ナオのゴスペル   作:抱き猫

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13 お仕事再開

 

 

 新生活が始まって、しばらく経った。

 

 夜も明けない時分に起きて身支度を済ませると、まずはお店の周りを掃き清める。

 

 そして厨房へ赴き、商品の準備。しばらくすると、ミリーに起こされてクレムが降りてくる。

 私が早めに起きているだけなのに、毎度恐縮しちゃうクレムを宥めて、二人で作業。

 

 教会が朝の鐘を鳴らす頃には準備万端だ。

 酒場のドアを開けると、そこには少年少女たちが待っている。

 

「おはよー姉ちゃんたち!」

「おはよう皆! 今日も元気だね!」

 

 メル君やロレッタちゃん、呼び売りの子供たちが声を揃えて挨拶してくれる。

 

 酒場を手に入れた私たちだけど、折角の大きな建物を遊ばせておくのはもったいないし、所有している以上は維持費もかかってしまう。シーラさんと相談してみて、出来ることからお金を稼ごうという話になった。

 

 そんなわけで、私たちは再び清涼飲料水の販売を始めることにしたのだ。

 

「で、どんな感じ? 新商品の評判は?」

「まあまあいいよ。レモネードの時ほどじゃないけど、みんな美味しいってさ」

「そっか、ならよかったよかった」

 

 酒場に子供たちを入れて、水筒を配りながらメル君と雑談。

 

 砂糖と塩とフルーツビネガーで作ってみたなんちゃってスポーツドリンクだけど、そこそこには売れてるみたい。ミリーとクレムに何度も試飲してもらったかいがある。

 

「あ、でもクッキーの方はバカ売れだぜ! あればあるだけ売れるから、もっと作ってくれてもいいよ!」

 

 と、メル君が人懐っこい笑顔でそう告げる。

 

 折角大きな厨房が使えるようになったことだし、簡単な焼き菓子も商品にしてみたら、随分と好評らしい。やっぱり甘味の誘惑に抗える人なんていないよね。

 

「へえ、嬉しいな。あ、そういえばみんなに新作を味見してもらうんだった」

 

 気を良くした私がそう告げると、子供たちの目が爛々と輝く。クッキーの時もみんなに配って大好評だったから、結構期待されてるのかな。

 

「あ、それってこの前持ってきたイチゴじゃん!」

「へっへ~ん。早速ジャムを作ってみました」

 

 取り出したるは、宝石のように輝く鮮やかなイチゴジャムだ。この間、私が好きそうだからって、メル君が出回りのイチゴを持ってきてくれたのだ。

 

 切ったパンにたっぷりとジャムを塗り、子供たちに配る。彼らは待ちきれないとばかりに頬張ると、

 

「ん~~おいしい!」

「すごい甘いよ、これ!」

 

 そう口々に褒めてくれる。みんなおかわりをして、バゲットが二本、ジャム一瓶はすぐに無くなってしまった。

 

 うん。よかった。この子たちは育ち盛りだし、いっぱい食べて貰わないと。

 

 ピアソン一家の傘下になって、随分暮らしぶりは良くなったそうだけど、やっぱり大変なお仕事で、時には満足に食べられない日もあるらしいし。

 

 私には食べ物を増やせる聖示物(ミュステリオン)があるから、何やかやと理由を付けて、時々みんなにご飯を振る舞っているのだ。

 

「それじゃあみんな、今日も頑張っておいでね!」

「は~い!」

 

 お腹が膨れた子供たちを見送り、朝の業務はつつがなく完了。けど、今日は居残りさんがいる。

 

「メル様、如何なされましたか?」

「あ、いや、そんな大した用事じゃないんだけど……」

 

 そうクレムに尋ねられ、酒場に立ち尽くしていたメル君があたふたと慌てる。

 

「えっと、その、姉ちゃんたちに相談なんだけど……」

 

 何時もの元気な姿は何処へやら、緊張したように話しかけてくるメル君。

 んー? この反応、何か既視感があるぞ。

 

「え、なになに、どうしたの?」

 

 私とクレムが身を乗り出すと、少年はさらに縮こまってしまう。そして、

 

「えっと、……女の子って、どんな物を貰ったら嬉しいのかな」

 

 消え入りそうな声で、そう尋ねてきた。

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

「だ、誰にも言わないでよ! 絶対ないしょだかんな!」

「はいはいもちろん。ちゃんと考えとくから、安心して行ってらっしゃい」

 

 顔を真っ赤にして何度も念押しするメル君を、私は笑いながら見送る。

 

 何のことはない、彼から持ちかけられた相談は、ロレッタちゃんへの贈り物を一緒に考えてくれというものだった。

 

 彼が数日前から手袋をしていたのには気付いていた。だって、前にロレッタちゃんと相談して決めた乗馬用グローブだもの。安物だけど、予行演習に使いなさいな。って決め台詞まで一緒に考えたんだから、間違いない。

 

 無事に手袋を渡せたんだとほっこりしていたんだけど、どうやらメル君、思った以上に気に入ってくれたらしい。

 

 こうしてお返しを考えてくれるなんて、ロレッタちゃん、あと一押しだよこれ。

 

「うふふ」

 

 少年少女の甘酸っぱい恋模様に、にやにやと笑み崩れる私。

 

「……お二人とも、上手く行くといいですね」

 

 色恋沙汰には疎いクレムも、流石にメル君とロレッタちゃんの仲を感じ取ったのか、赤面してそう呟く。

 

「私たちも責任重大だよ。素敵な贈り物をアドバイスしてあげないと!」

 

 私は大真面目にクレムへそう語りかける。

 

 そして朝の仕事が綺麗に片付くと、ようやく朝ごはんの時間だ。

 昨日の残りのスープを温めて、刻んだベーコンと玉ねぎ、ハーブとチーズを入れたオムレツをちゃちゃっと焼いて、パンを並べれば完成。

 

 出来上がった食事を酒場のテーブルに持って行く。すると、

 

「あら、美味しそうな匂い」

 

 階上から高く澄んだ女性の声が。

 

「おはよーございます。ご飯できてますよ!」

 

 二階から酒場へと降りてきたのは、金髪翠眼の美女テオドラさんだ。

 

 結局、彼女には二階の一室を使ってもらうことになった。

 あまり詳しい話は聞かなかったけど、宿も決まっておらず、しばらくはオストバーグに滞在するそうだし、それなら、ここに泊まればどうかと私が勧めたのだ。

 

 そこまでしてもらうのは悪いとテオドラさんは固辞したけど、兵隊さんを追い返してもらった恩もあるし、健康状態も気になったし、私が強引に話を纏めてしまったのだ。

 

 無償でいいと申し出たのだけれど、一応は宿代として幾らか貰っている。でも、そんなに大きな額ではなくて、代わりに私たちも店番を頼んだりと、なんだか変な関係。でも、

 

「それにしても綺麗に作るわね。中もふわふわだし。卵料理を美味しくつくれるのは、よっぽどの料理上手よ」

 

 朝ごはんを美味しそうに食べるテオドラさんは、なんだかとっても幸せそうで、私は彼女がこの家に居てくれてホントに嬉しい。

 

 どんな人なのかはまだ全然分からないけど、もっと仲良くなって、いつか教えて貰えればいいなと思う。

 

「コンポートも素敵ね。まるで宝石みたい」

「ジャムも美味しいですけど、形が残るのがいいですよね」

 

 パンの上で輝く真っ赤な果実に、私とテオドラさんは揃って微笑む。

 

 いや実際、イチゴが手に入ったのは相当嬉しい。そのまま食べても美味しいけど、ジャムやコンポート、砂糖漬けにと加工もしやすい。

 

 特にジャムは高糖度にしてきちんと殺菌すれば半年から一年ぐらいは保存できる。極めて優秀な商品なので、もうかなりの量を作って地下室に保管してある。

 

 できればケーキやクレープなんかも作ってみたいんだけど、工程が掛かりすぎるので商品としては不向きみたい。生クリームとかは手に入り辛いし、ホイップするの大変だし。

 

 それでも試しにイチゴのクレープを作ってみたら、クレムたちには大好評だった。ミリーなんて目を真ん丸にして感動してくれたし、機材が揃えばクレープ屋さんなんかもしてみたりして。

 

「それで、今日は店番をしてればいいのかしら」

「あ、そうなんです。お願いできますか?」

 

 朝食が済むと、テオドラさんがそう尋ねてくる。今日は午前中、クレムと一緒に出掛ける予定だったので、昨日の夜に店番を頼んだのだ。

 

「えっと、クッキーは厨房の籠の中にある分だけで全部です。飲み物は(かめ)に原液が入ってますから、水で希釈してもらって。割合は……」

「心配いらないわ。もう覚えたから」

 

 細々説明しようとすると、テオドラさんが嫣然(えんぜん)とそう告げる。

 

 確かにそうだ。この人はすっごく聡明で万事に卒が無く、有能を絵にかいたような人だ。たぶん、店の切り盛りなら私なんかよりも遥かに上手い。

 

「どうぞよろしくお願いいたします。昼過ぎには戻りますので」

「任されました。クレムちゃんたちもゆっくりしてきていいのよ?」

 

 礼儀正しく頼み込むクレムに、テオドラさんは笑顔で応じる。

 

 テオドラさんをこの家に泊めることには、クレムやミリーも最初は抵抗があったみたいだけど、今では大分馴染んできたみたい。

 まだちょっとぎこちなさが残るけど、これからもっと仲良くなってくれたらいいな。

 

「さてと、それじゃあ行きますか」

「ええ、皆さんお元気でしょうか……」

 

 そうして、私たちは出支度をしてお店を出る。向かうのは、サレス区の貧民街だ。

 

 

 

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