「そうですか。シーラ様がそんな事を……」
石畳をトコトコ歩きながら、私はクレムに先ほどの一幕を説明する。
ピアソン一家とアングスト家には親交があり、シーラさんたちはクレムの抱える事情を知っていたこと。そしてオストバーグに戻ってきたアングスト家の娘を心配し、探し回ってくれたこと。
流石に私が泣いちゃった所は省いたけど、シーラさんとの会話を余すところなく伝える。すると、
「言われてみれば、クレイグ様は何度かお見かけしたことがあるように思います。……随分昔だったので、記憶もおぼろげなのですけれど」
クレムが教えてくれる。
シーラさんのお父さん、ピアソン一家の総長クレイグさんと、クレムのお父さんのウェイドリィさんは、時々会って歓談していたそうだ。あんまりおおっぴらな関係ではなかったそうで、娘の彼女が同席することは無かったみたいだけど。
「知り合いの人が居て、よかったね」
「……はい」
私がそう語りかけると、クレムは何やら恥ずかしそうに俯いてしまう。
ちょっと反応が微妙だけど、たぶん喜んでいると思う。この子、好意を向けられるのにあんまり慣れてないから、つい身構えてしまうんだ。
「色々お世話になったし、一度ちゃんとご挨拶に行こうよ。何持って行ったら喜ばれるんだろう」
と、私は楽しげに問いかける。
シーラさんたちとは長い付き合いになりそうだし、いい関係を築いていきたい。
オストバーグで暮らすために後ろ盾になってもらうとか、そんなんじゃなくて。クレムのことを案じてくれる人たちだから、友達になりたいんだ。
「え~と、ここは何処だ?」
そうこう話しているうちに、私たちは大きな広場に出た。始めてくる場所だ。
商店街に寄って帰りたいんだけど、この道であってるのかな。
「メリエレ広場だな。ここから真っ直ぐ南に下って橋を渡れば、タルマラ区に入る」
と、ミリーが教えてくれる。うん、この子が先導してくれれば間違いないよね。
「ありがとう。でも、この辺りって、おっきな建物ばっかりだよね」
ユクレスト区は官庁街なので、広場に面した建物はだいたい立派だ。けど、そこまで堅苦しい雰囲気でもなくて、のんびりとくつろいでいる人もちらほら見かける。
「名実ともにオストバーグの中心地だからな。役所だけでなく公共施設も多い。丁度、目の前にあるのが図書館だ」
ミリーの指し示す先には、列柱で飾られた石造りの建物がある。
「へえ。誰でも借りられるの?」
図書館という説明が気になって、私はそう尋ねる。あんまり本は読まないけど、この世界って基本的に娯楽が少ないから、たまには本に親しんでみるのも悪くないかも。
「基本的には市民限定だ。身元の保証人が居れば利用はできるようだが」
「さようですか……」
けど、返ってきたのは当然と言えば当然の説明。大分庶民にも普及しているみたいだけど、それでも、本はまだ高価で貴重な物らしい。
「私もいつか、心行くまで読書をしてみたいとは思うがな……」
ぽつりと、ミリーがそんな事を呟く。
あ、そうか。この子は物が持てないから、自分で本が読めないんだ。
「じゃあ今度シーラさんに会った時、保証人になってもらえないか頼んでみよっか」
私はそう提案する。ミリーにはいつもお世話になってるから、たまには労ってあげたい。ついでに、私も本格的に言葉の勉強しなきゃだし。
「……心遣いに感謝しよう」
と、ミリーが微かにほほ笑む。
そうして私たちが図書館の前を通りがかったとき、事件は起きた。
図書館の正面玄関の階段を、女の人が降りてくる。
背が高く、ゆったりとしたローブを纏った眼鏡の女性は、両手で大きな鞄を抱えている。
よっぽど中身が詰まっていて重たいのか、よたよたと足取りは覚束ない。心配になって視線を向けてしまうと、次の瞬間、彼女はローブの裾を自分の足で踏んづけ、階段をまっさかさまに転げ落ちてしまう。
「きゃっ!」
バランスを崩した女性が、短い悲鳴を上げる。
咄嗟の事で固まってしまった私の横を、クレムが素早く走り抜ける。けれど、距離は余りにも遠くて、
「へぶっ!」
ごちん。と痛そうな鈍い音。そして可哀想な悲鳴が、広場に響いた。
× × ×
先行したクレムからワンテンポ遅れて、私も慌てて転倒した女性に駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか!?」
そう声を掛けるも、女性は石畳の上でうつぶせに倒れたままピクリともしない。鞄からぶちまけられた書類が、風に煽られて飛んでいく。
私はクレムと共に傍へ腰を下ろし、慎重に女性の状態を確認する。
「う、う~……」
と、痛みにもだえるかのように女性が唸り声を上げる。そして、
「……う、うう……痛ぃぃ」
鼻の頭を両手で押さえ、今にも泣き出しそうな声を漏らしながら、女性がむくりと起き上がった。
「よかった。鞄が緩衝を和らげたようですね」
安堵した面持ちでそう溢すのはクレムだ。
確かに、女性は鼻頭が赤くなっているぐらいで、大きな怪我はなさそう。あの転び方からすれば奇跡のような軽傷だ。丁度、抱えていた鞄がクッションになったのだろう。
「失礼いたします。私の声が聞こえますか?」
けれど、クレムは慎重に女性へと話しかけ、痛みは無いか、意識ははっきりしているか問いかける。
そうだ。パッと見問題がないからといって、頭の怪我は軽く考えちゃいけない。
医療の知識があるクレムは、そのまま問診を始める。瞳を覗きこんだり、体の動きを確かめたり、かなり本格的。女性も言われるがままに協力している。
で、私はその間、広場に散らばった書類を拾い集める。幸い、通行人も手伝ってくれたので、さほど時間はかからなかった。そして、
「う、う……も、申し訳、あ、ありませんです……」
戻ってくると、女性は随分落ち着きを取り戻していた。
「ああ、あの、ありがとうございます。め、迷惑かけて、すみません……」
随分おどおどした風に、でも結構早口でしゃべる女性。
落ち着いて見てみれば、えらく浮世離れした容姿の人だ。
緩やかにウェーブしたロングヘアは、ほとんどシルバーに近いプラチナブロンド。瞳の色はアメジストのような紫色と、めちゃくちゃ派手だ。
目鼻立ちも整っていて、華麗な美人さん。背も高いし、ゆったりしたケープの上から分かるほどグラマラスな体型。
でも、服の趣味や雰囲気は、失礼だけど全体的にどこか野暮ったい感じ。
あと、鼻に引っかけた眼鏡の奥の瞳が、子供のように無邪気に輝いていて、綺麗なのに可愛らしいって印象を受ける。
「あ、ひ、拾ってくれたんですねぇ! ありがとうございます!」
と、女性は私が手にした紙束を目にするや、満面の笑みを浮かべる。
「はい。これで全部だと思うんですけど……」
そうして書類を渡すと、女性はふんふんと頷きながら抜けが無いかチェックする。その仕草にあんまり邪気が無くて、私とクレムは顔を見合わせる。すると、
「まさか、こんな場所で出くわすとはな」
ミリーが興味深そうに呟く。何事かと目顔で尋ねると、
「この娘はオストバーグ大学の客員教授、ユニス・マクローリン女史だ。……以前に話していた、
そう教えてくれる。
「え、
私が思わず声を出してしまうと、その女性――ユニスさんはきょとんとして、
「あ、あれぇ? もしかしてうちの生徒さんですか?」
恥ずかしそうに、そう尋ねてきた。
「いえ、違うんですけど、お名前はかねがね伺ってまして……私たち、
私がしどろもどろにそう答えると、
「そ、そうなんですか!
ユニスさんは紫の目をきらりと輝かせ、嬉しそうに微笑んだ。