ナオのゴスペル   作:抱き猫

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33 帰還

 厨房に隣接する食糧庫(パントリー)には、雑多な品物が積み上げられていた。

 でも、よくよく見ると食料品はほとんど無い。ここが酒場としての役割を取り上げられて、随分立つのだろう。

 

「本当に彼を助けるのか? 今は一刻を争うのだぞ?」

 

 そう問いかけるのはミリーさんだ。端正な顔は明らかに不満そうだけど、でも困っているような、喜んでいるような気配も見え隠れする。

 

「だって、このままここに居たらあの人殺されちゃうよ!?」

 

 私が思い出した忘れ物とは、呼び売り親方のフレーザーの事だ。

 

 私を捕まえ、セクハラ、パワハラの限りを尽くした挙句、ぶん殴ってきたデブッチョの糞親父だ。

 正直思い出しただけでムカつくけど、彼はデニスに折檻され、翌朝見せしめにすると宣告されていた。

 

 ――結局、この騒動の発端になったのは私だ。私が聖示物(ミュステリオン)を作り出して、それで商売を始めたからこんなことが起きた。

 

 たとえいけ好かない悪人であっても、私が関わった所為で死んでしまうなんて、幾らなんでも寝覚めが悪い。

 

「そりゃあ腹立つし、義理も無いと言えばそうなんだけど……」

 

 そんな奴の為に友達を危険にさらすのは、確かに気が引ける。煎じ詰めれば、私の我儘なんだし。

 

「いえ、とてもナオらしいと思いますよ」

「ああ。まったく困った子だ」

 

 けど、二人は笑みを浮かべて肯定してくれる。

 言わずとも思いが伝わったことに、私の胸が熱くなる。

 

「確か、この下だったはずだ。先に見てくる。明かりを探しておけ」

 

 食糧庫(パントリー)の奥には、古めかしい扉があった。それを開くと、地下へと降りる石段が現れる。

 偵察をミリーさんに任せ、私たちは手前の厨房からランプを取ってくる。

 

「見つけた。かなりの重傷だが、意識はあるようだ。厳重に縛られているが、クレム。斬れるか?」

 

 戻ってきて報告する幽霊少女に、

 

「この剣なら、問題なく」

 

 クレムが剣に手を添えて告げる。

 

「よし。じゃあ急いで助けよう!」

 

 私はランプで足元を照らしながら、ひんやりとした地下室へと降りていく。

 階下に踏み入るや、聞こえてくるのはすすり泣く声だ。

 

「~~~~ッ!」

 

 けれど、私たちの足音を耳にするや、怒りの籠った呻き声へと変化する。

 私たちは石造りの地下室を、音のする方へと進む。

 

「ひどい、大丈夫ですか!?」

 

 呼び売り親方を見つけるや、私は自分の受けた仕打ちも忘れて声を上げてしまった。

 頭、鼻、口、その他至る所から血を流し、顔は腫れあがって元の人相が分からない。

 手足は荒縄で雁字搦めにされ、ご丁寧に柱に縛りつけてある。

 

 意識を保っているのが不思議なほどの重傷だ。すぐにでも手当てしないと、明日の朝を待たずに死んでしまうんじゃないだろうか。

 

「~~~~!!」

 

 私たちの姿を見るや、フレーザーは目を見開いて呻く。

 興奮してるみたいだけど、猿轡を噛まされているから、何言ってるか全然わからない。

 

「デニスと話が纏まり、君が報復に来たと思っているようだな」

 

 狂乱する呼び売り親方を前に、ミリーさんがそう告げる。

 あ、そうか。普通に考えればそうなるのか。その発想は出てこなかった。

 

「面倒は避けたい。何とか彼を落ち着かせられないだろうか。――クレム。拘束はまだ解くな。錯乱して暴れるかもしれん」

 

 そうミリーさんが指示する。

 私たちが対処に困っている間にも、フレーザーは身を捩ってもがき続ける。血もいっぱい出てるし、体中痛いだろうし、何だか急に同情が湧いてきた。

 

「あなたのボスはしばらく動けません。逃げるなら今の内です」

 

 私は膝立ちになって、怯えるフレーザーにそう語りかける。

 彼は何を言っているか分からない風だったが、粘り強く自分たちも逃げようとしていることを説明すると、次第に状況を理解し始めた。

 

「いいですか? 縄を解きますから、暴れないでくださいね」

 

 私がそう告げると、彼は目に涙を浮かべて何度も首肯する。

 

「クレム、お願い」

 

 言うや否や、蒼の輝線が地下室に閃き、厳重な縛めがばらりと解けた。

 

「すまねぇ、すまねぇ……」

 

 猿轡を外してあげると、呼び売り親方はぼろぼろと涙をこぼして礼を述べる。

 こんな真っ暗闇で、ひとりぼっちで死の影におびえ続けてたんだ。情けなくなんてない。当然の反応だと思う。

 

「まだ、安全な訳じゃないんです。立てますか? はやくここから逃げましょう」

 

 足元のおぼつかない呼び売り親方を連れ、私たちは地下室を登る。

 しかし、食糧庫(パントリー)に辿り着いたところで、私たちは異変に気付いた。

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

「くそっ! 全員やられてるぞ!」

「小娘二人が居ないッ! フレーザーさんもだ!」

 

 辺りに響く男たちの怒声。足音もそこかしこから聞こえる。

 

「ヤバ……」

 

 危惧していたことが起きてしまった。地下室で呼び売り親方を助けている間に、外でたむろしていた連中が異変に気付いたのだ。

 

「ちょ、ど、どうしよう!」

「――大丈夫だ。厨房にはまだ誰も居ない! 早く勝手口から路地に出るんだ!」

 

 動転する私に、即座にミリーさんが退路を調べて来てくれる。

 食糧庫(パントリー)には窓も無い。このままここにいれば袋の鼠だ。

 私たちは急いで厨房へ移動し、奥の扉を目指す。だが、

 

「――おい! 手前ら何者だッ!!」

 

 折悪しく、勝手口から入ってきた数名の男と鉢合わせしてしまった。

 

「――」

 

 クレムがすぐさま剣を手に突進しようとする。その時、

 

「ひいいぃぃッ!」

「ちょ、何やってんですかッ!」

 

 呼び売り親方が恐慌をきたし、あさっての方向に走って行ってしまう。駄目だ。そっちは酒場の方!

 

「ナオッ!?」

 

 思わずその背を追ってしまう私。男たちは当然追いかけて来るし、クレムやミリーさんも付いてこざるを得ない。そして、

 

「おい居たぞ! 厨房に隠れてやがったッ!」

 

 バーカウンターへと躍り出た私たちは、案の定ならず者たちに見付かってしまった。

 

「ッ……」

 

 しまった、最悪の状況だ。せっかく切り抜けられたと思ったのに。

 酒場には二十人近くの郎党がいた。彼らは洗脳をされている訳でもなく、至って普通の様子だ。彼らは私たちを見つけるや、包囲するように近づいてくる。

 

「フレーザーさんに何しやがった!!」

 

 そう罵声を浴びせてくる者も。執務室での出来事を知らないので、私たちが呼び売り親方を殴ったように思われてるみたい。

 

「観念しろよ手前ら……」

 

 厨房への入り口も、ごろつきたちに塞がれてしまった。

 私たちは、狭いバーカウンターの中に閉じ込められてしまう。

 

「……突破するなら厨房側です。合図と共に走ってください」

 

 クレムが小声で私に指示する。そうしている間にも、ごろつきたちは包囲の輪を縮めてくる。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 誤解ですって」

 

 彼らは呼び売り親方がデニスに仕置きを受けたのを知らない。親方に話してもらえれば、突破口が開けるかも。

 けど、私の儚い希望はすぐに打ち砕かれた。

 

「糞どもが。お前らまだうろついてやがったのか」

 

 聞き覚えのある声が、上方から投げかけられる。

 郎党たちに介添えされて階段を降りてきたのは、私たちを捕らえた張本人、デニス・ラーナーその人だ。

 

「うっ……」

 

 私は思わず言葉に詰まる。

 弁解をお願いしようとしていた親方も、デニスの姿を見て竦み上る。

 まさか、こんなにも早く目を覚ますなんて。

 

「ラーナーさん、ご無事ですか!? すぐにこいつ等を簀巻きにしますんで」

「あーあー、騒ぐな鬱陶しい。散れ」

 

 取り巻きを押しのけ、デニスがバーカウンターを挟んで私たちの前に立つ。

 

「何をもたついてるかと思えば、フレーザーを介抱してたのか。信じがたい阿呆どもだな」

「っ……」

 

 デニスは私たちを眺め、心底あきれ果てたかのようにため息をつく。

 一方、手下たちは呼び売り親方がボスの不興を買ったらしいと気付いたのか、困惑に顔を見合わせている。

 

「……お前らみたいな連中は、付き合ったところで損しか生まねえ。見逃してやるから、さっさと失せろ」

「え――」

 

 デニスが口にしたセリフに、私たちは揃って間抜けな声を漏らす。

 逃がすって、え、嘘でしょ。

 

「フレーザー。お前もとっとと失せろ。もう二度と顔見せるんじゃねえぞ」

 

 そう吐き捨てるデニス。冷たい口ぶりだが、先ほどまでの残忍さは余り感じられない。

 

「……気を付けろナオ。罠かもしれない」

「う、うん……」

 

 私もミリーさんと同意見だ。

 彼はクレムを引き渡すと見せかけて、逆に彼女を利用して私を捕まえた。

 この譲歩にだって、何か裏があるかもしれない。

 

「俺の話が聞こえなかったのか?」

 

 とその時、デニスがさっと手を振り、何かを投げた。

 

「きゃ!」

「――ッ!」

 

 私の顔面に迫りくる細長い物体。当たりそうになったけど、寸でのところでクレムが飛来物を掴み取ってくれた。

 

「え、ええっ! これって……」

 

 投げつけられた物を確認して、私はますます混乱する。

 彼が放り投げたのは、木製のスプーン。――騒動の元凶になった、私の聖示物(ミュステリオン)だ。

 

「忘れ物だ。俺の気が変わらねぇうちに出ていけ」

 

 デニスはあくまで横柄な態度でそう告げる。

 

 まったく真意が読めない。聖示物(ミュステリオン)を返して、そのまま逃がしてくれるなんて、いくらなんでも都合がよすぎる。

 私とミリーさんは警戒心を最大まで引き上げる。呼び売り親方は……恐怖で何も考えられないみたい。

 

「……寛大なご処置、感謝いたします」

 

 けれど、クレムは得心が行ったように頷くと、私たちに先駆けてカウンターから出てしまった。

 蒼い剣をフードの内側に仕舞い込み、武装まで解除してしまう。

 

「ちょ、ちょっと……」

「ラーナー様の温情に甘えましょう」

 

 クレムの無鉄砲な行動に慌てるも、彼女は悠然と私たちを手招きする。

 酒場に詰めた手下たちも状況を訝しんでいる様子だけど、流石にボスが見逃すと言っている以上、突っかかってはこない。

 

「温情だと? ふざけるな。ただの厄介払いだ」

 

 と、デニスは苛立たしそうに吐き捨てる。

 

 あれ、確かに何か変だ。さっきまでの彼とは雰囲気が違う。

 どこがとは言えないけれど、言葉の端々に、明らかにこちらを気遣う意図が見え隠れする。ひょっとして、ホントに私たちを逃がそうとしてくれてる?

 

「行きましょう。ナオ」

 

 困惑と猜疑(さいぎ)の入り混じった郎党たちの視線を浴びながら、私たちは酒場の入口へと歩く。

 

「ふん」

 

 それを見送ることも無く、デニスは踵を返して階段へと向かった。

 

「ああ――」

 

 酒場の戸を開け、夜の路地へ。

 冷たい風が、熱のこもった身体へ吹き付ける。昂ぶった神経まで落ち着くようだ。

 

「さあ、帰りましょう。ナオ。ミリー様」

 

 私たちを阻む者は、もういない。

 クレムがねぎらうように、優しくそう告げる。

 

 私たちの長く苦しい夜は、ようやく終わりを迎えたのだ。

 

 

 

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