「おい!グラニ!起きろ、目を覚ませ!」
横たわるグラニが目を覚ます気配は一向にない。騎馬警察に追われている以上、あまり時間的猶予はないんだが。
「隊長、置いて行くべきだ。むしろ私達が近くに居る事で、彼女が不利になる可能性もある」
「脱走したマフィア共が放っておくかは分からないだろ」
「だからといって彼女を騎馬警察まで送り届けるのか?」
「……恐らく騎馬警察もダメだ。裏でマフィアと手を組んでる。純粋なコイツが、それを飲み込めるとは思えない」
「話は済んでいる。でしたか……しかし狂犬の戯言という可能性もあります」
「そうは思えないな。じゃなきゃ騎馬警察が俺を追う理由が分からん」
騎馬警察で恨みを買った覚えはないし、そもそも俺の安全は政府に保証されてる。いくら騎馬警察の上層部が腐敗しているとはいえ、更に上の政府関係者に目を付けられるリスクは犯したくない筈だ。となると、マフィア側はかなり強引に騎馬警察に交渉を持ちかけたことになる。俺にそれほどの恨みを持つマフィア……まさかとは思うが……。
「ファイヤーウォッチ、その例の会談、もしかして行われたのはローランド・カフェ・ロイヤルか?」
「はい……まさか隊長……嘘ですよね?」
「そのシラクーザの後継ぎって奴を捕まえたのは、恐らく俺だ」
「なるほど、ただで殺すつもりは無い……という事ですか」
「ラップランドの言う通りならな」
実際、あそこでラップランドが殺そうと思えば俺は死んでいただろう。そうしなかったのは、恐らく雇い主がそれを禁じたからだ。
「だけど鉱石病になったのは俺のせいじゃねぇだろ。あんな無茶苦茶にアーツを使うからだ。自業自得だぜ」
「向こうはそうは思っていないでしょう。鉱石病は不治の病……怒りの矛先が必要だった」
「とんだ貧乏くじだな」
「……そうでもありません」
ファイヤーウォッチは立ち上がってそう答えた。これが貧乏くじ以外の何なんだと言おうとしたところで、彼女は続けてそう言った。
「貴方にまた逢うことが出来た」
「……その、すまなかった」
「なぜ謝るのです?」
「俺はお前をもっと早くに見つけるべきだった」
「良いのです。またこうして逢えたのですから」
彼女の顔が近づく。額を合わせる、角と角が触れ合う。そしてそのまま……「あのぉ、そろそろ起きても良いよね?というか臭い……ここどこ?」
「グ、グラニ……?あ、あぁ!そうだな!って痛ぇ!?」
慌ててファイヤーウォッチから顔を放そうとした結果、角が引っかかって転んでしまった。一体俺は何をやっているんだろうか……。
「隊長、次は、もっと丁寧にお願いします……」
「ファイヤーウォッチ、お前わざと言ってるだろ?」
「フフッ」
こんな状況なのに、ファイヤーウォッチは笑っていた。それはそれはとても幸せそうに。
「何だよ?」
「いえ……昔に戻ったみたいで、つい」
「あたし、二人だけの空気みたいなの作られると居場所に困るんだけど……あとあたしの質問無視されてない?」
「悪かったな。確かに少し浮かれていた」
幸い、今現在隠れている地下水道はまだ敵――騎馬警察とマフィア連中には見つかりそうにない。が、時間の問題だな。顔を拭ってグラニに向き直る。
「良いか、グラニよく聞け。俺達は今マフィアと騎馬警察に追われている。理解する必要はない。質問は無しだ。良いな?」
「……はい?」
「残念だが続けさせてもらうぞ。俺達の現時点での目標はイェラグ大使館に辿り着くことだ。スオミの大使館は残念ながらもう無い。となるとイェラグにあたるしかない」
「警察はいいとして、マフィア連中がそれで止まるとは思えないんだけど?」
「残念だが、真正面からマフィアと戦うのは無理だ。場所も装備も数も何もかもがダメ。ハッキリ言って死ぬ未来しか見えん。故にイェラグ大使館でなんとか時間を稼ぐ。そんでもって外務省から政府上層部に連絡を付けて、騎馬警察の暴走を止める。そうすればマフィア連中は警察が何とかしてくれるだろう」
「えーっと、とりあえず聞きたい事は色々あるけど、それが上手くいく保証は?」
「さぁな。だがイェラグには貸しがある。きっちり利子付きで返してもらうさ……グラニ、今後の方針については分かったな?」
「あの、それ以外が全く分からないんだけど!?」
反響する声。たまらずグラニの口を押えたが遅かったようだ。
『居たぞ!多分あっちだ!』
「隊長、話している場合ではなさそうです」
「ご、ごめん!つい……」
「まぁ、しょうがないさ。とにかく詳細は大使館に着いてから話す」
「わ、分かった!」
「なに、ロンディニウムの地下水道は迷宮だ。そんなに簡単には見つからんさ」
地図と水道の図面を頭に叩き込んでおいて正解だったな……やはり備えは多ければ多い程良い。
「次の十字路を右に曲がって20メートル先に、多少の武器とロンディニウムの地図、後は簡単な工作キットがある。とりあえず、それで何とかしよう」
「そんなものいつ用意してたの?あとそれ一応テロ等準備罪で犯罪なんだけど……」
「なに、たまたま訓練に行った帰りに置き忘れただけだ。それを運良くたった今思い出した」
「はいはい、そういう事にしておくね。そういう事するなら、今度からあたしにも連絡してよ?」
「覚えて居たらな」
工作キットを使ってファイヤーウォッチの手錠をグラニに外させる。少々乱暴になってしまうかもしれないが、そこは我慢してもらうしかない。俺はその間に地図を広げ、そこに大まかな地下水道の配置図を書き加えていた。
「グラニ、開錠は終わったな?さて、地図を見てもらうとわかるが、イェラグ大使館まではここから5キロ程南西に歩かなきゃならない。地下水道全域に監視の目は行き届いていないだろうが、さっきの声からしてここから北はもう駄目だろう。となると地下水道だけを通って大使館に行くのは難しい。地下水道は基本的に網目状になっているが、北の上下水道処理場から伸びているからな。ブロックを超えて大きく移動するには、いったん北上するしかない」
地図を指し示しながら、考えを整理するためにも簡単な説明をする。状況はやはり悪い。地下水道の要所に敵を配置されるのも時間の問題だろう。とはいっても騎馬警察も一枚岩ではない。上からの指令を呑み込むのに多少の時間は必要な筈だ。
考えを巡らせる。地下水道では頼りの鼻も効かない。一旦地上に出た方が良いのか?それとも多少の戦闘を覚悟してこのまま地下水道を北上した方が良いのか?考えが煮詰まってきた頃、グラニが口を開いた。
「で、結局どこで地下水道から出るの?」
「ふむ、良い質問だグラニ。敵はまだ俺たちの目的地を知らない。普通に考えれば、奴らは東のロンディニウムメインゲート付近で待機するはずだ。大使館付近を張っていないとも考えにくいが……ゲートよりは人数は少ないだろう。よって大使館から300メートル離れた、ここから出る」
脱出候補のポイントのうち、1つに〇を付ける。話しながら考えを纏めた感じで少々不安だが、ここが一番良いだろう。
「もっと近いところもあるけど、そこじゃないんだ」
「そこでも良いが……障害は楽に排除するに限る」
「狙撃ですか」
俺は頷くと同時に、ちょうど組み立て終わったボウガンを型に下げた。
「ま、用心するに越したことはない。そうだろ?安心しろグラニ、非殺傷矢だ。殺しはしないさ」
「……その言葉、ウソだったら承知しないからね?」
大丈夫だと頭を撫でて安心させてやる。あとファイヤーウォッチ、お前はもうそんな年でもないだろ。その目をやめろ。
「よし、行くぞ」
「もうちょっとやってても良かったんだけど?」
「……大使館に着いたら好きなだけやってやるよ」
「その、私の分は……?」
「……あーもう分かったよ。だからその目をやめてくれ」
俺はお前にそんな目を向けられるような男じゃない。柄にもなく死にたくなってくるじゃないか。タバコに火をつけて、吸う。ちょっとした自殺ってやつだ。こんなのは贖罪にならないと分かってはいるが。
「隊長、いい加減タバコはやめた方が良いです。体に悪いですよ」
「そうだよ!あたしもいっつも言ってるんだけど、シムナ全然言う事聞いてくれなくてさ~」
「こんな女の子にまで心配させて、恥ずかしいと思わないんですか隊長」
「そうだそうだ!」
「すまんすまん悪かった。俺が悪うござんした。……だがやめねぇ」
「「話聞いてた?」んですか?」
そのまま地下水道を出るまで、俺は甘んじて2人の口撃に耐えた。長く厳しい戦いだった……。
ウルサスの子供たち、楽しみですね。