【北西】第7区、冒険者通りと呼ばれるギルド近くの大通りに隣接する路地裏に、リリはオラリオ名物ジャガ丸君を片手に佇んでいた。
「今日こそ、フェルズ様と接触できれば良いのですが」
そう小さく、呟きながら手元のジャガ丸君で、くぅくぅ鳴くお腹を落ち着ける。
張り込みを行うのは、今日で3回目。初日に空きっ腹を抱えながらも待ち伏せを続けて倒れそうになり、その反省から2回目からはこのように食料を用意しておいたのだ。
ダンジョンに潜る時間を減らしてまで、何故このような事を続けるのか。話は決意を固めた1ヶ月前にさかのぼる。
■ ■ ■ ■
「ふぅ、今日もなんとかなりましたね」
あの決意から1週間後、古びた協会の地下室で、リリは体を休めていた。
決意を固めたとはいえ、今のリリは貧弱極まりないステイタスしかない、故に自己の身の安全を考えて、ソーマ・ファミリアにはステイタスの更新と最低限の装備の置き場そして寝泊まりに利用するだけに留め、実際の休息や装備の管理などにはここを利用することに決めたのだ。幸いにも、今のリリには未来で得た変身魔法がある。これを使って神酒に取り憑かれたように装えば、周りの目にも止まることなく自由に行動出来た。
「それにしても、今のリリは本当に恵まれていますね」
何故か、ソーマ様はリリの事を気にかけてくれて、ステイタスの更新を頼めば酒造りに没頭している時でなければ行ってくれて、アドバイザーのローズさんは親身になって接してくれる。それはかつてのリリには決して得られなかったことだ。
「……いいえ、きっと神酒に、絶望に取り憑かれて落として行ってしまったのですね」
神酒を欲する獣となったリリは、アドバイザーの言葉など煩わしく切り捨てて、ただただ金だけを求めていた。そんな姿を見て、誰が気にかけてくれるだろうか。そう、かつて取りこぼした
「っと、感傷に浸っている暇はありません。リリは今度こそは取りこぼすことが無いように、成長するんです!」
ふんす、と気合を入れて更新用紙を見やる。
リリルカ・アーデ
LV.1
力:I0→I22
耐久:I0→I5
器用:I0→I42
敏捷:I0→I51
魔力:I0→I58
《魔法》
【シンダー・エラ】
・変身魔法
・変身像は詠唱時のイメージ依存。具体性の欠如の際は
・模倣推奨
・詠唱式【貴方の
・解呪式【響く十二時のお告げ】
《スキル》
【
・一定以上の装備過重時における能力補正。
・能力補正は重量に比例。
【
・一定以上の
・乱戦時のみ、拡張補正は戦闘規模に比例。
・同恩恵を持つ者のみ、遠隔感応可能。最大範囲はレベルに比例。
「はぁ、やっぱりステイタスの伸びは良くありませんね」
わかっていたことだが、落胆は隠せない。ベル・クラネルほどの飛躍を!と高望みをする気はないが、もう少し何とかならないかと落ち込む。冒険者のステイタスの伸びは経験を積み重ねれば、積み重ねるほどに低くなる。逆に言えば、まっさらな状態ならば伸びは高いと言うことだ。
才あるものならば半月程度の期間で得意不得意なく評価Hに到達するであろう。それを考えると、今のリリのステイタスの伸びはどうしても低いと感じざるを得ない。
ベル・クラネルの戦闘スタイルと未来の自分のステイタスを参考に、
未来で9年の月日と、数多の修羅場を乗り越えても評価Gにも到達しなかったのだから当たり前と言えば、当たり前なのだが。やはり、自分には戦闘の才能はないようだ。
「ですが、リリには強力な武器があります。いい加減、これの活用方法を考えましょうか」
そう、リリルカ・アーデには強力極まりない――ともすれば劇薬と評するべき――武器がある、未来の知識という絶対的なアドバンテージが。
(今のオラリオの状態、暗黒期では、起こった事件の概要しか知りませんが、それだけでも何に変えることも出来ない貴重なものです)
例えば、二年後に起こる悪夢の七日間、それに冒険者が大きな被害を出した理由、火炎石を用いた自決攻撃と都市全域爆破。そして、それを陽動とした数多のファミリアの主神送還という前代未聞の策であること。
例えば、四年後のアストレア・ファミリアの疾風のリオンを除いて全滅した事件。1000年以上続く神時代において起こった前代未聞の
(そしてヘスティア・ファミリアの中で経験してきた事件)
そして
今もオラリオの闇で身を潜め、胎動する暗い糸をリリルカ・アーデは大まかとは言え把握している。
「問題は、これを誰に託すかなんですよね……」
真っ先に思い浮かべるのは、フィン・ディムナ。弱小種族と蔑まれる
「ですが、どうやって接触するかですね……」
馬鹿正直に未来を知っています何て言いながら、彼らの拠点を訪ねても叩き出されるのがオチだろう。運良く、主神であるロキやフィンに接触できれば妄言とは言え動いてもらえるかもしれないが、リスクが高すぎる。神が下界の存在の嘘を暴けるとは言え、心から信じていれば偽りでも真実に映る。確証が取れるまで、
なによりも……
「
今の彼は徹底した
「リリが全ての情報を預けても大丈夫だと、信頼出来る人。この時代だと、あの人しかいませんよね」
黒衣を纏った神秘を極めし賢者、ギルドを統べる主神ウラノス唯一の眷属たる
「問題は、どうやって接触することですが」
(確か、あの方はギルドで噂される
恐らくは、ギルド内で危機をいち早く掴む為に網を張っているのだろう。
「それを見つけるしかないですね」
か細い糸であるが、やらないよりましだ。幸いにも、この幼い容姿なら警戒されずにギルド内にいる理由をいくらでもでっち上げれる。頬を叩き、休息を終えるとギルドに向かって走り出す。
■ ■ ■ ■
せわしなく働くギルド職員を見やり、待つ。そして、その時が訪れた
「!(今、あそこの書類が一枚、消えました)」
恐らくは自ら作成した
(落ち着いて行動していきましょう。ここからは、時間との勝負です)
第1級冒険者ならば、姿を透明化しても気配を辿りつつ、追跡することも出来るだろう。だが、リリには逆立ちしたって、そんな芸当は出来っこしない。故に、自分が武器にすべきは盗人として過ち続けた時の知恵だ。
(
ギルド一帯の地理、この数日から調査した人の行きかい。それらを頭の中で幾重ものシミュレーションを重ねる。
(追跡を続ければ、フェルズ様もこちらの事を把握するはず、そうして私の事を調査するでしょう。なにせ、自分の行動が先回りされているのですから)
しかし、調査を続けてもリリルカ・アーデの情報なんて大したものは出てこないだろう。だから、張り込み続ければ接触してくる可能性は高い。その前に、危険人物として処理される可能性もあるがあの賢者の性格からそれは低いだろうと考える。今のオラリオの状況を思考から外してしまいながら。
■ ■ ■ ■
「と、意気込んだは良い物も、今日まで成果なしですか」
冷え切ったジャガ丸君を腹に収め、ため息をつく。やはり無謀すぎる作戦だったのか。
「いいえ、諦めては行けません、次は魔女の隠れ家も当たってみるべきですか」
そうつぶやいたと同時に、リリの首に圧迫感が襲いかかる。
「なるほど、半信半疑であったが。私の事を追っていたのは確かだったか」
男とも女ともしれない声が響き、リリの身体は路地の壁に押さえつけられる。
(!?くび、しめられ……)
「さあ、素直に目的を吐けば助かるかもしれないぞ」
突如空間に現れた、漆黒の
酸欠で回らない頭で必死に口を動かす。
「ぜ、
その言葉に、黒衣の人物、フェルズは驚愕をあらわにする。
「なぜ、君がその言葉を!?答えろ!君は何者だ!」
それは今のオラリオでは、自分と主神であるウラノスしか知りえない言葉だ。少女を押さえつける手をわずかに緩め、再度問いかける。
「わ、私はリリルカ・アーデです。なぜ、知っているのかは……」
――――私は、未来を知っているからです
今回のフェルズさんオラリオが荒れに荒れている、暗黒期で自分を的確に追跡するLV.1と言うあからさまに怪しい人物を警戒していたらとんでもない爆弾を放り込まれた。なお、それは序の口の模様。