ナオのゴスペル   作:抱き猫

42 / 77
8 書類仕事

 

 

 王都オストバーグのど真ん中に位置するユクレスト区。

 

 王宮があり、大聖堂があり、議場に役所、裁判所などが立ち並ぶ行政の中心地で、正にイシダール王国の心臓部だ。

 街並みは整然と整えられており、石造りの風格ある建造物がいたる所に見える。

 

 ただ、官庁街なので大聖堂の近く以外に人通りは少ない。

 真昼の太陽に照らされた石畳を、私たちを乗せた馬車が軽快に進んでいく。

 

「で、対策なんだけど。早い話が不動産をナオさんの名前で登記してしまうの。今はまだ、ラーナー氏の持ち物だから、それで警備隊も目を付けたのね。……正規の手続きを踏まえて書類を作れば、彼らだって簡単に手出しはできない筈よ。ピアソン不動産(うち)も仲介者として大手を振って庇えるし」

 

 馬車の中で、シーラさんがこれからの作業について説明してくれる。

 

 不動産を所有するかどうか決めかねていた私だけど、今後の面倒を避けるため、とにかく形だけでも権利者になりなさいと勧められたのだ。

 

 税金など諸々の経費は掛かるけど、住むにせよ貸すにせよ、ピアソン不動産がちゃんと管理してくれるとのこと。

 もし手に余るようなら、相場で買い上げてもいいと言ってくれた。

 

「でも、それってシーラさんたちの迷惑になりませんか?」

 

 そこまで世話を掛けてしまって、私は恐縮してしまう。けれど、

 

「相続人不在で国に取られるよりはずっとマシよ。どんな形でも利益はちゃんと貰うから、あまり気にしないでちょうだい」

 

 彼女は笑ってそう告げる。

 出来る女の格好いい仕草だけど、背が小さいからか、どこかチャーミングだ。

 

「ありがとうございます」

 

 と、私は改めて礼を述べる。

 

 お金周りの話は事実なんだろうけど、多分私たちを安心させる為にそんな話をしてくれたんだと思う。

 ホントにこの人、気遣いが細やかで優しい人だ。

 

「……それで、えっと」

 

 けど、私はいまいち晴れやかな気分ではない。不動産の話とは別に、新たな問題が発生したからだ。

 

「…………」

 

 私は横目で隣に座るクレムを見遣る。

 彼女はフードをいつもより目深に被り、青い瞳で爪先を見詰めるように俯いている。役所に行くことになってから、彼女は急にこんな調子だ。

 

「アングスト家は高等法院に務める役人だ。官庁街には知人がいるかもしれないのだろう。……注意してやってくれ」

 

 そう教えてくれるのはミリーだ。

 

 脳裏によみがえるのは、大聖堂前での一件。

 流石に仕事関係の知り合いなら大騒ぎはしないだろうけど、それでも彼女は自分の身元がばれるのを極端に恐れている。……私だって、クレムが傷つくなんて嫌だ。

 

「えっと……体調が悪いなら、先に帰る?」

 

 私は意を決してそう切り出す。

 シーラさんも居るし、手続きぐらいならなんとか出来る。役所の中にまで同行してもらわなくても大丈夫だ。すると、

 

「あら、それなら酒場まで送らせましょうか」

 

 と、シーラさんが提案してくれる。

 目端の利く彼女の事だ。クレムの変化はとっくに気付いていたのだろう。

 

「いえ、そこまでしていただかなくとも……」

 

 けど、クレムはそう言って遠慮する。ただ、付いて行くとは言わないあたり、葛藤が見える。

 

「……なら、馬車で待っていたら? もし具合が悪くなったら、何時でも言ってくれればいいから」

 

 シーラさんが優しい声音でそう告げる。

 

「……はい。ご迷惑をおかけします」

 

 結局、クレムは大事を取って馬車で待つことにした。万が一を考えたら、私もそうした方がいいと思う。……けど、彼女の置かれた立場を考えると、自分の事のように胸が痛む。彼女が何の気遣いも無く街を歩ける日は、果たして来るのだろうか。

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 そうして、ピアソン不動産の馬車は石造りの巨大な建物の前で停まった。

 ここはオストバーグ市庁舎。この大都市を管理、運営する施設だ。

 

「おお……」

 

 質実剛健な佇まいながら、どこか(みやび)やかな風格漂う建物に、私はちょっと圧倒される。関係ないけど、この世界の建物って思ったよりも大きいイメージがある。

 

 石材が豊富で地震がないから、大掛かりな建築もしやすいのかな。

 

「さ、行きましょうか」

 

 たじろぐ私を尻目に、シーラさんはすたすたと役所に入っていく。勝手知ったる風だけど、実際に何度も足を運んだことがあるんだろう。

 

 私もシーラさんの背中に付いて行く。そうして中に入れば、外観以上にしっかりとした建物だった。

 お役所ということで過剰な装飾はないけど、それでもホールは広々とした吹き抜けになっていて、壁や天井には優麗な飾り細工が施してある。

 

 そして奥に進めば、市民からの届け出を処理するための窓口が並んでいる。

 

「う~ん。緊張してきた……」

「別に何も難しいことはないわよ。名前を書いてもらうだけだから。……ええと、字は書けるのよね? 代筆でも構わないけれど……」

「一応、名前ぐらいなら」

 

 あれこれ雑談していると、すぐに窓口に案内された。

 中年の職員さんが出て来て、愛想よく応対してくれる。

 

 なんだろ。待ち時間に他の窓口を見てたら、割と木で鼻をくくったような態度だったのに、この人はえらく丁寧だな。

 

「はい。はい。すべて書類は整っております。いや、ピアソン様は仕事が丁寧でいつも助かります」

 

 シーラさんが提出した書類にざっと目を通して、職員さんが頷く。そして向こうから出された何枚かの書類に、私がサインする。

 

「それではすぐに処理してきますので、どうぞお待ちください」

「ええ。よろしくね」

「――ッ!?」

 

 そして職員さんが紙束を持って奥に行くとき、私はとんでもない光景を見てしまった。

 

「え、いま、お金……」

 

 シーラさんがさりげない素振りで、書類の下に何枚かの銀貨を滑りこませたのだ。職員さんは器用にそれを紙ではさみ、嬉しそうに持って行く。

 

「ああ、気にしないで。ラーナー氏から相応の額は戴いているから。ちょっとした手数料よ」

「いや、えっと……」

 

 どう見ても賄賂だけど、職員さんもシーラさんも気にした様子がない。精々、仕事が円滑に進むようにチップを渡した。って感じだ。

 

 いや、その感覚は分からなくもないけど、ぱっとみそれなりの額に見えたし、そもそも公務員に袖の下を渡すなんて……

 

「なるほど。ピアソン一家は大したものだな」

 

 私が困惑していると、不意に落ち着いた声がする。幽霊少女のミリーが話しかけてきたのだ。

 

「――?」

 

 声は出せないので、私は視線だけで応じる。するとミリーは、

 

「上手く役人らを懐柔している。シーラへの扱いも至極丁重だ。話に聞いていた通り、オストバーグの表と裏の双方に影響を及ぼしているらしい」

 

 と、大真面目な面持ちで感心している。

 あ、そうか。私の感覚からすると褒められたことじゃないけど、これってある種の営業活動なのか。

 

「ピアソン家は(れっき)とした市民で、商会や手工業組合はもちろん、有力貴族とも強固な繋がりがあると聞く。このように地道な活動があってこそだな」

 

 と、ミリーは何故か感心した模様。うん。これ、賄賂そのものが駄目という感覚がそもそも場違いなんだな。

 

「……君は気にするやもしれないが、彼らはこのようにして人脈を広げ、貧しい人々を庇護しているのだ。その努力は汲んでやらないか」

 

 私が複雑な気分でいるのを見抜いてか、ミリーがそう付け加える。

 うん。確かに、世の中は綺麗ごとだけじゃ回らないし、同じ裏技を使うなら、スマートな方がいいとは思う。

 

「……あなた、どうしたの?」

「へ!? あ、なんでもないです!」

 

 私が虚空に向けてふんふん唸っていたからか、シーラさんが気遣わしげに話しかけてくる。いけない、見られてた。

 

 私が慌てて誤魔化すと、シーラさんは穏やかにほほ笑む。その仕草が如何にもお姉さんぽくて、なんだか照れてしまう。すると、

 

「そういえば、あなた、あのクレメントさんとは仲がいいの?」

 

 と、彼女は暖かな笑みを湛えたまま、そう尋ねてきた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。