人々が共同で暮らしを営むなら、そこには必ず法が生まれる。
そして法を犯す罪人が現れたなら、罰を与える人が求められる。
人の、法の、国の、あるいは神の
イシダール王国の都、このオストバーグにおいて、三百年以上もの長きに渡り、その責務を担い続けた一族。それがアングスト家。……クレムさんの、実家だ。
「……それだけのことで、あの子が酷い目に遭わなきゃいけないんですか」
人の気配の絶えた大聖堂前広場で、私は白髭のお爺さん――ケンプ枢機卿から、友達の秘密を聞かされる。
――処刑人。その言葉の響きは、私の知る世界からは余りにも縁遠くて、正直ちゃんと想像できない。
でも、ただそれだけでクレムさんがあんな仕打ちを受けるなんて、未だに信じられない。
そりゃあ、聞いた時はショックだった。それに、ある種の不気味さ、おぞましさを感じなかったと言えば嘘になる。
けど、何もあの子が直接罪人を斬った訳でもないだろうに、娘ってだけで、ここまで酷い扱いを受けるのか。
私がそう尋ねると、ケンプ様は難しい顔をして、
「確かに、いくら処刑人の一族とはいえ、酷に過ぎる扱いかとも思う。……だが、それもむべなるかな。市民を責める事はできん」
そう答える。
クレムさんのお父さん、ウェイドリィ・アングストは半ば伝説の存在として、市民に恐怖と共に語り継がれているらしい。
七年前、メナード公爵という人がこの国の宰相となった時、凄まじい恐怖政治が国を覆ったそうな。
犯罪者はもちろん、不正役人や市中にはびこる不穏な輩。貴族から市民、余所者に至るまで、ありとあらゆる人々が嫌疑の対象になったらしい。
そして、法の名のもとに行われる処刑も急増した。
毎週のように罪人が広場に引きだされ、判決文を読み上げられ、首を斬られた。
広場は鮮血で染まり、こびりついた血糊が落ちずに石畳を張り替えることもしばしばだったと言う。
それを執り行った刑吏の代表者が、クレムさんのお父さんなのだ。
「あの頃は、国全体が狂気に取りつかれていた。皆が密告を恐れ、他人を疑い、にもかかわらず、流れる血に歓喜し、正義がなされたと快哉を叫んだ」
メナード公爵の政権下は、今でも評価が分かれるらしい。犯罪率は極端に下がり、街は浄化されたが、それでも多くの市民が嫌疑不十分なまま処罰を受けたりもしたそうだ。一節には、公爵が政敵を引き摺り下ろすために仕組んだ事件もあるらしい。――いや、そんなことはどうでもいい。
「しかし、その狂乱にも終わりは訪れた」
極端な恐怖政治、密告制度は必ず揺り返しがくる。
二年前、メナード公爵は政敵から罪を告発され失脚。そしてこの大聖堂前広場で処刑された。……それを執り行ったのは、もちろんクレムさんのお父さんだ。
ただ、事件はそれだけでは終わらない。為政者が変わると、前政権への弾圧が始まった。多くの貴族や役人、商人が罪に問われ、その中に、アングスト家も含まれたのだ。
「な、なんでですか! ただ国の命令に従って、仕事をしただけじゃないですか!?」
私はその理不尽な話に抗議する。
どんな事情があったか詳しくは教えてくれなかったが、結局アングスト家はメナード公爵の罪に連座させられ、職務を解かれたそうだ。
その時に、当主のウェイドリィさんは部下を罪に問わぬよう王様へと嘆願書を送り、自らは責任をとって
「な――」
その壮絶な話に、私はしばし言葉を失う。
「……クレメント君に、母方の故郷に帰るよう勧めたのは私だ。……彼の父上とは、
そう告げるケンプ様は、どこか沈痛な面持ちだ。
「あの時代の記憶は市民に焼きついている。今でもアングスト家は恐怖の象徴であり、死の代名詞なのだ。……なんの罪も無い娘御とはいえ、市中で暮らすのは危険すぎる」
そう、話を締めくくる。
「…………」
私は意見を述べることさえできず、押し黙ってしまう。
あの子に、クレムさんに、そんな過去があったなんて。
脳裏によみがえるのは、彼女と過ごした二週間余りの記憶。彼女は何時も淑やかで美しく、それでいて、どこか消えない
その理由が、この街にあったとしたら――私はなんて、馬鹿なんだろう。
「さて、話が長くなってしまった。君は教会に何か用があったのだろう。あの子がわざわざ連れてきたのだ。私個人としても、出来る限り力を貸そう」
そして、白髭のお爺さんは、とても暖かな微笑みを浮かべてそう語りかける。
ああ、きっとこの人は、思ったよりも悪い人じゃない。むしろ、クレムさんや私のことをずっと気にかけてくれている。
この人を頼れば、きっと私は安全だ。そう直感する。けど、
「ありがとうございます。それに、さっきはひどい事言ってごめんなさい!」
私は決意も新たに、ケンプ様に頭を下げる。
謝罪を受けて、お爺さんも嬉しそう。――うん。この人は良い人だ。
「でも、私、皆さんのお世話にはなれません」
私はそう宣言する。
「っ!?」
予期しない反応だったのか、お爺さんが目を丸くして驚く。ついでに隣の男の人も驚愕してる。
「私、クレムさんのところに行かなくちゃ。……あの子、頑固だけど泣き虫なとこあるから、きっと今頃大変なことになっちゃってますよ」
まるで他愛無い世間話をするように、私は明るく言葉を紡ぐ。
この街の人々が、世界が、彼女をどう思おうと関係ない。それで、私の扱いまで変わったとしても、構わない。
「……君は、自分が何を言っているのか分かっているのかね?」
お爺さんが厳粛な面持ちでそう尋ねる。
「きっと、正しく理解はできてないと思います。見込みが甘いのも、承知してます。……でも、覚悟はしています。私は自分の意思で、友情を背負います」
私は背筋を伸ばして、真正面からそう答える。
「…………君たちに、神のお導きがあらんことを心より願う」
しばしの沈黙の後、ケンプ様は呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな風にそう告げる。
私はお爺さんに一礼して背を向ける。すると、
「何かあれば遠慮なく頼りなさい。表立っては難しいが、可能な限り手は尽くそう」
そう声を掛けてくれる。
「ありがとうございます。いざという時はお願いしますね!」
私は元気よく礼を述べると、石畳を蹴って走り出した。
さあ、あの子を探さないと。こんなに心配させて、どうしてくれよう。
× × ×
意気込んだのはいいものの、現実はそう上手くいかない訳で。
「……この近辺にはいないようだな」
「ごめんね、何回もありがとう」
王都オストバーグの中心地からやや南。商店が軒を連ねる繁華街で、私は幾度目とも知れないため息をついた。
「謝辞は無用だ。……私とて、クレムのことは案じている」
そう励ましてくれるのはミリーさん。
大聖堂前広場でケンプ枢機卿と別れてから、私たちは街を駆けずり回り、クレムさんの行方を捜している。ただ、
「あ~もう、この街広すぎ!」
只でさえ土地勘がない所に、街はむやみやたらに広くて、その中から人ひとりを探し出すなんて不可能に近い。
人の多い所でミリーさんに上から探してもらっているけど、今の所手がかりさえ掴めていない状況だ。
もう結構な時間が経っていて、朝から歩き詰めだし足はぱんぱんだ。
「う~、これお店の中だとどうしようもないぞ」
苛立ち紛れに私がそう愚痴ると、
「おそらくそれは無い。
そうミリーさんが答える。
「え、なんで?」
彼女の話では、処刑人の人たちは普通の店では買い物もできないらしい。酒場や教会でも中に入るには許可を得ねばならず、しかも座席や食器の類まで専用の物が定められているというのだ。
「アングスト家が没落し、刑吏の任を解かれた以上、その決まりに従う必要はないのだろうが……あの子のこれまでの行いから察するに、愚直に守っているようだな」
「…………なにそれ」
余りに非道な扱いに、私の胸に再び怒りが込み上げる。
聞けば、この国における処刑人の仕事は、王から定められた重要な仕事だそうな。それなりの家格を賜り、金銭収入も多く、貴族に比するほどの教育を受けられる。
ただし、仕事は完全な世襲制で、職業選択の自由は無い。それに加えて、市民が享受するべき様々な権利をはく奪されているというのだ。
おまけに、その扱いは他者にも及ぶ。処刑人と親しげに付き合ったと知れれば、その人物までもが名誉と権利を奪われ、周囲との繋がりを絶たれるらしい。
「それが、クレムが君を他人だと言い張った理由だ」
「……ひどい、ひどすぎるよ」
救いようのない話に、私は泣きそうな気分になってくる。
周りの誰とも話せなくて、そのうえ家族とも生き別れて、ひとりぼっちで過ごしていた彼女は、いったいどんな気持ちだったんだろう。
あの子が旅の中で見せた笑顔が、どれだけ尊いものだったか。
広場で告げた別れが、どれだけ痛切な言葉だったのか。
私は萎えかけた気力を奮い立たせ、今一度クレムさんを探し出そうと心を決める。
「しかし、この街にいる前提で捜索を続けていいのか? 既に街を離れてマトヤ村に帰った可能性はないか?」
次の捜索場所を考えていると、ミリーさんがそう尋ねてくる。
「うん。それはないと思う。クレムさんはきっとこの街にいるよ」
「えらくきっぱりと断言するな」
「そりゃあそうでしょ。あの子の性格から考えて、私を教会に預けたからもう平気! なんて思う訳ない。……たぶん、私がちゃんと教会に保護されたか確かめるまで、街に留まるんじゃないかな」
私がそう答えると、幽霊少女は感心したように目を開き、
「……すまない。君は思っていたより賢かったのだな」
と、大真面目でそんな事を言う。
「あのねー。私だって考える時はちゃんと頭使いますー」
そう抗議して、それからはたと気づく。
「あ、じゃあどこか泊まる所を探さないと」
闇雲に探しても切が無い。今更ながらに捜査範囲を絞り込む条件が見つかった。しかし、
「とはいえ難しいな。この街の宿を虱潰しにするわけにもいかないし、知人の家にでも泊まられれば永劫見つけ出すことはできない」
と、ミリーさんは思案顔。いくらなんでも、街全体は広すぎる。
けれど、その話が呼び水になって、私はとんでもない見落としをしていたことに気が付いた。
「そうだ、そもそもクレムさんの家ってどこなのかな。アングストさん
地元に帰って来たなら、何も宿屋を探す必要なんてない。まず自分の家に帰るだろう。きっと彼女も傷つき、疲れているだろうし、実家の安らぎは恋しい筈だ。
「そうか。いや盲点だった。考えてみれば、私には家などなかったからな」
ミリーさんは返しにくい冗談を呟きながら、しきりに頷く。
実家の住所は知らないけど、アングストさんはこの街では有名人だ。話してくれるかどうかはともかく、知っている人はいるだろう。
とにかく方針が定まると、私たちは再び石造りの街を駆けだした。