森焼塗地 01
今はもうその名を知る者はいないが、昔ウルサスとカジミエーシュとが隣接する場所に小さな都市があった。
本当に小さく、都市の周りは深い森が囲っていたから、当時ですら知る者は少なかったし、都市として認められているかというと、そうではなかったかもしれない。
だから正確に言うと、ウルサスとカジミエーシュの国境付近にある森の中に、少し大きな町があった。
……そう、過去形だ。今はもうその森は存在してないし、それに伴って都市も消えた。加えて言うならウルサスの周辺には小さな都市群が乱立していたが、全部ウルサスが合併した。今は鉱石病感染者の為の隔離区間とか、行く当てがない奴のスラムかなんかになっているらしい。
もしかしたら、あの森だった所はもう肥溜めになっているかもしれない。
気圧のせいか、自分らしくもない考えをコーヒーと一緒に流し込んだ。外は雪が降っている。ここロンディニウムでは珍しい事だった。
『シムナ?いるー?あたしー!グラニだよ!』
玄関の方から聞きなれた元気な声。雪が降ってるってのに朝から元気な事だ。
「開いてるよ!入るなら勝手に入ってこい」
「じゃあ遠慮なく。いつも言ってるけど、危機管理が杜撰すぎるよ!鍵くらいかけたらどうなの?」
「自分の身くらい自分で守れるっての。それにここは鍵が掛かってないからって入ってくるような輩は少ない」
「騎馬警官の本拠地があるからって、ロンディニウムの治安がいいとは思わない方がいいよ。私が言うのもなんだけどさ」
「いや、ウルサスの辺境よりは間違いなくずっといいさ」
こいつはこういう風に言うと途端に大人しくなる。我ながらもっと他に言い方ってもんがあると思うが、どうにも年下の女の扱いは慣れなかった。昔からそうだ。
「あー、悪かったよ。でも俺の家に来るたびにしつこく言ってくるお前もお前だからな?」
「シムナには感謝してるし、そんじょそこらの悪者には負けないって知ってるけど、心配なものは心配なんだよ……どうしてあたしの言うことを聞いてくれないの?鍵をかけるだけだよ?そんなにあたしの事が信用できない?」
「分かった!次からは絶対かけるから落ち着いてくれ」
「ほ・ん・と・う・に?」
「あぁ……鍵をかけるようにするよ。じゃないとお前に殺されそうだ」
「ははは!あたしも殺しはしないよ~。殺しは」
圧が、圧が強い。笑っているが目がまるで笑っていない。……まるでアイツみたいだ。
「で?今度は何だ?」
とりあえず俺は話題を変える事にした。実に戦略的だな。
「あーっと、実は探してほしいものがあって、協力してほしいんだよね」
「お前なぁ、いつまでも俺を頼ってばっかりだから同僚から新人扱いされるんだぞ」
「一応あたしだってやれることはやったよー!でも全然ダメ!だからお願い~!」
「分かったよ。俺は一応お前の補佐って事になってるしな。それにこの雪だ。その恰好で探し物は辛いだろ」
「そうなんだよね。まさか冬もこの格好だとは思わなかったなぁ」
俺は隣でしれっとコーヒーを飲むグラニを見やった。騎馬警官の制服をきっちりと着ている。外套はしっかりしているし、暖かそうに見えるこの制服だが、防寒性という点においては難があった。というのも、ズボンのデザインがどう考えてもおかしい。署長が性癖の為に女性用制服を更新したという眉唾な噂も頷けるというものだ。
「それ、なんとかならねぇのか?」
「残念だけど、あたしの一存じゃどうにもならないねぇ……夏は涼しくていいんだけど」
「いいのかよ。そういうの、普通女は着たがらないもんだと思うが?」
「まぁ、一応警官だし、あからさまにそういう目で見てくる人は少ないしね」
そんなもんかと呟くと、グラニが探し物の詳細について話し始めた。どうやらまた面倒な雑用をやらされているらしい。それでいいのかと聞いたこともあったが、本人曰く構わないとの事だ。滅私奉公というか、頭のネジがどこか外れているのは間違いない。
「今なにか失礼な事考えてなかった?」
「いや、何も?話は大体わかった。手早く終わらせよう」
食い下がるグラニを宥めながら、俺はアーツを発動する。効果は嗅覚の向上。それだけといってしまえばそれだけなのだが、嗅覚というのは存外に使える。俺はグラニから受け取った依頼人のハンカチを嗅ぐと、コートを手に取った。
「恐らく紛失したカバンは駅にある。お前が見つけられなかった事を考慮すれば鍵付きのロッカーか何かに入っているんだろう」
「シムナがそう言うならそうなんだろうけど、何でロッカーなんかに?」
「さぁな。大方質の悪いイタズラだろうよ。ほら、行くぞ」
「鍵、忘れないでね!」
「分かったって」
雪が降るロンディニウムの街を俺たちは並んで歩く。
「ここに来て初めて鍵を使ったかもしれん」
「流石に冗談だよね?」
「なんというか落ち着かないんだよ。伝えにくい感覚だが。家というか住処は開けたままにしておきたいのさ」
「それってシムナの故郷の文化ってやつなの?」
「まぁ、そんなもんだよ」
そんな風にグラニと他愛ない会話をする。昔と違って気楽なものだ。だから、それに気づけたのは本当にたまたまだ。
「伏せろ!」
言いながらグラニを引き寄せた。ボウガンの矢が乾いた音と共に頭上を掠める。困惑する人々。それらしい匂いは4つ。上に1人、下に3人。建物の陰に隠れ、相手の出方を伺う。狙撃手はもうポイントを変えるようだ。経験上、そういう狙撃手は上手い奴が多い。逆に下の3人は素人だ。狙撃にだけ気を付ければ問題ないだろう。
グラニはもう状況を飲み込んだようで、他の警官たちと連絡を取っているようだ。
「4人、内一人は屋上にいて狙撃手だ。何か恨みを買った覚えは?」
「この間何人か捕まえたけど、ここまでされるとは思えないかな」
「俺も全く覚えがないな。となると」
「例の落とし物が問題って事?」
「それしか考えられないな。一体誰が頼んできたんだ?」
「普通のおばさんだったよ?ちょっと焦ってたみたいだけど」
警官達が集合し始めた。雪が幸いし人が少なかったため怪我人もいない。狙撃手は警戒してか、まだ打ってこない。
「俺は上に行って狙撃手を捕らえる。他の奴らは他の重装警官に任せておけ」
「あたしだって戦える!」
「話を最後まで聞け。グラニ、お前は荷物を取りに行け。それがお前の任務だったろ」
「忘れてた!大丈夫!あたしに任せて!」
「言っておくが、他の警官と協力して行けよ?何があるか分かったもんじゃない」
グラニを見送った後、手ごろな階段を上りながら、少しだけ汗ばんだ手でコートからハンドガンを取り出す。相手は手練れだ。負ける気はしないが、気を抜けば殺してしまうかもしれない。何も情報がない以上、それは避けたい。
屋上は雪で白く染まっていた。吐く息で位置がばれないよう雪を口に含める。相手も俺のようなアーツを使えるとすれば全くの無駄だが、やらないよりはやった方がいい。匂いからして彼我の距離は75メートル程度。こちらに気づいている様子はない。この距離でも当てようと思えば、当たるだろうが、もう少し近づいた方がいいだろう。
この距離ならば外さないという場所で、標的を目視したときに、問題が起きた。標的は下を警戒しているようで此方に気が付いた風ではない。問題は、俺がそいつを知っているって事だった。
「エイラ……エイラなのか……?」
声を掛けたのは無意識での事だった。匂いも知っているものではなかったし、アイツでない可能性も十分にあった。
狙撃手はゆっくりと此方を振り返った。酷い形相だ。きっと俺も似たような顔をしているのだろう。
「私は……私の名はファイヤーウォッチです」
懐かしい響きだった。かつて指揮した隊の名だ。
「そうか、ならファイヤーウォッチ。この距離で俺が外すと思うか?」
「いえ、奇跡が起きてもそんな事は起こらないでしょう。投降します」
7年ぶりの再会は、良いものとは言えないようだった。
久しぶりに字を書いてるんですがなんかこう……思うように書けないですねぇ!(ヤケクソ)