ナオのゴスペル   作:抱き猫

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4 一夜を過ごして

 

 

 宿を引き払い、生活用品を買いこんで戻ってくれば、もう夜だった。

 

 建物の点検は明日することにして、私たちは早々に休む準備をする。

 

 たぶんデニスの部下たちが使っていたんだろうけど、二階の客室にはベッドもシーツも備え付けてあった。むくつけき大男たちが寝転んでいたんだろうけど、まあ、そこそこ清潔には保たれていたし、虫が居なければよしとする。

 

「戸締りしてきたよ~。鍵が多くて大変だね」

 

 一階の正面扉と勝手口と、あと窓の施錠を確認して、私は部屋へと入る。

 

 客室はたくさんあるし、クレムと部屋を別けてもよかったんだけど、なぜか今晩も一緒に寝ることになった。

 修学旅行みたいで楽しいし、もうすっかり慣れてしまったんだけど、ぼちぼちプライバシーとかも配慮しないとなぁ。

 

「おっと、お祈り中ね……」

 

 入室すると、ランプの薄明かりに照らされ、手を合わせているクレムの姿が見えた。

 彼女はとっても敬虔で、朝と夜には必ず神様に祈りを捧げる。

 

「…………」

 

 少し迷ったけど、私も彼女の隣に座って手を合わせる。お墓とかお仏壇はともかく、あんまり神様にお祈りする習慣なんてなかったんだけど、祈りを捧げるクレムの横顔はとても綺麗で、清廉で、だからきっと、これは意味のあることなんだと思う。

 

 そうして祈りを終えると、クレムは隣に座る私を見て、透き通るような微笑みを浮かべる。彼女の手には、蒼く輝く空色の宝石が握られていた。

 

「う~ん、私もやっぱり、スプーンに手を合わせた方がいいのかな?」

「どうでしょうか。物に祈る訳ではありませんけど、それも悪くないとは思いますよ」

 

 冗談半分に呟く私に、クレムが真面目な顔で答えてくれる。

 

 私はこの世界に来てすぐに、(すく)った食べ物を無限に増やせるスプーンを手に入れた。

 

 そんな風に、物理法則を無視した超常現象を引き起こせる器物を聖示物(ミュステリオン)と呼ぶ。

 偉大なる神様が、善き人の切なる願いを聞き入れ、下し賜る奇跡だそうな。

 

 そして聖示物(ミュステリオン)を生み出した、あるいはソレに認められた人間は託宣者(アクシオス)と呼ばれ、聖者として諸人から尊敬されるらしい。

 

 絶大な力を持ち、また神様の愛の証である聖示物(ミュステリオン)は、教会と国によって厳重に管理されるんだけど、束縛されるのを嫌って未届けのまま隠れて暮らす人も多い。丁度、私たちみたいに。

 

「そういえば、聖示物(ミュステリオン)に詳しい人物を見つけたぞ。最近はラーナー一家の件で慌ただしかったが、折りを見て訪ねてみるといい」

 

 すると、ミリーがそんな事を言う。

 

 彼女には聖示物(ミュステリオン)について色々と調べてもらっていた。なぜ私が関心を持つのかというと、私がこの世界にやってきた理由に、魔法のアイテムが関係しているかもしれないからだ。

 

「え、ホントに!? 何処の人なの?」

「オストバーグ大学の客員教授だ。若いが非常に優秀らしい」

 

 地球への帰還方法を探そうとしているのだけど、教会や国を頼るには伝手がないし、もし託宣者(アクシオス)だとばれたら確保されてしまう。

 そんな事情から、私たちは在野にいる専門家を探していたのだけれど、ミリーは丁度条件に合う人を見つけてくれたみたい。

 

「教授さんか……うう、ちょっと気後れするなぁ」

「……おそらく、君が想像しているような人物とは印象が異なるだろう。まあ、かなりの変わり者のようだが、偏屈ではなさそうだ」

 

 ミリーが補足してくれるも、私はあんまり乗り気じゃない。

 苦労を掛けたのに悪いんだけど、最近はなんだか、地球へ帰ろうという思いもそこまで切実じゃなくなってしまった。

 

 そりゃあ帰りたいけど、同じ分だけ、こっちにも残りたい。

 

 地球には今までの暮らしがあるけど、家族はいない。でもこの世界には、親友がいる。

 故郷には必ず帰らないといけない。向こうには心配してくれている人もいるし、家族のお墓だって、私しかお参りする人いないし。

 

 でも、もし帰還方法が分かったとしても、それが一方通行なものだったとしたら、私はきっと、身を裂かれるように悩むだろう。

 

 情けない考えなのは承知しているけど、それが今の私の偽らざる気持ちだ。

 

「まあ、まずはゆっくり体を休めてはどうだ。悩むのはそれからでもいい」

 

 私の胸の内を汲むように、ミリーがそう話を締めくくる。多分、少なからず気付かれているのだろう。この子はホントに聡明で、飛び切り優しい子だから。

 

「うん。ありがとうミリー」

 

 私は幽霊少女に心からの礼を述べる。そしてランプを消し、クレムと並んでベッドに潜りこんだ。

 

「明日は、とりあえず建物のチェックかなぁ」

「やはり所有する気はないのですか?」

「う~ん、まだ考え中……クレムはどう思う?」

「私はナオが決めてくださればそれで……。いい話だとは思いますけど、あなたの考えも良く分かりますから」

 

 柔らかなベッドの上で、私とクレムはしばし雑談に興じる。あんまり夜更かしもいけないんだけど、なんだか日課になってしまった。

 

「その後、よろしければ出かけたいのですけれど……」

 

 と、クレムが呟く。ああ、たぶん貧民街の人たちが気になってるんだ。

 

「うん。私も一緒についてっていい? パンとか用意していこうよ」

 

 私がそう答えると、クレムが嬉しそうに微笑む。

 

「ありがとうございます。教会の方たちも定期的に訪れますけど、やはり、気になっていて……」

 

 彼女がぽつりとそう呟く。

 

 オストバーグのサレス区にある貧民街には、働くことのできない病人や老人たちがたくさんいる。クレムはそんな人たちの家々を回って、食事を届けたり治療を施したりしているのだ。

 

「あまり表立っては話されていないが、アングスト家の慈善活動は有名だ」

「え、そうなの?」

 

 すると、闇の向こうからミリーの声が。

 

「処刑人としての王命を授かってから、同時にアングスト家は医術をも探求してきた。そして社会的弱者の救済にも心を砕き、経済的な支援や無償での治療など、陰から彼らを支えてきたと聞く」

 

 ミリーが教えてくれる。

 

「そう言えば、クレムの父君はイシダールでも屈指の医者だったと聞いた覚えがある。君は、家伝の美風を護ろうとしているのだな」

「あぅ……」

 

 ミリーがそう讃えると、クレムが真っ赤になる。アングスト家がそんな活動をしていたなんて全然知らなかった。でも、

 

「それだけじゃないと思うよ。クレムは家の為じゃなくて、苦しんでいる人が可哀想だから助けてるんだよ」

 

 と、私はミリーの話を訂正。すると、

 

「ああ、それは確かにそうだろう。失言だった」

 

 幽霊少女も愉快そうに笑う。

 

「~~~~ッ!」

 

 褒め殺しにされてしまったクレムは、恥ずかしさのあまり布団を頭からかぶってしまう。ふふ、ちょっとからかい過ぎたかも。

 

「でも、クレムん()って不思議だよね。……お仕事もそうだけど、お医者さんでもあるし。っていうか、何でクレムはあんなに強いの? こんな華奢なのに」

 

 話の流れで、私はかねがね疑問だったことを聞いてみた。

 

 この子、ほっそりしているのに力は男の人顔負けで、おまけに剣術もめちゃくちゃ強い。っていうか、素手で男の人投げ飛ばしたりして、処刑人って、別に戦ったりはしないよね?

 

アングスト家(うち)は、本をただせば傭兵の家系ですので……」

 

 と、布団から半分だけ顔を出して、クレムがぽつぽつ教えてくれる。

 

 何でも、アングスト家は有名な傭兵隊長が開祖だったらしく、元来かなりの武闘派だったそうな。それが、国王から処刑人の役目を授かり、医術や人体工学を学んで行った結果、体系化されてある種の総合技術になったという。

 

「お役人とお医者さんを兼業して、その上めちゃくちゃ強いとか、どんだけハイスペックなのクレムん()……」

「いえ……まあその、家業ですので」

 

 クレムは謙遜するけど、剣を振るうだけでも大変だろうに、高度な医術まで修めるなんて凄すぎる。おまけに本業はお役人なので、法律や文章にも通じていないといけない。私にはまず無理だな。

 

「じゃあ、クレムもすっごいエリートな訳? いや、賢いのは前から知ってたけど」

「そんな。私なんて全然です。……父様に教わるのが嬉しくて、剣ばかり振るっていたもので、……医術の方をもっと勉強しておけばと悔やんでいます」

 

 と、クレムは恥ずかしそうに首を振る。

 

「いやいや、クレムのマッサージめっちゃ効くよ? 凄いよあれ」

 

 私がそう褒めると、

 

「整体術はまあ、剣術にも関わっていたので……」

 

 クレムはそう言葉を濁す。

 

「へぇ、なんで整体が剣と関係するの?」

「……」

 

 私が尋ねると、クレムは沈黙。すると、

 

「人の首を正しく斬るには、必然解剖学を修める必要がある。たしか、経絡といったか、あの()()押しの技術とて、刑場で死刑囚を鎮めるためのものではなかったか」

「えっ……」

 

 ミリーが淡々とそう説明してくれる。

 痛みや疲労をすっきりと取ってくれる魔法のようなマッサージが、元は処刑のために編み出された技術だったなんて。

 

「…………」

 

 クレムは自分の家に誇りを持っているけど、それでも仕事の話はしたがらない。それなのに、私は不用意に話を振っちゃったんだ。

 

「その……」

 

 か細い声で、それでも何事かを伝えようとするクレム。私が引いてしまったから、気にしてるんだ。

 

「私は、別に――ひゃっ!?」

 

 とにかく彼女を元気づけようと、私はクレムの背中に抱きついた。こうやって直接想いを伝えれば、きっと分かってくれるはず。

 

「ごめん。平気だよ私!」

「わ、わかりましたから! 放してください! ――い、いえ、嫌というわけではないのですが……」

 

 可愛らしい悲鳴を上げてクレムが身を捩る。

 ふふ。この子がスキンシップに弱いのはよく知ってる。ついでにもう少し遊んでやろうとくすぐってみると、

 

「~~ッ! ど、どこを触って――っ、や、止めて下さいナオ! 怒りますよ!」

 

 案の定、クレムは顔を真っ赤にして抗議する。

 力が全然違うので、あっという間に引き剥がされてしまった。

 でも良かった。機嫌直してくれたみたい。

 

「まったく……」

 

 寝床をかき乱して遊ぶ私たちに、ミリーは呆れと笑いの混じったようなため息をつく。

 こうして、夜は静かに更けていった。

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 翌日、朝ごはんを済ませた私たちは、さっそく建物を見て回ることにした。

 

 とにかく調べてみなければ何も始まらない。シーラさんはもし要らなければ、贈与拒否ではなく不動産屋さんが買い取るという形にしてくれると言っていたし。

 

「はぁ。まさかこんな形で来ることになるなんて……」

「そうですね」

 

 まずは三階。入るとすぐに、教室ぐらいの大広間がある。デニスの執務室で、私が縛られて転がされていた場所だ。

 

 高そうな調度品はそのままで、ただ本棚や引き出しだけは空になっていた。たぶん、書類は全部処理したのだろう。

 前回は気付かなかったけど、隣にはデニスの居室がある。こっちもかなり広くて、豪奢なベッドや家具が据え付けられている。

 

 そして階段を降りて、二階へ。

 ここは宿屋時代の客室そのままだ。シングルが六部屋、ツインが二部屋、あと大部屋が一つ。だいたい綺麗だけど、部屋によっては荷物置きみたいになってるところも。

 

 そして一階は、広い酒場だ。

 バーカウンター、テーブル席と立ち飲み席を合わせれば、軽く五、六十人ぐらいは座れそう。だいぶ大きな店だったんだな。

 

「あー、この厨房はちょっと惜しいかも……」

 

 裏に入ると、大きな厨房がある。レンガ造りの立派なパン焼き窯に、ふいご付きの大きなかまど。広々とした作業台に、調理器具や食器もばっちり揃っている。

 う~ん。ここなら思う存分料理ができるのに。

 

「こちらは水場ですね」

 

 クレムが覗いているのは洗濯室(ランドリー)だ。宿屋ということもあってか、洗濯用具も立派なのが一式整っている。そして厨房に隣接するように設けられているのは食糧庫(パントリー)。この下には地下室もあったはずだ。

 

 ランプを灯して地下に降りて見ると、石造りの空間には木箱やらなにやらといった荷物が雑然と積まれていた。奥の方なんてかなり酷い。

 

 さすがにいちいち調べるのも面倒だったので、そのまま一階へと戻る。

 

「う~ん。すごい。立派過ぎるなぁ」

 

 建物を一通り見て回って、出てきた感想がこれだ。

 

 いやすごい。どう考えても個人で持つ建物じゃない。いったいいくらぐらいの値段が付くのか知らないけど、私の生涯賃金でも買えないんじゃないだろうか。

 

「そうですね。なかなかしっかりした建物だと思います」

 

 けど、クレムは案外平然としている。あ、そう言えば、火事で見る影もなかったけど、この子の家は庭付きの大豪邸だった。あのお屋敷と比べれば、まあそんな反応だろう。

 

「そういえば、外にも何かあったよね?」

 

 テーブルに突っ伏して休憩していた私は、ふと昨日見た建物の外観を思い出した。

 建物の西側に、ずっと(のき)が伸びていたような気がする。

 

「ああ、それは(うまや)だろう」

 

 と、ミリーが教えてくれる。ああそっか。宿だからそんな施設もいるのか。

 

「へぇ~、ちょっと見てくる」

 

 興味をそそられた私は、酒場を出る。

 なるほど、確かに建物の隣には、馬を繋ぐためのスペースがある。ラーナー一家も使っていたのか、干し草もまだ新しい。

 

「なるほど。ここから物置になってるのか」

 

 厩を進んでいくと、同じ軒の下に木箱やら薪やらが積まれている。丁度厨房の勝手口の側で、便利がよさそう。

 

「いろいろ考えて作ってるんだなぁ」

 

 と、私は感心してうんうん唸る。

 そうして中に戻ろうとすると、視界の隅に何か違和感が。

 

「――ん?」

 

 そこにはない筈のモノ。あってはならないモノを見てしまったような気がして、私は慌てて物置の奥を覗き込む。そして、

 

「ッ! クレム! クレム! ちょっと来て!!」

 

 驚愕と共にそう叫んだ。

 木箱の間から少しだけ見えていたのは、人間の髪の毛だ。

 

 なんと物置の隙間に隠れるようにして、女性が倒れていたのだ。

 

 

 

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