またまた昔の話、ウルサスがカジミエーシュとドンパチやってた頃の話だ。戦地に近いスオミも戦火に巻き込まれた。なんでもウルサスの大都市、レニングランドと近かったのが主な理由らしい。
外交交渉でなんとか済まそうという話も合ったそうだが、脳筋国家のウルサスが寄越した要求は馬鹿げたもので、到底受け入れられるようなものじゃなかった。それに1つの要求だけで終わるとも限らない。腰を低くすればどんな要求をしてくるか分からないのがウルサスという国家だった。
ウルサスのほかにも、イェラグやヴィクトリア、カジミエーシュからの要求もあった。イェラグはウルサスに対しての壁になっているスオミを失う事を恐れて。ヴィクトリアは国力を増加させているウルサスを危惧して。カジミエーシュはウルサスとの戦争をより有利にする為に。
とにかく、いろいろな理由あってウルサスとスオミは戦った。で、負けた。雪は味方したし、土地勘を持っていたのは間違いなく俺達の方だった。実際途中までは上手くいっていた。4000人の攻勢に対して50人にも満たない数で防衛を成功させた例なんて後にも先にも俺達だけだろう。
だが、俺達は負けた。特殊部隊ファイヤーウォッチには裏切り者が居た。あの日、朝起きて部屋を出ようとしたとき、普段は使わない鍵が閉められていた。だから誰かが俺の部屋に侵入したのは分かっていた。分かっていて何もしなかった。隊の不和は怖かったし、何よりそんな事を信じたくなかった。
今となっては誰が裏切り者だったのか知る由もないし、確かめようとも思わないが、彼女はそれを許せなかった……いや、俺と違って受け入れる事が出来なかったのだろう。それを可哀そうだと思うのは、傲慢な事だろうか。
看守に挨拶をして面談用の部屋に入ると、数人の警官が監視する中彼女は座っていた。
「っよ。久しぶりだな。元気でやってたか?」
「隊長こそ……よくご無事で」
「やめてくれよ。その肩書は俺には重すぎたんだ」
「そんな事はッ!」
「おいおい、あまり感情的になるなよ?折角無理を言って時間を作ったのに無駄になっちまう」
「失礼しました……」
「しかし、あれだ。本当に……大きくなったな」
「ッ!」
ファイヤーウォッチは泣いていた。俺も泣きそうになった。死んでいたと思っていた。今ここで立場を入れ替える事が出来るのならば、喜んでそうする。
「残念だが、今の俺はスオミ軍ファイヤーウォッチ隊隊長じゃなくて、ヴィクトリアの制限付特別騎馬警官だ。してやれる事は少ない。お前が名前を捨てる前なら、何とかなったかもしれんが」
「いえ、捕まった事は後悔していません。むしろ、隊長を殺めなくて本当に……本当に良かった」
「気にするなよ。時が変われば立場も変わる。俺が死んだら、所詮それまでの男だったってだけさ」
泣き出してしまった彼女にタバコを渡そうかと思って、そういえばタバコはダメなんだったなと思い出す。こういう時何をしてやればいいのか分からないのは、本当に居たたまれない。
「まぁ良いじゃないか。俺もお前も生きてる。そうだろ?」
数回の頷きの後、彼女はこちらを向いた。
「隊長にはお話します。私が今何をしているのかを」
「良いのか?聞いたぜ。傭兵なんだろ?」
「それ以前に、私はまだファイヤーウォッチ隊の隊員のつもりです」
「……過去の事はもう忘れろ。お前はまだ若い」
難しい話だと、言っておきながら思った。本来ならば俺がしなければならなかった事を、彼女にやらせているようで、その怒りを事もあろうか彼女にぶつけてしまっている。
「すまない、言いすぎたな。話を聞こう。だが警官としてだ。辛いかもしれんがそれでも構わないか?」
「はい。納得はまだできそうにありませんが、理解しているつもりです。……事の発端はシラクーザとウルサス、そしてアイリッシュからなるマフィア連合の会談でした」
部屋に動揺が走る。そんな会談があるなんて事は少なくとも俺は知らなかったし、周囲の反応を見るに騎馬警察もそうなのだろう。
「また一段と凄まじいな。それにしても、連中に話し合うなんていう事が出来るとは到底思えないが」
「マフィアといっても、結局はビジネスですから。互いに利があれば問題ないのでしょう」
「それもそうか。で、それが例の落とし物とどう繋がるんだ?」
「私たちが確保しようとしていたモノとその会合とは直接的な関係はありません。……真実かは分かりませんが、あれはカルテなのだそうです」
「カルテ……鉱石病か?」
「恐らく。私は今シラクーザに雇われていますが、世継ぎが警察とのひと悶着の後に搬送されたようでして」
「そこで鉱石病と診断されたか」
ファイヤーウォッチは頷くと右手を差し出してきた。何事かと思っていたが、どうやらタバコが吸いたいらしい。
「本当に、大きくなったもんだ」
警官から制止されつつも、火のついた吸いかけのタバコを渡す。俺の知らない7年で、随分とタバコの似合う女になったもんだ。
「有用な情報、感謝するぜ。なるべく司法にも掛け合ってみるさ」
「あまり期待しないでお待ちしています」
席を立つ。騎馬警察はこれだけの情報があれば納得するだろう。閉じていく扉からチラリと咳き込んだ彼女を見て、なんだ、やっぱり吸えないのか、と思った。
「シムナ、どうだった?」
「どうって何がだよ」
部屋から出ると、グラニがベンチから立ち上がって駆け寄ってきた。他にする事があるだろうにとも思ったが、言うのはやめておいた。俺がわざわざファイヤーウォッチから落とし物の内容を聞いた理由が、グラニ達騎馬警察がブツを確保するのに失敗したからだとしてもだ。死体蹴りは趣味ではない。
「マフィア達がなんであの落とし物を狙っていたのか聞いて来たんじゃないの?」
「お前と俺はこの件からは外された。そうだろ?俺は昔の知人と話に行っただけだ」
「でも署長から情報の提供をしろって言われてたじゃないか!」
「そうだとして、俺がするのは情報提供までだ。今回のヤマは危険だ。間違っても首を突っ込むなよ」
新しいタバコを取り出して、吸う。隣ではグラニが何やら文句を言っているが、聞かないことにした。耳をふさいであーあー聞こえないとしようとしたところで、背後から爆発音。近くはないが、大きい。
「嘘だろ?一応収容所だぜ?ここ」
グラニは完全に気絶している。元々クランタは種族的に発破に弱い。背後からとなると猶更だ。周囲を見ると多くの人間が伸びてしまっている。
トランシーバーで本部と連絡を取ろうにも、どこにもつながらない。再起しだした他の警官達も連絡が取れないようで、収容所は阿鼻叫喚といった体だ。
「ファイヤーウォッチ!まだ居るか!?」
「はい。……恐らく私を追ってきたんだ。奴らは裏切りを許さない」
「まだ向こうはお前が裏切ったかどうかなんて分からねぇだろ」
「残念だけど、今ので分かっちゃったな!」
振り下ろされる二刀をすんでのところで回避し、懐のハンドガンに触れる。闖入者は話し合いで解決できるような雰囲気ではない。部屋に居た警官達も応戦しているが、すぐに剣劇の音は途絶えてしまった。
「クソッ!ファイヤーウォッチ!逃げろ!……俺が時間を稼げるかは分からないが」
「隊長!無茶だ!いくらあなたでも近距離であの狂犬と、ラップランドとやりあうなんて!」
狂犬と口にするファイヤーウォッチに闖入者――ラップランドは楽しそうに答える。
「その狂犬と同じ所にまで堕ちた感想はどう?今ならまだ間に合うかもよ?ま、ボクみたいに裏切り者でもまた雇ってくれるかもだけ、どッ」
「ッ!?」
踏み込みが見えなかった。真っ二つになったハンドガンを見て唾をのむ。本気だったら斬られていたのは俺の首だっただろう。
「ハハ!逃げるならそれで良いよ、ファイヤーウォッチ。君とやりあうなら、やっぱりお互い万全の状態でやりあいたいしさ。それに今回キミはオマケだしね。あ、そっちのお兄さんがやりたいなら別だけど?」
「……遠慮しておく。しかしさっきの爆発といい、収容所のマフィア共を開放するつもりか!?」
「その話はもう済んでるから気にしなくていいよ!そんなことより、キミはこれからの身の振り方を考えた方が良いかもしれないね?ボクが渡されたリストに、キミの名前が載っていなかったことを後悔するかもよ!」
どういう事だと言おうとして、ファイヤーウォッチにそれを遮られた。確かに、今は安全を確保することが先だ。未だ目を覚まさないグラニを抱えて、俺は収容所を脱出した。一息ついたところで、グラニのトランシーバーから連絡が聞こえた。
『……ロンディニウム北収容所で大規模な脱走事件が発生!主犯はシムナ・コルホネン!繰り返す、主犯はシムナ・コルホネン!……』
「きな臭くなってきたな……」
久しく嗅いでいなかった闘争の臭いが鼻孔を満たしていた。