原作既読者がいく実力至上主義の教室   作:三色

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5話

 入学式は無事に終了した。

 偉い人がありがたい話をして代わり映えのないものだったが、私からすると、坂柳の父親である理事長と、堀北の兄である堀北学生徒会長の顔を見ることができて、その点は非常に有意義な式だったといえる。

 式の後にはそのまま施設の説明を受け、寮の前で私たちは解散とあいなった。ほとんどの生徒がそのまま寮に戻っていくが、私はその流れから離れて行く。

 目的地は3年生の寮だ。

 

 都合のいいことに寮の前の道にベンチがあったので、それに座って絵を描きながら目的の人を待つ。

何人かが私のことを見ながら不思議そうな顔をして通り過ぎていく。おそらく昼食をとるために出てきたであろう3年生だろう。

 彼が来るまでに描きあげたい一枚があるので、昼食も取らずにここまで来たのだ。なければないでどうにかするしかないができれば間に合わせたい。

 

 入学式後にも生徒会の仕事があったのであろう。目的の人である堀北学生徒会長が来たのは夕方になってからであった。小柄な少女が一緒に歩いているが、そちらは書記の橘茜だ。これなら昼食くらいは取ってからくるんだったと後悔しながらベンチを立ち上がり、彼の前に立った。

 

「何の用だ」

 

 堀北生徒会長がこちらに問いかける。

 

「1年の仲保義明です。生徒会長に相談があって参りました。失礼かと思いましたが、あまり他の人には聞かれたくない話題でしたので、待ち伏せをさせていただきました」

 

 理由はこちらを見ていただければ分かるかと思いますと添えて、クロッキー帳を堀北生徒会長に直接手渡した。

 訝しみながらクロッキー帳を開いた彼の眼が見開かれる。

 

 タイトル「卒業」

 ショートカットの堀北鈴音を描いた絵だ。

 思った以上に時間があったので、かなりしっかりと描き込むことができた自信作である。

 

 一瞬だけ驚いた表情をした堀北生徒会長だったがすぐに厳しい顔に戻り、こちらを睨みつけた。

 

「分かった。俺の部屋で話を聞こう」

 

 会長!? と驚く橘書記をよそに堀北生徒会長が前を歩く。

 うわー、明らかに怒ってるよあれ。どうしよ。

 

 

 壁ドンという言葉を知っているだろうか。

 隣の部屋がうるさい時に抗議の意を込め壁を叩く方ではなく、壁に手をついてヒロインを壁際に追い込むあれである。

 前々から思っていたのだが、あれは好きな人からされるからキュンとするのであって、それ以外の人からされたら恐怖以外の何物でもないのではないだろうか。

 

 というか実際すごく怖い。

 

 堀北生徒会長の部屋に入った私はドアが閉まった瞬間に振り返った彼に突き飛ばされ、そのままドアに押し付けられていた。

 

「あの絵は一体なんだ」

 

 感情を感じさせない声音で問いかけられる。

 

「未来の彼女ですよ」

 

「ふざけているのか」

 

 こちらを押さえつける手に力がこもる。

 

「本当ですよ。会長が卒業してこの学校を去る日に堀北さんは髪を切って会長の前に現れます。私が読んだ未来ではそうでした」

 

 生徒会長はこちらを押さえつけたまま目で続けろと言う。

 

「私はこれから1年間の未来を知っています。何と言えば理解してもらえるでしょうか。……そう、物語。これから先、1年生の間で行われるクラスポイントを巡る争いについて、私は物語を読むように知っています。Dクラスの中心となる妹さんの成長についてもその中で知りました」

 

 もっと正確に言えば、物語を読むようにではなく、実際物語として読んでいたのだが。

 

「相談したかったのは、妹さんのことではありません。ただ、あれを見せれば二人きりにしていただけると思いましたので」

 

 目的が堀北でないことを伝えると会長はこちらを押さえつけるのを止めてくれた。

 原作を読んだときにも少し感じたが、会長は少々暴力的過ぎやしないだろうか。というか、ここまで想っている家族に対して、全力の攻撃を入れるのは彼の中でどういう風に理屈が通っているんだろうか。

 

「ありがとうございます。それでは本題に入りたいと思うのですがその前に」

 

 上がってもよろしいでしょうか。と続けると会長は面白くなさそうにしながら舌打ちをした。

 

 

 

 堀北生徒会長の部屋の中は整然としていた。

 本棚を見ればその人が分かるというが、部屋まで見ればもっとよく分かる。必要なものが過不足なく置かれた部屋は、生徒の模範たる生徒会長らしい部屋だった。

 出されたコーヒーを啜りながら、そんなことを思う。

 会長がカップを置いたのに合わせて口火を切った。

 

「まずは妹さんをだしにして、不快な思いをさせてしまったことを謝罪させていただきます」

 

 申し訳ありませんでした。とテーブル越しではあるが会長に頭を下げる。

 

「次はない」

 

「はい。これからする話の中でも妹さんに関することは交渉材料にしないことを約束いたします」

 

 堀北以外はその限りではない。

 

「では、本題に入りたいと思います。先ほどお話ししたように、私はこれから1年間の未来を知っています。その中で得たある情報を会長に買っていただきたいんです。具体的には、ある特別試験で、南雲雅に会長が嵌められるという情報です。退学者もでます」

 

「っ!?」

 

 退学者が出るという言葉に会長の表情が変わる。

 堀北生徒会長は、3年生であるが、2年生の南雲雅に付け狙われている。

 堀北生徒会長と本気の勝負を望んでいる南雲が、堀北生徒会長にある僅かな南雲に対する信頼を崩すために行ったのが、『混合合宿』での道連れ作戦だ。

 『混合合宿』は3学期に行われる全学年混合で行われる合宿形式の特別試験だ。

 学年内でまず男女それぞれ6つの小グループを作る。その小グループが各学年1グループずつ合わさった大グループを構成する。そして構成された大グループごとに、いくつかの試験を行い、その成績を競うのが主なところである。

 そしてその中に存在するのが『責任者』と『道連れ』ルールだ。

 各小グループは一人『責任者』を置かなくてはならない。『責任者』は報酬となるポイントが2倍になるというメリットがあるが、グループの成績が悪いと退学になるリスクも存在する。

 そして『責任者』が退学になる場合、その小グループ内で、足を引っ張った人間を一人指名して、一緒に退学させることができるのだ。

 

「ということは南雲は俺を道連れで退学にしようとするのか」

 

 『混合合宿』の概要を聞いた堀北生徒会長が言う。

 

「いえ。ターゲットは橘先輩ですね」

 

 南雲はこの道連れルールを悪用した。というより、悪用するためにこのルールを作った。(生徒会には特別試験のルール策定に対して一定の影響力があり、生徒会は代替わりによって南雲の一党独裁体制になる)

 3年B組と2年生全体で手を組んで、先ほど堀北生徒会長と一緒にいた橘書記を狙い撃ちにして、道連れルールによって退学処分に追い込んだのだ。

 

「なぜ橘が狙われる」

 

 堀北生徒会長が静かに息を吐きながら問いかける。

 

「まず、会長に同じ手を使った場合、思いもよらない手で防がれる恐れがあるから。そしてもう一つ。橘先輩が消えることになったとき、会長がどんな顔をするか見てみたかったそうです」

 

 この作戦の恐ろしいところはグループを組んだ時点でほぼ詰んでいるという点だ。橘書記のグループはほとんどがこの作戦のために意図的に成績を下げている。橘書記が嵌められたことに気づいて一人で頑張ってもグループの成績はどうにもならない。

 しかし、この作戦は事前に知られていればどうということはないものになり下がる。グループを組んだ時点で詰むということは、逆に言えばグループを組むときさえなんとかしてしまえばそれでいいのだから。

 

「まあ、会長は救済措置を適用しますので橘先輩は退学にはなりませんでした」

 

 この学校の退学処分については救済措置が用意されている。2000万プライベートポイントと300クラスポイントで退学処分の取り消すことができるのだ。

 実際、このルールがなかったら南雲雅の策略に3年B組が乗ることもなかっただろうから、この作戦は会長の怒りを買い、3年A組のポイントを吐き出させることを目的にしていて、南雲はその目的を見事に達成したことになる。

 

「と、ここまでが私が売りたい情報です。2000万プライベートポイントと300クラスポイントの損失を防ぐ情報です」

 

 ついでにいうと橘書記を泣かせない情報でもあるんだが、これについては言わないでおく。先ほど堀北の件で怒らせたばかりでこれを言うと私の人格が疑われかねない。

 

「ああ、もちろんこれが私の妄想という可能性も否定できませんし、これから未来が変わる可能性もあります。支払いは混合合宿の後で構いません。金額の指定もしませんので、会長が役に立ったなと思ったら値段をつけてください」

 

 堀北生徒会長の公正さについては信用している。ほとんど押し売りに近い形だが、少なくても持ち逃げはされないだろう。

 

「分かった。情報の正しさが証明され次第、報酬を払う」

 

「まいどありがとうございます。それで話は変わるんですが今度の月末の小テストと中間の過去問を売ってほしいんですが適正価格はいくらになりますか?」

 

 大きな流れは分かるんですが、さすがにテストの問題1問1問までは分からないんです。と伝えると堀北生徒会長は少し考えてから答えた。

 

「3万から5万だな。取引する生徒の経済状況によって上下する」

 

「5万でいいので売ってください」

 

 使い道があるので、小テスト前に過去問は両方とも手に入れたい。他の上級生相手だと知らないはずの小テストの買い上げはできない。多少高くてもここで手に入れたい。

 

「去年と一昨年の両方を送ってやる。連絡先を教えろ」

 

「ありがとうございます」

 

 その場でポイントを支払い、連絡先を交換する。

 

「これで商談は以上なんですが、1つだけお願いがありまして」

 

「なんだ。言ってみろ」

 

 会長がコーヒーを飲みながら不機嫌そうに言った。

 

「特別遊泳施設の更衣室なんですが、床の通風孔から覗きができますので何とかしておいてもらえますか」

 

 ブーーッ。と会長がコーヒーを噴出した。

 

 

 特別遊泳施設の更衣室は学年ごとに男女の6つ存在し、床の通風孔は各学年男女の更衣室でつながっている。当然、人間が通れるサイズではないが、ラジコンは通るので、それにカメラを取り付ければ簡単に覗くことができる。

 原作では、池、須藤、山内、外村の4人に加え、なし崩し的に綾小路が参加して5人で実行された。

 幸いなことに綾小路の裏切りによって作戦は失敗したが、今回もそうなるとは限らない。もともと綾小路が途中で参加しなければ成功してもおかしくない内容だったのだ。

 さすがに知っている以上は、そのままにして万が一成功されるとあまりに目覚めが悪すぎるので伝えておきたいと思っていた。

 

 

 しかし堀北に関しては交渉材料にしないと言った手前、覗きのターゲットに堀北が入っている以上はお願いという体にするしかない。

 と、いうことを、一瞬で察された。

 

 さっきの玄関先でのやり取りは子供の遊びといわんばかりの強引さで、詳細を吐き出させられた。

 あまりの威圧感に思わず使うつもりのなかった切り札を切るところだった。

 一応犯人一味の中にいた裏切り者のおかげで、最終的に誰も覗きに成功していないこと強く(強く!)確認したうえで、誰が覗きをしていたのかという情報は守り通した。この件に関しては庇いようがないが、さすがにやってもいない未来の罪で会長ににらまれるのはかわいそうすぎる。

 

 

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