ナオのゴスペル   作:抱き猫

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12 「エイコン」

 

 

「エイコン」というのは、この大陸で広く遊ばれている卓上遊戯で、ようは将棋やチェスみたいなゲームだ。ちょくちょく、おじさんたちが遊んでいるのを見かけたことがある。

 

 駒もチェスみたいに立体的で、兵隊さんみたいなデザイン。でも白黒とかには塗り分けられてない。

 

「終盤か。……やや難しい局面だな」

 

 おじさんたちの間を覗きこんで、そう呟くのはミリーだ。

 

 そうなのか。解説されてもまったくわからないや。頭使うゲームには全然縁が無かったし、そもそも駒の動きすら知らないし。

 

「…………」

 

 でも、おじさんたちは真剣そのもので、私たちが観戦しているのにも気付いていない。ユニスさんも、紫の瞳を鋭く輝かせて盤上を凝視している。……こうしていると、ほわほわした雰囲気が消えて、格好いい美人さんだ。

 

「双方、エイコンは使い終えたか。ふむ。手前に座る男性が劣勢だな」

 

 ただぼんやりと盤面を見ている私に、ミリーが親切に説明してくれる。

 エイコンってなんぞや。ゲームの名前じゃないの? と目顔で尋ねると、

 

「この遊戯の最大の特徴、醍醐味といってもいいだろう。互いに聖示物(ミュステリオン)を模した駒を事前に選択するのだ。ほら、盤の隣に使い終えたエイコンが置いてあるだろう」

 

 と、ミリーが指し示す。そこには、丁度駒の上に乗っけられるような、小さな手袋やら王冠やらが置いてある。

 

 これらがエイコン。ゲームの名称にもなったルールだ。

 

 その特徴は、()()()()()()()()()()()()()()()()。というものらしい。

 

 例えば、一度だけ動かした駒をもう一度動かす。(ただし、元の駒の動きはできないらしい)。例えば、特定の条件下で一度だけ相手の次の手を指定できる。例えば、一度だけ盤上の好きな場所に自分の駒を動かすことができる。などなど。

 

 対局に当たって、自分がどのエイコンを選ぶか、そしてどの駒にその能力を持たせるか。というのが重要な戦略になってくるそうな。

 

 これは聖示物(ミュステリオン)託宣者(アクシオス)の存在をゲームに落とし込んだ結果生まれたルールらしい。

 

 とはいえこのゲーム、(はま)る人はめっぽう嵌るみたいで、大会も頻繁に開かれているし、どのエイコンを使うかで派閥まであるそうだ。

 

 ミリーも一時期熱心に研究したことがあるそうで、なかなか好きみたい。ただ、仕方ないことだけど、人と対戦したことはまったくないそうな。

 

「……なるほど、騎士を右辺に動かせば活路が開けるな」

「へぇ、騎士を右に」

 

 ミリーの説明を聞きながら、私はぼんやりと盤面を眺める。うん。やっぱり全然わからん。けど、

 

「ッ――」

「え?」

 

 何やら、周囲の空気が変わった。

 

 ユニスさんが私を驚いたように見つめ、おじさんたちが鬱陶しそうな視線を向けてくる。――あ、しまった。声に出てた。横から口出しなんてマナー違反だ。

 

「あはは、いやー、別によく分かんないんですけど……」

 

 何とか笑ってごまかして、事なきを得る。ふう。やらかしてしまった。ミリーもちょっとばつが悪そう。

 

 っていうか、ユニスさん動かないな。別れるタイミングを完全に逃してしまった。

 その後しばらくして、おじさんたちの対局は終了。結局勝敗は変わらず、手前の人が負けてしまった。まあ、私には王様が詰んだかどうかなんて分からないんだけど。

 

 そしてようやく帰れると思った矢先、

 

「ああ、あの、すみません。少しだけ盤と駒をお借りできませんか?」

 

 と、ユニスさんがおどおどした様子でそんな事を言い出した。

 彼女は緊張した様子で、それでも熱心におじさんたちに頼み込み、エイコンの一式を借り受ける。

 

「え、どうしたんですか?」

 

 私がそう尋ねると、

 

「ナオさん。あなた相当できますよね? 一局だけ、一局だけ私と勝負してくれませんか?」

 

 ユニスさんはベンチに腰掛け、興奮した様子で話しかけてきた。

 

「いっ――」

 

 思いもよらなかった成り行きに、私は言葉に詰まる。

 

 あれか、さっきのミリーの指摘が、よっぽど上手い手だったのか。それでユニスさん、私がエイコンを得意だと勘違いしてしまったのかも。

 

「ね、ね! いいじゃないですかぁ! 好きなんでしょ?」

 

 と、ユニスさんはちょっと必死ささえ漂う熱心さで誘ってくる。なんか、マイナー趣味で同好の士を見つけて舞い上がってるみたいな感じ?

 いや、でも女性でこのゲームしてる人は見たことないし、女流棋士は少数なのかも。

 

「……すまない。私の所為で面倒なことになったようだ」

 

 と、ミリーが申し訳なさそうに呟く。

 私はどうしたものかと少しだけ迷ったけど、

 

「それじゃあ一局だけ」

 

 気楽にベンチへと腰掛け、ユニスさんにそう告げる。

 

「な、おい……」

「クレムもいいかな。少しだけ待っててくれる?」

「はい。構いませんよ」

 

 抗議するミリーを余所にクレムを見れば、彼女は私の意図を察してか、くすりと嬉しそうにほほ笑む。

 

「じゃあ、一つ、お手柔らかにお願いしますね」

 

 そう言って、私は膝の上をぽんぽんと叩く。

 

 私は駒の動かし方も知らないのだ。ミリーに指してもらわないとどうしようもない。

 それに、この子だってきっと、ホントはゲームを楽しみたいはず。

 

 何百年も世界をさまよい続けて、でも、誰とも関わることができなかった幽霊少女。

 ゲームだってなんだって、たとえ仮初にでも世界と触れ合うことができるなら、きっとそれは素晴らしいことだ。

 

 私の手足ぐらい、好きなだけ貸してあげる。

 

「……では、好意に甘えるとしよう」

 

 ミリーは呆れたような、それでもどこか嬉しそうな声でそう呟くと、ふわりと私の膝の上へ座る。

 そして彼女の指示に従い、私は駒を並べ始めた。

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 でも、正直私は舐めていた。上級者同士の知的遊戯の熾烈さを。

 

「…………」

「…………」

 

 盤上を凝視したまま、微動だにしないミリーとユニスさん。軽い気持ちで対局を受けたけど、もう二時間ぐらいは過ぎていると思う。

 

「ほぉ……」

「むぅ」

 

 で、往来の多い広場で美女と美少女が対局なんてしているものだから、知らない間にギャラリーも集まってきた。

 

 入れ代わり立ち代わり、今では十人ぐらいのおじさんたちが、固唾をのんで対局を見守っている。クレムは人混みが苦手だから、遠くに離れて待ってもらってる。ちらりと窺えば、やっぱりちょっと時間を持て余しているみたい。

 

「三の七に大臣を」

 

 長考の末、ミリーが粛然とした面持ちでそう告げる。

 

 私は言われるがままに手を伸ばし、駒を掴んで動かす。流石に動き方ぐらいは覚えたけど、どっちが有利かなんて全然わかんない。

 

「…………」

 

 手番が移ると、対面のユニスさんがさらに鋭い視線で盤面を睨む。食い入るように見つめる様は格好いいけど、ちょっと真剣過ぎて怖い。

 

「……」

 

 対するミリーは、私の膝の上に座ったまま、顎に手を当てて黙考している。

 

 ちっちゃい子がすると可愛らしい仕草だけど、表情は真面目そのもので、二人がどれだけ苛烈に戦っているかをまざまざと感じさせられる。

 

「……」

 

 で、私はといえば、完全に置いてきぼりを喰らっている感じ。

 

 いやだって、こんなに時間かかると思わなかったし! しかも真剣勝負だから、雑談なんて出来る雰囲気じゃないし、せめて自分でも考えてみようかと思ったけど、ハイレベル過ぎて全然理解できないし。

 

 別に嫌な訳じゃないんだけど、ギャラリーのおじさんたちも含めて熱中しているのに、私だけ浮いてるのも変じゃない?

 

「……騎士の靴を使用します」

 

 すると、盤面に変化が。

 ユニスさんが一言そう呟いて、騎士を移動させる。

 

 ただ、そこは本来その駒が行けない場所だ。ミリーの陣営の奥深く、丁度他の駒が効いていない升目に、突如として騎士の駒が現れる。う、しかもそんなところに置かれたら、こっちの王様が危なくない?

 

 騎士の駒を動かすと、ユニスさんはその上に乗っかっていた靴を外し、番外に置く。これがエイコン。聖示物(ミュステリオン)がモチーフになったルールだ。

 

「詰めろがかかったか……」

 

 と、ミリーが静かに溢す。え、やっぱりこっちが不利なの?

 

「…………」

 

 幽霊少女は変わらず思考を続けている。すごい緊迫感だ。私にしか見えていない筈なのに、ピリピリした緊張感が観客のおじさんたちにまで伝播したみたい。

 

「……王の手袋を使用する。将軍を六の七へ置いてくれ」

 

 そうして熟考の末、ミリーが次の手を告げる。

 えっと、手袋は確か、取られた駒を盤上に戻す能力だっけ。

 

 私はユニスさんにエイコンの使用を宣言し、盤外から自陣に将軍の駒を戻す。あ、これでひょっとして守りが固まったのかな?

 

「…………」

 

 すると、ユニスさんが驚いたように目を見開く。おじさんたちも何やらざわついているみたい。ん、あれ? そんなに凄い手なの? 防いだだけじゃん。

 

「……さて、これでどうだ」

 

 と、ミリーが小さく呟く。いつも通り淡々とした声だけど、なんだか高揚してる?

 

 それから数手進み、盤面はさらに混沌模様に。私にはもうどっちが攻めてるのかさえわからない。そうしてさらに数手後、

 

「……ありません」

 

 ユニスさんが自分の王様をことりと倒した。投了したのだ。

 

 わっと、おじさんたちが歓声を上げる。むしろ緊張が解けてほっとしたように息を吐く人までいる始末。

 けれど、私は場の空気に馴染めず呆然としてしまう。すると、

 

「やった、勝ったぞ!」

 

 膝の上にいた女の子が、小さな手を握りしめて凱歌を上げる。

 

 どんなときも冷静で、とっても大人な彼女が見せた、すごく嬉しそうな笑顔。その輝く姿を一目見ただけで、私は胸が熱くなってしまう。

 

「――っ、いや、いい試合だった」

 

 けど、ミリーはすぐに元のすまし顔に戻ってしまう。もう、もっと笑ってる顔を見たかったのに。

 

「う~、負けましたぁ……」

 

 と、ユニスさんが悔しそうに呻く。でもなんだか彼女も楽しそう。

 私には分からないけど、実力伯仲の人たちが真剣勝負をすれば、伝わる思いがあるんだろう。きっと素敵なことだよね。

 

「あの四、五の司教がまさかここまで効いてくるとは……」

 

 と、ユニスさんが溢す。ん? それって何時の手だ?

 

「引いて受ける形になるが、その後の形勢は悪くないと見た。と伝えてくれ」

 

 何時の間にやら感想戦が始まった。もちろん私は盤面の推移なんて全然覚えてないから、とりあえずミリーの言葉をそのまま伝える。

 

 どうやら、勝敗を決したのは中盤に動かした司教らしい。これが攻防一体の妙手で、エイコンで盤上に呼び戻した将軍と合わさって、一気に盤面をミリー優位に持って行ったらしい。――なるほど、全然分からん。

 

「読み切れなかったとは、う~、悔しいです。……でも、楽しかったぁ」

 

 ユニスさんは銀髪をわしゃわしゃ掻き上げ、それでも可愛らしく笑ってくれる。

 

 女流棋士の見事な対局に、観客のおじさんたちも大満足。口々に褒めてくれた。

 そうして私たちは、お礼を言って駒と盤を返し、ベンチから立ち上がる。

 

「って、ええぇ! もう夕方じゃないですかぁ!?」

 

 すると、ユニスさんが悲鳴を上げる。あ、やっぱり気付いてなかった感じですか。

 

 太陽は随分傾き、石造りの街が黄金色に輝いている。対局に入り込みすぎて、ミリーもユニスさんも時間を忘れていたのだ。

 

「すみません。あんまり夢中でしたから。……声、かけた方がよかったですか?」

 

 私がそう尋ねると、ユニスさんは首をぶんぶん横に振って、

 

「そんなそんな! 私が対局をお願いしたんですよぅ。ナオさんは悪くありません!」

 

 そう言ってくれる。でも、

 

「う~、今日中に済ませたい用事があったのに~」

 

 学者先生は大ポカに頭を抱える。

 これ以上引き留める訳にも行かないので、ユニスさんとはその場で分かれることに。

 

「じゃあ、聖示物(ミュステリオン)の件はまた調べて報告しますね」

「はい。よろしくお願いします」

 

 私は頭を下げ、改めて相談事を頼む。そうしてユニスさんが立ち去ろうとしかけて、はたと足を止める。

 

「あの……さっきの対局、すごく面白かったです。……私、その、あんまり友人がいなくて、エイコンを出来る人も、その……」

 

 そして、おずおずとそう切り出す。

 夕日に照らされ、輝くユニスさんはとても綺麗で、なんだかとっても可愛らしくて。

 

「もちろん! リターンマッチはいつでも受け付けてますよ!」

 

 私はつい、そう大見得を切ってしまったのだ。

 

 

 

   ×  ×  ×

 

 

 

「ごめん、だいぶ時間かかっちゃった!」

 

 そうして私たちは、広場の隅で待ちぼうけを食わせていたクレムの元へと走り寄る。

 

「すまない。待たせたのは私だ」

 

 と、ミリーも流石にちょっと申し訳なさそう。けど、

 

「いいえ。私は大丈夫ですよ。……お二人とも楽しそうでしたし、ユニス様とも仲良くなれたのでしょう? 何よりです」

 

 朗らかな微笑みと共に、クレムはそう言ってくれる。

 

 あれだけ待たせたらちょっとは気分を害しそうなものなのに、私たちのことを思って喜んでくれるなんて、この子はどこまでも優しいんだから。

 

「さて、それじゃあ私たちも帰ろっか。今日はもう、出来合いのおかずで済ませちゃおう。何か食べたいのある?」

 

 すっかり遅くなってしまった。酒場に帰る頃には夜になっているだろう。

 私は苦笑を浮かべ、クレムとミリーと一緒に黄金色に輝く石畳を歩き出す。

 

 考えてみれば、今日は一日大変だった。

 色んな出来事が目まぐるしく押し寄せてきて、たくさんの人と出会って。

 

「どうしました? ナオ、なんだか嬉しそうですね」

「ふふ、うん。とっても!」

 

 でも、この出会いはきっと、掛け替えのないものだと思う。

 私は浮かれた気持ちを隠しもせずに、夕焼け空に笑いかけた。

 

 

 

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