ナオのゴスペル   作:抱き猫

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13 街を歩こう

 

 

「パセリ、セージ、ローズマリー&タイム~。ふんふ~ふんふーふふーふふーん」

「続きは鼻歌でいいのか?」

「……歌詞覚えてないだけです」

 

 上機嫌に鼻歌を口ずさむ私に、心底不思議そうに尋ねるミリーさん。

 

 私は今、王都の商店街にある香辛料屋さんで、陳列された様々なハーブを物色していた。

 

「けっこう知らないのあるな~。あ、これはディル。こっちは何だろ?」

「マートルのようだな」

 

 メル君にペンダントを無事に返却できた私たちは、そのまま教会を目指すのではなく、ついでに王都を色々見物して回ることにした。

 

 服屋に雑貨屋、家具屋さん。屋台やレストランに食料品店。大陸でも有数の巨大都市だけあって、軒を連ねる店も様々だ。見て回るだけで何時間でも潰せてしまう。

 

 別に欲しいモノもないし、何も買うつもりはないけど、多種多様な商品は見ているだけで楽しい。いや、欲しいものがあれば買ってもいいってクレムさんは言ってくれたけど、旅費まで全額出してもらってる以上、流石にね?

 

「これはおいくらだろう?」

「この一瓶で四ルナートだな」

「銀貨四枚!? この小っちゃいので!? たっか!」

 

 冷やかすだけでも十分楽しいけれど、料理が趣味の私としては、食料品絡みは実際に詳しく見てみたい。

 

 だいたい地球でもお目に掛かれるものが殆どだけど、時折全然知らない食べ物もあるし、好奇心がつんつん刺激される。

 

 ちなみに、私は言葉こそ話せるけど文字はまったく読めないので、いちいちミリーさん値札を読んでもらっている。たぶん、小声でぶつぶつ言ってる変な子扱いだろうけど、まあ気にしない。

 

「そりゃあそうさ。カートナ諸島から取り寄せた最高級の砂糖だよ。その値段でも安いぐらいさ」

「え、お砂糖あるんですか!?」

 

 私の独り言に、店主のおじさんがそう教えてくれる。

 断りを入れて素焼きの小さな瓶を開けてみると、中には確かに白い粉砂糖が。

 

「あ~いいな~欲しいな~」

「何なら少しおまけしてやるよ。どうだい?」

 

 お菓子のレシピを思い浮かべてため息をつく私に、店主さんが抜け目なく営業をかけてくる。でも、

 

「う~ん、まだ宿も取ってないし、買っても使えないんで、今はパスで!」

 

 と、私は誘惑を断ち切ってごめんなさいと謝る。

 

「なんだ、観光かいお嬢ちゃん。それならお土産にしとくれよ。甘いものは誰に上げても喜ばれるからね」

「あはは、候補に入れときます」

 

 そのまま店主さんと軽く雑談をして、お店を出る。何も買わなくても雰囲気良く出られるのは、私の特技の一つです。

 

「なかなか有意義だったな。……味見ができなかったのは、やや残念だが」

「ハーブはそのまま食べてもあんまりだよ。そのうち、美味しいのを作ってあげるからね」

 

 表通りに出て背伸びを一つ。少し見るだけのつもりが、思ったより時間を取られてしまった。

 

「ごめんねクレムさん。――って、あれ?」

 

 店のすぐ側に居る筈の彼女を探して、私は小首を傾げる。

 あの見慣れたローブ姿が、何処にもない。

 

「しまった。待たせすぎちゃったかな……」

 

 王都オストバーグを散策する最中、彼女、クレムさんは何故かどの店にも頑なに入ろうとしなかった。

 

 理由を聞くのもはばかられる感じだったので、私も基本的にはウィンドウショッピングにとどめ、店内にはなるべく入らないようにしていたのだが、この店が余りに気になったので、無理を言って外で待っていてもらったのだ。

 

「どこかに入っちゃったのかな。気になるお店でもあったとか……」

 

 周囲を見渡すも、クレムさんの姿はない。不安になった私がそう呟くと、

 

「だとしても、あの娘が君に断りもせずに動くだろうか」

 

 と、ミリーさんが答える。

 確かに、彼女が勝手に居なくなるなんて考えにくい。これはひょっとして、トラブルに巻き込まれたのでは?

 

「さ、探そう!」

「ああ」

 

 言葉短く、私たちは動き出す。

 

 ミリーさんは即座に建物の屋根に登り、上から街路を探索。

 私は人ごみをかき分けながら、店舗の中に彼女が居ないか見て回る。しかし、

 

「どうだった?」

「……この近辺にはいないようだ」

 

 しばらく後。物陰で合流した私たちは、互いに捜索が不首尾に終わったことを報告する。

 

「やばい……どこ行っちゃったんだろ、ていうか何で?」

 

 この街はめちゃくちゃ広いし、集合場所も決めてない。はぐれてしまったら、探し出すのは困難だ。

 そしてそれ以上に、彼女が忽然と消えてしまったことの方が気にかかる。

 

「……誘拐、とか」

 

 最悪の可能性を口に出して、思わず背筋に怖気が走る。

 クレムさんは誰もが目を見張るような美少女だ。不埒な輩に狙われたとしても不思議じゃない。

 

「白昼堂々とは考えにくいが……まあ、この街がそう簡単に浄化されるはずもないか」

「え、どういうこと?」

 

 私たちはとりあえずクレムさんを探すために走り出した。手分けしたいが、二次被害を防ぐために二人一緒に行動する。ミリーさんは私の背中に引っ付いているので、会話は小声でできる。

 

「王都オストバーグはその経済規模の大きさから、大小さまざまな犯罪組織の根城となっている。王のお膝元ということもあり、大規模な摘発は過去に何度も行われたが、根絶は不可能だったと聞く」

「……マジで?」

「物乞いにすら縄張りと所属のある街だ。安心安全とは程遠い」

 

 出会う人から常々聞かされてきた、街には危ない場所もある。という話。

 その実態が予想とはかけ離れていたことに、私は慄然(りつぜん)となる。

 

「や、ヤバいヤバい、どーしようどうしよう……」

 

 悪い予想はどんどん膨らんで、もう二度とクレムさんには会えないのではないか、と言う気さえしてくる。いや、会えないだけならまだしも、彼女が今にも酷い目に遭っていたとしたら……

 

「すまない、落ち着いてくれ。あくまで可能性の話だ」

「可能性だけで十分怖いよ!」

 

 私は半ば恐慌に駆られ、石畳を掛ける。もう構う事はないと、大声でクレムさんの名前を呼ばう。

 

「クレムさーん! どこー!」

 

 道行く人が怪訝な表情を送るが、知ったことではない。

 そうして街路を走っていると、大きな広場に行き当たった。

 

「きゃ、きゃあ!」

 

 どん、と衝撃がして、子供の悲鳴がする。

 焦るあまり、私は小さな女の子とぶつかってしまったのだ。

 

「ご、ごめん!」

 

 慌てて私は少女に駆け寄り、手を掴んで引き起こす。ミリーさんも慣れたもので、すぐに側から離れてくれたので安心だ。すると、

 

「ちょっとどこ見てるの! 売り物よこれ!」

 

 と、頭巾をかぶった少女にえらい剣幕で怒られてしまう。

 見れば、彼女の周りの石畳には色とりどりの花が散らばっている。彼女、路上で花を売っていたのだ。

 

「ごめんね。怪我はなかった?」

「怪我は無いけど大損よ。これ、どうしてくれるの!?」

 

 と、女の子は私にそう食って掛かる。十一、二歳ぐらいだろうに、年上相手に全然物怖じしないのは凄いなぁ。

 

「もう、何本も落ちてないじゃない」

 

 私がそう反論すると、

 

「じゃあ泣き寝入りしろっていうの? お姉さん私を突き飛ばした挙句、売り物まで駄目にして、あんまりだわ!」

 

 おいおいとわざとらしく泣き真似までする。すごいバイタリティだ……

 

「あーもーわかったわかった! おいくらですか!」

 

 観念した私が半分切れ気味になって尋ねると、女の子はにんまりと笑って、

 

「七本で四十二テラよ」

 

 そう告げる。だが、

 

「適正価格じゃないと流石に払いたくないんだけど」

 

 私は腕を組んで睨みつける。相場は知らないけど、こういう呼び売りの子は最初に吹っかけてくるとミリーさんから聞いている。

 

「あらごめんなさい。じゃあ三十五テラでいいわよ?」

「まったく……」

 

 悪びれも無く値段を(ひるがえ)す女の子に、私は鞄から財布を取り出し、銅貨を数えて女の子に手渡す。これもクレムさんのお金だから、無意味な出費は割と精神的ダメージが大きい。

 

「うふふ。毎度ありがとうお姉さん。ほら、一本サービス。髪に挿すと美人が際立つわ」

「まったく、調子いいなぁ」

 

 サービスしてくれるということは、たぶんさっきの値段でも割高だったのだろう。まあいい。子供相手にそこまで本気になるつもりはない。

 

「ねえ、ところで君。ここらへんで女の人を見なかった? 私と同じぐらいの年恰好で、黒っぽいフードを被った子なんだけど……」

 

 私はついでとばかりに、クレムさんを見ていないか尋ねる。すると、

 

「え、ああ。ひょっとしてあの人のこと?」

 

 と、女の子は広場の片隅を指差した。

 果たして、そこに立っていたのは暗褐色のフードを被った若い女性。間違いない。クレムさんだ。

 

「ああ居た! よかった! ありがとね、君!」

 

 私は呼び売りの女の子に礼を言って、広場の隅へと駆けて行った。

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 近付けば、既にミリーさんの姿もあった。私が呼び売りの女の子と揉めていた間に、クレムさんの姿を見つけたのだろう。

 

「クレムさん!」

 

 息せき切らせて駆けつけると、当のクレムさんはどこかきょとんとした表情でこちらへと振り向く。

 

「よかった、よかったよ~。ねぇ大丈夫? 何かあったの?」

「ナオ様? それにミリー様も……」

 

 心配する私たちに、クレムさんは何故かぼんやりとした表情。え、何でそんな反応するの?

 

「…………あ!」

 

 青い瞳が不思議そうに私とミリーさんを行き来し、それから彼女は我に返ったように、

 

「す、すみません! 私ったら、皆様を置いて……」

 

 と、待ち合わせ場所を離れたことを謝罪する。

 

「いや、それはいいんだけど……ホントにどうしたの? 何かあった?」

 

 ちょっと普通の様子じゃなかったので、私は心配になってそう尋ねる。クレムさんは慌てたように左右を見渡し、

 

「いえ、皆様をお待ちしている間に男の子が……え、あの子は何処に……」

 

 困惑した様子で呟く。

 話を聞けば、彼女は私とミリーさんが香辛料店に入っている間に、小さな男の子に話しかけられたそうだ。

 

「メル君じゃなくて?」

「はい。もう少し小さなお子様でした」

 

 初対面の子だったらしいけど、何やら男の子は道に迷っていたみたいで、この広場まで連れてきてあげたそうだ。

 

「もう、それなら一声かけてくれればいいのに」

「申し訳ありません。何故だか失念してしまって……」

 

 そうして彼を案内し、他愛ない話をしていたのだが、何時の間にかその姿が見えなくなってしまったそうな。

 

「へえ、話って、どんな?」

「いえ。これから先の道をお教えして、後はその、ナオ様の話を……」

 

 と、彼女は気恥ずかしそうな表情。

 

 結局、クレムさんは迷子の男の子を助けて、雑談をしていただけらしい。

 私もほっと一安心。ミリーさんがマフィアの話なんてするから、変に焦ってしまった。

 

「……なにか、不思議な雰囲気のお子様でしたね」

 

 クレムさんはどこか遠い目をしてそう呟く。けれど、なぜか嬉しそうな様子で、

 

「よかった、クレムさん元気出たみたい」

 

 私は思わずそう言葉を溢してしまう。

 

「え?」

「あ、いや、ね。……なんか街に入ってから、クレムさんずっと張りつめてるっていうか、緊張してる風に見えたから」

 

 誤魔化す訳にもいかず、私は感じていた懸念をそのまま伝える。すると、

 

「それは、その……」

 

 と、クレムさんが口ごもる。私は慌てて、

 

「ごめん! 言いたくないなら言わなくていいよ! ただ、私あなたのことが心配で、だから、ちょっとでも笑ってくれて嬉しくて」

 

 そう伝える。すると彼女は、

 

「ありがとうございます。……私にとってこの街は故郷なのですが、辛い思い出も多くて……だから、少し構えてしまったのかもしれませんね」

 

 そう教えてくれる。そして、

 

「でも、皆さんと一緒なら、平気です。お気遣いありがとうございました」

 

 青い目を細め、彼女は透き通るような微笑みを浮かべる。

 

 クレムさんにどんな過去があったのかは知らないけど、彼女が喜ぶと私まで嬉しくなってくる。

 

 ちょっとしたトラブルに見舞われたけど、まあ何ともなくてよかった。

 私たちはまた街を歩きはじめる。と、

 

「ところで、御髪(おぐし)に挿したお花、とってもお似合いですね」

 

 クレムさんが私の髪に挿さりっぱなしの花を見て、朗らかに褒めてくれた。

 あ、小銭使っちゃった件、報告しなくちゃ。

 

 

 

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