よくある終末物。天才とその恋人の最期の語らい。

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大分前に書いてほったらかしてたやつ。勿体無いので投稿。


愛しい世界の終わり

「君は世界の終わりをどう思う?」

 

 研究所の屋上で街を背にして、彼女は笑いながら問いかける。私は答えない。より正確には、答えることができない。なぜなら、今この瞬間こそが、世界の終わりなのだから。

 私たちの頭上には巨大な岩がある。この地球の十倍以上の質量の隕石が。隕石はもはや、その岩肌が視認できる程に接近しているが、この隕石がぶつかる前に、我々は滅ぶだろう。もう既に、あの隕石の持つ引力の影響で起こる大規模な満潮で、海沿いの町や、海抜の低い土地は海の底に沈んでしまった。宇宙に逃げることもできない。あの隕石は巨大すぎる。その強大な引力で、すべてを飲み込んでしまうから。

 

「美しいのかな?それとも穢れたものなのかな?まあなんにせよ、終わりは終わり。僕たちにできることなんて何もないだろうね」

 

きっと美しいものだろう、そうでなくては私たちが報われない、と私は思うが、口に出すことはしない。彼女はそんなことを望んでいない。きっと誰より、彼女こそがこの状況に絶望している。何より街を眺める彼女の瞳に浮かぶ諦観が、それを物語っている。

 

「まったく馬鹿馬鹿しい勘違いだったよ。僕はこんな状況で取り乱すことなんてしない、みっともなくあがいたりしないものだとおもっていたよ。むしろ君こそが取り乱すタイプだと思っていた。だらしなく泣き叫んで、やけになって馬鹿げたことをするのだと、そう思っていた」

 

 それはそうだろう。他ならぬ私もそう思っていた。しかし違った。私は馬鹿だから。中途半端に有能で、致命的に無能だから。この状況でも絶望しきれないのだ。まだ打つ手があるものだと思ってしまうのだ。まだ何かできると思ってしまうのだ。

 けれど彼女は天才だった。人類史上、最高峰の天才だった。だから彼女が打てる手をすべて打って、それでもだめだったから。自分が打てる手が、イコールで人類が打てるすべての手段なのだとわかってしまうから。これ以上打てる手はもう人類にはない、そうわかってしまうから。

 

「ああ全く。僕にできないことはない。人類にできないことはない。そんな風に思っていたのに、隕石一つ止められない。核を打ち込んでも、軌道すら変えられない。無人の惑星探査機を改造して打ちあげて、隕石に核を直接打ち込んでも、反物質エネルギーで吹っ飛ばそうとしても、他にも色々やって、それでも不可能だった。全く人類最高の天才が聞いてあきれる」

 

 そんなことはない。彼女の発明で人類は大いに飛躍した。不治の病を無くすことも、物理的に不可能と言われていた永久機関の発明も、彼女無くしては不可能であったのだ。少なくとも惑星探査機を隕石に着陸させるシステムを組むことも、反物質エネルギーを実用化することも、並みの天才では不可能だろう。人類がここまであがくことができたのは彼女のおかげだ。それでも不可能だったのだから、それはもう運命なのだろう。

 

「フフフ、運命か。君は科学者のくせに、そんなものを信じるのだね。こんなものは単なる確率、たまたまでしかないよ。たまたま巨大な小惑星…と言うに大きすぎるけれど、それが地球に衝突する軌道をとっただけ…宇宙規模で見れば、特に珍しいわけでもない。運命だなんて馬鹿らしいさ。それに運命だというのなら、僕が生まれた意味は何なのだね?我々人類が生まれた意味は?滅ぶために生まれてきたというのかい?人間は次世代に繋げることができる唯一の生き物だ、なんて言うけれどね、世界が滅んでしまうのなら、どうしようもない。何も残らない。僕たちの意思は、僕たちの生きた証は、どうなるんだい?何も残らないんだよ!もうどうしようも無いんだ!打つ手が無いんだ!全て無くなってしまうんだ!私たち人類が今まで築き上げたものが!ああ畜生、こんなことになるのなら!なんで僕たち人類に知能なんてあるんだ!こんなものがなければ、こんな思いはしていない!こんなに絶望なんてしていない!何も知らない獣のままであったなら、こんな…!畜生!なんで僕は天才なんだ、なんで希望がないことが分かってしまうんだ!畜生、ちくしょう…」

 

 すすり泣く声があたりに虚しく響く。こんな彼女は初めて見た。彼女はいつだって、どんな時だって毅然としていた。薄ら笑いを崩さず、失敗をしても、周囲から孤立しても、平気な顔をして実験を繰り返し、成功させてきた。

 けれどもうそれはできない。次はない。失敗は次に繋がらない。すべてが終わってしまう。彼女の成してきたことは、人類が成してきたことは。なにも残らず、誰にも記憶されることもなく、ただの自然現象であっさりと消えていく。その絶望はどれほどのものなのだろうか。

 私の頭では理解はできても、共感はできない。こんなに弱弱しい彼女を見たのはきっと世界で私だけだ。彼女とはパブリックスクールの時から一緒にいるが、こんな風に取り乱したことなんてない。こんな状況でも、少し嬉しくなった。

 

「うう、あああ…!……?何を、笑っているんだい?ははぁ、ついに狂ったのかい?いや、無様な僕を、笑っているのかな?」

 

 心外だ、私は狂ったわけではないし、恋人を嘲笑う趣味もない。ただ少し、誰も知らない彼女の姿を見れたことに、優越感を感じていただけだ。

 

「優越感?おいおい、ベッドの中の僕を知っているのは君だけなんだぜ?今更ちょっと弱いところを見せたくらいで感じるものかい?」

 

 まあそれはそうなのだが……。好きな人間の新たな一面、というのはどんな時でも嬉しいものなのだ。

 

「そういうものかい?いや…そうだね、その通りだ。ハハハ、こんな時でも君は変わらないね。なんだか馬鹿らしくなってしまったよ。まったく、君のせいで僕は狂うことすらできやしない。狂うことができれば、いくらか楽だったろうに」

 

 それは申し訳ないが…好きな人間が狂うところなんて見たくはない。私はいつだって毅然としていて、格好のいい彼女が好きなのだ。そんな人間の弱弱しい一面は可愛らしいが、狂ったところなど見たくはない。…正直、目を赤く腫らして頬を紅潮させる姿はグッとくるが。

 

「はは、君は随分と我が儘だ。自分が見たくないからって狂わせてもくれないなんて。でもまあ良いよ、可愛い恋人の我が儘くらい聞いてあげようじゃないか。そのくらいの器量はあるよ」

 

どうやら彼女は最後まで正気で付き合ってくれるようで、心底ほっとした。それが顔に出ていたらしい、彼女は笑いだしてしまった。

 

「クッ、フフフフフ…!そんなにホッとした顔をするんじゃないよ、そんなに心配してたのかい?大丈夫、もう吹っ切れた。…………ありがとう、君がいてくれたから、僕は恐怖を忘れられる。君がいなかったら僕は最後の最後で、みっともなく無様を晒していただろう。本当に、感謝しているよ」

 

…………やめてほしい。不意打ちにも程がある。耳まで真っ赤になっているのが自分でもわかる。恥ずかしさのあまり顔を隠してしまう。

 

「ははは、ほら隠すんじゃあない。もう終わりまでいくらも無いんだ、せめて見つめあっていよう。はあ…それにしてもこの僕がこんなのも呆気なく終わりを迎えるとはね。人生何が起こるかわからないものだね」

 

 それはそうだろう。例え世界チャンピオンであろうと、車に轢かれれば死に、王様であっても暗殺されることもある。終わりと言うのは、存外呆気ないものだ。

 そういう意味で言えば、私たちは幸運だ。愛する人と、二人きりで最後を迎えることができるのだから。

 

「っははは!ああ、そうだね、その通りだ。最期に君と居られるのなら、終わりも悪くはないと、そう思えるよ」

 

 こちらからかけよって、彼女を抱き締める。地面が揺れる。少しずつ、小さな欠片が浮かんでいく。

 

「…ああ、始まった。終わりだよ」

 

 私の胸のなかで、彼女は小さく呟く。隕石の引力が、地球の表面を引っ張っている。私たちは、あの隕石の引力に引っ張られて、そして死んでいくのだろう。

 

「…ああ、畜生。悔しいなあ、口惜しいなあ。もっといろんなことがしたかった、もっと君と一緒に居たかった」

 

 私も同じ気持ちだ。だから、せめて終わりまで。

 

「ああ、一緒に」

 

 体が浮かんでいく。同時に剥がされた地面や、ビル、建物たちが隕石に引き寄せられていく。

 堕ちていく。空に、無機質な岩へと。

 

-愛してる。世界が終わっても

-愛してる。何もかもが失くなっても

 

 彼女に、最期の、口付けを-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

っピピピピ!ピピピピ!ピピピピ!

カチッ!

 

「………」

 

 カーテンの隙間から、朝日が差していた。隣には、一糸纏わぬ愛しい彼女が居て、外からはいつも通りの喧騒が聞こえてきた。

 

 

「………え?夢オチ?嘘でしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                      終わり




は?メリーバッドエンド?夢オチなんてサイテー?知らねえよハッピーエンドじゃかったら台無しでもいいから夢オチにするわ。

みたいな感じで作った作品です。

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