「――え?」
予期しない訪問者に、私は怪訝な顔をする。
酒場へ入ってきたのは、オストバーグ警備隊の兵士が五人。いずれも腰から剣を下げ、油断ない面持ちで店内を見渡している。
「む、君は誰だ?」
厨房から出てきた私は、当然彼らの視線を集めることになった。
一番
「えっと、あの……」
咄嗟の事で上手く反応できずにいると、兵隊さんたちは怪訝な面持ちを浮かべ、一歩こちらへと歩み寄ってくる。
「落ち着くんだナオ。なるべく端的に、聞かれたことにだけ答えよ」
「わ、私はナオっていいます!」
ミリーのアドバイスに、私は背筋をぴんと伸ばして慌てて答える。
「ふむ……」
すると、髭の兵隊さんは意外そうな顔で私をじろじろと見る。そして、
「君は市民か? なぜこの建物にいる?」
髭を指で扱きながら、さも不審そうに質問を続ける。
「ええと……」
「警備隊の意図が読めない。慎重に来意を尋ねてみてくれ」
どう答えたものか横目で窺うと、ミリーがそう指示してくれる。
「あの、今日は皆さんどうなされたんですか?」
質問に質問を返す形になってしまうが、意を決してそう尋ねる。すると、
「今からこの建物の手入れを行う。無人と聞いていたが、君はどんな理由でここにいるのかね? 隠し立てすると為にならんぞ」
と、髭の兵隊さんが凄んでみせる。
「な――」
て、手入れって家宅捜索って意味だよね? え、な、何で? 私何かした? いや、この場合は建物に何か問題が――
「どうして答えん! 勝手に入り込んだんじゃあるまいな!」
動揺して黙りこくってしまった私を怪しんだのか、年若い兵隊がそう怒鳴りつける。
「この建物の所有者、デニス・ラーナーには合わせて二十七件の重大犯罪の嫌疑がかかっている。それらの犯罪に、この建物が使われたという疑いがあるのだ」
と、髭のおじさん――隊長が話を継ぐ。
つまり、彼らはラーナー一家の犯罪を調べる為にここを訪れたというのだ。
あれ、でもそれだと色々おかしくない?
「ここに居るということは、君もラーナー一家の関係者か?」
「――ち、違います! あの人たちとは何の関係もありません!!」
頭に浮かんだ疑問を言葉にする前に、兵隊たちが私に疑いを向けてくる。
「まあいい。調べれば分かる事だ。お嬢さん。君には警備隊の本部に来てもらうよ」
「なっ――」
慌てて否定するも、髭の隊長さんはさも当然のようにそう告げる。
仕事だからなのか知らないけど、めちゃくちゃ上から目線で一方的だ。
でも、捜査に協力しない訳にもいかないし、下手に反発したりしたら罪に問われそうだし……あ、地下室とか全然調べてない! もし変な物が出てきたら、私も疑われちゃうのかな。
不安で立ち尽くす私を尻目に、兵隊さんたちは早速酒場を調べ始める。
目顔でミリーに意見を求めるが、彼女も苦りきった表情で反抗しないようにと述べるばかり。仲介者のピアソン一家がこの事態を聞きつければ、きっと手を回してくれるだろうと励ましてくれる。
でもどうしよう。ここにクレムが帰ってきたりしたら、もっと面倒なことになるんじゃないかな。私はそっちの方を心配する。すると、
「あら、どうしたの? こちらの方たちは?」
典雅な声が、階上より降り注ぐ。
酒場の階段を雅やかな足取りで降りてきたのは、金髪翠眼の美女、テオドラさんだった。
× × ×
酒場へとやってきたテオドラさんに、兵隊さんたちの視線が集まる。私が居たのも予想外だったみたいだから、他にも人が居るなんて思っても居なかったんだろう。けど、
「まだ誰か居た……の、か……」
ついさっき私を怒鳴りつけた若い兵隊さんが、言葉を途中で詰まらせる。
――おい。鼻の下伸びてるぞ。ちょっと反応が露骨すぎやしないか。
姿を現したテオドラさんは、衣服を少しだけ着崩して、髪も無造作に流している。
パッと見でだらしない風に見えるけど、手すりにしなだれかかる姿にはなぜか品があって、
女の私でもドキッとするんだから、若い男なんてイチコロだろう。
「ナオちゃん。この人たちはどうなさったの?」
「へ!? え、えっと、その……」
すると、テオドラさんがいきなり私に話しかけてきた。困惑した風だけど、その親しげな口調、自然な態度は、どう考えてもさっき会ったばかりの人間に向けるものじゃない。
けれど、彼女の仕草は余りに自然で、話しかけられた私すら、昔から面識があったんじゃないかって勘違いしそうになる。
「――我々は警備隊の者だ。この建物が犯罪に使われたとの疑いがあり、調査に来た。君はいったい何者だね?」
と、髭の隊長さんが問う。流石に年の功、テオドラさんの色香からいち早く抜け出せたみたい。すると、
「そ、そんなっ!」
テオドラさんは手を口に当てて驚いて見せる。一見すると大仰だけど、息を呑む仕草、声に乗せられた感情、それら全てが真に迫っていて、事実を知る私ですら、彼女が演技をしているとは俄かに信じがたい。
「何かの間違いではありませんか!? い、いえ。確かにそうであったとしても、ナオちゃんは無関係のはずです!」
慌てて階段を降りて、テオドラさんが隊長さんにそう訴える。
周りの若い兵隊は、家探しも忘れて彼女の一挙手一投足に目が釘付けだ。
「待て、落ち着きたまえ! ……君とこの子は、いったい何故この建物にいるのかね?」
今にも泣きださんばかりに狼狽する美女に迫られ、然しもの隊長さんも態度が軟化する。
すると、テオドラさんは困惑したように目を伏せ、
「私はナオちゃんの友人です。昨日はここに泊めてもらって……あの、この子は不動産屋さんから建物の管理を頼まれているだけなんです。何も悪い事なんてしていません!」
そう切実に訴える。
私はその情景を呆然と眺めるばかり。
――いや、本当に凄い。完全に架空の話が出来上がっている。私だって記憶が無い状態でこの場に居合わせれば、彼女の主張を信じてしまうだろう。
「ううむ……いや、何も君らを召し捕ろうなどとは思っておらん。ただ職務上、参考人として話を聞かねばならないだけで……」
さっきは問答無用で私を連行しようとしたのに、完全に態度が変化している。
これ、テオドラさんが狙って誘導しているの?
「お役目は、分かるのですが……」
隊長さんの弁解を受け、金髪の美女が一旦は身を引く。その儚げな佇まい、哀れを催す立ち姿は、誰であっても励ましたくなってしまうだろう。
「申し上げました通り、この建物は不動産屋が管理しているもので、私たちは何も知らされていないんです……あの、不動産屋には確認していただいたのでしょうか?」
そして、彼女は不安に震える眼差しで問いかける。
「ッ――」
その言葉を聞くや、兵隊さんたちの気配に変化が。何か、警戒してる?
「……いや。その話は初耳だ」
髭の隊長さんが、厳めしい顔で答える。
そう、問題はそこなのだ。警備隊が家宅捜索に来るなら、管理者であるピアソン不動産に通達が行くはず。それにこっちの法律とかは知らないけど、家宅捜索なら最初に書類の提示とかあるんじゃないの? 私もそこが疑問だったんだ。
「え? どういうことでしょう?」
警備隊のだしぬけな来訪に、テオドラさんが改めて疑念を呈する。
「ううむ……」
美女が無垢な眼差しで、それも哀れを誘うような姿で問うのだから、彼らも無碍(むげ)には扱えない。警備隊の面々は、唸り声を上げて顔を見合わせる。
「ナオちゃん。お世話になっている不動産屋はどちらでしたか?」
すると、間髪を入れずにテオドラさんが私に水を向ける。
「え、あ……ピアソン不動産ですっ!」
目の前で繰り広げられる独演会に呆気にとられていた私は、それでも何とか質問に答える。すると、
「ピアソン……」
若い兵隊さんの一人が、明らかに狼狽した声を漏らす。ピアソン一家の名を聞いて、たじろいでいるのだ。
「恐れ入りますが兵隊様。何分私たちでは判断のつきかねる事。管理者様に連絡させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ぬぅ……」
テオドラさんの懇願に、髭の隊長さんが眉を顰める。
「いや、しかし……我々も任務で来ているのでな」
「なら、せめて命令書を拝見できませんか。ピアソン不動産にも事情を説明せねばなりませんし……」
「ッ――」
テオドラさんの要求に、隊長さんの顔が強張る。
「……そこまで拒絶するとは、何か疚しい事でもあるのか!」
返答に窮したのだろうか。隊長さんが不機嫌そうにそう怒鳴る。
すると、テオドラさんは怯えたように身を引く。誰がどう見ても、加害者と被害者の構図だ。周りの若い兵隊さんも、それとなしに隊長さんに咎めるような視線を向けている。
金髪の美女が消沈した風に俯く。その表情が、何ともいえず庇護欲をそそる。
憂い顔でも魅力的なのは、本物の美人でないとできないことだ。そして、
「それは……私も女ですから。見られて困る物の一つや二つ、ございますわ」
そう、困り顔で呟く。
「っ――」
淑女の気品と童女の茶目っ気を合わせた、最強の表情だ。
若い男連中は、もう完全に手玉に取られている。職務を忘れ、今にも彼女に話しかけそうな気配。
流石に隊長さんは怯んだだけで済んだけど、それでもこれ以上無理押しをすれば、兵隊以前に人間としての価値を問われかねない。
「ですから、これ以上は正規の手続きを済ませてから……いけませんか?」
可愛らしく、そう訴えるテオドラさん。
髭の隊長さんには、もはや抗うだけの力は残されていなかった。
× × ×
「……少々見誤っていたようだ。彼女は桁外れの才媛か、稀代の毒婦らしい」
不承不承と引き上げていった兵隊さんを見送ると、ぽつりとミリーがそう呟いた。
うん。全面的に同意する。アレはヤバい。兵隊さん、途中から私のことなんてまったく眼中に無かったもん。
「ふう……」
そして、一仕事終えたテオドラさんは、何事も無かったかのように素の表情に戻った。
さっきまでの媚びたキャラではない。どこか疲れたような、擦れ切れたような、さびしげな表情。
「ああ、ごめんなさい。驚いたでしょう。……適当にあしらってしまったけど、あれでよかったかしら」
未だに呆然としている私に気付くと、テオドラさんがそう微笑みかける。
「あ、はい。……でも、えっと、別に追い返す必要って、無かったんじゃないですか?」
と、私は頭に浮かんだ疑念を溢す。
確かに、警備隊の人は横柄だったけど、別にこっちに非がある訳じゃないし、調べさせた方が後々面倒もなかったんじゃないかな。すると、
「あら、そんなことしたら、私もあなたも捕まっていたわよ」
さも当然の事のようにテオドラさんがそう告げる。
「えっ、な、何でですか?」
「令状を持たず、管理者も意図的に無視しての捜索なんて、まともな連中がする筈ないでしょ。――彼らを中に入れたら、きっと御禁制品が出て来て、私たちもお縄よ」
驚愕する私に、テオドラさんがつまらなさそうに説明を続ける。
「権利関係が曖昧な建物に踏み入って、自作自演で難癖を付ける。そして土地家屋を接収。連中が時々やる手よ」
「なっ――で、でも警備隊ですよ!?」
とんでもない話に、私は驚愕に声を荒らげる。でも、
「だからできるのよ。別にオストバーグに限ったことじゃないわ。腐敗した警備隊なんて、街のやくざより性質が悪いんだから」
テオドラさんは不愉快そうにそう告げる。
「…………」
その話を聞いて、私は絶句するしかない。
多少横暴なところがあるとはいえ、警察組織がそんなことをするなんて考えもしなかった。見識豊かなミリーにだって、思考の外だったらしい。そりゃあそうだ。大前提からして間違えてるんだもん。悪意とかそんなレベルじゃない。
「最初は出ていくつもりも無かったんだけど、連中の思惑が読めたから、それで、ね。……ごめんなさい。気味が悪かったでしょう?」
と、テオドラさんが恥じ入るようにそう告げる。
その仕草、声音がどこか寂しそうで、私は思わず胸が熱くなる。
一瞬、これも演技なのかと疑ってしまったけど、きっと違う。この人は、絶対に悪い人じゃない。
「でも、あなたがピアソン一家と関係があって助かったわ。なるべく早いうちに話を持って行きなさい。権利関係がはっきりすれば、警備隊も手出しを控えるはずよ」
テオドラさんは私にそうアドバイスをして、酒場の出口へと歩きはじめる。
「助けてくれてありがとう。スープも美味しかった。……こんなに親切にしてもらったなんて、何時以来かしら。――嬉しかったわ」
晴れやかにそう告げて、テオドラさんは外へ出ようとする。
ああ、この人、もう二度と私に会わないつもりだ。
「ッ――」
そう思ったら、反射的に手が伸びていた。テオドラさんの腕を掴み、引き留める。
「な、どうしたの?」
驚いて振り返る彼女。翡翠色の綺麗な瞳が、私の目の前に。
「まだ出歩いちゃ駄目ですよ! もう少し休まないと!」
と、私はわざとらしく怒って見せる。
テオドラさんは虚を突かれたように立ち止まり、そして疑るような視線を向ける。でも、
「それに、さっきはありがとうございます! ――ふふ、男の人を手玉に取るの、すっごく格好良かったですよ」
私は飛び切りの笑顔で、テオドラさんに感謝を伝える。すると、
「――もう。あなた、自分が何を言ってるのか分かってるの?」
彼女はしばし困惑し、そして、照れたように笑みを浮かべる。
その表情は、私が今日見たテオドラさんの中でも、一番魅力的な笑顔だった。