ナオのゴスペル   作:抱き猫

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17 祝宴

 

 

「それでは皆さん、今日も一日お疲れ様でした~!!」

 

 何日か過ぎたある夜。

 酒場にはいつもの面々が集まって、ささやかな祝宴が催されていた。

 

「すごいですねぇ。これ全部ナオさんが作ったんですかぁ?」

 

 お勤め帰りに立ち寄ってくれたユニスさんが、目を丸くして驚く。

 

「あはは、流石に今日はクレムとテオドラさんにも手伝ってもらいましたよ」

 

 大テーブルの上には、具沢山のブイヤベースにベシャメルソースのクロケット、豚バラ肉の煮込み焼きに野菜のキッシュ、何種類かのパンにフルーツの盛り合わせ、ワインにジンジャーエールと、所狭しと料理が並んでいる。

 

 ふふん、私も久しぶりに思いっきり料理ができて満足だ。なんたって、今日はお祝いなんだから。

 

「どこかのお店で修行したの? 普通の子はここまでできないでしょうに……」

 

 と、シーラさんは驚き半分、呆れ半分といった風に呟く。

 

「まあ、細かいことはいいじゃない。ささ、今日は飲むわよー」

 

 テオドラさんは早速ワインを開けて、グラスに注いで回っている。私とクレムはジンジャーエールで乾杯。いや、別に飲酒に年齢制限とかないらしいけど、飲んだことないし、一応は、ね?

 

「無事に話が運んでよかったですね」

 

 そう語りかけるのはクレムだ。

 今日の集まりは、先日提案したつまみ細工の件が、本決まりになったことへのお祝いだ。

 

「もうホントそう。とんとん拍子に話が進んで驚いちゃった。これもピアソンさんちのお蔭だよ」

 

 私は笑顔でそう答える。

 

 実際問題、私は仕立屋組合の偉い人とデザイナーさんに作り方を詳しく教えただけで、あとの手配は全部シーラさんとピアソン一家の人たちがやってくれた。

 

 話していたように、貧民街の人たちにも仕事がきちんと行くように取り計らってくれたそうな。試作品はもうできていて、評判も上々らしい。

 

 仕立屋さんも日本風の細工物は初めて見るそうで、随分創作意欲を掻きたてられたみたい。これは上手くすると、ちょっとしたブームになるかも。

 

「本当によかったの? あなたの名前を入れなくて」

 

 銘々食事を取り分けて、パーティーが始まると、ワイングラスを片手にシーラさんがそう話しかけてきた。

 

「別に私が考えた訳でもないですから」

 

 彼女が気にしているのは、一連の細工物の権利を私が放棄してしまったことだ。

 

 この世界に登録商標なんてものは無いそうだけど、それでも発案者は普通、商品に自分の名前やブランド名を付けるらしい。

 

「でも、あなたは応分の報酬を受け取って然るべきなのよ?」

 

 それに、取り分の話もある。仕立屋さんだってプロなんだから、意匠権には敏感だ。人のアイデアを我が物にしてお金儲けをするなんて、彼らの職人としてのプライドが許さない。

 

「そこはまぁ、いいようにしてもらえれば。名前が表に出るのが困るだけですし。……あと、お金の件に関してはホントに気にしないでくださいね。もともと貧民街の人にも仕事をって話でしたし。その分皆さんに渡してあげてください」

「ナオさん……」

 

 無欲に過ぎる私の発言に、シーラさんは感極まったように言葉に詰まる。けど、

 

「いやいや、そんな格好いい理由じゃないんですよ。……私ってば臆病で、目に見えないところでしがらみができて、それもお金が関係したりすると、ちょっと怖いんです。知らない間に、いろんなモノを背負い込んじゃいそうで」

 

 私は嘘偽りのない胸の内を語る。

 

 聖示物(ミュステリオン)や、この酒場の件も同じだ。個人で扱いきれないモノを持つのは、どうしてもある種の抵抗を感じるのだ。

 

 今回のつまみ細工にしたって、私が一から考えて、工夫をして作ったモノじゃないし。だから、みんなの役に立つように使ってもらうのが一番いいと思う。

 

 そんな意味の事を伝えると、

 

「「…………」」

 

 シーラさんだけでなく、テオドラさんとユニスさんまで、私に意味ありげな視線を向けてくる。

 

「もう、なんでもないですってば! そんなことよりご飯にしましょ! どれも自信作なんですよ。温かい内にどうぞ!」

 

 私は照れを誤魔化すように、そう大声を張り上げた。

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

「これ美味しいわね、クリームがとっても滑らか……」

「スープも魚介の旨味が効いてて美味しいわ。いくらでもお酒が進みそう」

「お肉も凄いですよぅ。さっくりしてるのに、油と肉汁がじゅわっと出てきます~」

 

 パーティーは順調に盛り上がり、お姉さん方も随分お酒が進んで来た。ふふん、美味しい料理の前では、小難しい話など不要なのだ。

 

「ベシャメルソースは二回裏ごしして、ブイヤベースは魚の頭と骨をしっかり焼いて出汁を取りました。豚バラは塩漬けの加減がコツなんですよ」

 

 私はみんなに料理をサーブしながら、あれやこれやと雑談に興じる。

 場もすっかり温まって、皆さん楽しそう。けど、

 

「…………」

 

 ふと視線を移せば、クレムはなんだかぼんやりとした様子で宴席を眺めている。

 

「どうしたのクレム。これ食べてみない? イチゴ入れたベニエだよ。好物でしょ?」

「へ? え、ええ、頂きます。……私がコレを好きだって、話しましたっけ?」

「あれ、そういえば何時聞いたんだっけ?」

 

 甘い揚げ菓子を頬張ると、クレムの青い瞳が嬉しそうに輝く。どこか遠い目をしてたみたいだけど、気の所為だったのかな。

 

「……あの、実は私、こういった賑やかな席に出るのは初めてで」

 

 すると、彼女がそんな事を言い出した。

 ああ、なるほど。だからどんな風に楽しめばいいのか分からないんだ。

 

「ふっふーん」

 

 私はにんまりと笑って、クレムの隣に座り直す。

 そして肩に手を回すと、日本のポップスを歌い始めた。

 

 彼女はびっくりして固まってしまうけど、私はその身体を揺すりながら歌い続ける。正直、歌唱力には全然自信がないけど、みんな酔っぱらってるし、たぶん平気。ここは照れが一番の敵だし。

 

「ちょ、ちょっとナオ。お酒でも飲んだのですか?」

 

 私の奇行に驚くクレム。注目されるから恥ずかしさも倍だ。

 でも、テンポのいい歌と一緒に体が動くと、何やら彼女の緊張も解けてくる。そうして終わりには、私と一緒にリズムを取ってくれる。

 

「ね、楽しいでしょ?」

 

 一曲終えて拍手が飛んでくると、私はクレムにそう目配せ。

 彼女はまだ顔を赤らめていたけど、

 

「……はい。とても」

 

 小さな声で、でもはっきりとそう伝えてくれた。

 

「さて、ぼちぼちデザートでも出そうかな……皆さんまだ食べられます? ちょっとだけお腹空けといてくださいね」

 

 そしてさらに宴が進むと、私はそう言って静かに席を立つ。

 

 今夜の締めはイチゴのクレープだ。下準備はしてあるから、後はかまどに火を入れ、生地を焼くだけ。出来立てだと一層美味しいもんね。

 

「…………」

 

 私は酒場を歩きながら、それとなくカウンター席を眺め見る。そして、

 

「心配そうな顔はよしてくれ。この場に居合わせるだけで、私は存分に心地がいいよ」

 

 幽霊少女の灰色の瞳と、ばっちり目が合ってしまった。

 

「ナオは少し、周囲を気にし過ぎるところがある。この宴は君の業績を寿いでのモノだ。主役が楽しまなくてどうする」

 

 まるで困った子供をなだめるように、ミリーがそう呟く。

 

「あはは……」

 

 直接言葉はかけられないけど、図星を突かれた私は思わず頭を掻く。

 

 こうやってパーティーを開くと、どうしても参加できないミリーの事が気になってしまう。料理は先に何度も味見してもらったけど、やっぱり宴席の外側でポツリと座る少女の姿は、ついつい目で追ってしまうし。

 

「君やクレム、それのあの娘らを見るだけで十分に嬉しいとも。私の事を気に掛けてくれるなら、その分楽しみたまえ」

 

 と、ミリーは透き通るような微笑を浮かべてそう告げる。

 

 う~ん。やっぱりこの子には私の胸中なんて全部見透かされてるみたい。っていうか、包容力がありすぎて甘えたくなっちゃう。

 

「――うん」

 

 私は飛び切りの笑顔で心遣いに答えると、デザートを作るために厨房へと向かった。

 

 ――奇妙な事件が起きたのは、この後の事だった。

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 クレープを仕上げて戻ってくると、宴席では何やらみんなが騒いでいた。

 

「これがそうなの? なんていうか、全然それっぽくないわね」

 

 疑るような声を上げるのはシーラさんだ。褐色の頬を上気させ、何やら楽しそうにテーブルの上の何かを指で突いている。

 

「危ない代物じゃないでしょうね」

 

 珍しくも硬い声でそう尋ねるのはテオドラさんだ。彼女はお酒に強いらしく、あんまり顔色が変わっていない。

 

「な、なんですかぁその反応はぁ! 貴重な品なんですよぅ!?」

 

 一方、子供みたいな声で抗議しているのはユニスさんだ。彼女は顔から耳まで真っ赤で、もうべろんべろんに酔っぱらっている。

 

「なになに、どしたの?」

 

 険悪な雰囲気ではないけど、何やら騒がしいのでクレムに小声でそう尋ねる。

 

「いえ、ユニス様が聖示物(ミュステリオン)を見せてくれると申されまして……」

「といっても、元らしいんだけどね」

 

 そう混ぜっ返すのはシーラさん。彼女の指先には、十センチほどの毛糸らしきものが摘ままれている。

 

「むう……そんなこと言うなら返してくださいぃ!」

 

 と、ユニスさんがむくれてシーラさんの手から毛糸を取り上げ、内布の張られた小箱の中へと戻す。

 本気で怒っている訳ではないだろうけど、この人お酒が入ると動作が大きくなって、なんだかとっても可愛らしい。

 

 なんでも、ユニスさんが座興にと取り出したのは、機能を失った聖示物(ミュステリオン)だそうな。

 

「へえ、そんなことってあるんですね」

 

 私がクレープを並べつつそう尋ねると、

 

「大きく破損したりすると、能力が失われてしまうんです。これはぁ、王宮から研究用に私が預かった標本なんですよぅ」

 

 と、ユニスさんが説明してくれる。

 

 なんでも聖示物(ミュステリオン)は経年劣化こそしないけど、物理的には普通に壊れてしまうらしい。そして元の機能を果たせない程に壊れると、宿した超常の力も失ってしまうそうだ。

 

 そんな風に歴史の中に消えて行った聖示物(ミュステリオン)は幾つもあって、この千切れた毛糸もその内の一つとのこと。

 

「せっかくナオさんに見せてあげようと思ったのにぃ……」

 

 ユニスさんが拗ねたように呟く。

 

 この人、私が聖示物(ミュステリオン)に興味があるからって、わざわざサンプルを持ってきてくれたのだ。

 能力を失ったとはいえ、とても貴重な品だろうに。彼女の思いやりに、なんだか頬が緩んでしまう。

 

「私も見せてもらっていいですか」

「どうぞどうぞ~。えへへ、その為に持ってきたんですからぁ」

 

 私が頼むと、ユニスさんは笑み崩れて小箱を差し出してくれる。

 

「見た目は普通の毛糸みたいですけど……」

 

 古ぼけたクリーム色の毛糸は、番手も普通の大きさだし、超常的なパワーが宿っていたようには全然見えない。っていうか、正直床に落ちてたら箒で掃いてくずかごに入れちゃうと思う。端っこの方、なんか焦げてるし。

 

「ふ~ん……」

 

 なんだか全然パッとしない見た目だけど、折角持ってきてくれたのだからと、私は毛糸を指でつまみ上げる。――驚くべき現象は、その瞬間に起きた。

 

「なっ――」

 

 私が手にした途端、毛糸が眩く発光を始めたのだ。

 それだけじゃない。光る毛糸は直ぐにその姿を変化させ、なんと切れ端からどんどん糸が伸びていく。

 

「わ、わ――」

 

 私が慌てふためく間にも、光る毛糸はどんどん虚空から紡ぎだされていって――そして最後には大きな毛糸玉になってしまう。

 

「…………」

 

 瞬く間に完了してしまった超常現象。

 居合わせた面々は言葉も無く、ただ茫然と私を見詰めている。

 

「…………マジですか」

 

 私は毛糸玉の重みを掌で確かに感じ取ると、乾いた声でそう呟いた。

 

 

 

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