刻んだ玉ねぎをオリーブオイルで炒め、あめ色になったら水を入れてスープにする。ホントは動物性の出汁も入れたいんだけど、材料がないのでパス。
後でチーズが入るし、起き抜けに塩辛いのはきついから塩はごく少量。ちょっと物足りないけど、まあ野菜のうまみは出てるし、優しい味だからいいか。
昨日買ったバケットを切って乗せ、チーズを削り入れて軽く煮込む。仕上げにパセリを散らしてオニオンスープは完成。
副菜でもう一品。丁度呼び売りの子がはしり物のソラマメを売り歩いていたので、炒め物を作る。
ソラマメは塩茹でして皮をむく。
アンチョビを叩いてオリーブオイルで炒め、香りが立ったら玉ねぎとニンニクのみじん切りを加える。玉ねぎに火が通ったらソラマメを入れて軽く炒め合わせる。
「……使い勝手良いなぁ」
白ワインを振り注ぎながら、鍋を煽る。
まさか早速厨房を使う事になるなんて思いもしなかった。でも、大きなかまどは薪も入れやすいから、火力調整がしやすくて助かる。
「では、サーマン先生をお呼びしてきますね」
「お願い。一人で行かせてごめんね?」
「いえ、ナオこそ大変でしょうに。気を付けてあげてくださいね」
コートを羽織って出支度を終えたクレムが、声を掛ける。
朝、酒場の物置で倒れていた女性を見つけた私たちは、とにかくその人を部屋に運び入れ、ベッドに寝かせた。
気を失っていた彼女を、医術の心得のあるクレムが診察。たぶん、栄養失調と疲労ではないかと当たりをつけたのだけれど、やっぱり本職のお医者さんに診てもらった方がいいとの話になった。
ちなみに、サーマン先生というのは呼び売り親方のフレーザーさんを連れて行ったお医者さんだ。医術繋がりでアングスト家とも親交があったらしく、クレムの出自を知っている数少ない人物の一人だそうな。
ほんわかしたお爺さんで、真夜中に押しかけたにも関わらず、怒らずに診察してくれた、とってもいいお医者さんだ。
「よっと……」
アルコールが飛んだら、塩で味付けしてハーブを振りかけ、ソラマメの炒め物は完成。
で、私はといえば、出来ることも無いのでご飯を作っている。
女の人が目覚めたら、何か温かい物を食べてもらおうと思ったのだ。食材はあまり買ってなかったけど、酒場にちょっとした野菜や調味料は残っていたから助かった。
「容態は安定しているようだ」
すると、厨房に白いドレスが舞う。
女の人の様子を見てもらっていたミリーがやってきたのだ。
「ありがと。こっちももう出来たけど……この様子だと冷めちゃうかな」
スープと炒め物を皿に移し、お盆の上に乗せる。そうして一先ず料理は完成だ。
「食事を持って行く気か? 推奨できない。来歴の分からない人物だ。一人で会うべきではない。クレムが帰るのを待つんだ」
「んー?」
かまどの火を落とし、調理器具を片付けていると、ミリーがそう声を掛けてきた。
確かに、知らない人だし危険はあるかも。けど女の人だし、そこまで構えなくてもいいんじゃないかな。
「でもほら。目が覚めた時に誰もいないと、寂しいじゃない」
私はお盆を手に、厨房を出る。
「君の思いやりは分かるが……」
なおも引き留めるミリーに、私はごめんと謝って、
「誰かが側に居てくれるって、それだけですごく安心できるんだよ。……だから、ミリーも一緒に居てくれると嬉しいなって」
そう頼み込む。すると、
「君は本当に人の話を聞かないな。……いいか、相手が不穏な動きを見せたら、すぐに逃げるのだぞ」
幽霊少女はやれやれと首を振りながらも、結局は付いてきてくれた。
「うん。ありがと!」
私はにこやかに笑って、酒場から二階へと続く階段を上っていく。
脳裏によみがえるのは、異世界に来た最初の夜。
右も左も分からず、恐怖に打ち震えていた私が、クレムと初めて出会った時の事。
クレムだけじゃない。私はいろんな人の善意を受けたのだから、その分だけ、誰かにお返しがしたいんだ。
そうして私は、女性の眠る客室の前までやってくる。
お盆を片手で保持し、ドアに手を掛ける。次の瞬間、
「きゃっ!」
来るはずの手応えが喪失して、私は思わずつんのめってしまう。
「おわっととと! ――せ、セーフ……」
足をどたばた、手をあたふた。何とか食事を溢さずに、私はお盆を掴んで仁王立ち。すると、
「――ナオ!」
ミリーの鋭い声が聞こえる。
「へ?」
我に返って前を向けば、私の正面にはどえらい美人さんが立っていた。
黄金を溶かして
くっきりとした目鼻立ちに、誰もが羨むボディーライン。
はっきりと憔悴を面にあらわしながらも、それでも大粒の宝石のような絢爛たる美貌は少しも損なわれていない。
私たちが助けた女の人が、いつの間にか目を覚ましていたのだ。
× × ×
出入り口のところで鉢合わせしてしまって、なんとも気まずい空気。
「……」
金髪の美女は、警戒心も露わに私を見詰めている。
いや、ベッドに寝かせた時から綺麗な人だとは思ってたけど、こうしてみるとホントに美人だ。
「あの~、入ってもいいですか?」
変な踊りを見られて恥ずかしかったけど、取りあえず入出の許可を取る。女性は少しだけ迷った様子だったけど、無言で脇に退いてくれた。
「よかった。目が覚めたんですね。具合はどうですか? ――あ、これ作ったんだけど食べません?」
据え付けのテーブルにお盆を置いて、私は朗らかに話しかける。
向こうも多分状況が分かってないだろうから、なるべく不安にさせないように。すると、
「あ~、やっちゃったわね。……ごめんなさい。あなたはどなたで、ここはどこかしら?」
まばゆい美貌からはイメージできない気さくさで、金髪の女性がそう尋ねてくる。
「えっと、私はナオっていいます。それで、ここはタルマラ区の……何通りだっけ?」
「ウィネカー通り五十二番」
「ウィネカー通りの五十二番。居酒屋兼宿屋です。――あ、元だった」
急にフランクな調子で尋ねられ、私はあたふたと慌ててしまう。
それでも、ミリーの助けも借りて、これまでの事情を何とか話す。
私の出自もそうだし、建物の関係もややこしいので、とりあえず不動産屋さんから特殊な事情で仮住まいさせてもらっている身だとする。
「それで、朝の見回りをしていたら、物置であなたを見つけたんです」
私がそう説明すると、金髪の女性は物憂げにため息をつき、額を白い指先で押さえる。たったそれだけの所作なのに、映画の中のワンシーンみたいに絵になっている。
「迷惑かけちゃって、申し訳ないわ」
と、彼女は心底すまなさそうにそう告げる。
その様子が思ったより深刻そうではなくて、私もまずは一安心。あんなところで倒れてたから、何か大事件にでも巻き込まれたのかと思った。
「えっと、それであなたは……」
「あら、ごめんなさいね。自分ばかり質問して。私はテオドラ・リンドっていうの」
私がそれでも気を使って尋ねると、その女性――テオドラさんはなんてことないかのように自己紹介をしてくれる。
「それで、テオドラさんは何で……」
そして物置で倒れていた事情を聞こうとして、私はやっぱり口ごもってしまう。聞いていいことなのかな、これ。
そんな私の姿を見ると、テオドラさんは翡翠色の瞳をすっと細め、手を上げて何やらジェスチャーをする。グラスをもって、何かを飲む仕草?
「ああ……」
「恥ずかしいわ。酔いつぶれて寝ちゃうなんて。……内緒にしてくれる?」
と、テオドラさんは茶目っ気たっぷりにそう頼む。女の私でもどきっとするほどチャーミングだ。
曰く、彼女は外国からの旅行者で、昨晩は酒場で痛飲してしまい、宿に帰るまでに力尽きてしまったらしい。まあ、あそこで寝ててよかった。こんな美女が道端で寝ていたら、どんな目にあったか分かったものじゃないし。
「もちろんです。あ、これ、玉ねぎスープなんですけど、よかったらどうですか?」
「そんな、悪いわ」
「いえいえお気になさらず」
私が朝食を進めると、テオドラさんはちょっと遠慮したけど、すぐに席についてくれた。
お医者さんに診てもらう前に食べさせてもいいのかと思ったけど、割と元気そうだし、まあ大丈夫だろう。
「あら、おいしい。これ、あなたが作ったの?」
「そうなんです。口に合ったみたいでよかった」
私もベッドに腰掛け、テオドラさんと話す。色々と身構えてたけど、なんだか大した事件でもなさそうでよかった。この調子だと、クレムにも無駄足を踏ませちゃったかな。
それにしても、この人すごい美人だなぁ。クレムやミリーも綺麗だけど、テオドラさんは存在感が凄い。何というか、人に働きかけるオーラがある。女優さんとかモデルさんみたい。人当たりもすごくいいし、話も抜群に上手だ。シーラさんとは別の意味で、出来る女って感じ。
「――ナオ。少し話がしたい。適当に理由を付けて退出できないか」
テオドラさんと雑談を楽しんでいると、ふとミリーがそう話しかけてくる。
「あ、寝汗を拭きませんか? 私お湯持ってきますね」
何事かと思ったけど、この幽霊少女の言うことに間違いはないから、私は話を切り上げて客室の外へ。そのまま階段を降りて、厨房まで戻ってくる。
「どうしたの。話って?」
かまどにもう一度火を入れながら、私はミリーにそう尋ねる。すると、
「彼女は嘘をついている。気を付けた方がいい」
真剣な面持ちで、テオドラさんについて注意を促す。
「え、嘘って、なんで……」
「勘だ。だが間違いないだろう。――私とてそれなりに人は見てきた。酔客と病人の違いくらいは見ただけで分かる。それに、クレムも栄養失調と疲労ではないかと所見を述べていただろう。……酔いつぶれていたというのは、作り話だ」
「…………」
硬い声音で、ミリーが断言する。
確かに、私も違和感はあった。話が上手だからついついそんなものかと思ってしまったけど、そもそもお酒の匂いは全然しなかったし、やつれていたのは事実だし。
「でも、人には言えない事情があるかもしれないし……それに、こっちを警戒するのも仕方ないじゃん!」
私がそう反論すると、
「その事情を案じているのだ。どんな厄介ごとを抱えているか分からないのだぞ? 親切心で助けた挙句、馬鹿を見る羽目になっては報われない」
ミリーは淡々とそう説明する。
「それに、あの娘は
「ッ……」
ミリーの推察に、私は返す言葉を見失う。
テオドラさんが心配なのは確かだけど、言われてみれば、思い当る節は多々ある。
私はかまどでお湯を沸かしながら、しばし沈黙。
「あの様子だと、彼女もこちらに深入りすることは避けるだろう。適当にあしらい、立ち去ってもらえばいい」
そう、ミリーが話を纏める。
「…………うん」
迷ったけど、私は力なく頷く。
ミリーを不人情だとは思わない。そもそも、テオドラさんを助けたのは私の我儘だし、それにこの子がそう指図するのは、ひとえに私とクレムの身を案じているからだ。感謝こそすれ、責める気なんてない。
「……まあ、出来る限りのことはしてやればいいだろう。あまり入れ込まないよう注意してほしいだけだ」
私の気持ちを察したのか、ミリーがそう付け加える。
この子、口ぶりは冷静なのに、ホントに優しいんだから。
「ありがとう。これからも気付いたことがあったら教えてね」
私は幽霊少女に感謝を伝えると、適温になったお湯を
そしてランドリーからタオルを持ってきて、行水の道具一式をそろえる。まあ、これぐらいなら普通のサービスだろう。女の人だしね。
「よいしょ!」
そして客室まで持って行こうと、お湯の入った盥を持ち上げる。その時、がちゃりと扉の開く音が。
「あれ、クレムもう帰って来たんだ」
酒場の正面扉の音だと気付いた私は、盥を置いて厨房から出迎えに向かう。
どうしよう。お医者さんに診てもらう前に、体を清めてもらったほうがいいのかな。――そんな事を考えていたから、私は目の前の光景を咄嗟には理解できなかった。
「えっ――」
酒場に居たのは、親友でもお医者さんでもなかった。
鉄兜を被り、胸当てを付けた男性たちが、酒場の床板を踏みしめる。
腰には剣を下げ、鋭い眼差しで店内を見回すのは、オストバーグ警備隊の巡回兵だった。