シルヴァリオ リポーゾ   作:一ノ原曲利

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 執筆のリハビリの為に筆を執りました

 ※注意:時系列はかなりバラバラに書きます


若きティルフィングの悩み / Melancholy

 

 構える。

 

 構える。構える。

 

 息を潜め、呼吸を乱さず、剣を構える。

 喧噪が遠くなる。人の気配が消える。眼も見えなくなる。感じられるのは、自分の鼓動と手に伝わる柄の重さだけ。

 

 構え、構え、構え構え構え構え構え──今。

 

「シッ」

 

 一閃。

 鞘から抜き放つは一瞬。瞬きの間に剣は鞘に収まり。剣閃を見る者は1人としておらず。

 

「……ふむ」

 

 ただ1人、ウィリアム・ベルグシュラインは鉄面皮を小さく歪めて、地面を見下ろす。

 風に吹かれて舞い散った葉は18枚。

 地面に落ちたのは両断された34枚と、両断されていない1枚。

 1枚、斬れなかった。

 全ての感覚を研ぎ澄まし、落ちる葉の全てを捉えたつもりだったが──()()()斬れていなかった。

 

「…………」

 

 何を思い至ったのか、ベルグシュラインは鞘から剣を抜き放ち、地面に落ちた両断されていない葉を拾い上げ、そっと刃先に添える。

 しかし、勢いをつけていなければ、押し当ててもいない剣が葉を両断することはなく。

 風に揺れる木の葉は、剣の腹をするりと滑り落ちた。

 

「どうした、不調か」

 

「我が主君(あるじ)

 

 グレンファルト・フォン・ヴェラチュール。

 カンタベリー聖教皇国守護騎士団総代聖騎士の座に就く、聖教皇国を司る神祖の1人であり、ベルグシュラインの師でもある。 

 グレンファルトは切れた木の葉の残骸と、ベルグシュラインが斬ることの叶わなかった木の葉を眺め、感慨深そうに頷いた。

 

「ふむ、斬れなかったか」

 

「……はい。我が剣に斬れぬものなし、とは大見得張って言い出すのも恥ずかしい」

 

「いいや、それでもお前ほどの天才は千年に1人いるかいないかだ、卑下することはない。とはいえ──そうか、そろそろ()()()()()()か」

 

「?」

 

 勝手に解釈するグレンファルトの考えが読めなかった。剣の腕では既にグレンファルトの腕を超えつつあるベルグシュラインだが、それでも師の深謀遠慮を読み取ることは叶わない。

 剣技だけでなく、勉学に関しても怠ったつもりはない。「何事もあればあるほどいい」を豪語する師に倣い、知識量も膨大なものではあるが──純粋に積み重ねた年月が違う。

 或いは。

 勉学だけでは獲得できない何か、なのか。

 

「確か……そろそろ悠也が里帰りの時期だったな。ベルグシュライン、少し休暇を出す。スメラギに着いていくといい」

 

「はぁ」

 

 神祖の意図も読めぬまま。

 ベルグシュラインは勝手に休暇を申請され、勝手に神祖の1人であるスメラギの里帰りの同伴者として同行することとなった。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「里帰り、ですか」

 

「ああ。いや、朝早く悪いね。早朝に出ないと日帰りはきつかったりするんだ、馬車でもそれなりに距離があるからね」

 

「いえ」

 

 馬車に揺られて数時間。

 言われるがままに、ベルグシュラインは教皇スメラギと共に皇都を離れ、ベルグシュラインが言うスメラギの「里帰り」に同伴していた。ただ、相乗りが決まり顔合わせした時に「今日はキミか。よろしく」と、何故か手慣れた様子だったのが気がかりだった。

 

「施政者の1人としては、皇都の中だけでなく外も査察するのは仕事の一つなんだ」

 

「理解した。だから教皇が乗る馬車であっても派手さのない普通の馬車だったのですね」

 

「遠目でも教皇が乗ってる馬車だってわかったら、査察の意味も半減するからね」

 

 査察とは来ることを周知されていないからこそ意味がある。その方が、民草の普段の生活の姿をありありと見ることができるからだ。教皇に対する礼を失するのも失礼なことではあるが、普段通りの生活を見せないことも査察の意味合いを失ってしまう。

 立場よりも、公務の本分を優先すべき時はあるということだ。

 

「とはいえ、ただの馬車だ。下手したら盗賊か夜盗が襲うかもしれない。そのときは頼んだよ」

 

「御意。しかし神祖が治めるカンタベリーに、そこまで生活に困窮した者がいるとも思えませんが」

 

「ああ、施政者の1人としては実際その通りだと信じたいよ。ただ、人間である以上欲や悪意というものは消えないからね。ちょっとした出来心で他人に害を為す人間はそれなりにいる。まぁ僕が考慮しているのはそっちではなく」

 

「帝国アドラーやアンタルヤ商業連合国の間者が潜り込んでいるかもしれない、ということですね」

 

「その通り」

 

 カンタベリー聖教皇国は土地柄と国を治めている神祖の治政もあり、金銭云々といった貧富の差の違いがあまりない。皇都クルセイダルとカンタベリーの片田舎とでは金銭授受のレートに各差こそあれど、個々人の幸福度に関してはそこまで差がない。皇都は皇都で、田舎は田舎での暮らしがある。

 万人が幸せを享受し生活できるよう、そして生活に不満を持ち教皇に刃を向ける民衆が生まれないように、上手く飼い殺して 手懐けて調整している。

 故に、教皇のみならず一般の馬車を襲おうという民衆はほとんどいないのだ。唯一例外を除いては。

 

 ──昨今、軍事帝国アドラーとアンタルヤ商業連合国がキナ臭い動向を漂わせている。アンタルヤの怪しい動向に関しては十数年前から続いており、むしろ動向を観察させることに労力を割くことを目的としているらしかった。

 問題は、いつ攻め込むのか。

 攻め込まれるならば、民草の犠牲は必然。ならば攻め込むまで。

 では、いつ攻め込むのか、どこに。

 戦端を開く時と場は、今も神祖の間で画策している。

 

「まぁ、今回は査察じゃなくて、純粋な里帰りなんだけどね」

 

 馬車の窓を眺めるスメラギの眼差しには、郷愁の念が込められていた。ベルグシュラインも釣られて窓の外を眺める。

 見えたのは、小さな集落だった。

 集落の入り口には『Istrakan(イストラカン)』と刻まれた立札があった。この集落の名前らしい。

 スメラギは馬を手繰る御者に指示を出し、集落の外苑を大きく迂回するよう促した。その通りに馬車を進めると、集落外苑に一際目を引く施設の姿が近付いてくる。

 

 〝エイル診療所〟

 

 どうやら、医療施設の一環らしい。建物から少し離れたところには川が流れている。反対側には若葉の生い茂る背の高い樹が鎮座しており、僅かだが生物の気配と視線を感じた。

 

「僕だよフレスベルグ、少し驚かしたいから静かにしててくれるかい?」

 

 馬車から降りたスメラギは茶目っ気を見せて樹に声を掛けると、絶えず視線を寄越していた何者かは枝を揺らしてぽとぽとと葉を落として見せた。ベルグシュラインには分からないが、スメラギはそれを了承の合図と見たらしい。

 スメラギは正面玄関──からいったん離れ、ベルグシュラインを率いて別の入り口をノックした。すると、ぎぃ、と蝶番の軋む音が響き、ややあってドアが開いた。

 

「やぁ」

 

「……」

 

 白髪。

 ドアの隙間から覗いたのは、新雪よりも白い白髪だった。

 一瞬老人を連想したが、違う。

 若い。

 髪の白さに勝るとも劣らぬ白磁の肌。華奢な背丈。それなりに肉付きのある頬。健康体である証拠だ。

 恨みがましく、寝起きなのか白髪の前髪の奥には不機嫌な色を含んだ赤眼が爛爛と輝いてる。

 

「…………」

 

 その赤眼がスメラギとベルグシュラインを往復して、一瞬だけ眉をへの字に浮かべた少年は音もたてず、静かにドアを閉めた。

 

〈ドヴァリン~? 今日教皇様が来る連絡入ってた~?

 

〈教皇スメラギですか? いえ、受診の連絡は入ってませんよ。来てたらフレスベルグが手紙を寄越す筈ですから……え、今日来たんですか? また黙ってるんですかあの駄鳥

 

〈そうなんだよもう……ハァ、急ぎで悪いけど、新患用のカルテ準備しておいて。あと診察室掃除……ああ、いいやそれはボクがやろう

 

 再度、今度はドア自ら開き、不機嫌な顔を隠そうともせず、白髪赤眼の少年はにこやかに笑うスメラギを睨みつけた。

 

「ただいま、我が愛し仔(子孫)ダーイン」

 

「……来るなら連絡の一つくらい寄越したら? 曾々(教皇)おじいちゃん(スメラギ)さん」

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 玄関先で突っ立っていられるのも悪いので待合室で待っててください、と。最初に訪れた入り口とは反対側の、おそらくこちらが正規の入り口であろう玄関口を案内され、ベルグシュラインとスメラギは玄蕃入ってすぐの待合室、と呼ばれる場所に案内された。

 内装は木造の茶褐色が目立つが、所々観賞用の植物が植えられた植木鉢が置かれている。窓からは朝日の陽光が差し込み、内装が明るく照らされていた。

 清潔。まずはその一言が浮かぶ。

 備え付けられた複数の椅子や床は手入れが行き届いていて、不衛生という単語を連想することすら難しい。恐らく、定期的に毎日の掃除を欠かさないでいることが伺える。

 スメラギは適当なところに腰を下ろし、ベルグシュラインもそれに倣うように適当な椅子に腰かける。ひとしきり落ち着いたところで、ベルグシュラインは口を開いた。

 

「孫、ですか」

 

「ん、ああ。そういえばベルグシュライン卿には話してなかったね。そう、曾孫。若いころに一時だけど、一緒に過ごした女性がいてね…体は弱かったけど、子を為し、共に育んだこともあった。時たま、お邪魔するんだ。彼女の生家に」

 

「……〝洗礼〟を施さなかったのですか」

 

「うん。もし〝洗礼〟を施そうとしても、彼女は拒んだだろうからね」

 

「教皇スメラギと新患さん、どうぞ」

 

 奥の扉から現れたのは、背丈の高い女性だった。恐らく、ダーインが先程話していたドヴァリンという女性だろう。女性はこちらに小さく会釈すると、着いてくるように促した。スメラギも既に勝手を知ってるのかにこやかに女性の後を追い、ベルグシュラインもスメラギの後を追うように歩む。

 

 民家にしては複数の小部屋が一本の廊下を中心に、枝と葉のように設けられていた。

 勝手知ったるスメラギが辿り着いた先は、小さな診察室だった。

 そこでは、先ほど玄関先でスメラギに物申していた、ダーインと呼ばれた少年が白衣を身に纏い、椅子に座って待ち構えていた。向かいにはもう一つの椅子、少し離れて毛布のない簡素なベッド。

 

「はじめまして。エイル診療所の医師ダーインです。よろしく」

 

 カルテを書き込んでいるダーインに促され、スメラギと目を合わせるといつもの感情の読めない微笑みが返される。ここへきてようやく、ベルグシュラインもグレンファルトとスメラギの意図が読めた。

 つまりは、診察だ。

 ここしばらく不調だった原因を、いまここで明らかにしようというのだ。さしものベルグシュラインも観念し椅子に腰かけ、ダーインと向き直る。

 顔と体は、正面を向いてはいるが。

 目だけは、室内をぐるりと一周していた。

 

(皇都クルセイダルから離れた都市外の診療所……で、あるにも関わらず、設備だけならば最低限は整えられている)

 

 ()()()()()()()

 ベルグシュラインが感じた違和感はそれだった。ここは皇都から馬車で数時間も掛けなければ辿り着けないほど交通が不便であり、加えて生活レベルも一回り遅れている。

 にもかかわらず。

 馬車から眺めた村民の生活は、いま訪れている施設を中心に栄えているのだ。従って、いま現在生活レベルが低いのは皇都から最も遠い場所ではなく、皇都とこの建物を構える村との間、ということになる。

 

(ここへ来る途中にあった河川。大型船は無理でも小舟であれば物資の運搬は可能か。波止場こそないが、舟が停泊するだけのスペースと()()()を結ぶための係船柱はあった。問題は、こんな遠方まで如何なる利益を望んで交易をしているのか、その相手は一体)

 

「ええ、近くの川はそこまで深くもないですけど喫水の浅いアンタルヤの貿易舟が通りかかることがあるんです」

 

「……声を出したつもりはないんだが、声に出ていたか?」

 

「いいえ。ですが診察室の設備を眺めて、窓から見える川を一瞥していれば、大半の人間はそういう思考に至るだろうなと。現にこちらに立ち寄る初診の方の殆どが同様の疑問を抱いてましたから。下手に考え込まれるより先に答えを提示しておいた方が楽なんですよ」

 

 見られている、だとは露知らず。

 そうでなくとも、熟練の域に到達しつつあるベルグシュラインにかかれば視線などすぐ気付くものだが。一切、視線を感じることはなかった。

 たとえ敵意でなくとも察知できる筈の視線──不可視の視線。見られている、と思われない独特の観察眼。

 或いは、そういう〝気遣い〟こそが、目の前の幼き医師にはできるのかと、ベルグシュラインは目を見張った。

 見られている、とは存外ストレスにもなる。そしてそのストレスが診察場面においてはデメリット足り得るのだ。何故ならばその時点ですでに自然体から大きく逸脱している。

 視線を気取られず、しかし観察は怠らず、誤診もしない。

 それができるのは、医師の中でも一握りだろう。

 

「楽、とは?」

 

「面倒な詮索されてヤブを突いたどこぞの馬鹿みたいに厄介ごとに巻き込まれるのは二度と御免、ってことです。

 で、今日は査察にでも来たんですか教皇様? 公務をすっぽかしてこんなド田舎まで足をお運びになるとは、随分とお暇なご様子で」

 

「私事も交えた公務さ。親バカと罵ってくれても構わないよ」

 

「……そういう言い訳ができるから、ボクはあなたが嫌いだよ。祖父母や両親には一度しか顔を見せたこともなかったクセに」

 

「ああいや、それに関してはすまない。どう言い逃れをしたものかな……僕も、言葉にするのが、些か難しい」

 

「はぁ。()()それですか」

 

 ダーインはあからさまに溜息を吐いてみせる。

 スメラギと造形が似た顔が憂いを浮かび上がらせる図も、自然と絵になる。

 

「ではまず、お名前は」

 

「ウィリアム・ベルグシュラインです」

 

「うぃ、り、あ、む……ベルグ、シュライン、と。では、身体検査から入りますのでまず──その、仰々しい服から脱いでもらってもいいですか? 相変わらず騎士団服のまま来させないでよ、ラフな格好が一番いいのに」

 

「……これ以外、服を持っていないのですが」

 

「「「は???」」」

 

 皮肉にも、スメラギが素で驚いた声を聞くのはこれが初だった。

 

 

 

 

 






 ベルグシュライン卿、私服持ってなさそう


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