リリルカ・アーデは裏切らない   作:ザック23

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第四話

 オラリオ西区の一角に存在する裏通り、そこにひっそりと居を構える酒場の扉が開く。中に入って来たのは、目深くフードを被った女だ。ゆったりとしたローブでも隠し切れない豊満な胸を揺らし、グラスを拭く店員に話しかける。

 

「白の3番、それも刺激的な奴を頂戴」

 

 店員はフンと鼻をならし、返事を返す。

 

「あいよ、つまみはどうする」

 

「そうね、チョコがいいわ。ああ、それと連れがくるからいい席も紹介してくれない?」

 

「なら、あそこに座んな」

 

 と、奥まった場所にあるテーブルを指す。彼女はそれに笑みを浮かべ金貨を滑らす。

 

 やがて、運ばれてきたワインに舌鼓をうっていると、正面のテーブルに男が座る。パッと見て特徴を上げられないような、目立たない男は静かに語り出す。

 

「あんたが、客か」

 

 知り合いのはずの男は、初対面のように女に話しかけてくる。

 

「ええ、前置きは結構。品物を見せてくれないかしら」

 

 女は気にしたこともなく、返事を返す。

 

「つれねえなあ、あんたみたいないい女と長く話したいって言う男の機微もわかってくれよ」

 

「そうね、あなたが最高の快楽を味合わせてくれるなら、口も軽くなるかもね」

 

 好きものだねえと、男は笑みを浮かべる。それは辺りに陥没しそうな男の雰囲気にはそぐわない醜悪な笑みだった。

 

「ほらよ、これがご所望の品だ」

 

 男が懐から取り出したのは、いくつかの小さな錠剤。それは、オラリオで禁制とされている麻薬の類であった。女は錠剤を手にし、軽く見分すると満足げに頷く。

 

「ええ、確かに受け取ったわ」

 

 錠剤をしまい込むと、女は金貨が詰まった袋を男に渡す。この酒場は、こういった禁制の品物を取引する仲介所であるのだ。

 

「なあ、あんた俺と寝てみないか?あんたみたいないい女の為なら、そんな奴よりもトベル奴を用意するぜ」

 

「くす、考えてあげてもいいけど、今日はダメよ先約があるの」

 

 錠剤の詰まった袋に軽く唇を滑らせ、女は席を立っていく。

 

「残念だねえ、本当に」

 

 肩をすくめると、闇派閥(イヴィルス)の末端である男は、夜の闇に紛れていく。

 

 その背を追う、小さな影に気づかずに……

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 

「フェルズ様、これが例の品の流通ルートです」

 

「ご苦労だった、リリルカ・アーデ。この情報は私の方でガネーシャ・ファミリアに届けておこう」

 

 あのフェルズとの邂逅から数ヶ月、リリは都市を統べるウラノスの手足であるフェルズの耳となる契約を結んでいた。始まりはリリの想定よりも険吞な形であったが、真摯に未来について語ったことで、最低限の信頼を築くことになんとか成功し、受け渡した情報の精査とウラノスとの謁見を経ることで彼との確かな信頼関係を関係結ぶことが出来た。

 

 そういった中で、彼らからの庇護と支援を受ける代償として、極めて多忙なフェルズの代行として、自身の魔法を活かした情報収集を担当することを提案したのだ。

 

 いくら、成熟した精神を持っているとはいえ、幼い自分が危険な仕事を行うことはフェルズは渋ったが。ダンジョンに潜るのとこの仕事を行く事、どちらも危険なことに変わりないと強引に押し切った。

 

「いやはや、初めの内はどうなることやらと不安であったが、無用の長物だったか」

 

「いえ、フェルズ様の魔道具がなければ、ここまでの成果は上げられませんよ」

 

 リリの魔法【シンダー・エラ】は本来ならば、自己の体から大きくかけ離れた姿になれない。月日がたちかつてと同じくらいに成長したリリだが、その身長は110C(セルチ)という小人族(パルゥム)らしい小ささだ、化けれるとしても子供しかなれないだろう。

 

 それを解消したのが、フェルズが作成した上げ底義足(アーテフィカル・シューズ)だ。【シンダー・エラ】はある程度習熟すれば、服装も変えることが出来る、それはつまり()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。この靴によって変身の対応範囲が大幅に広がったことにより、幅広く情報を集めることが可能になった。

 

 また、装備品としても非常に優れており、普通の足が如く自在に動かせる様は、ナァーザの銀の腕(アガートラム)を思い浮かべるほどだ。

 

(中堅ファミリアであったミアハファミリアが支払いきれないほどの義肢、それも二足っていくらするんでしょう……)

 

 さすがに、あれほどの金額ではないだろうが今のリリには受け付けることができないほどなのは確かだろう。頭をふって、思考を追い出す。

 

 怪訝そうに、フェルズが見つめてくるが許してほしい。

 

 ヘスティア・ファミリアでの数少ない辛い思い出、返せない借金苦が経理係であったリリの胃をキリキリ痛めつけてくるのだ。

 

 その他にも、貸し与えられたいくつもの魔道具を換算するとあのナイフの値段に届いているかもと、遠い目をする。

 

(やめましょう、今のリリはウラノス様の配下つまり冒険者(自由業)ではなく公務員。仕事道具は経費で落ちる!)

 

 あの教会の権利やら、護身用の武具やらの融通を含め返しきれないほどの恩が出来てきてると思うが、もうそれはわきに置くしかない!

 

 そんな思考の迷走を重ね表情をコロコロ変えるリリを見やり、フェルズは心の中で笑みを浮かべる。

 

(こういった時は、子供らしいのだがね)

 

 あの出会いの時、本気で殺意を向けるフェルズに真っ向からの信頼をぶつけ、願いを語った少女は長い時を重ねたフェルズですら、圧するほどの芯を持つ冒険者だった。未来を知っているなどという妄言を戯言だと断ずることが出来ないほどに。

 

 そして、彼女の語る思い出は、フェルズにとっても希望となるほどに鮮烈に刻み込まれた。異端児(ゼノス)を守り、そして手を取りあうなんて言う、自己の諦観を打ち破る未来を。無為に刻まれた魔法が確かな意味があったことを。

 

(オラリオを守る為にも。彼女の願いを、打ち崩さないためにも。手を尽くさなければならないな)

 

 主神の意向により、暗躍者を引きずり出すためにある程度未来の流れに沿う必要があるが、彼女が与えてくれた情報はこの暗黒に包まれたオラリオを導く光だ、その恩に報いるためにはあの程度の出費など安い物だろう。突如大幅に消えた機密費に、ギルド長(ロイマン)が頭を抱えるのは目に見えているが。

 

(さて、この数ヶ月で彼女が信を置ける者だと言うことは確かめられた、そろそろ彼らにもお披露目するべきだな)

 

「リリルカ・アーデ。実は頼みたい冒険者依頼(クエスト)があるのだが」

 

「へ?フェルズ様が私に仕事ではなく冒険者依頼(クエスト)を?」

 

「ああ、依頼内容は私に同行し、ダンジョンに潜って欲しい、行き先は20階層、大樹の迷宮。君のステイタスでは厳しいと思うがどうだろうか?」

 

「20階層?それって、まさか……」

 

「ああ、そろそろ彼らに君を紹介したい」

 

「行きます!行かせてください!」

 

 飛びつく彼女に笑みを向けれないことを、残念に思いながらフェルズは、必要な物資を受け渡す。そして、彼らはダンジョンに足を向けるのであった。

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■

 

 

 

 

と、勢いこんで迷宮に飛び込んだリリであったが、ちょっと、最近の自分の浅慮に頭が痛くなってきた。フェルズに接触した時は、掛け金が何もないゆえの無謀な博打を行ったのであったが、月日もたち今は冷静に考えられる程度には思考も落ち着いてきたと思っていたのだが。

 

(ベル様の病気が移ってしまったのでしょうか)

 

 躊躇なく、危険に突撃したことに現実逃避を行いながら後悔するが、目の前の戦況に対応するために振り払い、必死に立ち向かう。現在、第19階層。フェルズが魔砲手で蜥蜴人(リザードマン)を薙ぎ払っていくのを、時には腕に装着したリトル・バリスタで援護しつつ、たまの打ち漏らしを支給された魔剣で始末する。

 

(ヴェルフ様のものには大幅に劣りますがこの魔剣なら、数体ずつなら対処することは可能みたいです)

 

 本来なら、リリのステイタスでは決して倒せない敵を魔剣の力を用いて、危うげなく倒していく。これは、いくら使っている道具がいいとはいえリリのステイタスでは本来なら不可能なことだ。それを可能とするのは、リザードマンとフェルズの思考を読み取り、最善の次手を打ち続ける。リリに開花した指揮官としての才覚の賜物だろう。

 

 とはいえ、簡単に乗り越えられないのがダンジョンというものだ。群がるモンスターを蹴散らしてもどんどんと後続が迫って来る。

 

怪物の宴(モンスターパーティ)ですか、今のままだと少し厳しいですね」

 

 いくらフェルズが優れた魔導師であっても、彼は後衛であり、モンスターをまとめてなぎ払う事は出来るが、近接されれば上層攻略の最低限のステイタスまで届いていないリリを守り抜くのは厳しいだろう。

 

 こういった状況に対応するための手札は用意しているが、その数も万全とはいかない。このまま進み続ければ、尽きてしまう。

 

「フェルズ様、いったん引きますか?」

 

「いや、問題ない。このまま進み続ける」

 

 フェルズはそう言うが、モンスターはさらに勢いを増して襲いかかって来る。リリは半泣きになりながら、必死に対応するが。焼け石に水だ。用意していた札を切る準備をしながらフェルズに恨み言を飛ばす。

 

「フェルズ様ぁ!?」

 

「問題ないと言ったはずだよ、リリルカ・アーデ。そら、援軍の到着だ」

 

 その言葉と同時に、上空から降って来た、強大な一撃が蜥蜴人(リザードマン)を吹き散らす。そして舞い上がった、砂煙から飛び出した小柄な影が、その身の丈に合わぬ大斧を持って、モンスターの群れを両断する。戦況の不利を悟ったのか蜥蜴人(リザードマン)はじわりと後退するが、そんな彼らの上から散弾が如く飛ばされた金色の羽が突き刺さり、蜥蜴人(リザードマン)達を物言わぬ骸に変えていく、やがて尽きぬほどに襲いかかって来たモンスターは全滅し、辺りは静かさに包まれる。

 

 そして、リリとフェルズの前に、二つの人影が姿を現す。

 

「要請に従い、参上しましたフェルズ。それで、彼女が?」

 

 身を隠すように、フードとローブを纏う大斧を持つ影が訝しげにリリを見ながら、問いかける。

 

「ああ、リリルカ・アーデ。彼らは…」

 

()()()()()()、レット様、レイ様。助けていただき、ありがとうございました」

 

 フェルズの紹介を切り上げるように言葉を紡ぐ。それに驚きを浮かべる二人に、小さなされど確かにある寂しさを感じつつ。

 

「フェルズから聞かされた時は、とても信じられない話だと思いましたが、どうやら貴方は本当に私達のことを知っているようだ」

 

「ええ、彼女ガ私たちの悲願(ゆめ)を叶エる切除になってくれれバ、嬉しいノですガ」

 

 そう理知あるモンスター、異端児(ゼノス)である赤帽子(レッドキャップ)を被ったゴブリンのレットと、金色の翼をもつ美しい歌人鳥(セイレーン)のレイが声を漏らす。

 

「それでは行きましょうか、同胞たちも待っています」

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■

 

 

 

 前衛であるレット、空中から巧みに援護を飛ばすレイ、モンスターの魔石を捕食した『強化種』である彼らの潜在能力(ポテンシャル)、そしてフェルズの力は圧倒的でリリが、なにもしなくても20階層を悠々と進んでいくことが出来ていた、初めの内は。

 

「ミス・リリルカ。この先は食糧庫(バントリー)の近くであり、同族(モンスター)の数も膨大だ、警戒を怠らないように」

 

 そう忠告した、レットの言葉通りに相次ぐ襲撃に、だんだんと余裕がなくなってきたのだ。

 

 ダンジョンに生成される天然武器(ネイチャー・ウエポン)を振るう蜥蜴人(リザードマン)を退けながら進むが、速度の遅いリリの歩みに合わせているがゆえに、彼らも疲労が貯まっていっている。

 

 そんな中で、リリたちは最大の危機にさらされていた。

 

 火花を振りまく、レットの大斧と蜥蜴人(リザードマン)の刃、そして大斧が()()()()()

 

「っ!?まさか、……強化種ですか!」

 

 咄嗟に刃を滑らせて、逸らすが驚愕をあらわにする。磨き上げた技巧が、致命の一撃は避けるが自身の潜在能力(ポテンシャル)を上回る相手に冷汗を流す。レイと、フェルズは襲いかかる集団からリリを守るために援護を行うことが出来ない。そんな中でリリは必死に思考を回す。

 

(手持ちの魔剣を使って、一時的にモンスターを寄せ付けないようにする?いいえ、一時しのぎにはなるでしょうが感覚的にそれが出来るほどの出力を出せば魔剣は砕け散る。今の状態はリリがお二人の内漏らしを始末、出来ているが故の均衡。用意していた強臭袋(モルブル)を使う?だめだ、それも一時しのぎにしかならない)

 

 なにか、なにか手はないかと必死に状況を見渡す。そして、気づく。

 

(フェルズ様と、レイ様が時折此方をうかがっている?)

 

(まさか、これはリリに対しての試験?異端児(ゼノス)が私を真に信頼できるかの……)

 

 初めてここを訪れた時を思い出す、彼らはウィーネ(家族)を守ろうとするヘスティア・ファミリアを見極めたのだ。

 

(恐らく、このままレット様とレイ様を信じて戦えば認めてくれるはずです!)

 

 そう考えを浮かべる。

 

(ですが、それだけでは足りません)

 

 今の、リリでは20階層を訪れるのはフェルズに頼らなければ不可能だ。人造迷宮(クノッソス)を使えない以上、異端児(ゼノス)とかつてほどの接触する機会は少ないだろう。長い時間をかければ信頼関係も築くことはできるかもしれない。だが、リリはそれだけでは足りないと思った。

 

 確かに、過去に戻ることで取りこぼしたものは拾えたかも知れない、絶望に浸らなかったかもしれない。だけど、その先にあった未来を絆を失ってしまったのだ。この痛みはいつまでも消えないだろう。だからこそ、つかみ取る機会を逃がしたくないと。リリルカ・アーデを焦燥に包ませたのだ。思い浮かべるはどこまでもお人好しで、それ以上に強欲に繋がりをつかみ取ってきた、少年だった。

 

 だから、だからリリルカ・アーデは走り出した。刃を打ち続けるゴブリンと蜥蜴人(リザードマン)の間に。驚愕の視線がその身を貫く、迫りくる致命の刃にリリが行ったことは、無防備にその首をさらすことだった。

 

 刃が止まる、理知を宿したその瞳は驚愕に目を真ん丸にしていた。その様が少しおかしくて、笑みを浮かべる。

 

「信じられねえ、俺っちの刃に身を晒すなんて、そんな馬鹿なことはフェルズでもしねえぞ」

 

「そういう馬鹿(えいゆう)に誇れる私になりたい、そう思ったんです」

 

 そう、蜥蜴人(リザードマン)異端児(ゼノス)――リド――に笑いかける。

 

 その言葉に、リドは高らかに笑声を上げた。

 

 そして、リリはいつかの彼と同じように手を差し出す。

 

「私は、リリルカ・アーデと申します。貴方たちと手を取り合いに来ました」

 

 ――受け入れてくれるでしょうか?

 

 その返答は、がっしりと掴まれた手であった。

 

 

 

 


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