ナオのゴスペル   作:抱き猫

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20 忙しい日々

 

 

 宴の夜から数日後。

 私たちの暮らしは、まったくもって順風満帆に進んでいた。

 

「今日は人数多いわね。ナオちゃん、奥から予備の焼き菓子だしてもいい?」

「は~い。また焼いときますんで、ある分全部売っちゃってください。あ、クレムひとりでそんなに持たないの! 手伝うから声かけて!」

 

 早朝、呼び売りの子供たちがやってくると、私は大声を張り上げながらお店と厨房を大急ぎで行ったり来たり。

 

 再開した商売は、嬉しいことに大好評だった。

 清涼飲料水の販売に加え、クッキーやジャムなどのお菓子も扱ってみたら、それらの売れ行きも絶好調。

 

 呼び売りの子たちも随分増えて、今では五十人以上がうちの商品を取り扱ってくれるようになった。水筒を担いでいると、お客さんの方から声をかけてくるらしく、彼らの仕事にも貢献できているみたい。

 

 で、そんなに高い値段では卸してないんだけど、人数が増えて客単価も上がったから、売り上げもかなり伸びている。

 

 資金に余裕もできてきたし、テオドラさんも手伝ってくれて人手も足りているので、最近ではもうちょっと商品を増やしてみようかと考えている。

 

「ナオ。裏に肉屋が配達に来ているぞ」

「おっとっと、ごめんクレム、表お願いね! ソーセージソーセージ!」

 

 ミリーの報せに、私は財布を引っ掴んで厨房の勝手口へ。支払いを済ませて、数十本のソーセージを仕入れる。

 

「どうしたのナオ姉ちゃん。また何か作るの?」

 

 売り場に戻ってみれば、呼び売り少年のメル君が目敏くそう問うてくる。

 

「まだ試作段階だけどね。働く人向けにガッツリ系のを作ろうと思って。――みんな、お昼前ぐらいに寄れたら来てくれないかな!」

 

 と、私は呼び売りの子たちに声をかける。

 

 甘味は手堅く売れるけど、やっぱり定番になるような商品も扱いたい。

 この世界って弁当文化はなくて、働く人のお昼はだいたいお店屋さんに入るか、屋台や露天商で買うかする。外食が盛んなのだ。

 

 レストランに入っての食事だと結構高くつくので、何か買って食べる人も多い。なので、私もちょいと試してみようと思ったのだ。

 

「わかった。絶対来るかんな!」

 

 と、メル君は威勢よく請け負って、酒場を飛び出していく。

 次いで、呼び売りの子たちも続々と街へ。

 彼らを見送って、朝の業務は終わり。と思いきや、

 

「お、ふふふ……」

 

 酒場の隅っこで、クレムが小さな女の子と親しげに話している。

 頭巾をした少女はロレッタちゃん。うちのお得意さんの一人で、オストバーグで出来た友達だ。

 

「とても似合っています。お綺麗ですよ」

「や、やだそんな。クレムお姉さまに綺麗だなんていわれても、恥ずかしいです……」

 

 クレムにほめそやされ、おしゃまな少女が可愛らしくはにかむ。

 

 何を話しているのかは、すぐに分かった。

 ロレッタちゃんのトレードマークの頭巾には、艶やかな白い花が咲いている。

 

「くふふ……メル君ちゃんと渡せたんだね」

 

 と、私は小声でほくそ笑む。

 

 少女の頭巾を飾る大輪の花は、すべてが飾り布で作られたつまみ細工だ。

 先日、ロレッタちゃんへのプレゼントを探していたメル君に、私がそれとなく勧めた品なのだ。

 

「べ、別になんでもないんですけどね。まあせっかく貰った物だから? お義理でも付けてあげないと、可哀想じゃないですか」

 

 と、ロレッタちゃんは赤面しながらもツンとお澄まし顔。そんな彼女が可愛くて、私はカウンターの中で笑み崩れてしまう。

 

「じゃあ行ってきますね!」

「はい。お気を付けられまして」

 

 そうしてロレッタちゃんを笑顔で送り出し、朝の仕事はつつがなく完了。

 

 次は私たちの朝ごはんだ。

 

 厨房に戻った私は、まずバケットを筒状に切り分ける。そして縦の切れ込みを入れて、ソーセージを挟む。そこにたっぷりのチーズと数種類のスパイスを降りかけて、オーブンで焼く。バゲットが焦げやすいので火加減には要注意。

 

 ソーセージに火が通り、チーズがいい塩梅にとろけたら、パセリを散らして完成。

 シンプルな組み合わせだけど、間違いなく美味しいチーズドッグだ。

 

「……うむ。塩味とコク、油と肉汁が合わさって美味だ。それをどっしりと受け止めるパンも素晴らしい。なにより、溶けたチーズが実に香り高いな」

 

 と、味見をしてくれたミリーも太鼓判を押してくれる。

 お昼に売り出そうと考えていた新メニューを、まずはみんなに試食してもらう。

 

「あら、いい匂いね」

 

 厨房を覗きこむのはテオドラさんだ。

 彼女にも手伝ってもらって何品かつけあわせを作ると、揃って席に着く。

 

「美味しいわこれ。特に男性には受けるんじゃないかしら」

「そのつもりで作ったんですよ。売り物にはもうちょっと塩をきかせてみようかなって思ってます」

 

 と、テオドラさんにも上々の評価。クレムもうんうんと頷いている。

 

 大工さんとか運送関係の人とか、外で働く男の人たちは多い。

 そんな彼らをターゲットに、がっつりタンパク質と塩分、エネルギーを補給できる男飯を売ってみようと考えたのだ。

 

 ただ、この手の食事は別に珍しくもなくて、街を歩けばどこでも買える。おまけに競合店も普通にレベルが高いから、差別化は難しいかも。

 

 まあ、呼び売りの子たちに配達してもらえるという利点はあるし、ちょっとずつ様子を見てみよう。店舗販売だといつも同じ商品揃えておかないと駄目だけど、卸売だとこういう所、小回りが利いていいよね。

 

「ごちそうさまでした」

 

 そうして朝食が済むと、今度はお昼の仕込みをする。

 

 まずはスポーツドリンク、クッキーら売れ筋商品からだ。朝に仕入れた分が捌けると子供たちが補充に来るので、その日の加減を見て、なるべくロスが出ないように作る。

 

 で、次は新商品のチーズドッグ。

 なるべく出来立てを提供したいので、下ごしらえだけしておく。冷暗所に置いて、後はお昼時に合わせて一気に焼いてしまいたい。

 

 普通のホットドッグも考えたんだけど、やっぱりケチャップが無いと物足りないので見送った。あ、でもトマトは食品として流通しているらしく、ぼちぼち出回るらしいとのこと。メル君には見かけたら真っ先に持ってきてって頼んである。

 

 ジャガイモとかも普通にあるし、オストバーグは都だけあって食材が豊かだ。

 ふふ、手に入れたら何作るか今から悩んじゃう。

 

「それにしても、ロレッタ様は嬉しそうでしたね。それに、なんだかとてもお綺麗でした。こう、生き生きしていらっしゃるというか……」

 

 と、仕込みを手伝ってくれていたクレムがそう溢す。

 

「やっぱり気になる子からプレゼントもらったら、舞い上がっちゃうよね」

 

 私もうんうん頷いて同意する。ロレッタちゃん。益々可愛くなってるもの。

 

「いやぁ。つまみ細工、シーラさんに都合してもらえてよかった」

 

 何日か前、工房の人が作ったつまみ細工をシーラさんが持ってきてくれたんだけど、流石はプロ。めちゃくちゃ綺麗で、おしゃれな品に仕上がっていた。

 

 丁度プレゼントの相談を受けていたので、その中から良さそうな品を見繕って、メル君に見せてあげた。

 

 貴金属とまではいかなくても、そこそこ値の張る品だけど、そこはほら、社員価格というか、関係者割引というか、まあ割安で売ってもらうことができたのだ。

 

「流行るといいですね」

「じわじわ売れてるみたいだよ? 定着してくれると嬉しいんだけど」

 

 私が発案したつまみ細工は、ぼちぼち市場にも出回ってるみたい。

 

 物珍しい装身具で、見た目も華やかだから評判もいい。

 主に市民階層の若い女性がターゲットなんだけと、もっと上流の人の目にも止まったとかで、お貴族様からオーダーメイドの注文もあるらしい。

 

 これで、貧民街の人たちの暮らしも少しは楽になったらなぁ。

 

「まあ、これからも二人を応援してあげようよ」

「――はい」

 

 私はクレムと笑みを交わして、作業に戻る。

 そうしてお昼前になると、やってきた子供たちにチーズドッグを卸す。それが済んだらしばらくお昼休み。

 

 今日はこの後、予定があるから。

 

「こんにちは~。来ましたよ」

「いらっしゃいませ。……って、そこまで厳重にすると、かえって危なくないですか?」

 

 酒場にやってきたのは、銀髪眼鏡のユニスさん。

 

 彼女は胸の前で小さなトランクを抱え込んで、しかもトランクを紐で自分の手首に結わえつけている。たぶん、この姿勢のまま家から来たんだろう。

 

 そうまでして彼女が運んできたのは、あの毛糸玉の聖示物(ミュステリオン)

 彼女の立会いの下、今日は起動実験を行うのだ。

 

 

 

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