ナオのゴスペル   作:抱き猫

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21 作ってみたよ

 

 レモンの入った大包みを背負い、私は石畳の街を駆ける。

 

 たかだか果物とはいえ、何十個ともなれば嵩張るし、かなり重い。こんなの抱えて街を練り歩くんだから、呼び売りの子たちって凄いんだなって、ちょっと感心。

 

「名案だと思うんだけど、どうかな~」

 

 独り言をつぶやきながら、私はサレス区の貧民街を進む。

 

 レモンは勢いで買い上げてしまったけど、流石に商売の話は一人じゃ決められない。クレムとミリーさんに話を通さないと。

 それに、無事に了解を得られても、色々準備が必要だ。

 

「たっだいまー……ん?」

 

 ミーバー通りまで戻ってくると、違和感に気付く。

 あれ、私たちが仮住まいしてる家って、ここでよかったっけ?

 

 場所は間違いないはずなんだけど、全体的に小奇麗になってるっていうか。建物に生えてた苔とか石畳の隙間の草とか全部無くなってるし。

 

「あら、お帰りなさいナオ」

 

 門前の気配に気付いたのか、戸を開けてクレムが出てくる。

 フードの代わりに頭巾をかぶり、今まさに掃除をしている真っ最中という格好だ。

 

「すみません。まだ片付けが途中で……」

 

 そう申し訳なさそうにするも、

 

「えぇ、うっそ、めっちゃ綺麗になってるじゃん」

 

 私は室内の変わりっぷりに驚愕する。

 埃塗れだった床はピカピカに磨き上げられ、天井に掛かっていた蜘蛛の巣も綺麗に払われている。流石に漆喰の剥がれた壁までは手が回らなかったみたいだけど、それでも見違えるほどに清潔だ。しかも、

 

「これどうしたの?」

 

 何も無かったはずの室内には、見るからに古ぼけているけど、椅子にテーブル、小さな棚に食器類など、家具が置いてある。

 

「はい。えっと、朝方ミリー様に付近の空き家を教えていただいたので、そちらからお借りしてきました。……その、駄目だったでしょうか?」

「いや、いいんじゃないかな、大助かり!」

 

 他にも嬉しかったのが、台所回りが整えられていたことだ。かまどの煤は払われ、大きな水瓶まで置いてある。

 

「っていうか、重かったんじゃないの? 言ってくれれば手伝ったのに」

 

 両手で抱えなければ持てないような大きさの瓶だ。肉厚な陶器だし、これ相当重い。試しに触ってみるけど、水が入ってなくても私じゃ持ち上げられないかも。

 

「平気ですよ。私、けっこう力持ちなんです」

 

 握りこぶしを胸の前にもってきて、可愛らしくアピールするクレム。実際にひとりで運んできたんだろうけど、その細い腕の何処にそんな力があるのやら。

 

 椅子やテーブルも木製でしっかりしているし、運び込むのはかなり重労働だった筈だ。室内の清掃具合から見ても、すごく頑張ってくれたみたい。

 

「これもうお客様だって呼べるよ!」

 

 私がそう褒めると、クレムは頬を染めてはにかむ。そして、

 

「ありがとうございます……それで、ナオはどうだったんですか? その荷物は?」

「うっ!」

 

 彼女の質問に、私は()()をつかれて立ち止まる。

 

 面接全敗だったのに、子供に情を移してレモンを衝動買いして、一山当てられそうな商売を思いついたから帰ってきた。あ、言葉にするとダメさ加減が半端ない。

 

「えっと、あー、うー」

 

 おまけにこれから初期投資でお金まで借りようとしているのだ。

 真面目に働いていたクレムに比べて、なんて行き当たりばったりなんだ私。

 

「はい。どうしました?」

 

 それでもクレムは穏やかな表情で、私の説明を待つ。うう、信頼が辛い。

 

「そのー、あのね。……お仕事、見つかりませんでした」

 

 私はそう白状し、朝から今までの経緯を包み隠さず話す。

 

「……やはり、ナオでも難しいのですね」

 

 組合の規約はクレムも知っていたみたいで、まっとうな店舗が余所者を雇いたがらないのは仕方ないと同情してくれた。

 

「それでも凄いです。私なんて、知らないお店に入ろうと考えただけで、緊張で足が竦んでしまいます。……焦ることはありません。お仕事はゆっくり探しましょう?」

 

 と、優しく微笑んでくれる。

 めちゃくちゃ嬉しくて癒されるんだけど、この子、人をダメにする素質がありそう。

 

「いや、それからが大変でさぁ」

 

 縋り付いて甘えたくなる衝動をぐっとこらえて、私はその後の騒動について話す。

 

 呼び売りの少女が男の人に絡まれて、助けに飛び出したのがなんと市門で会ったメル君だったこと。私も騒動に割って入って、色々あってそのまま彼らと逃げたこと。

 

 そして呼び売りの暮らしぶりを聞いているうちに、新しい商売を思いついたこと。

 

「…………」

 

 私が考えた計画を、クレムは神妙な面持ちで聞いてくれる。

 

 改めて言葉にしてみると、自分でも突飛な話だと思う。行けるんじゃないか、という気持ちは有るけど、確証があるのかと聞かれれば、首を横に振らざるを得ない。

 

「私は世事に疎いので、計画の成否を判断することはできません」

 

 それでもクレムは青い瞳をまっすぐに向け、私に語りかける。

 

「ですが、ナオの計画が私たちの生活だけでなく、呼び売りの御子たちの窮状も考えた上での話なのは理解できます。なら……」

 

 そして彼女は部屋の片隅へと移動し、荷物の中から自分の財布を出す。そして、

 

「私に異存はありません。どうぞご存分になさってください。……私も精一杯、協力いたしますので」

 

 手のひらに、ずしりと重い感触。

 なんと、彼女は自分の財布をそのまま私に預けたのだ。

 

「ちょちょ、ちょっと! こんなには要らないよ!?」

 

 開業資金が欲しいとは言ったけど、まさか手持ちの現金を全部渡されるとは。信頼は嬉しいんだけど、これ当座の生活費も入ってるんだよ?

 

「でしたら、必要な分だけ持って行ってください」

 

 と、クレムは笑顔で応じる。

 この子、情け深い上に思い切りがよすぎる。……将来、変な男に引っ掛かったりしないか心配になってきた。

 

「うん。ありがとう。……ミリーさんとも相談したいんだけど、あの子はまだかな?」

 

 ひとまず必要な分のお金を借りて、私はそう尋ねる。

 

 あの幽霊少女はとても物知りで、頭が良くて、それでいて冷静だ。

 私の企てた計画に、きっと適切な助言をくれるだろう。けれど、

 

「ミリー様はお昼ごろに一度戻られまして、それからまた出ていかれました。夜遅くまでかかりそうだから、戸締りに気を付けるよう仰られて……」

「お母さんかな? でもそっか。どうしよう、明日まで待とうかな」

 

 彼女はまだ当分戻りそうにないみたい。

 

「最低限、必要な物だけでも整えておけばどうでしょう。商品を用意するのにも時間がかかるでしょうし」

 

 と、クレムが提案する。

 

 確かに。私が先走ってレモンを仕入れちゃったから、とにかくこの分だけでも頑張って売らなきゃいけない。

 冷暗所に置けばしばらくは持つだろうけど、冷蔵庫もないし、なるべく早いうちに使い切りたい。

 

「わかった。そうする。悪いけどもうちょっと出かけてくるね!」

「はい。お気を付けて。日暮れまでにはお戻りくださいね。私も、もう少し掃除を進めておきますから」

 

 クレムに見送られ、私は再び家を出る。

 目指すはタルマラ区の商店街。前に入った香辛料屋さんだ。

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 大きめのスプーンから、薄黄色の液体が木製のカップに注がれる。

 そしてカップ一杯分の水を注ぎ、スプーンでかき混ぜる。作業工程は、たったこれだけ。

 

「で、これが君の考えた商材か」

 

 その日の夜遅く。私は帰宅したミリーさんに例の計画を話し、試作した商品を見てもらうことにした。

 

「はい。特製レモネードです」

 

 私が考えた商品は単純明快、暑気払いに水分補給とみんな大好き、レモネードだ。

 

「さて……」

 

 スプーンで澄んだ液体を掬うと、ミリーさんが顔を近づけてくる。

 そして小さな口でぱくり。

 

「――ッ!」

 

 すると、幽霊少女は灰色の目を大きく見開き、そのまま石像のように動かなくなってしまう。いや、ちょっとだけ動いてる。ていうか、震えてる。

 

「…………」

 

 たっぷり三十秒ほど経ってから、ミリーさんが名残惜しそうにスプーンを離す。

 

「……これが、これが甘味の魔力か」

 

 まるでとんでもない怪物にでも出くわしたかのように、幽霊少女が戦慄する。

 

 私が考えた商売は、清涼飲料水の販売だ。

 このオストバーグでは、ソフトドリンクという概念がまだ一般的ではない。

 

 基本的に水分補給は水か食事、あるいはビールやワインなどで、味のついたノンアルコールの飲み物はほとんど流通していない。

 

 お茶やコーヒーはかなりの高級品だし、ご家庭でハーブティーぐらいは飲むけれど、それだって屋台や店では出さない。

 

 そこに、このレモネードだ。

 レモンをはちみつ、砂糖で漬けてシロップを作り、それを水で溶いただけの簡単な飲み物だけど、口当たりの良さと、のど越しの爽やかさは折り紙つきだ。そして、

 

「砂糖、というのは恐ろしいものだな……これは依存性でもあるのではないか?」

 

 ミリーさんが完璧な反応を示してくれる。

 

 そう、鍵になるのは砂糖だ。

 

 この世界では超貴重品のソレを、私は聖示物(ミュステリオン)で無尽蔵に使うことができる。

 普通ならどうしたって生産コストが高くなるスイーツ類を、私は破格の値段で提供できるのだ。

 

「……ただ、君が素直に聖示物(ミュステリオン)を頼るのは意外だったな。あれほど超常の力を遠ざけようとしていたのに」

 

 と、ミリーさんが言う。

 

 いや、卑怯な方法というのは自覚してるし、香辛料屋さんや生産者さんにも申し訳ないんだけど、今の私が取れる手段で、この世界の商人たちと張り合うにはこれしかないし。

 

「どうせ、呼び売りの子たちの力になってやろうと(せつ)を曲げたのだろう?」

 

 幽霊少女が呆れたような、嬉しそうな風にそう尋ねる。

 

「あはは……まあ、なるべく、皆さんの迷惑にならない範囲でやろうと思います」

 

 胸の内を見透かされた私は、照れ笑いを浮かべて誤魔化す。

 

 彼女の言う通り、半分は子供たちの為だ。

 重たい荷物を担いで、一日中街を練り歩いて、時には市民に怒られたり、親方に殴られたりして、それでも暮らしが向上しない子供たち。

 

 私は自分たちの生活以上に、彼らの力になれないかと思ったのだ。

 

「ナオはいつも、他人のことばかり気になされますから」

 

 柔らかな笑みを浮かべて、クレムがそう混ぜっ返す。

 

 私の計画に、真っ先に賛同してくれたのは彼女だ。試作したレモネードにも太鼓判を押してくれたし、呼び売りの子供たちに商品を卸したいとの要望にも、二つ返事で頷いてくれた。

 

「……確かに、この商品なら売れるだろう。販路に呼び売りを選んだのも上々の選択だ。彼らは販売に関しては玄人だ。我々が行うより、遥かに上手く商品を捌いてくれる」

 

 レモネードの入ったカップを見詰めながら、ミリーさんがそう呟く。

 やった。この子に褒めてもらえて、ようやく私も自信がついた。

 

「ただし、あまり派手にやりすぎないよう注意しろ。間接的にせよ、彼らの商売に関わることになるのだ。裏の人間に目を付けられないとも限らない」

 

 すると、ミリーさんが真剣な表情でそう告げる。

 

 曰く、都市法の外で仕事をするなら、別の「支配者」に仁義を通さねばならない。彼らはお金の匂いに敏感だ。後ろ盾のない私たちには、とても危険な相手らしい。

 

「いいか。絶対に聖示物(ミュステリオン)の存在は明かすな。製造法に関しても口外してはいけない。彼らが接触してきたら、みかじめ料は素直に払え」

 

 と、怖いぐらいに真面目にそう言う。

 

「う、うん。わかった」

 

 幽霊少女の忠告に、私は首肯して答える。

 まったく知らない世界で、一から新しい商売を始めるのだ。

 きっと並大抵の苦労じゃないし、気を付けなきゃいけないことも山ほどある。でも、

 

「ありがとうミリーさん。ホント、頼りにしてますからね」

 

 私には、心から信じられる友達がいる。だから、きっとやっていける。

 

「それじゃあ、もう一口どう? 作っちゃった分、飲んじゃわないと。あ、クレムももう一杯飲まない?」

「……いただこう」

「はい。頂戴いたしますね」

 

 私は三人分のレモネードを作ると、

 

「それじゃあ、私たちの新しい商売の成功を願って!」

 

 晴れやかに笑って、乾杯の音頭を取った。

 

 

 

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