宴の夜から数日後。
私たちの暮らしは、まったくもって順風満帆に進んでいた。
「今日は人数多いわね。ナオちゃん、奥から予備の焼き菓子だしてもいい?」
「は~い。また焼いときますんで、ある分全部売っちゃってください。あ、クレムひとりでそんなに持たないの! 手伝うから声かけて!」
早朝、呼び売りの子供たちがやってくると、私は大声を張り上げながらお店と厨房を大急ぎで行ったり来たり。
再開した商売は、嬉しいことに大好評だった。
清涼飲料水の販売に加え、クッキーやジャムなどのお菓子も扱ってみたら、それらの売れ行きも絶好調。
呼び売りの子たちも随分増えて、今では五十人以上がうちの商品を取り扱ってくれるようになった。水筒を担いでいると、お客さんの方から声をかけてくるらしく、彼らの仕事にも貢献できているみたい。
で、そんなに高い値段では卸してないんだけど、人数が増えて客単価も上がったから、売り上げもかなり伸びている。
資金に余裕もできてきたし、テオドラさんも手伝ってくれて人手も足りているので、最近ではもうちょっと商品を増やしてみようかと考えている。
「ナオ。裏に肉屋が配達に来ているぞ」
「おっとっと、ごめんクレム、表お願いね! ソーセージソーセージ!」
ミリーの報せに、私は財布を引っ掴んで厨房の勝手口へ。支払いを済ませて、数十本のソーセージを仕入れる。
「どうしたのナオ姉ちゃん。また何か作るの?」
売り場に戻ってみれば、呼び売り少年のメル君が目敏くそう問うてくる。
「まだ試作段階だけどね。働く人向けにガッツリ系のを作ろうと思って。――みんな、お昼前ぐらいに寄れたら来てくれないかな!」
と、私は呼び売りの子たちに声をかける。
甘味は手堅く売れるけど、やっぱり定番になるような商品も扱いたい。
この世界って弁当文化はなくて、働く人のお昼はだいたいお店屋さんに入るか、屋台や露天商で買うかする。外食が盛んなのだ。
レストランに入っての食事だと結構高くつくので、何か買って食べる人も多い。なので、私もちょいと試してみようと思ったのだ。
「わかった。絶対来るかんな!」
と、メル君は威勢よく請け負って、酒場を飛び出していく。
次いで、呼び売りの子たちも続々と街へ。
彼らを見送って、朝の業務は終わり。と思いきや、
「お、ふふふ……」
酒場の隅っこで、クレムが小さな女の子と親しげに話している。
頭巾をした少女はロレッタちゃん。うちのお得意さんの一人で、オストバーグで出来た友達だ。
「とても似合っています。お綺麗ですよ」
「や、やだそんな。クレムお姉さまに綺麗だなんていわれても、恥ずかしいです……」
クレムにほめそやされ、おしゃまな少女が可愛らしくはにかむ。
何を話しているのかは、すぐに分かった。
ロレッタちゃんのトレードマークの頭巾には、艶やかな白い花が咲いている。
「くふふ……メル君ちゃんと渡せたんだね」
と、私は小声でほくそ笑む。
少女の頭巾を飾る大輪の花は、すべてが飾り布で作られたつまみ細工だ。
先日、ロレッタちゃんへのプレゼントを探していたメル君に、私がそれとなく勧めた品なのだ。
「べ、別になんでもないんですけどね。まあせっかく貰った物だから? お義理でも付けてあげないと、可哀想じゃないですか」
と、ロレッタちゃんは赤面しながらもツンとお澄まし顔。そんな彼女が可愛くて、私はカウンターの中で笑み崩れてしまう。
「じゃあ行ってきますね!」
「はい。お気を付けられまして」
そうしてロレッタちゃんを笑顔で送り出し、朝の仕事はつつがなく完了。
次は私たちの朝ごはんだ。
厨房に戻った私は、まずバケットを筒状に切り分ける。そして縦の切れ込みを入れて、ソーセージを挟む。そこにたっぷりのチーズと数種類のスパイスを降りかけて、オーブンで焼く。バゲットが焦げやすいので火加減には要注意。
ソーセージに火が通り、チーズがいい塩梅にとろけたら、パセリを散らして完成。
シンプルな組み合わせだけど、間違いなく美味しいチーズドッグだ。
「……うむ。塩味とコク、油と肉汁が合わさって美味だ。それをどっしりと受け止めるパンも素晴らしい。なにより、溶けたチーズが実に香り高いな」
と、味見をしてくれたミリーも太鼓判を押してくれる。
お昼に売り出そうと考えていた新メニューを、まずはみんなに試食してもらう。
「あら、いい匂いね」
厨房を覗きこむのはテオドラさんだ。
彼女にも手伝ってもらって何品かつけあわせを作ると、揃って席に着く。
「美味しいわこれ。特に男性には受けるんじゃないかしら」
「そのつもりで作ったんですよ。売り物にはもうちょっと塩をきかせてみようかなって思ってます」
と、テオドラさんにも上々の評価。クレムもうんうんと頷いている。
大工さんとか運送関係の人とか、外で働く男の人たちは多い。
そんな彼らをターゲットに、がっつりタンパク質と塩分、エネルギーを補給できる男飯を売ってみようと考えたのだ。
ただ、この手の食事は別に珍しくもなくて、街を歩けばどこでも買える。おまけに競合店も普通にレベルが高いから、差別化は難しいかも。
まあ、呼び売りの子たちに配達してもらえるという利点はあるし、ちょっとずつ様子を見てみよう。店舗販売だといつも同じ商品揃えておかないと駄目だけど、卸売だとこういう所、小回りが利いていいよね。
「ごちそうさまでした」
そうして朝食が済むと、今度はお昼の仕込みをする。
まずはスポーツドリンク、クッキーら売れ筋商品からだ。朝に仕入れた分が捌けると子供たちが補充に来るので、その日の加減を見て、なるべくロスが出ないように作る。
で、次は新商品のチーズドッグ。
なるべく出来立てを提供したいので、下ごしらえだけしておく。冷暗所に置いて、後はお昼時に合わせて一気に焼いてしまいたい。
普通のホットドッグも考えたんだけど、やっぱりケチャップが無いと物足りないので見送った。あ、でもトマトは食品として流通しているらしく、ぼちぼち出回るらしいとのこと。メル君には見かけたら真っ先に持ってきてって頼んである。
ジャガイモとかも普通にあるし、オストバーグは都だけあって食材が豊かだ。
ふふ、手に入れたら何作るか今から悩んじゃう。
「それにしても、ロレッタ様は嬉しそうでしたね。それに、なんだかとてもお綺麗でした。こう、生き生きしていらっしゃるというか……」
と、仕込みを手伝ってくれていたクレムがそう溢す。
「やっぱり気になる子からプレゼントもらったら、舞い上がっちゃうよね」
私もうんうん頷いて同意する。ロレッタちゃん。益々可愛くなってるもの。
「いやぁ。つまみ細工、シーラさんに都合してもらえてよかった」
何日か前、工房の人が作ったつまみ細工をシーラさんが持ってきてくれたんだけど、流石はプロ。めちゃくちゃ綺麗で、おしゃれな品に仕上がっていた。
丁度プレゼントの相談を受けていたので、その中から良さそうな品を見繕って、メル君に見せてあげた。
貴金属とまではいかなくても、そこそこ値の張る品だけど、そこはほら、社員価格というか、関係者割引というか、まあ割安で売ってもらうことができたのだ。
「流行るといいですね」
「じわじわ売れてるみたいだよ? 定着してくれると嬉しいんだけど」
私が発案したつまみ細工は、ぼちぼち市場にも出回ってるみたい。
物珍しい装身具で、見た目も華やかだから評判もいい。
主に市民階層の若い女性がターゲットなんだけと、もっと上流の人の目にも止まったとかで、お貴族様からオーダーメイドの注文もあるらしい。
これで、貧民街の人たちの暮らしも少しは楽になったらなぁ。
「まあ、これからも二人を応援してあげようよ」
「――はい」
私はクレムと笑みを交わして、作業に戻る。
そうしてお昼前になると、やってきた子供たちにチーズドッグを卸す。それが済んだらしばらくお昼休み。
今日はこの後、予定があるから。
「こんにちは~。来ましたよ」
「いらっしゃいませ。……って、そこまで厳重にすると、かえって危なくないですか?」
酒場にやってきたのは、銀髪眼鏡のユニスさん。
彼女は胸の前で小さなトランクを抱え込んで、しかもトランクを紐で自分の手首に結わえつけている。たぶん、この姿勢のまま家から来たんだろう。
そうまでして彼女が運んできたのは、あの毛糸玉の
彼女の立会いの下、今日は起動実験を行うのだ。