「は~い。どうしたの、もう売り切れちゃった?」
木戸を開け、私は小さなお友達を歓迎する。
まだ昼前なのに、呼び売りの子が戻って来るなんて珍しい。よほどレモネードの売れ行きがよかったのか。――今日は、売り上げ記録の更新が狙えるかもしれない。私はいひひとほくそ笑む。だが、
「ううん。そうじゃないの……その、姉さまに、相談があって」
頭巾姿の少女は、私を見るや恥ずかしそうにそう告げる。真面目な様子だけど、別に深刻そうな気配はなくて、私はともかく彼女を家に上げる。
「ささ、座って座って!」
ロレッタちゃんを椅子に案内して、私は台所へ。
壺からレモンシロップをカップに注いでレモネードを作る。お茶請けは……とりあえずドライフルーツでいいか。
「あ、ありがとう……」
「相談って何かな?」
お茶のセットを用意して、ロレッタちゃんの向かいに座る。
妙な出会い方をしたこの子だけど、今ではすっかり私に懐いてくれて、お仕事ついでに毎日必ず雑談するくらいに仲良くなった。
お転婆で負けず嫌いだけど、その実優しくて気配りのできるいい子だ。
けれど、そんな勝気な彼女が困ったように俯いている。いったい何があったんだろう?
「誰にも言わないし、出来る事なら何でも協力するよ」
と、私は安請け合い。いや、でも本心だから、大丈夫。
それでもロレッタちゃんはもじもじとしている。そうして、
「あの、あのね……メルのこと、なんだけど……」
視線を虚空にさまよわせ、頬をバラ色に染め、か細い声でそう切り出した。
「あ――」
その態度だけで、全部分かっちゃった。
――オーケー任せて。私、その手の話、大好きです。
「べ、別に大したことじゃないんだけど、アイツこの間、結局私の分のお金まで払っちゃったのよ。それで、借りっぱなしだと舐められるし? ちゃんと返そうとしたんだけど、アイツ受け取らないの!」
一旦口を切ると、ロレッタちゃんは照れを吹っ切るかのように饒舌になる。
なんでも、財布を取られてしまった時にお金を立て替えてくれたのだけれど、それを返そうとしても受け取ってくれないらしい。
おやおや、これはメル君の方にも事情がありそうな気配?
「何回も言ったんだけど、全然話を聞かなくて! 財布にねじ込んでやろうかと思ったんだけど、そうしたらなんか私が負けたみたいじゃないですか! っていうか、そもそもアイツ、いっつも私のこと軽く見てるっていうか、先輩風吹かしてるっていうか……」
だんだん話がずれて来て、ロレッタちゃんはメル君への不平不満を溢し始めた。
「わかる。男の子って妙なとこ意地っ張りなんだよね。素直になればいいのに」
「そう! そうなんですよ!」
うんうん頷いて同意する私に、ロレッタちゃんが目を輝かせる。
いやぁ、世界が変わっても、この手の話をするのはホント楽しい。……親友だけど、クレムやミリーさんとはできない話もあるもんね。
「それで結局、メル君に借りを返したい訳だ。――それも、おしゃれでスマートに」
「はい! ……それで、ナオ姉さまに相談できないかなって思って……ほら、私の仕事仲間って、お子様ばっかりじゃないですか」
唇を尖らせてそうぼやくロレッタちゃんに、私は思わず苦笑い。
こんな私を、大人代表として選んでくれた訳だ。我ながら面はゆいけど、無垢な信頼が心から嬉しい。
「それって幾らぐらいなの? ――ははぁ、それぐらいの額なら、現金よりは物で渡したほうがいいかも」
私は余裕たっぷりに話を聞いて、アドバイスをする。
「私もそう思うんですけど、男の子って何上げたらいいのか……特にメルなんて、がさつで乱暴者だし」
「あはは」
頬を染めて憎まれ口を叩くロレッタちゃんが可愛い。
「う~ん、でもあれぐらいの子だと結構悩むよね」
と、私も真剣に考える。彼らは幼いけれど、懸命に働いている社会人だ。贈り物をするなら、実用品の方がいいかもしれない。
けど、それだと如何にもお義理という風で、特別感が無い。
「メル君って、何か好きな物とかないの?」
私がそう尋ねると、
「……そういえば、アイツ、馬が好きみたいです」
と、ロレッタちゃんが答える。
「ああ、そういえば御守りも蹄鉄の形してたっけ」
「そうなんですか!? 私、見せてもらったことない……」
「え! あーいや、偶然見ちゃってね! ほら、御守りってあんまり人に見せるもんじゃないし」
慌てて弁解しながら、さらに突っ込んで話を聞く。
どうやらメル君は、将来は馬に関わる仕事がしたいらしく、その為に熱心にお金を貯めているそうだ。その事情を知っているから、ロレッタちゃんもお金を立て替えてもらったことが心苦しいのだろう。
「でも、アイツ、お金返すって言ったら逆に怒るのよ」
「ほほう……」
それとなく二人の関係を聞きだすと、お互い憎からず思ってる感がぷんぷんする。
これはアレ、双方素直になれなくて空回りしてるケースと見た。
「じゃあ、プレゼントはそっち方面で考えたらどうかな。今じゃなくて将来的に、メル君の夢を応援するって感じで」
「なななっ、何で私がアイツを応援しなきゃいけないんですか!」
バレバレなのに、ロレッタちゃんが顔を真っ赤にして抗議する。私はにやりと笑って、
「だからいいのよ。こっちの余裕が伝わるでしょ?」
決め顔でそう囁く。
「――な、なるほど!!」
私が言わんとするところに気付いたのか、ロレッタちゃんがしきりに頷く。
「だから、渡す時は正面切って、堂々と。別になんでもないことみたいに、はっきり感謝を伝えるの。……そうしたら、メル君どんな反応すると思う?」
「~~~~ッ!!」
意中の少年が慌てふためく様を想像したのか、ロレッタちゃんが興奮に目を輝かせる。
「名案ですね!」
「でしょ? それじゃあ贈り物を何にするか考えよっか」
そうして、私たちはあーだこーだと意見を交わし、穏やかなお茶会を楽しんだ。
「ただいま戻りました。――あら、ロレッタ様?」
しばらくして、クレムが戻ってくる。――あれ、ってことは、
「うわ、ヤバい! もうお昼じゃん!」
「え? 鐘の音? ――しまった、もうこんな時間じゃない!」
昼を報せる教会の鐘が、窓の外から聞こえている。
お喋りに夢中になるあまり、私たちは時間の経過に気付かなかったのだ。
「ごめんクレム。すぐお昼の準備するね! あ、ロレッタちゃんも食べてく?」
すぐに立ち上がって台所に向かう。ヤバい。午前中にしようとしていた用事全部すっぽかしちゃった。
「いえ、私もう行きますから!」
と、ロレッタちゃんも慌てて呼び売りの荷物を背負い直す。
そうだ、この子にも仕事があったのに、つい話しこんじゃって……
「なら、せめてパンだけでも持ってって!」
私はとにかく朝の残りのパンを出して、ロレッタちゃんに持たせる。これなら歩きながらでも食べられる。
「ホントごめん! 商品まだ全然残ってるのに……」
ぼけっと店番をしていればいい私と違い、この子は街を歩いて荷を売らなければならないのだ。しかも売り上げが少なければ親方に怒鳴りつけられる。無駄話に付き合わせていい筈がない。
「平気ですよナオ姉さま! レモネードならすぐに売れちゃいますから!」
でも、ロレッタちゃんは私を気遣うように明るく話す。
「水筒を背負ってると、最近はお客さんの方から呼び付けてくるんですよ? しかも、一緒に花まで買ってくれたりして。お蔭で最近は毎日完売なんです!」
頭巾の少女は花が綻ぶような笑顔を浮かべる。そして、
「今日はありがとうございました! あ、でも、さっきの話、ナイショですよ?」
照れた風にそう告げて、街へと駆けだしていった。
「はぁ……しまった、やらかしちゃったなぁ」
「ふふ、まあまあ」
私が割と本気で後悔していると、クレムがくすくすと微笑む。
「ごめんね。すぐ何か作るから」
「手伝いますよ」
結局二人で並んで台所に立ち、昼ごはんの準備をする。ああ、まったく。せっかくロレッタちゃんの前で格好つけようとしたのに、最後で台無しになっちゃった。でも、
「ナオ、なんだか楽しそうですね」
「……やっぱりわかる?」
クレムに指摘され、私はほっぺたをぺちぺち叩く。
小さな友達の恋路を考えると、つい口許が緩んでしまう。
人の暮らしって、世界が変わっても全然変わらないんだ。