ナオのゴスペル   作:抱き猫

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24 優しい忠告

 

 

 その日の昼過ぎ。私はタルマラ区の商店街をせかせかと歩きまわっていた。

 

 昼食を手早く済ませ、午前中に片付けようとしていた洗濯物に取り掛かろうとすると、なんと自分が代わりにするとクレムが言い出した。

 

 午前中は駄弁っていただけなのでそんなことはさせられないと拒否するも、午後は予定があったのではないかと彼女は言う。

 確かに昨日、私は新商品の開発のため街に出たいと話していた。彼女、それを覚えていたのだ。

 

「う~ん。何か、何かいいアイディアは……」

 

 気軽な街歩きのつもりだったけど、家事を代わってもらった手前、ちゃんとした成果が欲しい。

 私は顎に手を当てて唸りながら、お店の商品を片っ端から見て回る。

 

「やっぱり第一候補はスポドリか。あと簡単に作れるならジャム? ルバーブとかないかな……」

 

 商品に求める一番の条件は、簡単に大量生産できることだ。

 

 原材料はともかく、商品そのものを聖示物(ミュステリオン)のスプーンで増やすのは難しい。というか効率が悪い。大きめのスプーンとはいえ、一度に掬えるのはせいぜい二十mlぐらいだし、それでレモネードを何百人分なんて用意できない。

 

 パンも千切れば増やすことはできるけど、千切った時点で商品としては不合格だ。只で配るならともかく、売り物にはならない。

 

 かといって、パンそのものを焼くのも、設備の都合上難しい。

 あの狭い家と台所で、たった二人で何十人前も食事を作るなんて不可能だ。

 

 そりゃあ色々とレシピは知ってるけど、売り物として量産するにはどれもこれも手間がかかりすぎる。

 

 となると、やはり簡単に量を作れるドリンク類が候補に挙がってくる。

 これから暑くなってくるし、スポーツドリンクなどは定番だろう。ただ、流石に塩と砂糖だけじゃ味気ないし、果実酢やハーブで香りづけしたい。

 

「フレーバーウォーターとかもありか」

 

 ハーブティーは飲まれてる訳だし、常温でも売れないかな。けど、基本的に砂糖は入れないから、商品としてのパンチは弱い。

 

「あとはミルク系? う~ん、食中毒怖いしなぁ」

 

 あれこれ考えるけど、どれもあまりピンと来ない。

 とりあえず、スポーツドリンクに使えそうな材料だけでも買い揃えたい。いろいろ試作してみて、こっちの人に合う味を探そう。

 

 ひとまずの目標が定まったところで、私はそれらの品が置いてありそうな店に移動する。とその時、

 

「おわっ!」

 

 人で賑わう商店街の道路に、絵本から抜け出したかのようなドレス姿の少女が。

 

「驚かせてしまったか。何度か声を掛けたのだが……随分熱心に商品を眺めていたのだな」

 

 陽光に照らされた石畳の上に立っているのは、幽霊少女のミリーさんだ。

 彼女はビスクドールのような美貌に微かな笑みを浮かべ、私を見詰める。

 

「街中で見かけものでな……迷惑だっただろうか?」

 

 静かに語りかけるミリーさんに、私は小さく首を振って答える。友達に話しかけられて、嫌な気分になんてなる筈ない。

 でも、ここで喋ると変な子扱い待ったなしなので、私たちは人の通らない路地裏へと移動する。

 

「はぁー、聞いてよミリーさん。商品開発が難航してるの」

 

 で、さっそく弱音を吐く。クレムにはちょっと見栄が邪魔しちゃうけど、この子にはどんなことだって言えるから不思議だ。

 

 あれこれと愚痴を並べる私に、幽霊少女は涼やかな物腰で応じる。

 穏やかに、優しく、時折質問を差し挟んで。彼女はホントに聞き上手。

 

「ってな感じで。いまいちどれも決め手に欠けるの」

「成功とは地道な努力の積み重ねだ。君の知識と着想にはいつも感心させられるが、やはりそれだけで上手くいくとは限らない。時には回り道も必要だろう。……それに、もう少し周りを頼った方がいい。君は少し、背負い込みすぎるところがあるかなら」

 

 と、彼女はそう慰めてくれる。

 

「ありがと。まあそうだよね。……じゃあ、地道に商品開発を頑張りますか。ミリーさんも、後で味見お願いね」

 

 ひとしきり胸の淀みを吐き出すと、気持ちが随分落ち着いてくる。

 聞かされて楽しい話でもないだろうに、ここまで親身になってくれるなんて、やっぱりこの子は優しい。

 

「ああ。楽しみにしている。ただ、先にも話したが、あまり急速に手を広げるべきではないと思う。現状、君ら二人だけならば十分に暮らしていけるだけの稼ぎがあるのだし……」

 

 と、ミリーさんはどこか心配そうな表情。

 

 彼女は私たちの商売について、一貫して慎重な立場から意見を述べてくれる。

 別に保守的だとか、臆病だとかではなく、豊かな世間知から、起こり得るトラブルを最小限に抑えるよう助言してくれるのだ。

 

 現に、レモネードを売り始めようとした時も、ナオ君とロレッタちゃんに頼んで、信用できる子供だけを集めるよう指示された。

 

 結果として英断だった。呼び売りの子供たちの中には、代金をくすねたり商品を持ち逃げしたりする子も居たからだ。

 選んで集めてこの結果。無分別に人に声を掛けたら、もっと面倒なことになっていたに違いない。

 

「わかってますとも。身の丈にあった生活しないと、転んじゃうもんね」

 

 私が答えると、ミリーさんも満足そうに頷く。

 実際、世間知らずの私たち――もうクレムも入れちゃって構わないと思う――にとって、彼女の知識は命綱も同然だ。

 

「ところで、ミリーさんは何してたの?」

 

 だいたいこちらの話が済んだので、私は彼女にそう尋ねる。

 

「ああ。この近くでトレメイン商会の会合があってな……例の如く、盗み聞きをしていたのだ」

 

 すると、幽霊少女はここしばらくの活動を報告してくれた。

 

 彼女、ミリーさんは私が地球に戻るための情報を集めてくれている。

 その鍵となるのが魔法のアイテム聖示物(ミュステリオン)で、私たちは聖示物(ミュステリオン)に詳しい人に書簡を送って、いろいろ教えを乞おうと考えているんだけど、そもそも誰を頼ればいいのか全然わからない。

 

 間違いないのは教会や王宮なんだけど、相手にしてもらえない確率が高い。それに下手すると藪蛇にもなりかねない。

 

 この街の教会で一番偉い人、オストバーグ大教区長を務めるケンプ大司教・枢機卿様は、自分を頼ってくれてもいいと仰ってくれたけど、実のところ私たちは住所不定の人間なので、まだ手紙のやり取りができてなかったりする。

 

 そんなこんなで、とりあえずミリーさんにはめぼしい情報を探してもらっていたのだ。

 

「トレメイン商会? 何屋さん?」

「オストバーグでも有力な商人組合の一つだ。大陸全土に跨る通商網を有し、この街の経済に大きな影響力を持っている。近年台頭してきた商会だが……どうやら聖示物(ミュステリオン)を所有しているとの風聞を耳にしてな」

 

 と、ミリーさんが説明してくれる。

 

 聖示物(ミュステリオン)はどれもとんでもない能力を持つが、それ故に所有者はその存在を秘た隠しにすることも多いそうだ。というか、見つかると国や教会に没収されちゃうらしい。公益の為に差し出しなさい。って感じで。

 

 だから、民間にも聖示物(ミュステリオン)に詳しい人は結構いるみたい。

 実際に接触するかはともかく、そうした人や組織を知っておくのに損は無い。ただ、

 

「残念ながら、詳細まではまだ掴みかねている。……あまり人前でする話でもないし、私は立ち聞きすることしかできないからな」

 

 と、いくぶん自嘲するようにミリーさんが言う。

 

 彼女は幽霊なので、私たち以外とはコミュニケーションがまったく取れない。いつでもどこでも自由に出入りできるが、誰にも話しかけることはできないのだ。

 

「そんなことない。十分すぎるぐらいありがたいよ。私には絶対無理だし!」

 

 私が感謝を伝えると、幽霊少女は灰色の目を微かに細める。

 

「……まあ、この街はとにかく広い。市井にも少なくない数の聖示物(ミュステリオン)があるだろう」

「うんうん。ゆっくり探していこう」

 

 私は能天気に相槌を打つ。すると、

 

「だが、それだけ気を付けねばならないということだ」

 

 ミリーさんが厳粛な面持ちでそう告げる。

 

「え?」

聖示物(ミュステリオン)を持つ者は、何も貴族や商人だけではない。この街を裏から支配する反社会勢力も、それらを血眼になって探している」

 

 そして、幽霊少女は身の毛もよだつ話を始めた。

 

「ラーナー一家という暴力団がある。現総長のデニス・ラーナーは実父を殺害して家督を奪い、一躍オストバーグの裏社会の巨頭にまで上り詰めた人物らしい」

「……は、はい」

 

 いきなり血なまぐさい言葉が出てきて、返事が上擦る。

 

「その急速な勢力の拡充の裏に、どうやら聖示物(ミュステリオン)が関与しているとの噂がある。……もちろん、だからといってこちらから接触するべきではない。しかしだ。力を手に入れた人間は、必ずより強い力を渇望するようになる」

「う……」

 

 浮世離れした美貌からそう語られると、恐ろしさも層倍だ。

 彼女が言いたいのは、つまり……

 

「ナオ。私は君の聖示物(ミュステリオン)の接し方を、とても好ましく思っている。人智を超えた神の如き力を手にしながら、人倫に()りて利他の為に用いる。……それは得難い美質だ。だが、誰しもがそのように振る舞える訳ではない」

 

 幼い顔に紛れもない哀切の感情を浮かべ、ミリーさんが言葉を続ける。

 

「誰にも聖示物(ミュステリオン)の存在を明かすなと、口うるさいほどに告げたが、あれは(ゆえ)あってのことなのだ。もし君やクレムが、欲望に狂った愚劣な輩に狙われたらと考えると……」

 

 幽霊少女はそう言って、不安気に視線を伏せる。表情の変化は微かだけど、その心の内ははっきりと伝わる。

 

「わかった。絶対絶対気を付ける。……うん。そうだよ。そんなヤクザな人に目を付けられても碌な事ないもん!」

 

 私は彼女の不安を払しょくするため、声を大にして宣言する。

 聖示物(ミュステリオン)はいろんな人を惹きつける。それは良い人も悪い人もだ。いやむしろ、悪い人の方がどうしたって多くなっちゃう。

 

 だから、彼女はずっと不安だったのだ。私たちが悪意に巻き込まれないよう、ずっと気を付けてくれたのだ。

 

「――私たちを守ってくれてありがとう。ミリーさん」

 

 その優しさが心に沁みる。私は自然と、お礼を口にしていた。

 

「注意を払ってくれれば、それで構わない」

 

 と、彼女はふいとそっぽを向いてそう呟く。表情はあんまり変わらないけど、想いが伝わったのは分かるよ。

 

「……礼を言うのは、私の方だ」

 

 不意に、ミリーさんがそう呟く。

 

「私は目覚めた時から、何者でもなかった。荒れ野を吹き荒ぶ風、寄せては返す波。いや、それにすら劣る、世界から爪弾きにされた存在だった」

 

 まるで他人事のように冷淡な、でも、紛れもない感情を込めて。

 

「永劫を無為に過ごしてきた私が、初めて、たとえ仮初であったとしても、この世界に関わることができた。……ナオ。君のお蔭だ。心から感謝している」

 

 灰色の瞳に、暖かな想いを乗せて。幽霊少女が私にそう告げる。

 

「……うん。どういたしまして。これからもよろしくね」

 

 真正面から告白されて、鼓動が一気に跳ね上がる。

 頬が熱くなるのを感じながら、それでも私は飛び切りの笑顔でそう答えた。

 

 

 

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