リリルカ・アーデは裏切らない   作:ザック23

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第六話

 ダンジョン7階層の一角、幾つか目につけていた休息場所(レストス・ポイント)の一つで、リリは倒れたアイズの手当てを行っていた。

 

「ふぅ、怪我自体は深くないみたいですね。回復薬(ポーション)で十分に癒せる程度です」

 

 それが、7階層のモンスターの攻撃で倒れたのは。

 

「極度の疲労と、栄養失調ですかね……」

 

 やせ細った手足、艶を失った金髪は、本来端正な顔立ちの彼女を幽鬼の如く変貌させてしまっていた。

 

「人形姫、彼女がそう呼ばれていることは噂に聞いてしまいましたが、ここまでとは思ってませんでしたよ」

 

 人形姫、返り血を浴びようとも表情一つ変えず、ただモンスターを狩り続けるロキファミリアの大型新人冒険者(スーパールーキー)に嘲りと称賛を込めて贈られた渾名だ。多くの冒険者と、神々が彼女を次代を担う者とみているだろう。その期待は正しく、彼女は1年と言う世界最速兎(バグ)に超えられる前のランクアップの最速記録(レコード・ホルダー)を樹立することを二人と一柱は知っている。

 

(だけど、さっき見た在り方はあまりに危ういですね)

 

 それこそ、神酒に憑かれたかつてのリリと同レベル。いや、自分の意志のみで行っている分もっと酷い。

 

「いったい、貴方はどうしてそこまで苦しんでいるのですか」

 

 リリの中で、彼女への思いは色々と複雑だ。少年(ベル様)とミノタウロスの死闘の時にリリの求めに応じて救援を行ってくれ、中層への決死の進行を行った時も助けてくれたのはアイズ・ヴァレンシュタインだったらしい。その他にも少年(ベル様)を鍛え上げ、彼の飛躍の一助になったのだ。そういった面もあり、感謝の思いも尽きないが。それでも、少年(ベル様)からスキルに昇華するほどの思いを向けられているのはひどく複雑だ。あの少年(ベル様)の目標、リリが如何に死力を尽かしても届かない先にいるのがアイズだ。背中を支え続ける覚悟は決めているが、少年(ベル様)の視界に入らないことが来ることを怖く思うリリにとってはある意味では認めたくない存在なのだ。

 

 だけど、確かなことは、アイズは少年(ベル様)や自分たちにとっての頼れる先達であったのだ。

 

 そんな彼女は、今はこうして地面に転がっている。地べたを駆けずり回るリリの、遥か高みで輝く星がこうしているのは妙な気持ちになってしまう。

 

 そうこうしているうちに、横になっていたアイズはもぞもぞと身を捩り体を起こしていた 

 

「……ぅうん、ここは?」

 

「あ、お目覚めになりましたか。ここは7階層の小ルームの一角です。ダンジョン内で倒れている貴方をここまで運んだんですよ」

 

「それは、ありがとう、ございます」

 

 そう礼を言うと、アイズは立ち上がり、ルームの外に足を運ぼうとする。

 

「ちょ、どこに行こうとしてるんですか貴方は!気絶してろくに休んでいないんですよ!!」

 

「助けてくれたのは、お礼を、言います。でも、邪魔しないで、私は強くならないと、いけないから」

 

「また倒れたら、今度こそ本当に死にますよ!!いいから!休んでください」

 

 リリは必死に降りついて、アイズを止めようとするがリリを大きく上回る力で簡単に剥がされかけてしまう。そうこう争っていると、突如くぅーっと大きな音がアイズのおなかから聞こえてくる。

 

 さすがに恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしてうろたえるアイズにチャンスと見たのかリリはバックパックからお昼に用意していたジャガ丸くんを急いで取り出し問いかけた。

 

「えっと、その食べますか?」

 

 顔をうつ向かせ、耳まで真っ赤にしたアイズはこくんと頷いた。

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 はむはむはむ、とアイズは一心不乱にジャガ丸君にかぶりつく。最初の方は、初めて見る食べ物に戸惑っていたようだが、一口食べた瞬間から目を見開き、今は先ほどの様子から考えられないほどにジャガ丸君に夢中になっていた。よっぽどお腹がすいていたのか一つを食べ終えた瞬間にリリが差し出した二つ目を小さく礼してまた猛烈な勢いで食べていく。

 

夢中で食べる様は、先ほどの幽鬼の様な表情からは考えられないほど、可愛らしく。小動物に餌付けするってこんな感じなんでしょうかねえと、先ほどとは違った妙な気持ちをリリに抱かせていた。

 

「レット様とレイ様へのお礼用に多めに用意しておいてよかったです。普段の量だと、リリの分まで食べつくされていましたね……」

 

 そういえば、ベル様が剣姫様の大好物だと話していましたね。とある日の会話を思い返すほどに平和な時間が過ぎていった。

 

「って、ああ。そんなに急いで食べていると喉をつまらせてしまいますよ」

 

 と忠告するが、時すでに遅し。胸を叩いて苦し気にうめいている。

 

「はい、水です。落ち着いて飲んでくださいね」

 

 水筒を渡し、ゆっくりと水を飲むアイズの背中をさする。

 

「あの、その、何から何まで、ありがとうございます」

 

「敬語は結構ですよ、あなたの方が年上でしょうし、何よりもロキ・ファミリアの方に木っ端ファミリア所属のリリが偉そうにするわけにはいきません」

 

「……うん、そうするね。ありがとう、リリルカさん」

 

「あれ?私、名前を言いましたっけ」

 

「ギルドで私より、小さい子が、冒険者をしているって聞いた」

 

「ああ、なるほど」

 

 いくらオラリオが、冒険者になる人物を問わないとはいえ一桁の年齢で冒険者になるのはごくまれだ。その中で、リリはよくギルドに顔を出すし基本ソロで行動しているがゆえに噂になっていたのだろう。

 

「リリさン、ルーム周辺ノ地形ハ粗方壊してキましタ」

 

「これで、暫くはモンスターは現れないでしょう」

 

 そうこうしているうちに、レットとレイが戻ってくる。

 

「あア、よカった目を覚まシたのデすネ。私はレイと申しマす」

 

「私はレットです、レディ、貴方のお名前をお聞かせ願えるでしょうか」

 

 アイズは一瞬どきりと跳ねた心臓を気のせいだと誤魔化しつつ、二人に自己紹介をする。

 

「ロキ・ファミリアの、アイズ。アイズ・ヴァレンシュタインです」

 

「アイズさんデすか、いイお名前ですネ」

 

「ええ、貴方の可愛らしい容姿にとてもよく似合う」

 

 最近は人形姫と恐れられセクハラ神(ロキ)以外に、真正面から褒めてくる人はいなかったために、無表情なところは変わらないが耳は赤みを増してくる。

 

「お二人も戻ってきたし、お昼ご飯にしましょうか。アイズ様もまだ食べますか?」

 

 アイズは少しの間、頭を悩ませていたがジャガ丸君に心を惹かれたのか最終的にはこくんと頷いた。


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