世界中の皆!おらに元気を分けてくれー!いやほんとに!
読書をしていた貴方の肩を突然誰かが後ろから叩いてきました。貴方は少し驚きはしましたが、どうせ彼女だろうと思い平静を取り持ちつつ後ろを振り返ります。そこに居たのは満面の笑みを浮かべた
“ゾンビでした”
静寂な本の森に貴方の絶叫が響き渡り幾重にも反響していきます。腰を抜かし床にへたり込んだ貴方の後ろから声が響きました。
「やーい!引っかかった!引っかかった!ひぐちカッター!」
貴方を指差しながらお腹を抱えて笑っている桃色。貴方は未だに「ウァーーー」と言い続けているゾンビを指差しながら彼女に向け抗議します。
「え?これは何なのか、って?馬っ鹿じゃないのー☆おっくれてるー☆それは『ゾンビ』って言うんだよ♡流石私!素敵!博識!やったね!ってえ?そんな事は知っている?何で此処に居るのか教えてくれ、って?そんなの……私が知る訳無いじゃなーーーい!残念!斬りーーー!そんな事よりゾンビが貴方を仲間にしたそうにこっちを見ている、って感じだよ♡」
彼女に言われ視線をゾンビに戻すとゆっくりと貴方に近付いてきました。もちろん貴方は全力で逃げます、本の森の中へ。それを見たゾンビは貴方を追いかけ始めます。
ゾンビはクラウチングスタートで素晴らしい初速を得るとナンチャラ・ボルトばりの速度で貴方に迫ってきました。ゾンビがイイ笑顔をしながら全速力で迫って来る光景に悲鳴を上げながら貴方は奥へ奥へと走ります。
「あーーー!二人共何処行くの!置いてくな!ほっとくな!無視するなー!兎は寂しいと死んじゃうんだぞ☆でも兎って意外と縄張り意識が強いんだって☆そんな事はどうでもいい!こらー!待てー☆待てったらー♪待てゴォラーーー(怒)」
図書館でおかしな三人組の追っかけっこが幕を開けました。
✣ ✣ ✣ ✣ ✣ ✣ ✣ ✣ ✣ ✣
女は空を翔る。その先に目指すべき里があるのだから。
時間の流れというものは自分が思っている以上に早いものだとつくづく思う。この間まで桜が咲き誇り花見をしていたと思えば桜は葉桜に変わり日差しは心地良いものからギラギラと照りつけるものに変わろうとしている。
「ミーン、ミンミンミンミンミンミン、ミーン……」
俺はそんな気の早い夏の日差しでぐんぐん上がった気温から逃れるために縁側の影に身を潜め団扇で風をおこしながら涼をとっている。
「カナカナカナカナカナカナ…」
しかし本当に暑いな、まだ夏じゃないっていうのに何でこんなに暑いのかね。あぁあっちの方だったらコンビ二とかでタダで涼めてたのにな~。こっちの生活にも慣れたと思っていたらこれだよ、冬とかマジ大丈夫か俺?
「ジー、ツクツクツクボーシ!ツクツクボーシ!……」
「…………」
俺はゆっくりと立ち上がると玄関まで進み戸を開け、後ろに振り向きながら部屋の中で蝉の鳴き真似をしていた虚空さんに声をかける。
「虚空さん、すいませんちょっとこっちに来てもらえますか?」
「ん?どうしたの祭君、何かあったのかい?」
こっちに向け歩を進めながら虚空さんは不思議そうな顔でそんな事を聞いてくるが俺はそれには答えず、開け放った玄関の前に虚空さんを誘導するとその後ろに立つ。そして深呼吸を一つした後、
「このクソ暑くてイライラしてる時にうるせぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
叫ぶとほぼ同時に放たれた俺の蹴りは的確に虚空さんの尻を叩き弾丸の様に外へと打ち出した。蹴られた虚空さんは「あーれー!」等と叫びながら長屋の通りの方へ消えていく。それを確認すると俺は玄関の戸を閉め再び縁側に腰掛けると団扇で風をおこすのを再開する。
「いきなり酷いじゃないか」
暫くすると玄関を開けて虚空さんが戻ってきた。
「…貴方はこのクソ暑い時に何やってんすか?暑くてこれ以上怒る気力も無いんですよ」
「暑い時に暑苦しい事をすると相殺する気がしない?」
「更に暑っ苦しくなるだけだろうが!プラスにプラスを掛けた所でプラスなんだよ!」
本当にこの人の考えは読めない、永く生きるとこんな風にになるんだろうか?…待てよ、半妖の俺も永く生きるからこの人みたいになるのか?嫌だーーーー。
「おーっす!兄弟、虚空さん居るかい?」
そんなやり取りをしていると玄関を開けて源時のお兄さんが顔を出す。
「何か用ですか源時のお兄さん?」
「おう!二人共ちょっと広場まで来てくれ」
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「「 夏祭りー? 」」
俺と虚空さんの声が綺麗にハモッた。
源時のお兄さんに言われるまま広場に訪れると里の男衆が集まって櫓(やぐら)を立てたり台を運んだり忙しく動き回っている。
「そっ!今年最初の夏祭りだ!」
「最初って事は何回かあるんですか?」
「う~ん、あの方の気紛れだからな~去年は六回だったかな?」
「多いな!って言うか“あの方”?」
源時のお兄さんが敬うって事はかなり偉い人が仕切ってるのか?とりあえずお祭り好きなのか?
「うっふっふっ!兄弟よ期待しておけ!良いものが拝めるからな!」
源時のお兄さんはそう言いながら悪そうな笑みを浮かべた。
「しかし祭か~楽しめるなら何でもいいや。そういえば花火は上げるんですか?」
「「 花火? 」」
ふと気になって聞いてみたのだが源時のお兄さんだけでなく虚空さんも頭に?を浮かべそれはなんぞな、みたいな表情をしていた。えっ?幻想郷って花火無いのか?いやよく考えれば花火ってあっちじゃバリバリ現役だもんな、幻想入りする訳が無い。
俺達が話をしていると突然広場に女の声が響き渡った。
「うふふふふふ!待たせたわね!もちろん待っていたわよね!」
俺達が周囲を見渡し声の主を探すと広場の中央に立てられた櫓の屋根に一人の女が立っており、その姿を目視した瞬間俺は大声で叫んでいた。
「愛しの祭~~~~~♡」
「副メイド妖精!!!!」
そこに居たのは紅魔館の変態妖精だった。ていうか愛しのとか言うな。
「貴方が忘れられなくて態々来ちゃった♡」
「来ちゃった♡じゃねーよ!寧ろ忘れろ!とっとと帰れよ!」
「照れているのね可愛いわ~!」
「勝手な解釈してんじゃねーよ!」
「あんなに熱く絡み合った間柄じゃないッ!」
「襲い襲われた関係だろうが!」
そんな風に副メイド妖精と言い合う俺の肩を背後から源時のお兄さんが力強く叩いた。
「兄弟…幸せにな!」
「テメーも勝手な解釈すんなや!リア充がッ!!」
俺の怒りと世界に蔓延る無数の非モテ達の怒りを込めて振り抜いた右ストレートが的確に非モテの敵の頬を捉え勢い良く吹飛ばし、非モテの敵は空中を錐揉みしながら飛んでいった。
そんな俺の肩を更に別の人物が掴む。かなりの力を込めて。
「祭君…君もリア充だったんだね!この裏切り者が!」
肩を掴んでいたのは八百屋の旦那だった。っていうか、
「あんた結婚してんだからリア充だろうが!」
「それはそれ!これはこれだ!」
俺によく分からない怒りをぶつけてくる旦那の背後に何時の間にか旦那の奥さんが近付いており優しく、本当に優しく旦那の肩を掴み、それに気付いた旦那は冷や汗を流しながらぎこちない動きで後ろを振り向いた。
奥さんは優しく嗤いながら無言で旦那を射抜いており、旦那は視線を俺に戻し「助けて!」みたいな顔をしたが俺は無言で勢い良く首を横に振る。だって死にたくないもの。
「……さぁてあんた…ちょっとO☆HA☆NA☆死しようか♡」
「ち、違うんだ!そんなつもりで言ったんじゃない!ちょっと口が滑って、じゃなくて!」
旦那は懺悔を広場に響かせながら奥さんに引きずられていった。そして二人が広場から立ち去り旦那の声が聞こえなくなると広場には一陣の風の音だけが鳴っていた。
「…話を続けてもいいかしら?」
「あっ!本気で忘れてた!」
「酷いわ祭!もうこなったら実力行使ね!」
副メイド妖精はそう言うと櫓の屋根から回転しながら飛び降り地面に降り立ち構えをとったので俺も迎撃態勢をとる。
「さぁわたしと一緒に危険な恋の冒険のアヴァンチュールをしましょう♡」
「全力で断る!それに意味被りまくってるからなそれ!!」
「祭君のあばんちゅうる?は譲れないな!それは僕の物だから!多分!」
「一番要らないタイミングで一番厄介な人が一番面倒そうな発言をするな!!最悪な誤解を生むだろうが!」
虚空さんの発言が聞こえたのだろう、広場のあちこちから「やっぱり!」とか「怪しいと思ってたんだよ!」とか「キー!悔しい!なんで俺じゃないのかしら!」なんて声が聞こえてくる。…ちょっと待て何か変なの混じってなかったか?
「何処の誰だか知らないけれど邪魔しないでもらいたいわね!」
「あぁ自己紹介が遅れたね、僕は七枷虚空、祭君の同棲相手さ!」
「状況的に間違っちゃいないが意味がちげーだろ!」
俺の突っ込みに虚空さんは意地の悪い笑みを浮かべていた。こいつ今のはワザとか!
「同棲…熱帯夜に組んず解れつ…許せないわね!それはわたしの特権よ!」
「テメー今何か変な想像したな!ていうかそんな特権あってたまるか!」
「悔しいのならかかっておいでよ!雌雄を決しようじゃないか!」
「それであんたは何で無駄にやる気を出してるの!」
二人は俺のツッコミを無視し互いに距離を取り視線をぶつけ合う。互いの気迫が空中で激しく鬩ぎ合い見えない雷撃が迸り周囲を奔り抜けた。……何これ?
「祭をモノにする為に門番様に鍛えてもらったわたしの力を見せてあげるわ!」
「いらん所に努力を注いでるんじゃねぇぇぇぇぇ!!」
副メイド妖精はそう言うと流れるように次々に構えをとっていく。何だろうあの動きどこかで見たような?俺が首を傾げていると何時の間に復活したのか源時のお兄さんが驚きの声を上げる。
「あっ、あれは伝説の五獣の拳!なんて洗練された動きなんだ!龍、虎、鶴、蛇、豹、それぞれの獣を完全に体現している!まさか伝説をこの目で見る事が出来るなんて!」
あぁ思い出した、ジャッ〇ー・チェンの映画のやつか!ていうか美鈴さん何処でアレを覚えたんだ?まぁいいか、しかし副メイド妖精のやつあの時より強くなってるな。動機が不純過ぎるけど。もしかしたら虚空さんも苦戦するかもしれない。
そう思い虚空さんに視線を向けると、何故か虚空さんは目の前の副メイド妖精ではなく空を見上げていた。あの人なにしてんの?その視線を辿り俺も空を見上げてみると何かが凄い速度で此方に接近してくる。
「あら空を見上げてお祈りかしら?まぁいいわ、覚悟はいいかしら?行くわよ!」
副メイド妖精がそう言い放ち突撃の為に腰を下ろした瞬間、空から飛来した謎の物体が彼女を押しつぶし轟音と土煙を上げる。
「「「「「 ………… 」」」」」
広場に何とも言えない静寂が流れる。死んだ…かな?俺は改めて副メイド妖精を押しつぶした物体を見てみるとそれは縦四メートル幅三メートルもある巨大な和太鼓だった。そしてその和太鼓の上に一人の女性が降り立ち、
「待・た・せ・た・な!皆の衆!
金色のショートヘアに西瓜と蝉の飾りが付いた鉢巻を付け、胸にさらしを巻き水色の半被を羽織り白の半股引を穿いている。その背中には彼女を身長よりも大きな団扇を背負い腕を組みながら笑みを浮かべ俺達を和太鼓の上から見下ろしていた。
幻想郷の夏が幕を開ける。