ナオのゴスペル   作:抱き猫

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12 一緒にいれば

 

 

 門を抜けると、そこには大都市が広がっていた。

 

 石と煉瓦、木と漆喰で作られた建物が所狭しと建ち並び、石畳の市道が四方八方へと伸びている。

 道路や商店は多くの人で賑わっており、そこら中が喧騒に包まれている。

 

 しばらく道なりに進むと、井戸のある小さな広場に出た。私たちは門が見えなくなったのを確認して、ほっと息を付く。

 

 周りには遊んでいる子供や、水汲みの合間に世間話をしている奥様方の姿。鶏や豚までトコトコ道を歩いている。

 

「は~びっくりしたぁ。いきなり刃物出すかね」

「……すまない。私の想定が甘かった。危険な目に合わせてしまったな」

「申し訳ありません。私が代われればよかったのですけれど……」

 

 謝るミリーさんとクレムさんに、私は気にしていないアピールをするため、

 

「それでクレム君。首尾はどうだね?」

 

 と、おどけた調子で尋ねる。

 

「……確かに、ここに」

 

 彼女が人目をはばかるように取り出したのは、U字型をした金細工のペンダントだ。

 

「やった! 大成功!」

「はい」

 

 作戦が見事に成功して、私たちは小さな声で快哉を叫ぶ。

 

「願いを聞き入れてくれたことに、深甚(しんじん)なる謝意を」

 

 そう厳かに礼を述べるのはミリーさん。

 

 兵隊の蛮行を目の当たりにした彼女は、男の子が取り上げられたペンダントを取り返そうと私たちに持ちかけた。

 

 もちろん二つ返事で答えたけれど、ただ返せといって返してくれる相手じゃない。

 

 私が警備隊の一人に接触し、ミリーさんが脅かす。それで彼らが混乱した隙に、クレムさんにテーブルの上のペンダントを取り戻してもらう。

 幽霊少女が企てたのは、そんな作戦だ。

 

 まあ、ちょっと騒ぎが大きくなりすぎたのは予想外だけど、それだってばれずに済むなら問題ない。きっと、誰もペンダントの事なんて頭に無かっただろうし。

 

「おー綺麗。でもこれなに?」

 

 クレムさんにペンダントを見せてもらう。てっきり宝石か何がくっついているのかと思いきや、そうでもない。まあ金で出来ているみたいだし、高価なのは確かだろうけど。

 

「蹄鉄を模した意匠(いしょう)ですね」

「ていてつ? あ、馬の足に付けるやつ? へえ。でもなんで?」

「古くから魔性の存在は馬を嫌うと考えられていた。それが転じて、蹄鉄には魔除けの意味が込められたのだ。まあ、御守りのような物だ」

「へぇー」

 

 ミリーさんの説明に、私はふんふんと頷く。

 

「ただまあ、私は特に馬を恐れたこともないし、効果があるかは疑わしいが」

「あなたが悪い存在なら、大抵の人間は馬に近付けなくなっちゃうんですが」

 

 自虐風ジョークをそう混ぜっ返すと、ミリーさんはばつが悪そうに言葉を一旦区切った。そして、

 

「御守りを無くしたら、さぞや心細いだろうな」

 

 優しくそう呟く。相変わらずの無表情なのに、その面差しは穏やかで、慈愛に満ちているように見える。

 

「うん。……あ、でもどうするの!? あの子、何処に行ったか分からないよ?」

 

 男の子の事に思い至って、大変なことに気付く。

 そもそも、あの子にどうやってこれを返せばいいんだろう。

 

「少し時間を貰えないだろうか。周りを探してみる。……まあもし見つからなければ、私たちで預かっておけばいい。兵隊の懐に入れば酒代に変わるだけだが、私たちなら返してやれるのだから」

 

 ミリーさんはそう言って、私たちの前からふっと姿を消した。

 

「おわ! やっぱり凄いなぁ」

 

 探してみれば、彼女は近くの三階建の家屋の屋根に居た。

 

 彼女は幽霊らしく、目で見える範囲になら何処へでも瞬時に移動できる。普段は私たちに合わせて一緒に歩いてくれるが、旅の最中では、先々に危険がないか偵察してもらったこともある。

 

「あ、また消えた」

 

 赤瓦の上に立っていたドレスの少女が、また瞬間移動した。なるほど、高い場所から探せば、案外見つけられるかもしれない。

 

 立ちっぱなしでも人目を引くので、私たちは建物の影に移動し、壁にもたれかかって時間を潰すことにした。

 

「じゃあ、私たちはちょっと休憩しようか。……それにしても、さっきのミリーさんカッコよかったね。「この痴れ者が!」だってさ」

 

 本人が居たら怒られそうだけど、私は笑ってさっきの騒動の一幕を語る。

 

「……ミリー様には、謝らなければなりません。私は未熟にも、あの方のお心を疑ってしまいました」

 

 苦しそうにそう溢すクレムさんに、

 

「あれはあの子も悪いよ。私だって、「何言ってんのこの子!?」って思ったもん」

 

 私は笑って励ます。

 

「けど、……ミリーさん、本当に良い人だよね」

「はい。深い叡智と清廉なお心を併せ持った、素晴らしいお方です」

 

 思えば、あの子がここまで感情を露わにしたのは初めてだ。どんなことにも冷淡な風に振る舞うのも、常に一歩引いた所から意見を述べるのも、幽霊として長い年月を孤独に過ごしてきたからで、きっと本当は、人並み外れて感情の豊かな人なんだろう。

 

「……」

「どうしたの?」

 

 私が感慨にふけっていると、クレムさんが何やら複雑そうな表情を浮かべている。

 

「いえ、その、今更ながら、あれで良かったのかな。と思いまして。……確かに警備隊の横暴は目に余りましたが、私が盗みを働いたことには間違いありませんし」

 

 聞いてみれば、なんとそんな事を言い出した。

 

「いや、あれは盗んだんじゃなくて取り戻したんだよ。クレムさんはよくやってくれました。グッジョブです」

「ぐっじょぶ?」

 

 この子、悪徳兵士からペンダントを取り戻したのを、窃盗に手を染めたと悔やんでいるのだ。いや、真面目にも程があるでしょ。

 

「……確かに、彼らは民の守護者でありながら、法を捻じ曲げ、利用し、私欲の為に良民に手を上げました。許すべからざる罪です。ですが、それを改めるためにこちらも法を侵しては、道理が通りません」

 

 と、彼女はそう言葉を続ける。

 

「もう、そんな事気にしたって……」

 

 私は笑い飛ばそうとして、続きを呑み込んだ。

 

 クレムさんの青い瞳が不安気に揺れている。私は軽く捉えていたけど、きっと彼女にとっては重大な事柄なのだろう。

 

「……クレムさんの言うことも分かる。悪いことを悪いことで正しても、それは善いことなのか。ってことでしょ?」

「はい……」

 

 その問いかけに、私はしばし考えを纏める。

 

 ……うん。何も考えつかない。

 

 いや、無理でしょ。そんな法律とか正義とか難しい話を真剣にされても、私馬鹿だし分かんない。そりゃあ、屁理屈なら付けられるだろうし、無理から励ますこともできるだろうけど、そんなんじゃクレムさんも納得しないだろうし。

 

「……ごめん。私じゃ、答えられそうにないや」

 

 正直にそう述べる。するとクレムさんはかえって恐縮した様子で、

 

「そ、そんな、謝らないでください。私が妙な事をお聞きしたのが悪いのです」

 

 と、頭を下げてくる。その姿が余りに可憐で、儚げで、私は慌てて言葉を付け足した。

 

「でも、私は全然後悔してないよ」

「えっ――」

 

 私の勢い任せの言葉に、クレムさんが驚いて顔を上げる。

 

「そりゃ、法律は守らなきゃ駄目だけどさ……そもそも、正しいことって誰が決めるの?  社会? 人? それとも神様?」

「それは……」

「誰かが保証してくれないと正しくないの? 正しいことは善いこととは違うの?」

 

 思いついたことをポンポン並べ立てるので、クレムさんも困惑する。私は喋ってるうちに、だんだん訳が分かんなくなって、

 

「立場とか状況とかで正しいことが変わるなら、結局私たちにできるのは、善くあろうって心がけることだけじゃないかな」

 

 そう告げる。

 

「……ですが、それは独善を産み、取り返しのつかない過ちに繋がります」

 

 と、クレムさん。

 

「うん。だから、誰かに隣に居てもらわないと」

「え?」

「一人じゃ道を間違えるなら、みんなでより善い道を探さないと……あ、それが法律なのか。しまった、堂々巡りだ」

 

 適当に喋った挙句、私は最初の疑問に再びぶち当たってしまう。

 まいったな。クレムさんを慰めるつもりが、かえって深みにはまってしまった。

 

「ごめんね。やっぱり私に難しい話は無理だよ。ミリーさんにでも聞いてぇ」

 

 と、私はたまらずギブアップ宣言。でも、

 

「……いえ、ありがとうございます。少しは気持ちの整理がつきました」

 

 クレムさんは穏やかな表情でそう言う。けれど、

 

「私は、その……怖いのです。何かをするたびに、これは正しい行いなのか、善いことと言えるのか、いつもそう考えてしまって……」

 

 切実な胸の内を、私に教えてくれた。だから、

 

「……軽々しく分かるなんて言えないけど、なんとなく理解できる。――責任って言葉、怖いもんね」

 

 彼女の真心に応えようと、私も言葉を紡ぐ。

 

「他人から責められるのも、自分で自分を許せなくなるのも辛い。誰かに代わりに背負ってもらうこともできないし、逃げようとしても、結局いつかは追いつかれるし」

「ナオ様……」

 

 私の頭に、清浄な鈴の音が響く。きっとこれは、生涯忘れられない記憶。

 

「でも、私が一番怖いのは、自分で自分に失望してしまうこと」

 

 これまでの日々を振り返り、今一度確認するように、私は呟く。

 

「私が私であることを止めたら、きっと私はもう誰にも顔向けできなくなって、何処にも行けなくなっちゃう。――だから、私はあれでよかったと思う。ミリーさんが言いださなくても、結局私は何かやらかしちゃっただろうから」

 

 クレムさんへと向き直り、私は真っ直ぐ彼女を見つめる。

 

「私はこんな性格だから、きっと間違えてても気付かずに進んじゃうこともあると思う。だから、あなたみたいにしっかりした人に、見張ってて欲しいんだ。何が善いことなのか選ぶのは難しいけど……引き戻してくれるなら、安心して歩けるから」

 

 そう、想いを伝える。

 

 ……やばい、これめっちゃ恥ずかしい。勢いでとんでもない事口走っちゃったぞ。クレムさんの事言えないじゃん。

 

「…………」

 

 ああでも、この子めっちゃ感動してる! 両手を胸の前に組んで、目まで瞑って!

 

 やめて! よくよく考えると彼女の相談は何にも解決してないし! ああもう、これもあの兵隊さんたちが悪い。あの人たちが真面目に仕事してたら、こんな面倒な話になってないのに。

 

「随分と楽しそうな話をしているな」

 

 その時、羞恥心で悶絶している私を、頭の上から降ってきた可憐な声が救ってくれた。

 

「ミリーさん!」

 

 ふわりと木の葉が舞うように、幽霊少女が石畳の上へと降り立つ。

 

「もう少し待っていた方がよかっただろうか」

「いや全然! ――っていうか聞いてたの!?」

「クレムが窃盗に罪の意識を感じていると告白した辺りからだな」

「ほぼ全部じゃん!」

 

 悪びれも無くのたまう白衣の少女に、私はもう恥ずかしくて気絶しそう。でも、

 

「クレム。先の件は私が君らに頼んだことだ。道義的な責任があるとすれば、私が全てを負うべき立場にある。そう気に病まないでほしい」

 

 と、ミリーさんがフォローする。

「……はい」

 

 その気遣いに感じ入ったのか、ようやくクレムさんの顔から(かげ)りが消える。よかった。後はさっきの記憶をどうやって皆から消すかだけど。

 

「お戻りになられたと言うことは、男の子は見つかったのですか?」

 

 そう尋ねるクレムさんに、ミリーさんは呆れたように息を付き、

 

「愚かだが、根性のある子供だ。ペンダントを奪い返そうと、市門の側で機会を窺っていたよ」

 

 それでもどこか楽しそうに呟いた。

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 例の少年は、市門のすぐ近くにある建物の軒先に(うずくま)っていた。

 

「お、いたいたあの子だ」

 

 ミリーさんに案内された私たちは、物陰から門を(うかが)う短髪の少年へと近づく。

 

「こんにちは! こんな所で何してるの?」

「うわっ!?」

 

 早速話しかけると、少年は不意を打たれた猫みたいに飛び上がって驚く。後ろからはまずかったかな?

 

「な、なんだよあんたたち……」

 

 警戒心も露わに、少年が睨んでくる。

 

「さっきは大変だったね。ぶたれたところ大丈夫?」

 

 鋭い視線をするりと受け流し、私は笑顔で話を続ける。

 

「な、見てたのかよ……別にあんたたちには何も関係ねぇだろ」

 

 と、少年は悔しさと恥ずかしさと怒りが入り混じった表情で吐き捨てる。

 私は不快気な少年の前で、指を唇に当てて「静かに」のジェスチャーをする。

 

「あん?」

 

 怪訝な表情を浮かべる彼に、私はいよいよソレを見せる。

 

「な――そ、それ、なんで!」

「わーちょっと静かに!」

 

 掌で輝く金の蹄鉄を目の当たりにするや、少年が叫ぶ。

 

 私は慌てて彼の口を押さえ、路地裏へと連行する。いや、人さらいみたいな光景だけど、万が一にも兵隊さんに見られたらまずいし。そして、

 

「……なんで、あんたたちがそれ持ってるんだよ」

 

 落ち着きを取り戻した少年と、改めて話をする。

 

「さあ? それは知りませんなぁ」

 

 と、私はすっとぼける。実際褒められた手段で手に入れたモノではないので、入手経路は不明のままにしておく方が安全だ。すると、

 

「…………そりゃ、欲しいけど。俺、金なんて持ってないぜ」

 

 と、少年がそんな事を言い出した。

 

「へ?」

 

 問い返す私に、彼は苦渋の表情を浮かべ、

 

「それとも、俺に何かさせようって言うのか?」

 

 と、疑うような眼差しを向けてくる。

 

「え、え? 何か勘違いしてない?」

「……親の形見を対価に、何らかの取引を持ちかけられたと認識したようだな」

 

 予想外の反応に困惑していると、ミリーさんが冷静に状況を説明してくれる。

 

「そ、そんなのいらないって! ほら、これ君のでしょ?」

 

 慌てた私は、押し付けるようにペンダントを彼の手に握らせる。

 

「――ッ!」

 

 私が急に触れたからか、少年はビクリとして固まってしまう。何か、反応がいちいち猫っぽい。

 彼がペンダントを受け取ると、私はすぐに手を離した。ミリーさんは私たちの後ろに居るので、気付かれてはいないはず。そして、

 

「大事なものなんでしょ、それ。……あ、次から門を通る時は、足首にでも巻くといいってさ。あと、言葉遣いは大事だよ。嫌な人たちでも、がまんがまん。短気は損気っていうしさ」

 

 と、私はその幽霊少女からの言伝(ことづて)を、彼に届ける。

 

「…………」

 

 けど、少年はどこか上の空。彼の茶色の瞳は、掌のペンダントに注がれている。

 

「あっ、ありがとう!」

 

 そして思い出したように、少年がそう叫んだ。

 

「どーいたしまして! 今度は無くさないようにね!」

 

 私とクレムさん。そしてミリーさんは笑顔でそう答える。

 

「あ、私たちのことは秘密にしてね。何も知らないし、見てもない。そういうことで、一つよろしく」

 

 隠蔽を念押しして、私たちは立ち去ろうとする。すると、

 

「お、俺はメル! メル・カーターっていうんだ!」

 

 少年が名を名乗る。

 

「姉ちゃんたちに受けた恩は絶対に返す。だいたいサレス区にいるからさ。困ったことがあったら何でも頼んでくれていいぜ!」

 

 そう胸を張って宣言する。私とクレムさんは顔を見合わせてきょとんとし、それから、

 

「うん。ありがとう。頼もしいね」

 

 そう笑顔で答える。

 

 大きな街に来て、最初はどうなる事かと思ったけど、早速素敵な知り合いができた。

 

 まずまず、滑り出しは順調だよね。

 

 

 

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