「何してる、お前らかかれ! 奴は殺しても構わんッ!」
クレムの宣告を耳にするや、デニスが狂乱したように叫ぶ。彼女が武器を取り出しから、警戒の度合いを跳ね上げたんだ。
ボスの厳命を受けると、固まっていた男たちが一斉に動き出す。
棍棒を振りかざし、容赦なく迫りくる凶漢たち。
「ッ――」
私はその恐ろしさに、引き攣った悲鳴を上げることしかできない。だが――
「え……」
蒼い輝閃が、空間を走る。
すると、まるで糸の切れた操り人形のように、飛びかかってきた男が倒れ伏した。
え、斬ったの? 早すぎて何も見えなかった。そして、
「ふ――」
軽やかな吐息と共に、クレムの姿が朧のように掻き消える。
いや、彼女が凄まじい速度で暴漢の直中へと飛び込んだのだ。
繰り出された棍棒が切り飛ばされ、宙を舞う。
両手を広げて掴みかかった男が、投げ飛ばされる。
恐ろしい敵に取り囲まれながら、クレムはまるで華麗な舞踏のように、縦横無尽に室内を跳び回る。
同時に、蒼い剣が薄暗がりに光の文様を描いていく。
クレムが剣を振るう度、呻き声すら立てずに男が倒れる。
十人以上もいた男たちが、瞬きをする間にどんどん数を減らしていく。
そして最後の一人が、蒼い剣で袈裟懸けに斬られた。
「う、うおおああぁ!」
その異常事態を目の当たりにして、恐怖に駆られたデニスが吼えた。
彼は応接テーブルをクレム目がけて蹴り飛ばし、自分は背を向けて、脱兎のごとく扉へと走る。――いけない、アイツここから逃げる気だ。
「な――」
でも、私の焦りなんて何ほどの事でもなかった。
なんと、クレムは勢いよく飛んできたテーブルに向って跳躍し、――それを足場にしてさらに大跳躍。放たれた矢のように空を飛び、今まさにドアノブに手を掛けていたデニスへと迫ったのだ。
「糞があぁあっ!」
「危ない!」
一気に距離を詰められて、それでもデニスの狂猛な敵意は衰えない。
彼は振り向きざまに大ぶりなナイフを取り出すと、クレムに向けて突き出す。が――
「ッ……」
まるでその行動を予期していたかのように、彼女はクルリと半回転。ナイフは何もない空間を素通りする。
そして、彼の真横に立ったクレムは、デニスの膝を横合いから踵で蹴りつけた。
「がっ――」
膝に走った激痛に、思わず男が倒れ込む。
床との激突を避けようと、彼は咄嗟にナイフを持った手を床に着く。すると、丁度四つん這いの姿勢になった。
刹那、傍らに立つクレムが、蒼い剣の切っ先を高々と天に掲げる。
「あ……」
その光景を見た途端、私の背筋に戦慄が走る。
実際には見たことなくても、すぐにそれとわかる。――これは、断首の瞬間だ。
そして一拍の呼吸を置くと、クレムは厳粛な面持ちで蒼い剣を振り下ろした。
× × ×
目の前で繰り広げられた激闘は、時間にすればほんの数十秒の出来事だったのだろう。
けれど、私はその現実離れした光景に、すっかり魂を抜かれてしまった。
「ナオ! ナオ! 気をしっかり持つんだ」
「う、うん。……あれ?」
ミリーさんの呼びかけに、ようやく我に返った私は、そこで違和感を覚える。
室内に、血が全然飛び散っていないのだ。
「え、な、なんで!?」
倒れ伏した男たちは、武器や衣服こそ斬られているも、体には一つも傷が無い。
それどころか、あれだけ明確に処刑されたデニスですら、首がちゃんと胴体に繋がっている。いや、私、剣が首を通る所、はっきり見たよ?
「……あの剣は
そうミリーさんが告げる。
「ああ、うん。そうか、そうだった」
今更ながらにそのことを思い出した私は、馬鹿みたいに頷く。
いや、ホントに凄いタイミングで凄い剣が出てきたものだ。あれが無かったら、いくらクレムが強くたって、どうなってたかわからない。
「でもなんで、いきなり
都合のよすぎる展開に、私はつい疑問を溢してしまう。今はそんな状況じゃないけど、危険が去ったら好奇心がつい首をもたげてしまう。
「
「あ――うん……」
ミリーさんにそう教えられ、私は思わず赤面する。
クレムが出鱈目に強くて助かったんだけど、正直、私はあの時二人で一緒に死ぬことさえ覚悟していた。それはきっと、あの子も同じだったのだろう。でも、あの子はそれ以上に、直向きに私を助けることを願ったのだ。
「って、そうだ。クレム!」
そうして私は、激闘を潜り抜けた親友へと駆け寄る。
彼女は床にしゃがみ込み、うつぶせに倒れるデニスの容態を調べている。
「怪我なんかしてないよね!?」
終始暴漢たちを圧倒していたようだけど、私の目では詳細なんて分からなかった。最後にはナイフまで出てきたし、いまさら心配になってきた。
「え? は、はい。私は平気です。いたって健勝ですよ」
大慌てで身体を揺する私に、クレムは照れたような微笑で答える。
困ったような、それでいて嬉しそうな顔に、私もようやく安心する。
ああ、いつもの表情だ。
先ほど戦っていた彼女は、凛々しく、厳かで、とても格好良かったけれど、まるで人ならざる者のような、恐ろしい雰囲気もあった。
うん。やっぱり私は、こっちのクレムの方が好きだな。
「それで、彼はどうなっている? 死んだわけではなさそうだが……」
私がクレムの容態を確かめている間に、ミリーさんがデニスについて問いかけた。
「はい。脈拍も呼吸も安定しています。たぶん、気絶しているだけとは思いますが……」
クレムが神妙に答える。
彼女が人を殺めずに済んで安堵するも、まだ危険が無くなった訳ではないことに、私は緊張を新たにする。
「その剣が如何なる効力を持つのかは、分かるか?」
「いえ、ハッキリとは。……ただ、殺傷せずに無力化でき、またそれで事態が解決するだろうとは、何となく感じましたが」
私が一人でほっとしたりビビったりしてる合間にも、二人は冷静に意見を交わしている。
「え、
二人の会話を聞くと、私の脳裏に疑問が過る。
スプーンの
「……おそらくは、君が特殊な例になるのだろうが」
ミリーさん曰く、あとからそれを受け継いだ
というか、神様が願いを聞き届けてくれたから生まれる。という話なのだから、使用方法もセットになってて当たり前らしい。
「ともあれ、ここで議論していても仕方がない。まだ窮地を完全に脱した訳ではないのだ。急いでこの場から離れよう」
幽霊少女がそう急かす。
もっともな話なので、私たちはこの建物から出ようと動き始める。
「ここは三階だ。何はさておき、一階を目指さねばならない。外にはまだ手勢がいるだろう。注意してくれ」
ミリーさんに導かれ、私たちはなるべく音を立てないよう行動する。
建物内の敵は、さっきクレムが全員気絶させちゃったけど、ここは彼らの基地だ。いつ他の構成員が戻ってこないとも限らない。
そうした事情もあってか、クレムも青い剣を手にしたままだ。いつでも宝石に戻せるみたいだけど、まだ臨戦態勢は解かない。
「この建物は……宿屋ですか?」
クレムが小声で問う。あ、私はミリーさんから教えて貰ったけど、彼女はずっと洗脳されてたから、現在地が分からないんだ。
「マレトワ区にある酒場兼宿屋だ。ラーナー一家が接収し、事務所に使っていたらしい」
ミリーさんが答えつつ、床板をすり抜け階下へ。そして戻ってくると、
「よし。下には誰もいない」
二階の客室前廊下を通り抜けて、一階へ。
大広間にテーブルが並べられたそこは、立派な居酒屋だ。
「……不味いな。やはり大通りには歩哨がいる」
壁抜けをして戻ってきたミリーさんが、苦々しげに呟く。ボスのデニスは倒したけれど、それを知ればすぐにみんなすっ飛んでくる。
クレムがいくら強いからって、無用の危険は冒せない。
「勝手口を使おう。厨房にある筈だ」
幽霊少女の指示に従い、私たちはカウンターを潜り、その隣の厨房へと入る。勝手口は路地に面しているから、そこから逃げられる。
「よし。外には誰も居ない。行くぞ」
偵察から戻ってきたミリーさんがそう告げる。
自由の扉はもう目の前だ。私たちは堪りかねたように足を動かし、
「あ、そうだ――ミリーさん。地下室ってどこ?」
そこで、私は重大な忘れ物に気付いた。