スコープを覗く。何かを話し合っている黒服が目に映った。私が今引き金を引けば、彼らの命は無い。その事に若干の優越感を感じている自分が居る事を、まるで他人事のように感じていた。
「撃つなよ、ファイヤーウォッチ」
「何故です?先に殺したのは奴らだ」
思い起こされるのは収容所での襲撃。逮捕された身で収容所の職員に同情するのも変な話だが、彼らはただ仕事をしていただけだ。殺されていい理由はどこにもない。
「だからといって、それは俺たちが殺していい理由にはならない」
「……昔のあなたはもっと冷静な判断をしていました」
「昔なら、な。今は違う。今の俺は兵士じゃなくて警官だ。んでもって警官の仕事は奴らを捕まえる事であって、奴らを裁くのは司法の役目だ。お前は騎馬警察に属してはいないが、今は俺に従ってもらう。気は進まないが、これが呑めないならまた手錠を付ける事になるぞ」
隊長はあの頃と比べ軟弱になった。いや、私があの頃から何も変わっていないのかもしれない。未だに心は固く、凍ったままだ。
「……何故グラニに嘘を?」
「非殺傷矢の事か?まぁ、殺さなきゃ同じさ」
少しだけ嫉妬している自分が居る。隊長の傍にいながら、殺しを知らない彼女に。
「もし彼らが逃げ延びて、貴方に復讐をしに来た時、グラニがそれに巻き込まれないという保証はありません」
「そうだな。そうなったらきっと俺は俺を許せないだろう」
「では何故……」
「良いかファイヤーウォッチ、殺害を安易な解決手段にするな。殺しの代償はお前が思っているよりも高い」
「隊長が言っても説得力に欠けます」
言葉に詰まったのか、何も言わなくなった彼をみやる。私と同じ射撃体勢。ばつの悪い顔をしながら、あーでもないこーでもないと何かを呟いている。
「そのな、確かに俺は沢山殺したかもな?だからといってお前が沢山殺す必要は無いというか、まだ若いんだから未来を見据えておけというか……つまり恨みを買われるような事は慎めって事だ」
珍しくうろたえる彼を見て、思わず笑みがこぼれた。この人は軟弱になったかもしれないが、より一層優しい人になったようだ。私の事など気に掛けなくても問題ないというのに。
「心配してくれるのはありがたいですが、私はもう既に隊長が思っているよりも汚れてしまっています」
「……そういう事を、君に言わせたかった訳じゃないんだ」
まるで世界を殺しそうな眼をして彼はそう言った。私の事を気にかけてくれるのは嬉しいけれど、彼に辛い思いをさせたい訳ではない。例え私の知らない女性がその傍らに居ようとも。
「結局、どうするのですか?殺しますか?生かしますか?」
「……殺さない。殺せばイェラグ大使館に入るのは楽かもしれないが、マフィア連中との戦いに終止符が打てなくなる」
「そういう事であれば先にそう言えば良いのです」
「もう君に理由の為に生殺与奪をするなんてことをもうさせたくはないんだ」
「お気遣い感謝します。けれど私はそんなに弱い女ではないのですよ?」
『……あー、あー。二人とも聞こえる?ポイントに着いたよ。まだ気づかれてない』
グラニから通信が入る。どうやら待機場所に辿り着いたようだ。
「よし、状況開始だ。敵はマフィア3人。無力化は容易いだろうが周囲に気が付かれるなよ」
『「了解」』
ガタイの良い黒服の腹に当てる。脚に当てられればそれが一番だが、私にはそんな技量は無い。隣でスコープも無しに脚やナイフに当てている彼が異常なのだ。
『状況終了。周囲に敵影ナシ!』
「よし、お前はもう大使館に入れ。俺の名前を出せば入れるはずだ。俺達は後で行く!」
『この人達は?』
「そいつらは他の警官に任せるか、心配なら救急車を呼べ」
『分かった!』
設置しておいたロープを使って屋上から降りる。口惜しいがボウガンはそのままだ。
「懐かしいものですね」
「出来ればこういう事に懐かしさを覚えて欲しくはないがな!」
ロープを切り捨て大使館のある大通りへ。隊長のアーツに反応が無いのであれば問題はないだろうが、万が一という事もあるため警戒は怠らない。
「本当に居ませんね。罠でしょうか」
「騎馬警察も一枚岩じゃなかったって事だな。そんな正義感溢れる奴があそこに居たとは思えないが」
「そうではなく、マフィア連中の事です」
「俺は逆にマフィアがたった3人でも居たことの方が驚きだがね。居るなら騎馬警官だと思っていた」
「何故です?」
「無計画すぎる。俺が奴を捕まえたのはたったの2週間前だぞ。それに少ないが一応ヴィクトリア軍の駐屯地だってある。逆に軍まで掌握してるんなら相当不味いが、それはないだろう。そこまでのコネがあるならもっと楽に俺を捕まえられただろうし。こんな回りくどい事をする必要は無い」
大使館入り口に着く。グラニは既に中に入ったようで、ゲートにその姿は無かった。
「シムナ・コルホネンだ。シルバーアッシュ特命全権大使は居るか?」
「残念ですが、シルバーアッシュ様は不在です。代理の者なら居ますが」
「奴が居ないのは分かってる。俺が聞きたいのはその代理が居るかどうかだ」
「でしたら、当館3階の執務室にいらっしゃるかと。入館パスです。ようこそイェラグへ」
あまりにあっさりとした出来事に驚いていると、彼は得意げに話し始めた。
「言ったろ?借りがあるって。大体イェラグが外交を始めたのも俺……いや、俺達のお陰だからな。お前もおこぼれに預かっとけ」
「あの戦争の発端の一つとしての負い目、という事でしょうか」
「まぁ、そんなもんだ」
門から少し歩き、建物の中に入るとグラニがエントランスで待っていた。見たところケガなどはしていないようでホッとする。
「シムナ!良かったぁ~。こういうところで一人でいるのって緊張しちゃって」
「グラニ、待たせて悪かったな。怪我はないな?」
「大丈夫だって。あたしは人と比べて頑丈って知ってるでしょ?」
「それでも心配なもんは心配だ。3階に行くぞ。警察の暴走を止めないとな」
「その必要はありませんよ」
エントランスホールから伸びる階段、数名の護衛を付けて降りてきた男がそう答えた。
「クーリエ!久しぶりだな!元気だったか?」
「はい、本当にお久しぶりです。この通り、おかげさまでピンピンしてますよ、シムナさん」
「それで、その必要は無いというのはどういう事だ?」
「既にヴィクトリア政府には外交から圧をかけています。他の外交官たちも同様ですね」
「……随分と早いな。何か理由が?」
クーリエという男は張り付けたような笑顔を少し困ったように歪ませて、隊長を見た。嫌な予感がする。
「借りがある身でこのような事を言うのは差し出がましい事だと理解しているのですが、お願いがありまして」
「なるほどな。……マフィア連合の尻尾を掴みたい、か?」
「はい。イェラグにも彼らの手が伸び始めています。正直、ウルサスとの外交だけでウチは手一杯です」
「その割にお前はここに居るんだな?」
「貴方が居るからですよ。ここを捨てイェラグに来る気は?」
「ヴィクトリアの連中を説得できるならそうしても良いぜ?」
私とグラニを置いて話がどんどん進んでいく。
「待ってください!話が急すぎます!」
「……確かに、あなた方について話を聞いていませんでした。非礼を詫びましょう、レディ。ですがヴィクトリアだけに情報を独占されるのはなんとしても阻止したいのです」
「シルバーアッシュは何と?」
「隊長!」
ダメだ。この人はやると言ったらやる。やってしまう。さっきは私に殺すななどと言っていた癖に。
「シルバーアッシュ様は私にヴィクトリアでの事務を全権委任しています」
「奴に伝えろ。前の借りと合わせて爵位でも用意しておけとな」
「その程度でしたら、すぐにでも」
「冗談だ。イェラグに骨を埋める気はない」
「それは残念ですね」
隊長が私に向き直る。きっと私が聞きたくないことをこの人は言うつもりだ。
「私も行きます!」
「残念だが聞けないな。ここに残れファイヤーウォッチ。グラニ、お前もだ」
「約束と違うよ!結局大した説明も無いじゃん!」
「時間がない。騎馬警察に奴が捕まる前に俺が捕まえなきゃいけない」
「……署長に後でチクるよ?」
「構わん。あのエロジジイなんざ怖かねぇよ」
「どうして、何故なのです!?私はまだ貴方の部下で、道具のつもりです!」
いけない、と思ったが衝動的に口走ってしまった。視線が集中しているのが分かる。彼が困ったような顔をしている。違う、私は彼を困らせたいわけではない。それに道具ならば彼の言う事に従うべきだ。
「全く、これじゃ俺もシルバーアッシュの事をとやかく言えないな。……エイラ、俺はお前を失いたくないんだ。分かるか?あと、お前は道具なんかじゃない。……その考えは捨てろ。後々後悔することになる」
「隊長は、貴方は失敗しません!」
「するさ。だからファイヤーウォッチは、スオミは滅んだ」
「あれは裏切り者が!」
「それを含めて俺の落ち度だと言っている。人間に完璧は無い。……クーリエ、彼女達を頼む」
「よりによって僕に頼みます?それ。まぁやりますけど。……そういう訳で、ゆっくりしていってはどうです?レディ」
男が私たちの前に立つ。只の外交官だと思っていたが、男の所作にはまるで隙がない。相当な手練れであることが分かった。ここまで拒絶されると、流石に堪える。
「……約束してください」
「おう。生きて帰ってくるさ」
離れていく彼を、私は見る事しかできなかった。
やっぱ字を書くのって難しいですね……