにテオもこちらに気付くと勢いよく走って来て、そのまま僕とキリトの首に片腕を回して抱きつく。驚く僕とキリトをよそにテオは楽しそうだ。

 

「改めて央都を目指す仲間としてよろしくな! ユージオ、キリト」

「うん」

「ああ」

 

 僕とキリトの返事に満足したのか離れると、先頭を陣取って「しゅっぱーつ」なんて(はしゃ)いでる。それに僕は可笑しくなって笑ってしまう。

 

「ユージオってそんな立派なの持ってた?」

 

 テオは自分が持っている背嚢(はいのう)と僕の物を見比べてから首を傾げた。

 

「エイト君に誕生日のお祝いとして貰ったんだよ。いいでしょ」

「エイトめ……先越されたか」

 

 自慢するように立派な背嚢(はいのう)を見せると、テオは悔しそうに言って見せた。軽口を言い合う様な調子のそれは気を遣ったものだった。

 

「元気だった?」

「うん」

「そっか」

 

 それだけでテオはもう聞いてこなかった。エイト君の話はもっと聞きたいはずだけど、きっと聞いてしまったら戻りたくなってしまうんだ。

 さっきまで雲ひとつない快晴だった空の東端に黒い雲が見えた。嵐ほど酷くはならなさそうだけど一雨来そうだ。

 

「湿って来たね……一雨来そうだ」

「そうだね、急ごうか」

「キリト、いくよ」

「ああ……」

 

 どこか不安そうなキリトと元気なテオに挟まれて、僕は街道を歩む。待っててねアリス、僕たちが助けに行くから。

 

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