オストバーグの街を三人でそぞろ歩く。
石と木組みの歴史ある街並みは、けれど人々の瑞々しい活気に満ちている。
ただまあ、ちょっと匂いや汚れは気になるかな? 覚悟していたほどではないけど、衛生状態はそんなに良くないみたい。まあ、これだけ人が居ることを考えれば、十分頑張っている方だろうけど。
そうして石造りの街をずんずん進んでいくと、いつしか大きな川が見えてくる。川幅は広い所で二、三百メートルぐらい? 水面は黒々としてあまり綺麗とは言い難いけど、水量は豊かで、様々な船が行き交う光景はすごく情緒がある。
「このエネト川は、オストバーグを南北に隔てているんです」
と、クレムさん。丁度、この川は王都の中央を通っているらしく、支流も街のいたる所を流れ、都市の水運の基盤となっているらしい。
「地理的にはこの辺りがオストバーグの中心になる」
「へぇ、ホントにこの街広いんだ」
ミリーさんの説明に、私は何度目ともつかない感嘆を漏らす。
お店を冷やかしたり、変なトラブルもあったりしたけど、もうかれこれ数時間は街を歩いている筈だ。王都に入ったのは早朝だけど、もう太陽は真上まで来ている。
「……そろそろ、お腹空かない?」
と、私が二人にそう尋ねる。ずっと街を歩き詰めで、少し疲れてきた。
体力にはそれなりに自信がある方だったけど、所詮は貧弱な都会っ子。この世界の皆さんの健脚ぶりには全然付いて行けない。ていうか、幽霊のミリーさんはともかく、お淑やかそうなクレムさんが体力お化けなのはどういう訳なんだ。
「そうですね。少し休憩いたしましょうか」
「異存はない」
と、二人も了承してくれる。さて、となるとどんな店がいいのやら。
「折角来たなら、何か名物料理食べてみたいよね」
と、私。川沿いだけあって、どこからか魚の匂いがする。クレムさんに聞けば、やはり近くには魚市場が有るらしい。なら、食べさせてくれる店も近くにないかな。
「……えっと、その」
と、クレムさんが言いよどむ。
「実は私、外食はしたことがないもので……」
街の説明はできるけど、美味しい店などは分からない。と彼女が申し訳なさそうに言う。なるほど、言われてみればそんな感じする。学校帰りにハンバーガーショップとか行きそうにないタイプだもん。美人だし、上品だし、ひょっとしてかなりのお嬢様?
「平気平気。任せて!」
私はそう言って、橋のたもとへ向かう。通行人や露天商やら、大勢の人で賑わうそこで、私はいろんな人を捉まえて、何処か美味しい店屋さんは無いか尋ねて回る。
「得票数十二票で、金の鱒亭というお店がお勧めらしいです」
「…………ナオ様、すごい」
「君は本当に、驚くほど人見知りしないな」
地元民御用達の店を調べて戻った私を、クレムさんとミリーさんが呆けた様子で出迎える。いや、ガイドブックに載ってる有名店なら間違いないけど、ここはその土地の人に聞くのが一番でしょ。
そうして私たちは川の南岸を西へ移動。魚市場の近くの商業区画へ立ち入る。
「うわぁ、凄い活気。市場はどの国でもあんまり変わらないね」
もう昼だから市場も落ち着いている時間帯なのに、それでも周囲にはいなせな声が飛び交っている。
私たちは観光客まるだしの風体で、そのまま目当ての店へ。とはいえお昼時で人気店なら当然の如く大盛況。
何とか店内に入って、テーブルが空くのを待つ。
「さーて、何食べよっか? おすすめはザリガニのシチューらしいけど……んー、ミリーさんあれなんて書いてるの?」
「あれは酒類だ。食事の品書きはその隣だな」
「…………」
「ん?」
楽しげにメニューを調べていた私は、クレムさんが落ち着きなさそうにしているのに気付く。最初は慣れない外食で緊張しているのかと思ったけど、何かそわそわと周りを気にしている様子だ。
それに、彼女は店内に入ったというのにコートを脱がない。それどころかフードを目深に被り直し、顔を隠そうとする。
私にはこの国の礼儀作法なんて分からないけど、普通は余り褒められた行為ではないのではなかろうか。
奇妙なのは、あれだけ洗練された作法を身に着けた彼女が、敢えてそんな振る舞いをすることだ。
「…………」
どこか怯えた風に周囲を窺うクレムさん。私は意を決して、
「うーん、混んでるなぁ。もう私お腹減りすぎて死にそう。やっぱり屋台にしない?」
そう提案する。
「え?」
急な方針転換に困惑するクレムさん。ミリーさんは何も言わない。たぶん、私の考えはばれている。
「はい。私は、構いませんが……」
「それもいいかもしれんな」
幸い二人はすぐに了承してくれたので店を出る。まだ席についてなくてよかった。
そうして私たちは付近を再捜索。それなりに美味しそうな屋台を見つけ、サンドイッチを二人分注文。
折角だから眺めの良い場所で食べようと、エネト川に掛かる橋へと戻ってきた。
「さて、判定はいかがでしょう?」
「コクと塩味と甘みの調和がなかなかだ。値段を鑑みれば上々ではないか?」
石造りの欄干に寄りかかり、眼下を行き交う船を眺めながら、私たちはサンドイッチを齧る。
隣に立つクレムさんも、最初は外で、それも立っての食事に戸惑っていたみたいだけど、一口食べればたちまち夢中になる。
「うん。普通に美味しい。まあオイルサーディンと玉ねぎなら間違いないけど」
ちらりと横目で窺えば、クレムさんはお行儀よく両手でパンを食べている。穏やかだけど、どこか幸せそうな顔。
……この子が過剰なまでに人目を気にしているのはもう明らかだ。王都に入ってからは絶対にフードを取らないし、道もなるだけ端を歩くし、お店にも入りたがらない。
理由は聞かない。知りたいけど、それで彼女が傷つくなら、知らないままでいい。
「――? あ、あの、如何なされましたか?」
私の視線に気付いたクレムさんが、頬を桜色に染めて尋ねる。食べてる姿をまじまじ見られたら、そりゃあ恥ずかしいだろう。
「どう? 買い食い初体験は」
冗談めかして尋ねると、
「少し落ち着きませんけど……でも、開放感があって、楽しいですね」
クレムさんはそう微笑む。
うん。良い表情。友達が喜んでいると、私まで嬉しい。
この子にどんな事情があるのかは知らない。けど、私は絶対に、彼女を傷つけたりするもんか。
× × ×
簡単な昼食を済ませ、私たちはいよいよこの旅の目的地である教会にやってきた。
「オストバーグ大聖堂。イシダール王国でもっとも権威ある教会です」
「すっごい……」
まず教会前の広場からして桁違いに広いし、石畳は綺麗に掃き清められて塵一つない。
歴史の重みを感じさせる風格ある建物は、一分の隙も無く様々な装飾が施されていて、連なる尖塔は天に届きそうなほどに高い。
「あの丸、円? は何?」
建物の正面、もっとも目立つ位置には、飾り細工を施された石造りの円がくっついている。そういえばあの文様は、旅の途中でも何度か見た気がする。
「あの円は教会の象徴です。万象を遍く照らす、神様の威光を表しているとされます」
私の質問に、クレムさんが丁寧に答えてくれる。ああ、そう言えば装飾の入ったリングを首から下げた人を何人も見た。あれ、教会の大事な祭具なんだ。
「ふーん。……そういえば、この宗教、教え? ってなんて名前なの?」
と、私は今更過ぎる質問をする。
いや、皆さんお祈りが生活の一部になってるから、かえって正式名称を耳にする機会がなかったので。
「「オーリオラ」が最も一般的な呼称だ。神の光、光輪といった意味合いだな。教会の礎を築いた聖女マルヴィナの事績に倣い、「共に祈る者たち」などとも名乗る。……まあ、この大陸ならどこでも教会と言えばそれで通じるだろう」
教えてくれるのはミリーさん。
「はぁ~。でも、ちょっと想像してた以上に凄い……写真撮りたい」
陽光を受けて輝く大聖堂の威容に、私はしばし見惚れてしまう。
隣のクレムさんも嬉しそう。ただ、どこか笑顔に
「さて、それではこれから教会を頼るわけだが」
ぽかんとしている私を現実に引き戻そうと、ミリーさんがそう口を切る。
「あ、そうそう。作戦会議だ」
私たちは人でごった返す広場を横切り、近くの路地裏へと移動する。
大聖堂を訪れたのは、私がこの世界にやってきた理由を探るためだ。
遥か彼方の地球から、私を転移させた何か、あるいは誰か。
この地でそんな奇跡を起こせるのは、神様の恩寵である魔法のアイテム、
そして、その
「でも、どうしたもんだろ……」
けれど、どのようにして教会の人たちから協力を取り付けるかは、旅の道中散々話し合って来たけど、いまいち結論が出ていない。
「……私はやはり、包み隠さずお話するのが良いと思います。
そう主張するのはクレムさん。
何の因果か、私は魔法のアイテム
ただ、このプランには少し問題があって、下手をすると教会に首輪を付けられかねないらしい。
私が作り出した
こんなモノを扱える人間が「故郷に帰りたいんですけど」なんて言い出したら、全力で引きとめに掛かるだろう。かえって帰還が遠のくかもしれない。とはミリーさんの意見。
「う~ん……」
私は大仰に首を捻る。
実際の所、地球に帰るだけならクレムさんの意見が一番正しい筈だ。
まあ教会を頼って解決するとは限らないんだけど、間違いなく知識は豊富だし、たぶん暮らしも保証してくれるだろうし。
それに、仮に引き留められたとしても、それも代わりにスプーンが使える人が見つかるまでの辛抱だ。ただ、
「迷惑なのは、分かってるんだけどさ」
私はしばらくためらってから、そう切り出す。
ヤバい、いざ言葉にしようとすると照れる。
私が迷っているのは、クレムさんたちの所為だ。
教会を頼って、私が重要人物扱いになってしまえば、彼女たちと会えなくなってしまうかもしれない。
幽霊のミリーさんはともかく、クレムさんとは間違いなく疎遠になってしまう。
そして地球に帰る手段が見つかったとしても、またこの世界に来られるとは限らない。
別に、地球に帰りたくないわけじゃない。家族はもう居ないけど、お世話になってるおじさん
でも、ほんの二週間程度なのに、ここで紡いだ絆が、私を苦しめる。
この新しい友達と、別れたくない。
この旅が、ずっとずっと続けばいいのに。そう思ってしまう。
「あの、その、ね……」
珍しくも、私は言葉に詰まる。正面切って思いを伝えるのは、やっぱり恥ずかしい。
それに、クレムさんたちに無用の心配をさせてしまうかもしれない。今だって、散々迷惑かけてるのに。
「――あのね!」
でも、私は思いを伝える。伝えないときっと後悔するから。――その時、
「失礼、そこを通してもらってもよろしいですかな」
一世一代の告白を、落ち着き払った男性の声が遮った。