街の中でも、夜空の星は綺麗に輝いて。
体中の水分が全部出たんじゃないかってくらい大泣きした私とクレムさんは、お墓の隅にある大きなイトスギの下で、二人並んで座り込んでいた。
「早くに亡くなられてしまった母様は、朗らかで優しい人でした。……父様はとても寡黙で厳格な人でしたけれど、それでも私のことは、いつも気に掛けてくださったんですよ」
「素敵なご両親だったんだね。まあ、クレムさん見れば分かるけど」
暗闇の中で、クレムさんの青い瞳が嬉しそうに光る。
あれだけ泣いた後だと、流石の美人さんもちょっと台無し。まあ、そうなると私の方は見れたもんじゃない顔してる筈なんだけど。
「家業を知った時にも、父様は丁寧に私を諭してくださいました。これは王家から授かった、国に無くてはならない役目だと。お前には苦労を掛けるが、それでも誰かが誇りをもって為さなければならない仕事だと」
クレムさんは
アングスト家がどんな成り立ちで出来たか、そこに生を受けた彼女が、どのように育ってきたのか。
処刑人のお家なんて、全然想像もできないのかと思ったけれど、彼女の口から語られるのは、暖かくて優しくて、それでいてどこか物悲しい、とても身近な人生だった。
「その話を大真面目に受け取って、小さな私はこっそり剣の練習を始めたんです。それで怪我をしてばれてしまって、母様は大慌て、父様にはひどく叱られました」
「なにそれ。クレムさん、ひょっとして結構お転婆だったの?」
くすりと笑ってそう尋ねると、
「そうかもしれませんね。父様に叱られても、結局私は駄々を捏ねて……それで、父様から稽古を付けてもらうようになったんです。もちろん、女の身で家を継ぐことはできませんが。……今思えば、私は幼いながらに両親の抱える苦悩を察して、支えになりたかったのかもしれません」
クレムさんはどこか遠い眼差しで、そう呟く。
「……母様が病に倒れ、帰らぬ人となってから、父様はより厳しく仕事に取り組むようになりました。折しも、亡きメナード公が宰相に就かれたのはその頃です」
ケンプ様から聞いた、粛清時代の出来事だ。
話をするクレムさんは流石に辛そう。でも彼女が話すなら、私は全てを聞く。
「あの時代は……何と言えばいいのか、やはり、普通ではなかったと思います」
王都オストバーグのみならず、イシダール王国全土で、ありとあらゆる犯罪を根絶やしにしようと摘発が行われた。
その矛先は階層、人種を問わず、捜査は執拗なまでに続けられたという。
確かに治安は向上し、多くの良民はその業績を褒め称えたが、行き過ぎた施政は、徐々に軋轢を生む。
やがて人々は相互に監視するようになり、密告が多発するようになった。
「嫌疑が不確かなまま判決を下される人が出てくると、父様はメナード公に何度も書簡を送り、審理を十分に行うよう求めました。ですが、時流を止めることはできず……あの頃の父様は、私とさえほとんど言葉を交わしませんでした」
そうして、国を覆った粛清の嵐は、唐突に終わりを迎える。
政治的に対立していた別の貴族が、王様にメナード公爵の罪を訴えたのだ。
「メナード公は失脚し、のみならず爵位まで取り上げられ、そして最後には……父様が、剣を執りました」
政治的な闘争はそれでも終わらず、追及は関係者にも及んだらしい。多くの貴族が改易され、官吏や商人は職を追われた。
「……処刑を執り行ったアングスト家も、厳しく糾弾されました」
そして、クレムさんたちにも累は及んだ。
彼女のお父さんは部下や同じ職業に就く人々を護ろうと懸命に働きかけ、そしてその責任を一身に背負うこととなった。
「父様は、こうなることを予見していたようです。最後に交わした言葉は、昨日の事のように思い出せます」
クレムさんお父さんは自らの首を刎ねることで、国家への忠誠心と潔白を証明したそうだ。そのお蔭で、処刑に携わった人たちの中立性が認められ、多くの人が罪を免れた。
「……そうして父様を埋葬した私は、母様の故郷へ戻ることになりました」
さっき話した教会のお爺さん、ケンプ枢機卿の勧めで、彼女はマトヤ村に身を寄せた。
けれど、処刑人の家に嫁いだ彼女のお母さんは、村では居ない者にされていて……当然、彼女を受け入れてくれる人はいなかった。
クレムさんは山奥の小屋で暮らすことを強いられ、それから二年近くをずっとひとりで過ごしていたそうだ。どんなに辛くて、苦しい日々だっただろう。
「そんな時に、あなたを見つけたんです」
そう、クレムさんが透き通る笑顔で告げる。
「それから先は、ナオ様もご存じの通りです」
己の
「……その、今まで黙っていて、本当にすみ――」
「謝るの禁止!」
またしても謝罪の言葉を述べようとするクレムさんを、私が高速で阻止する。
「あなたに出会えなかったら、私どうなってたかわかんないんだよ? 感謝こそすれ、責める訳ないじゃん。……なに? ひょっとしてクレムさん、私のこととんでもない人でなしだと思ってる?」
「い、いえ! 決してそんなことは……」
「でしょ? そんなこと言われたら流石の私も立ち直れないぞ。……だから、さっきの話はもうおしまい。あなたがどんな人であれ、友達には変わりないもん」
「っ……ありがとう、ございます」
私がそう宣言すると、クレムさんはまたしても言葉に詰まる。この子はホントに感激屋だけど、生い立ちを聞いて納得した。……よし。これからもっと感激してもらおう。
「次にこのことでごめんなさいしたら罰ゲームね。ミリーさんにクレムさんの面白寝言集を暴露してもらうから」
「――へ?」
いいことを思いついたと言わんばかりに笑う私に、クレムさんが変な声を出す。
「寝言……え、私の寝言ですか? そんなにしてるんですか?」
「けっこう言ってるらしいよ。しかもなんか妙に面白いらしくて。ミリーさんがどんな夢を見てるか一度聞いてみたいってさ」
「ええ、そ、そんな、ええぇぇぇぇ」
可愛らしい呻き声とともに、クレムさんが頭を抱える。暗闇の中でも分かるほど顔が真っ赤だ。
「あ、私はまだ一回か二回ぐらいしか聞いてないよ」
「聞いてるじゃないですか! やめてください!」
「不可抗力です!」
お墓の側で不謹慎だけど、私とクレムさんは馬鹿馬鹿しい会話に興じる。
深い闇の中に、笑いさんざめく声が溶けては消えていった。
× × ×
それからしばらく経ち、夜の空気がいよいよ寒さを増してきた頃、
「あまり大声を出すなと言っただろう。警邏に見付かると厄介だ」
私たちの元に、白衣の幽霊少女が戻ってきた。
「あ、ごめん。そんなに遠くまで聞こえてた?」
「サヨナキドリの方がまだ慎み深いぞ」
そう言いつつ、ミリーさんはどこか嬉しそう。私たちから湿っぽい空気が無くなっていて、安心したのだろう。
「すみません。色々とお手間を取らせてしまって……」
「なに、気にするな。泣き疲れた子供を歩かせる訳にもいかない」
「あはは……面目ないです」
泣き崩れた私たちがいくらか落ち着きを取り戻すと、ミリーさんは私たちが今晩休める場所を探しに出かけだのだ。
防犯の為、オストバーグでは夜間外出者にかなり厳しい態度を取っている。
兵隊たちは街を巡回していて、見つかれば間違いなく職務質問を受けるそうだ。
市民なら注意だけで済むけど、余所者だと
とはいえ、この場で夜を明かすのも得策ではない。野宿は旅の途中で何回かしたけど、市内でむやみに焚火はできないし、暖房が無いと風邪を引いてしまうかも。
そこで、ミリーさんは私たちが雨風を凌げる場所が無いか、付近を捜索してくれたのだ。
「近くに空き家を見つけた。移動しよう」
そうミリーさんが告げる。
このサレス区は、王都でも有数の住宅密集地だ。
けれど、傾向としてはあまり柄の良い土地ではなく、いわゆる貧民街と呼ばれるエリアもあるらしい。
ミリーさんはその貧民街で、誰も住んでいない家を見つけたそうだ。
「それ、勝手に泊まっちゃっていいの?」
「法的には問題だが、咎められることはないだろう。貧困者に街区ごと不法占拠されているような場所だからな」
「え……危なくない?」
聞けば聞くほど不穏な単語しか出ないので、私が怪訝な顔をする。しかし、
「目につくような行動を取らなければ大丈夫だ。……ああいった街に住むのは、基本的には社会でも最下層の弱者たちだ。経済的にも、身体的にもな」
ミリーさんはどこか複雑そうな表情でそう説明する。
彼女が言うには、貧民街で暮らすのは身寄りのない老人や子供、病人などがほとんどで、盗みやかっぱらいなどは行うが、強盗や殺人など、重大な犯罪は余り起こらない、というか体力的にできないし、旨味が無いからしないらしい。
「悪事を
ミリーさんに促され、私たちは荷物を纏めて移動を始める。
そうして雑然とした街を歩いていると、
「ところでナオ様。……故郷に帰る方法については、如何なさるおつもりですか? その、私を追いかけてきてくださったのは、本当に嬉しいのですけれど……」
クレムさんがそう尋ねてくる。
「あー、う~ん……どうしよっかなぁ……」
私は本気でお悩みモード。いや、完全に感情任せで走り回ったので、そこら辺の話はまったく考えてなかった。
「あのお爺さんは、何かあったら力を貸すって言ってくれたけど……」
真正面から断りを入れた時点で、教会とは半分縁が切れてしまった。まあ、恥を忍んで頼みに行けば話は聞いてくれるだろうけど、クレムさんの扱いが改善する訳でもないし、それなら私も心置きなく地球に戻れない。っていうか、
「あ~、こっちと地球と、行き来できたらなぁ」
つい、正直な気持ち溢してしまう。
そりゃあ地球には帰りたいけど、こっちで得たものが多すぎる。
「クレムさんもミリーさんも、むしろ地球に来ればいいじゃん。そうすれば絶対楽しいのに……」
SF映画に出てくるゲートみたいなものがあれば話が早いのに。二つの星の邂逅? 文明の摩擦? そんなのは偉い人たちに何とかしてもらうとして。
「チキュウですか? ナオ様の故郷なら、きっと素晴らしい国なのでしょうね」
「いいとこだよー。便利だし、美味しいものも沢山あるし。……あ、別にこっちが悪いって意味じゃないよ?」
「……ふふ、はい。お気遣いありがとうございます」
「いやいや。こっちはこっちで素敵だよ。……でも、地球ならクレムさんにも友達いっぱいできるのに」
「そんな、まさか……いえ、そう仰っていただいて、嬉しいです」
私が唇を尖らせてそう呟くと、クレムさんは冗談だと受け取ったみたい。
「嘘じゃないよ。いや、友達作るのはそれなりに努力も必要だけど――でも、クレムさんなら間違いなくモテるだろうなぁ。学校行けば男子連中が放っておかないと思う。……美人過ぎて案外手が出ないかな?」
「まあ! ……お戯れが過ぎますよ」
お気楽に呟く私に、クレムさんは口に手を当て照れ笑いを浮かべる。
「でも、ホントにどうしよ。伝手も何もないし、やっぱり教会に行くしかないのかなぁ」
展望がまったく見出せず、私はため息をつく。すると、
「なにも直接
私たちを先導していたミリーさんが、呆れたようにそう呟く。
「書面でのやり取りなら、情報を小出しにして反応を探ることもできるし、いざという時にも距離を取りやすい。昼間見た印象なら、あの枢機卿は君やクレムに対してある種の負い目を感じているようだ。誠実に対応してくれるだろう」
何でもないことのように説明するミリーさん。そうか、手紙という手があったか。完全に選択肢から抜け落ちてた。
「教会だけでなく、貴族や商人相手にも送ってみればどうだ。余程文面を工夫しなければ向こうも相手にしないだろうが、何がしかの情報は得られるだろう」
「なるほど……」
淡々と続けられる幽霊少女の説明に、私はいちいち納得する。
確かに、何処か一つだけを頼るんじゃなくて、いろんなところに聞いて回るのも手だ。長期戦になるのはある程度覚悟していたし、こうなれば腰を据えて、じっくりゆっくり探していこう。
「――さて、そろそろだ」
あれこれ手立てを相談しているうちに、私たちは目的地に辿り着いた。
石造りの古びた家屋が軒を連ねる路地。その内の一軒で、ミリーさんが立ち止まる。
「お~。これは、なんというかまぁ……」
覚悟していたよりは随分マシだが、それでもかなり古ぼけている。
積み上げられた石は風化してがちゃがちゃで、所々から草が生えている。下からだとよく分からないけど、瓦だって揃ってるか怪しそう。
そもそも、この近辺の街並みは、やはり中心部に比べるとかなり状態が悪い。
石畳が剥がれて地道の所が多いし、泥や動物の落し物、あと諸々の何かが混じった悪臭がそこかしこから漂ってくる。
あんまり言いたくないけど、うら寂れたって表現がしっくりきてしまう。
「……すまない。君らの身の安全を優先したので、建物の程度は然程考慮しなかった」
「いやいや! 全然オーケーです! 雨風凌げるだけでもう十分!」
「そ、そうです! 仮宿を請う身ですから、贅沢は申しません!」
視線を伏せるミリーさんに、私とクレムさんが大慌てでフォローを入れる。彼女は幽霊なので、居住性というのは判断が付けにくいのだろう。たぶん、それを気にしちゃってる。
「代わりと言っては何だが、付近の数棟には誰も住んでいない。多少騒がしくしても、他の住人の顰蹙を買うことはないだろう」
「ありがとう。――さ、お邪魔しまーす」
私はさっそく歪んだ木戸を押し開け、中に入る。が、
「うわ、真っ暗!」
光源が一つも無いので、室内は二メートル先も見えないほどの暗さだ。まあ、何も見えないと言うことは、最低限天井に穴は開いてないということで、プラス材料なんだけど。
「足元にお気を付け下さいね」
すぐにクレムさんが携行式ランプに火を入れてくれる。
室内は……思ったより綺麗だ。カビと埃でちょっと臭うけど、荒れ果てたりはしない。というか、調度品がほとんど無い。きっと誰かが持って行ったんだろう。
私は抜き足差し足で歩き回り、床板が腐ってないか確かめる。柱や天井も見てみるけど、たぶん大丈夫。寝ているうちに崩れたりはしなさそう。
「うん、いい感じいい感じ。ホントにありがとうね。ミリーさん」
「なに、礼には及ばない。……それより疲れただろう。今日は早く寝ることだ」
床の埃を払って、ありあわせの布で寝床を作る私たちに、幽霊少女がそう言う。
その子供に言い聞かせるような口調に、私は思わず笑ってしまう。
「なんだか、ミリーさんってお母さんみたい」
「……馬鹿な事を。子守唄が要る歳でもあるまいに」
本心からでた軽口だけど、ミリーさんは鼻で嗤う。あ、でもまんざらでもなさそう?
「何か異変があればすぐに起こす。安心して休みなさい」
「は~い」
「ありがとうございます」
私とクレムさんは仲良く返事をして、それから手早く寝支度を済ませると、明かりを消して寝床に潜りこんだ。そして、
「……あの、ナオ様」
「ん、なーに?」
吐息が掛かるほど近くから、クレムさんの押し絞った声が聞こえる。
「あの、その……」
「いーよ、ゆっくり聞かせて」
私が答えると、しばしの沈黙。そして、
「私、今日の事は絶対に忘れません」
闇の向こうから、凛とした声が届く。
「初めてできた友達と……ナオ様と、喧嘩をして、仲直りをして」
「うん。私も絶対忘れない。っていうか、忘れるなんて無理でしょ」
茶化す私に、クレムさんも忍び笑い。
「ありがとうございます。――ナオ様。これからも、よろしくお願いしますね」
そして、そう彼女は晴れやかな声で告げる。
「うん。私こそよろしく。クレムさん」
私も心からそう答えて――むくむくと、悪戯心が湧いてきた。
「いや、ちょっと待って。まだ肝心な儀式を済ませてなかった」
「え? 儀式、ですか?」
そう混ぜっ返されて、クレムさんが困惑声を出す。私は闇の中でにんまり笑って、
「友達なら、敬称なんていらないよ。――ナオって、そう呼んでみて?」
そうお願いする。
「へ? え、ええっ!?」
案の定、クレムさんが困惑する。まあ、あれだけ育ちの良い子だから、人を呼び捨てにするなんて考えたことも無かったに違いない。
「ささ、早く早く!」
「~~~~ッ!」
私が煽ると、暗闇の向こうで困惑する息遣い。
「…………ナオ」
ぽそり、と蚊の鳴くような声が聞こえる。
「え、な~に? 聞こえないよ」
私は楽しくなって、作り声で聞き返す。
「……ナオ」
今度はもう少し大きな声。でも、
「もう一回! ……ちゃんと聞かせて?」
と、私は嬉しさに声を弾ませて聞き返す。すると、暗闇の中で猫が唸るような声。きっと恥ずかしさに身悶えしてる。そして、
「――もう! 私ばかりずるいです! ナオ!」
たまりかねたように、クレムさんがそう叫ぶ。その可愛らしい怒気に、私は心から楽しくなって、
「あはは! ごめん、ごめんってクレム!」
大笑いしながら、そう答えたのだった。