ナオのゴスペル   作:抱き猫

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32 断罪の剣

 

 

「何してる、お前らかかれ! 奴は殺しても構わんッ!」

 

 クレムの宣告を耳にするや、デニスが狂乱したように叫ぶ。彼女が武器を取り出しから、警戒の度合いを跳ね上げたんだ。

 

 ボスの厳命を受けると、固まっていた男たちが一斉に動き出す。

 棍棒を振りかざし、容赦なく迫りくる凶漢たち。

 

「ッ――」

 

 私はその恐ろしさに、引き攣った悲鳴を上げることしかできない。だが――

 

「え……」

 

 蒼い輝閃が、空間を走る。

 すると、まるで糸の切れた操り人形のように、飛びかかってきた男が倒れ伏した。

 

 え、斬ったの? 早すぎて何も見えなかった。そして、

 

「ふ――」

 

 軽やかな吐息と共に、クレムの姿が朧のように掻き消える。

 いや、彼女が凄まじい速度で暴漢の直中へと飛び込んだのだ。

 

 繰り出された棍棒が切り飛ばされ、宙を舞う。

 両手を広げて掴みかかった男が、投げ飛ばされる。

 

 恐ろしい敵に取り囲まれながら、クレムはまるで華麗な舞踏のように、縦横無尽に室内を跳び回る。

 同時に、蒼い剣が薄暗がりに光の文様を描いていく。

 

 クレムが剣を振るう度、呻き声すら立てずに男が倒れる。

 十人以上もいた男たちが、瞬きをする間にどんどん数を減らしていく。

 

 そして最後の一人が、蒼い剣で袈裟懸けに斬られた。

 

「う、うおおああぁ!」

 

 その異常事態を目の当たりにして、恐怖に駆られたデニスが吼えた。

 彼は応接テーブルをクレム目がけて蹴り飛ばし、自分は背を向けて、脱兎のごとく扉へと走る。――いけない、アイツここから逃げる気だ。

 

「な――」

 

 でも、私の焦りなんて何ほどの事でもなかった。

 なんと、クレムは勢いよく飛んできたテーブルに向って跳躍し、――それを足場にしてさらに大跳躍。放たれた矢のように空を飛び、今まさにドアノブに手を掛けていたデニスへと迫ったのだ。

 

「糞があぁあっ!」

「危ない!」

 

 一気に距離を詰められて、それでもデニスの狂猛な敵意は衰えない。

 彼は振り向きざまに大ぶりなナイフを取り出すと、クレムに向けて突き出す。が――

 

「ッ……」

 

 まるでその行動を予期していたかのように、彼女はクルリと半回転。ナイフは何もない空間を素通りする。

 そして、彼の真横に立ったクレムは、デニスの膝を横合いから踵で蹴りつけた。

 

「がっ――」

 

 膝に走った激痛に、思わず男が倒れ込む。

 床との激突を避けようと、彼は咄嗟にナイフを持った手を床に着く。すると、丁度四つん這いの姿勢になった。

 

 刹那、傍らに立つクレムが、蒼い剣の切っ先を高々と天に掲げる。

 

「あ……」

 

 その光景を見た途端、私の背筋に戦慄が走る。

 実際には見たことなくても、すぐにそれとわかる。――これは、断首の瞬間だ。

 

 そして一拍の呼吸を置くと、クレムは厳粛な面持ちで蒼い剣を振り下ろした。

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 目の前で繰り広げられた激闘は、時間にすればほんの数十秒の出来事だったのだろう。

 けれど、私はその現実離れした光景に、すっかり魂を抜かれてしまった。

 

「ナオ! ナオ! 気をしっかり持つんだ」

「う、うん。……あれ?」

 

 ミリーさんの呼びかけに、ようやく我に返った私は、そこで違和感を覚える。

 室内に、血が全然飛び散っていないのだ。

 

「え、な、なんで!?」

 

 倒れ伏した男たちは、武器や衣服こそ斬られているも、体には一つも傷が無い。

 それどころか、あれだけ明確に処刑されたデニスですら、首がちゃんと胴体に繋がっている。いや、私、剣が首を通る所、はっきり見たよ?

 

「……あの剣は聖示物(ミュステリオン)だ。特殊な力が働いたのだろう」

 

 そうミリーさんが告げる。

 

「ああ、うん。そうか、そうだった」

 

 今更ながらにそのことを思い出した私は、馬鹿みたいに頷く。

 いや、ホントに凄いタイミングで凄い剣が出てきたものだ。あれが無かったら、いくらクレムが強くたって、どうなってたかわからない。

 

「でもなんで、いきなり聖示物(ミュステリオン)が生まれたんだろう」

 

 都合のよすぎる展開に、私はつい疑問を溢してしまう。今はそんな状況じゃないけど、危険が去ったら好奇心がつい首をもたげてしまう。

 

聖示物(ミュステリオン)の発生は、人間の祈りと密接な関係がある。……クレムがあの時何を祈っていたか、分からぬ君ではないだろう」

「あ――うん……」

 

 ミリーさんにそう教えられ、私は思わず赤面する。

 

 クレムが出鱈目に強くて助かったんだけど、正直、私はあの時二人で一緒に死ぬことさえ覚悟していた。それはきっと、あの子も同じだったのだろう。でも、あの子はそれ以上に、直向きに私を助けることを願ったのだ。

 

「って、そうだ。クレム!」

 

 そうして私は、激闘を潜り抜けた親友へと駆け寄る。

 彼女は床にしゃがみ込み、うつぶせに倒れるデニスの容態を調べている。

 

「怪我なんかしてないよね!?」

 

 終始暴漢たちを圧倒していたようだけど、私の目では詳細なんて分からなかった。最後にはナイフまで出てきたし、いまさら心配になってきた。

 

「え? は、はい。私は平気です。いたって健勝ですよ」

 

 大慌てで身体を揺する私に、クレムは照れたような微笑で答える。

 困ったような、それでいて嬉しそうな顔に、私もようやく安心する。

 

 ああ、いつもの表情だ。

 先ほど戦っていた彼女は、凛々しく、厳かで、とても格好良かったけれど、まるで人ならざる者のような、恐ろしい雰囲気もあった。

 うん。やっぱり私は、こっちのクレムの方が好きだな。

 

「それで、彼はどうなっている? 死んだわけではなさそうだが……」

 

 私がクレムの容態を確かめている間に、ミリーさんがデニスについて問いかけた。

 

「はい。脈拍も呼吸も安定しています。たぶん、気絶しているだけとは思いますが……」

 

 クレムが神妙に答える。

 彼女が人を殺めずに済んで安堵するも、まだ危険が無くなった訳ではないことに、私は緊張を新たにする。

 

「その剣が如何なる効力を持つのかは、分かるか?」

「いえ、ハッキリとは。……ただ、殺傷せずに無力化でき、またそれで事態が解決するだろうとは、何となく感じましたが」

 

 私が一人でほっとしたりビビったりしてる合間にも、二人は冷静に意見を交わしている。

 

「え、聖示物(ミュステリオン)の能力なんて分かるの?」

 

 二人の会話を聞くと、私の脳裏に疑問が過る。

 スプーンの聖示物(ミュステリオン)を手に入れた時、私は全然効果なんて分からなかった。何回も使ってみて、初めて食料が増えることに気付いたのだ。

 

「……おそらくは、君が特殊な例になるのだろうが」

 

 ミリーさん曰く、あとからそれを受け継いだ託宣者(アクシオス)はともかく、聖示物(ミュステリオン)を作り出した張本人なら、使い方は直感的に分かるのだそうな。

 

 というか、神様が願いを聞き届けてくれたから生まれる。という話なのだから、使用方法もセットになってて当たり前らしい。

 

「ともあれ、ここで議論していても仕方がない。まだ窮地を完全に脱した訳ではないのだ。急いでこの場から離れよう」

 

 幽霊少女がそう急かす。

 もっともな話なので、私たちはこの建物から出ようと動き始める。

 

「ここは三階だ。何はさておき、一階を目指さねばならない。外にはまだ手勢がいるだろう。注意してくれ」

 

 ミリーさんに導かれ、私たちはなるべく音を立てないよう行動する。

 建物内の敵は、さっきクレムが全員気絶させちゃったけど、ここは彼らの基地だ。いつ他の構成員が戻ってこないとも限らない。

 

 そうした事情もあってか、クレムも青い剣を手にしたままだ。いつでも宝石に戻せるみたいだけど、まだ臨戦態勢は解かない。

 

「この建物は……宿屋ですか?」

 

 クレムが小声で問う。あ、私はミリーさんから教えて貰ったけど、彼女はずっと洗脳されてたから、現在地が分からないんだ。

 

「マレトワ区にある酒場兼宿屋だ。ラーナー一家が接収し、事務所に使っていたらしい」

 

 ミリーさんが答えつつ、床板をすり抜け階下へ。そして戻ってくると、

 

「よし。下には誰もいない」

 

 二階の客室前廊下を通り抜けて、一階へ。

 大広間にテーブルが並べられたそこは、立派な居酒屋だ。

 

「……不味いな。やはり大通りには歩哨がいる」

 

 壁抜けをして戻ってきたミリーさんが、苦々しげに呟く。ボスのデニスは倒したけれど、それを知ればすぐにみんなすっ飛んでくる。

 クレムがいくら強いからって、無用の危険は冒せない。

 

「勝手口を使おう。厨房にある筈だ」

 

 幽霊少女の指示に従い、私たちはカウンターを潜り、その隣の厨房へと入る。勝手口は路地に面しているから、そこから逃げられる。

 

「よし。外には誰も居ない。行くぞ」

 

 偵察から戻ってきたミリーさんがそう告げる。

 自由の扉はもう目の前だ。私たちは堪りかねたように足を動かし、

 

「あ、そうだ――ミリーさん。地下室ってどこ?」

 

 そこで、私は重大な忘れ物に気付いた。

 

 

 

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