ナオのゴスペル   作:抱き猫

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27 ミリーの質問

 

 

 室内の空気が、ピンと張りつめる。

 

 小さな幽霊少女は、嘘や誤魔化しを絶対に許さないといった風に、テオドラさんを見詰めている。

 

「ちょ、ちょっとミリー、どうしたの?」

 

 かつてないほど威圧的な態度の少女に、私は慌てて声をかける。すると、

 

「ナオ。私もミリーと同じ意見です。テオドラ様の胸中を伺いたく存じます」

 

 それまで沈黙を保っていたクレムが、はっきりとそう告げる。

 

「え、え?」

 

 なぜ二人がテオドラさんを詰問するのか分からない。初めて話をするミリーはともかく、クレムとは良好な関係だったのに。

 

「そもそもテオドラ、君は市警の横暴とは直接的な利害関係を持たない外国人だ。以前、この地に用は無いと話していたな? それが本当ならば、君は何も案ずる必要はない。面倒が起きれば、街を出れば済む話だ」

 

 と、ミリーが鋭い声で尋ねる。まあ、確かにそうなるのかな?

 

「にもかかわらず、君はピアソン一家に協力しようとしている。……シーラ個人との関係に基づくなら構わないが、そこにナオを巻きこもうという魂胆が解せない」

「ま、巻き込むだなんて、ミリー失礼だよ!」

 

 幽霊少女の言い草に、私は慌てて謝罪する。けれど、

 

「ナオの特異な事情には気付いているのだろう。その上で、この子を騒動に関わらせようとするのは何故だ?」

 

 ミリーは有無を言わさぬ凄みで、テオドラさんに質問を投げかける。

 見れば、クレムも真剣な表情で答えを待っている。

 

「ど、どうしたの? 二人とも、なんだか怖いよ……」

 

 戸惑うも、二人はまったく意に介さない。これ、私の所為でこんな空気になってるの?

 

「そうね……あなたたちが不審に思うのも当然だわ」

 

 すると、テオドラさんが観念したように呟く。

 

「確かに、思惑あってのことよ。……ただ、最初に言い訳しておくわ。私は外国人だけど、祖国には帰れないし、他に行くあてがないの」

 

 静かに、誠意をもって彼女は語り始める。

 

「当面の目的は、この街に居座ること。……外に逃げても良かったけれど、ナオちゃんの所が心地良くて、ついここに留まりたいと思ったの」

 

 私の顔をちらりと見るテオドラさん。その横顔が儚げで、それでもどこか申し訳なさそうで、どきりとする。

 

「シーラのことも心配だったし、事態の収拾に協力したいのは本心よ。……ナオちゃんに関しては、切り札になると考えたのよ。託宣者(アクシオス)の声望は絶大だから」

「それで、この子を政治闘争に巻き込もうとしたのか。矢面に立つやも知れぬナオに、意図も知らせず」

 

 独白するテオドラさんに、ミリーがやにわに難詰する。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。仮にの話でしょ? そこまで怒らなくても……」

「利用しようとしたことが問題なのです。ナオ。あなたは自分の立場を軽く考えすぎです」

 

 仲裁しようとする私を、クレムが制する。

 

「…………」

 

 ミリーとクレムに責められ、テオドラさんは返す言葉を失ってしまう。

 

「ええそうね。私はこの子を、ナオちゃんを利用しようとした。あなたたちの怒りももっともだと思う。何の申し開きもできないわ」

 

 そうして、ついに謝罪の言葉を口にする。

 

「もう二人ともいい加減にしてよ! テオドラさんを責めたって、何にも解決しないでしょ!?」

 

 と、私はつい声を荒らげて叫ぶ。すると、

 

「……確かに、こんな子を良いように使おうとするなんて、怒られて当然よね」

 

 隣からくすりと笑う吐息。

 見れば、テオドラさんがさも愉快そうに微笑んでいる。そして、

 

「私はナオちゃんを駒にしようとした。けど、温存してもなんとかなりそうね」

 

 金髪の美女は髪を掻き上げ、一転して自信たっぷりにそう呟く。

 

「――ほう?」

 

 その様子に、ミリーはいくばくか怒りを収め、興味深そうに視線を送る。

 

「この騒動を鎮める道筋が見えてきたわ。成功するか確約はできないけど……どう? 話だけでも聞いてみない?」

 

 嫣然とそう微笑むテオドラさん。ミリーはまだ猜疑の色を浮かべていたけど、

 

「……その計画は、ナオとクレムの心身を、社会的立場を損なわぬものか?」

 

 鋭い眼差しでそう尋ねる。

 

「当たり前でしょう? こんないい子たちに何かあったら、流石の私も罪悪感で潰れちゃうわ。……聖女マルヴィナに誓って、この子たちを危険にはさらしません」

 

 と、テオドラさんが宣言する。

 そして、しばらくミリーとにらめっこ。

 

 私は緊張で気が気じゃない。う~ん、折角みんなに彼女を紹介できると思ったに、どうしてこんなことになっちゃったのか。

 

「……ともあれ、私がナオの意思を決定することはできない。――どうする。このままテオドラと協力し、シーラを手助けするか?」

 

 長い長い沈黙の後、ミリーが厳かにそう問うてきた。

 

「へ? 当然でしょ? だってロレッタちゃんも貧民街の人も心配だし、出来ることがあったら何でも手伝うよ。――ミリーも喧嘩してないで、テオドラさんたちと相談してくれたらいいのに」

 

 いきなり水を向けられ、私は反射的にそう答える。すると、

 

「――はぁ」

 

 幽霊少女は眉間を指で押さえ、やれやれと言った風に首を振る。で、

 

「――ふふ、あなたも大変そうね。ずっとこんな調子だったの?」

 

 テオドラさんも口元に手を当て楽しそうに笑っている。え、何? 和解したの?

 

「このような娘なのだ。あまり無体な事はしないでやってくれ」

「もちろんよ。――あなたが入れ込むのも、分かるわ」

 

 いつの間に仲良くなったのか、ミリーとテオドラさんが言葉を交わす。

 険悪な空気はすっかり無くなって、クレムも普段通りの雰囲気に戻っている。

 

 うーん、揉めた理由もよくわかんないけど、仲直りした理由はもっとわかんない。

 

「もう、ミリーもクレムも過剰反応しすぎだよ。私、びっくりしちゃった」

 

 ひとまず安心した私は、とにかくそう笑い飛ばす。すると、

 

「仕方のないことだ。君も役所ではクレムの件で取り乱しただろう。我々の心情も理解できるはずだ」

「うぐ……」

 

 ミリーに大真面目に返され、私は言葉に詰まる。

 

 っていうか、今更ながらに二人が私の為に怒っていたんだという事実に、嬉しいやら気恥ずかしいやら、顔が熱くなってくる。

 

「私の件で取り乱した。とは?」

「ああいやいや、何でもないの! いやあったけど……後で話すね!」

 

 怪訝そうなクレムに慌てて誤魔化す私。もう、恥ずかしいから黙ってたのに、知られてしまった。

 

「……ということで、私たちも手伝いたいんだけど、良いかしら?」

 

 とりあえず場が収まったことを確認すると、テオドラさんがシーラさんにそう尋ねる。

 褐色肌の美女は一連のやり取りをずっと眺めていたわけなんだけど、

 

「あのね、勝手に話を進めないでちょうだい。私、まだ一言も手を貸してほしいなんて頼んでないわよ」

 

 と、心外そうに息を吐く。

 

「そもそもあなたたち、そんな簡単に協力しようとか言わないで。ピアソン一家(うち)には敵だって多いのよ。関係者とみなされたらどうするの」

 

 そう忠告するシーラさん。けど、

 

「もちろん、表立って動くつもりなんてないわよ。何の権限も肩書も無いから、どちらにしても不可能だし。……ただ、私たちは友人の苦労を、陰ながら支えたいだけよ」

 

 と、テオドラさんは艶麗な仕草で告げる。

 

「……具体的な方策は?」

 

 実際問題として、市警の活動に苦慮していたであろうシーラさんは、私たちの協力を受け入れてくれたみたい。

 照れたような、拗ねたような表情でそう尋ねる。

 

「まずは情報の整理からね。ミリーちゃん。あなたにも是非協力してもらいたいんだけど」

「いいだろう。ナオたちのためなら、君に顎で使われてやっても構わない」

「……流石に話が早いわね。助かるわ。あなたが居れば百人力よ」

 

 と、何やらみんなでいろいろ語り始めた。

 

 私はいまいち作戦会議に参加できず、ぼけっと現場に居合わせるだけ。

 

 でも、ミリーもクレムも、テオドラさんにシーラさんユニスさんだって、なんだかすごく真剣に話し合っていて、彼女たちの距離はぐっと近付いたみたい。

 

 これで街が平和になって、誰も傷つかなくて済むようになればいいのに。

 私はそう願わずにはいられなかった。

 

 

 

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