暗く、狭い通路を小さな影が走っていく。
そして、それを追うように複数の緑色の肌の
ゴブリンは
今の彼らの数は5体、本来ならこの第1階層ではこの数が集まることはないだろう、行きかう冒険者達が蹴散らして行くが故に。されどこの数がある理由は、ここが迷宮の中でも順路から大きく外れた場所にあるからだ。次層への階段からは遠く、価値ある迷宮資源があるわけでもないこの狭い通路で、彼らは倒されることもなく徘徊していたのだ。そこに、少しでも魔石を稼ごうと、欲の張った弱小冒険者が迷い込んだだけの話、アドバイザーがいくら口酸っぱく忠告しても途切れない、ありふれた新米冒険者の末路の一つだ。
「っ!?」
咄嗟に横道に飛び込んだが、無駄だ。この先につながる道はすぐそばの通路から待ち伏せることが出来る。
ゴブリン達は散開し、獲物を追い詰めることにする。
彼は奴の背中を追うことにした、やがては合流地点に辿り着く。歓喜を隠さずに鋭い爪を構えた。
しかし、彼の期待は裏切られることになる。そこには、奴が持っていた武器、ダガーをしげしげと眺める同族がいただけであった。
「GOBGOB」
不満を隠さずに、同族に声を掛ける。大方、奴がこの道に到達した時に鉢合わせ殺してしまったに違いない。自分の手で殺せなかったことは残念だったが、侵入者を排除したことを感じ取り新たな獲物を探すべく、背中を向ける。しかしあいつも不甲斐ない、逃げ惑うような奴に、手傷を負うとは。刃に付いた血からそう判断する。
その瞬間、自身の首から鮮血が吹き出す。痛みに驚き、振り返ると微かな嘲りを見せる同族の姿があった。
■ ■ ■ ■
「【響く十二時のお告げ】」
解呪式を唱え、少女は己の身体を見渡す。
「前は、冒険者を騙すことだけに使ってましたけど、ソロだと戦闘に活用できますね」
自身の変身魔法、【シンダー・エラ】は使用者のイメージに依存し、自在に己の姿を変えることが出来る。それを活用しゴブリン達を奇襲することで手傷を負うことなく片付けることが出来たのであった。
「とは言え、このような手段が通用するのはせいぜいゴブリンやコボルド程度。それ以上となるとリリの体躯では変身できません」
パーティーを組んでの戦闘では、誤って味方側の攻撃も受ける可能性が高く、今のような状態でしか通用しない方法であった。
「せめてリトル・バリスタがあれば、もう少しまともに戦闘できるのですが」
己の
「おっと、考え事はほどほどにして、ちゃちゃっと解体を済ませましょうか」
ダガーを腰に戻し、解体用のナイフを取り出す。そしてゴブリンの遺体に突き立て魔石をテキパキと取り出す。この作業だけなら、大手ファミリアのサポーターにも負けないと10年近くとなる経験から自負する早業だ。
「あっ、ゴブリンの爪。今日で3個目、ベル様ほどではないですが、リリにしては幸運です!」
崩れ落ち、灰に変わるモンスターが魔石以外に稀に残すドロップアイテムに喜色をもらす。
「あの日から、1ヶ月。目立った戦果はありませんが今日こそ食いついてもらいたいです」
そうこぼすと、彼女は荷物をまとめダンジョンの入り口へと足を向ける。
■ ■ ■ ■
ギルドの受付嬢として働く
そんな彼女に、同期のソフィが声を掛けてくる。
「ローズ、あの子が帰ってきたよ」
「そうか、よかった……」
彼女たちの中で話題になるのは、1ヶ月前に冒険者となった彼女だ。
傍から見てもあまりに幼い体躯で、冒険者となったソーマファミリアの
彼女たちがわきまえる「冒険者には、情を移さない方がいい」という考え方も、あまりに過酷な境遇の前にはしぼんでしまう。
「こんにちは、ローズさん!リリルカ・アーデ。ダンジョンから無事に帰ってきましたよ」
そんな自分たちの前で、彼女――リリは健気に明るく務めている。
だから、彼女は己の考えをまげて小さな少女を出来る限り手助けしてあげようと思ったのだ。故に普段のざっくんばらんな口調を改めて笑みを浮かべ、話しかける。
「おかえり、リリちゃん。今日はいつもより機嫌がいいね、良いことが会ったの?」
「ええ、今日も1階層を探索していましたが、運よくドロップアイテムがいくつか手に入ったんです!」
「そう、よかったわね。換金はもう済ましたの?」
「はい、今日の稼ぎはなんと1000ヴァリスです、これで始まりの1ヶ月は黒字ですよ!」
それは命を賭す、冒険者の稼ぎとしてはあまりに少ない金額であったが、ニコニコ笑う彼女の前で指摘するのは野暮だろう。言葉を引っ込め、ローズはかねてから尋ねていたことを再び聞いてみる。
「ねえ、リリちゃん。やっぱりソーマファミリアの人たちとはパーティーを組めないかな。ソロのままだと今は大丈夫でも、きっといつか取り返しのつかないことになっちゃうよ」
そう問いかけるも、彼女はうつむき。
「弱っちいリリでは、足手まといにしかならないと。そう言われます」
「ごめんね、辛いことを聞いてしまって」
本来なら新米の冒険者の面倒を見るべきは、同じファミリアの団員であるべきはずなのに彼女は目を向けられず、孤独な日々を過ごしている。
「いえいえ、ローズさんが気にすることではありませんよ」
顔を上げる、リリの顔を明るい笑顔に満ちていた。
「いつかきっと、リリとパーティーを組んでくれる方が見つかる。そう信じて、頑張ってステイタスを伸ばしてみます」
「うん、がんばってね。リリちゃん」
無力さを噛みしめながら、それでもこの小さな子を応援しようと努めて笑顔を見せる。
「リリちゃんは、今日もソーマファミリアの人たちをギルドで待つの?」
「はい、いつも帰りが遅い方たちですが、気紛れで早く帰ってくるかもしれないので、待っていますね」
そう告げると、彼女はギルドの端の方に佇む。
ローズは気持ちを切り替え、仕事を再開する、献身的な少女が報われることを祈りながら。
そんな、彼女の耳を素通りするように同僚たちの声が聞こえてくる。
「また書類が消えたって。何度目だ?ドジにもほどがあるぞ……」
「ええー!私、確かに班長のデスクに置きましたよ!」
「だが、実際にはない。それで前はお前の机の隙間からひょっこり出てきたが」
「前の時はそこはしっかり探しましたよ!なのにないはずの書類が出てきたんです、きっと
「妄言を言ってないで、しっかり探せ」
「そんな~」
そして、それをじっと見つめる彼女の視線を。
「見つけました…」