とりあえず、入学次第できるだけ早く片づけたいと思っていた会長との商談を無事乗り越えたので、私は普通に学校生活を送っていた。
授業態度について教師の誰もが放任している点を除けば、この学校の授業はとても上手い。分かりやすいというのももちろんそうだが、話が面白かった。まあ、残念ながら一部のクラスメイトはまともに聞いていないので、その面白さを知ることはできなかっただろうが。そもそも、ある程度基礎学力があるのが前提となるので、須藤あたりは真面目に聞いていても理解できなかったかもしれない。
「本日はここまでとする」
チャイムが鳴ると同時に茶柱先生がそう告げ、教室を出ていった。
この学校の授業でひそかに評価している点がこれだ。皆、時間内にきっちりと収めてくる。小中学校では、チャイムが鳴ってから終わりどころを探るような教師もいたのだがこの学校では、そういったことがない。時間内に仕事を終わらせるという意識がしっかりとある。
先ほどの日本史が午前中最後の授業だったので、クラスメイトがグループごとに集まるのをしり目に私は食堂に向かっていた。
私が食堂にたどりついていた時には、券売機に列ができ始めていた。
おそらくは私と同じように授業が終わると同時にまっすぐに食堂にきた上級生たちであろう。1年生の教室よりも2年生3年生の教室の方が食堂に近いのでどうやっても彼らより先につくことはできない。
それでも、全体で言えば早いほうになるので、後ろにはどんどんと人が増えて列が長くなっていくのだが。
無事に注文したものを受け取り、食べ進めていると正面から声をかけられた。
「ここ大丈夫かな?」
顔を上げると、櫛田がこちらを笑顔で見ていた。
「ええ、どうぞ」
私は特に抵抗なく答える。
ありがとー、といいながら櫛田が料理ののったお盆をテーブルに置く。煮魚の定食、確か今日の日替わりランチだ。
「お一人ですか。珍しいですね」
「うん、仲保君とお話ししたかったから。迷惑だったかな?」
ああ、なるほど。私は櫛田が自己紹介の時に言っていた言葉を思い出していた。
「……全員と仲良くなりたいですか」
「憶えててくれたんだ。うれしい!」
「ええ、まあ」
ここにいる全員と仲良くなりたい。
あの時の櫛田の自己紹介は原作と一言一句同じだった。おそらくだが事前に考えていた言葉だったのだろう。
「仲保君が食べてるのって、山菜定食? あの?」
櫛田が私の前に盛られた山菜の山を見てそう言った。
単純にただ茹でられただけの素材の味をいかしまくった食べる者に美味いと思わる気のない一品である。
「はい。あの、山菜定食です」
この食堂で唯一無料で食べることのできるのがこの山菜定食だ。見た目からして美味しそうに見えないので、10万ポイントが毎月支給されると思っている1年生で好き好んで食べている人はいないだろう。
「美味しくないって聞いたけど、仲保君もうお金使っちゃったの?」
「美味しいとは思いませんが、まあ食べられないわけではないので。無料より安いものはありませんよ」
「えー、すごいね! 私には真似できないなあ」
櫛田がオーバーリアクション気味にこちらを褒めてくる。
褒めてくれる櫛田には悪いがさすがの私も無料というだけでさすがにこの苦行染みた食事を毎回行う気はない。
実は食べるのに合わせて、『完全前世』で過去に食べた美味しいものの記憶を思い出している。すこしコツがいるが、うまく『完全前世』を使うと、不味いという感覚をごまかしているのではなく、もはやそれを食べている気しかしなくなるのだ。
さすがにあまりに違う料理だと違和感が出てしまったので、山菜料理から始めて、少しずつ離れることができないか試行錯誤しているところではあるが。
ちなみに今日は山菜の天ぷらを思い出している。味は近いので問題ないが、茹でただけと衣のついた天ぷらは食感がかなり違うので、何日間かかけて慣らしているところである。
「櫛田さんは今どのくらいポイントが残ってますか?」
お互い食べ終わった後の雑談の中で、そう聞いてみた。
「半分くらいは残ってるけど。どうして?」
「例えばなんですが、学校からの支給額が5万ポイントだったら今と同じだけのポイントを使ったと思いますか?」
「うーん、最初だからいろいろ買ったっていうのはあるけどさすがに全部は使わないかな」
「そうなんですよね。皆財布の紐が緩んでいる。というより財布に現金があるから緩んでいるといった方が正確でしょうか」
「……?」
櫛田がよくわからないというように首を傾げる。
「節約術で、最初に食費・通信費・交際費・貯金みたいに項目ごとにお金を分けるみたいなの聞いたことありませんか? 例えば食費は月間3万ポイントと決めて実際財布が分かれていれば、一日1000ポイント、一食333ポイントです。できると思いますか?」
「無料のものもあるしできると思う」
「で、無料のもの使ったことありますか」
「……日用品は少し」
スーパーにある食材は質があまりよくないし、食堂は山菜定食だ。無理もない。
「まあ、節約する気になれないのは銀行がないのも大きいですね」
「銀行? 確かにないね」
「さっきの話にも重なりますが、貯金名目でいざという時のお金をプールできない。常に全財産持ち歩いているようなものです。人間ある程度数字が大きくなると、たくさんとしか認識できなくなります。で、まだたくさんあるから大丈夫と、つい使いすぎてしまう」
「でも、ポイントってこの学校でしか使えないから、それでもいいんじゃないのかな」
「毎月10万ポイントは普通に使っても使い切れません。だからきっとこの学校特有の高額商品があると思うんです」
「え?」
「例えばですけど、修学旅行がポイント別になっているとか。一つは無料で行けて、後はポイント別でグレードが変わっていくんです」
櫛田が驚いた顔をして考え込む。
「まあ、あくまでも想像にすぎませんのであまり本気にしないでください」
「そ、そーだよね。とにかく何があるか分からないから使い過ぎに注意ってことだね」
「そういうことです」
4月も終わりに近づいたある日、何人かの1年生の郵便受けに手紙が投函された。
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拝啓
4月も終わりが近づき、新入生の皆様はもう学校生活には慣れましたでしょうか。
この学校は通常の学校と異なることも多く戸惑われることもあったかと思います。
さてこの度、我々狐火商会では、皆様の学校生活をサポートするために、次回の中間試験の過去問を販売させていただく運びになりました。
サンプルといたしまして、4月月末開催予定の小テストの過去問をご提供させていただきます。当商会の商品の有用性をぜひご確認ください。
中間試験の過去問につきましては誰一人退学者を出さない方法の一つとしてご検討いただければ幸いです。
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皆様と特別試験でお会いできる日を心よりお待ちしております。
敬具
(学校非公認営利組織 狐火商会)
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