猫と風   作:にゃんこぱん

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副題:ケルシー先生と話す回


記録書類:エスペランサのその後

エスペランサ村で起こった事件と、その後に関しての記録。

 

9月に起きたその事件は、ロドスが作り上げてきたエスペランサ村に、サルカズの傭兵団が接触したことを発端とする。

 

ロドスによる定期遠征検診の一週間ほど前に傭兵団が初めてエスペランサを訪れ、村のリーダーをしていたギノという男性に取引を持ちかけた。

 

ロドスを切り、自分たちとやらないか、という内容の取引に、ギノを代表とする村の人々の八割近くが賛成した。

 

彼らはエスペランサ村での生活に不満を抱いており、傭兵団と組むことで生活の質を向上させられると考えたためだ。

 

事実、エスペランサ村での生活はそれほど便利で豊かなものではなかった。ロドスからしてみても、資金や物資をそちらに割くほどの余裕がなかった。

だが定期検診でのカウンセリングでは特に異常が見られてこなかったことから、住人である感染者達はその不満をひた隠しにしてきた。不満が露出すれば、ロドスに切られるという不安が原因であったと元住人達は話している。

 

定期検診二日目、村での大規模な戦闘が起こった。

 

傭兵団と行動隊B2のぶつかり合いの結果、傭兵団は全員死亡、行動隊B2に負傷者三名、死亡者一名が出た。また行動隊B2は前日の夜、村に一人残っていた隊員が傭兵団に気づかれて殺されていたため、合計死亡者は二人を数えた。

 

傭兵団の死亡者は十四名であり、戦力差としては行動隊の方が劣っていたにも関わらず圧倒したのは、隊長であるエリートオペレーターBlastの存在が非常に大きい。武装した男四人を瞬殺したところを隊員は目撃している。Blastのアーツが人体の殺傷性に特化した……というより、もともとそういうアーツだったとの情報がある。

 

Blastはもともと殺傷性に特化した自分のアーツを嫌って、威力を無意識化で抑えていた。それが隊員の死によって解放され、凶悪な威力となって傭兵団を屠ったのだ。

 

その後の精神は表面上安定しているが、強い傷を負っていることは近しい人間からも読み取れる。また、行動隊B2の隊員全員が大きな傷を負った事件となった。

 

この事件の後、行動隊B2はより結束と絆を強め、隊としても個人としても急激に強くなった。その様子はどこか危ういが、彼らの顔つきを見れば何も言えなくなるだろう。

 

また、当時行動隊B2にて研修を積んでいた狙撃オペレーターグレースロートはこれ以降、エリートオペレーターBlastへの精神的な依存傾向が認められる。

 

また、行動隊での死者は、これが初めてだ。

 

ロドスとしても、彼らの死が与える影響を理解し、彼らに寄り添う必要がある。

 

村人達のその後について。

 

村は解体された。家や畑はそのままだが、入居は今後許可が出るまで禁止される。

 

彼らはロドスを裏切ってしまった。これはロドスにとっても初めての経験だ。

 

一度裏切った彼らを、医療班はもう一度治療することはできなかった。医療オペレーター達も人間だ、感情に強い影響を受ける。

 

彼らはそれぞれの故郷へと引き渡された。もともと犯罪歴のある感染者が多かったため、その国の法で裁かれることが予想される。

 

彼らを救うことができなかった。ロドスの一つの無念だ。

 

また、エリートオペレーターBlastのメンタルケアはケルシー医師が担当している。何かあれば彼女に聞くように。

 

 

 

 

 

 

事件から一週間が経過していた。

 

上からの気遣いか、しばらく休みをもらっている。

 

ロドスの甲板から、広がる大地を眺めていると、隣に誰か来た。

 

「休日にやることが自然鑑賞とはな。君にそんな趣味があったとは知らなかった」

「ケルシー先生。どうしてここに?」

「何、私も休憩さ」

 

晴れた空に風が吹いていた。

 

緑の大地が広がる。

 

「それと、これを君に渡そうと思ってな」

 

ケルシー先生はポケットから小さな箱と、ライターを僕に手渡した。

 

「これは……煙草?」

「ああ。君に必要なものだ」

「はは、僕に? 苦手なんですよ、煙草の煙」

「ニコチンとタールはダウナー系のドラッグだ。気分が落ち着く効能があるのは確かだよ」

「医者がこんなもん勧めてどうするんですか。吸いませんよ」

「ニコチン中毒ばかりが取り上げられて、煙草などには悪印象が付き纏うが、それらドラッグの本来の役割は違う」

「と言うと?」

「破裂してしまいそうな人の心に小さな穴を開けるのさ。膨らんだ風船が自ら破裂する前に、空気を抜くようにな」

「……なら、僕には必要ないものですね」

「いいや、だから君には必要なのさ。無論、無理にとは言わないが」

 

試しに一本取り出して咥えてみる。

 

火をつけて──。

 

「っ、ゲホっ、ゲホッ……。咽せますね……」

「初めは誰でもそんなものさ。すぐに慣れる」

「そういうもんですかね……」

 

もう一口──。喉が焼けるような煙を吸い込んで、僕はまたむせこんだ。

 

「煙を口の中に少し留めて、冷やすんだ。それから吸い込め」

 

いう通りにやってみると、肺に煙がたまる感触がした。

 

息を吐く。白い煙が空へと消えていった。

 

──少し、クラクラする。

 

「どうだ」

「……あんまり、悪くないですね。ちょっとふらつきますけど」

「慣れるまでの辛抱さ」

 

煙を吸い込むと、ほんの少し──ぐちゃぐちゃだった頭の中が落ち着いたような気がする。

 

沈黙。そしてまた煙が消えていく。

 

I thought what I’d do was(僕は耳と目を閉じ、). I’d pretend I was one of those deaf mutes(口をつぐんだ人間になろうと考えた)

「……よく覚えているな。J.D.サリンジャーか」

「はい。……彼との境遇は違いますけどね。ちょっと……気持ちがわかります」

「話してみろ」

「僕はあなたに助けられてから、感染者を救うことが僕の使命だと思っていました。命をかけてやるに値する仕事だと、誇りを持って言えました」

「だが、もう今は違うか」

「そうは言いませんよ。でも……迷いがあることは確かです。正直、エスペランサ村の感染者がロドスを裏切るなんて思いもしてなかったから。ケルシー先生、ロドスが彼らに与えた境遇は、彼らを裏切らせるのに十分なものだったんでしょうか」

「さてな。ロドスとて彼らに全てを与えることなどできん。迫害されない環境と、死なないのに十分な食料と建物。ロドスにできたのはこれだけだ。これでは足りなかったと思うか」

「さあ。……正直、僕は──同じ感染者であるはずの彼らを憎んですらいるのかもしれません。彼らは生活も仕事も与えられるだけで、要は望んだはずの最低限の生活すら捨てて、さらにその先を望んだわけですからね。彼ら自身は何一つしていないというのに」

 

エスペランサ村というネーミングが、本当に皮肉だ。

 

希望か。言葉にしか存在しない、架空のものだ。そんな物質は存在しない。

 

「だが、彼ら感染者は奪われ続けてきた。君は、彼らに同情の余地はあるとは考えないのか」

「グレースロートにも同じことを聞かれましたよ」

「では、なんと答えたんだ?」

「……裁判の判決っていうのは、第三者が出さなくちゃいけない。そうじゃなかったらこの世から争いってのは無くならないでしょう」

「そうだな。その通りだ」

「僕はロドスに来てから初めて、彼らを助けたことを後悔しています。そして疑問に思っている。人を助けることは本質的に善であり、僕らがやってきたことが善だと言うのなら、どうして彼らは裏切ったんでしょうか。なぜイミンとイーナは死んだんでしょうか。彼らの死が善なはずがない。僕は──彼ら感染者を助けるべきではなかったんじゃないかって思い始めています」

 

ケルシー先生は一つ長い息を吐いた。

 

「煙草、私にも一本くれないか」

「え? あ、はい。……先生、吸うんですね」

「一年に一本程度のペースでな。せっかくだし、私も君に付き合おう。火を」

 

慣れた様子で、ケルシー先生は煙を吐き出した。

 

「感染者を助けるべきでないとするのならば、私たちは一体何ができるのだろうな」

「分かりません。ケルシー先生、あなたなら答えを知っているんじゃないですか?」

「簡単に教えては君のためにならん。答えを考えて、言ってみろ」

「……痛みを教えてやればいい。感染者にも、非感染者にも……大事な人を失う痛みを教えてやればいいと思いました。そうすれば、誰も他人を傷つけようとは思わない」

「目には目を、では世界が盲目になるだけだ」

「……そうでしたね。ガンジーがとっくに言ってましたか」

 

分からないと言ったのは嘘だ。

 

本当は、ある一つの結論に達していた。

 

「なら、世界中の人々から思考を奪えばいい。ただ盲目的に毎日を生きるだけで、野望や夢を抱かないのなら、争いは起きないんじゃないかって」

 

何度も考えて──たどり着いたのは、そのあたりだった。この結論に達した時、僕はある一つの感情を抱いた。それをケルシー先生に否定して欲しかった。

 

「Blast」

 

正直怒られると思ってた。イカれた考えだって。

 

「それは一つの答えだ」

「え? いや、こんなものが……答えなはずじゃ」

「平和を為すために、歴史上様々な政策が取られてきた。だがその全てが無意味だった。戦争は必ず起こる。人が生きている限り必ずな。その中の一つで、極東は二百年にわたって平和を実現した時期があった。どうやっていたと思う?」

「いえ……。まさか、それとか?」

「鎖国政策さ。徹底して外側を見させず、内側だけで完結させることで争いを防いだんだ。有力な力を持つ人間の力を削ぎ、外へ出させず、平和な世界で飼い殺しにする。そうすることで、一時とはいえ平和を実現することができた。人々というのは常に愚かだ。そうやって目を塞ぎでもしなければ、必ず争うようにできている」

「……なら、人々の目を奪えばいい。耳を塞ぎ、言葉を奪えば……平和が作られる」

「もしその通りだとしたら、君はどうする」

「僕は……」

 

煙草の灰が地面に落ちたのにも気がつかなかった。

 

「迷っています。これまで通り、感染者のために戦い続けるのか。それとも……。あの愚かな感染者たちのために、また仲間を殺すのか」

「どちらも同じように聞こえるが」

「違いますよ。僕は、感染者っていうのはただの被害者で、救うべき人々だと考えてました。でも、そうじゃなかった。そうじゃない人々がいることを知ってしまった。もちろん全ての人々がそうじゃないことはわかってます。本当にただの被害者がいるってことも」

 

わかっている。

 

「これからも本当に感染者のために戦うことが正しいのか、そうするべきじゃないか。イーナの言葉と表情とがそれらとぐちゃぐちゃになって、僕の本音がどこにあるのか分からない……」

「どちらもまだ本音ではない。まだ答えを出すには早い」

 

……答え?

 

ケルシー先生ははっきりと僕の目を見て言った。

 

「それらの感情は、まだ思考された可能性に過ぎん。感染者のために戦うべきだという君と、感染者に失望している君。どちらもただの可能性だ。そのどちらを本音にするのかは」

 

言い放った。

 

「これから君が選択するんだ」

「────僕が、選ぶ?」

「ああ。……長話が過ぎたな。私は戻る。Blast、考えることをやめてはならない。そして、まだ目を閉じるな。君にはまだまだ経験が必要だ。考え続けろ」

「……ええ。分かりました」

 

僕は一体何のために戦えばいい。

 

去っていったケルシー先生を眺めて──ぼーっとしていたら。

 

「あ、いたいた! ちょっとブラスト、こんなところで何してるの?」

「……ブレイズ。お前こそ」

「探してたの。私も今日休みもらったからさ、君とちょっと遊びにでも行こうと思って。……何笑ってるの?」

「っくく……ははは。悪い悪い、お前は──ずっと変わらないね」

「……なーに言ってるの。君だって変わってないよ。大丈夫、私が保証するから」

「そうか? まあそうかもね。ブレイズ」

「何?」

「お前にこれを預けておくよ」

 

僕は一つの鍵をブレイズに渡した。

 

「これ、なに? 部屋の鍵みたいだけど……」

「僕の部屋の鍵」

「え? えーっとそれってもしかして……うそ、まさか本当に? 男女が部屋の鍵を渡す意味、分かってる?」

「男女? いや、そういうの特に関係ないけど」

「……分かってたよ。それで、これをどうしろって?」

「僕が死んだら、部屋の中にあるものは全部お前にやる。好きに処分しろ」

「……ちょっと、縁起でもないこと言わないでよ。死ぬつもりなの?」

「まさか。僕はまだ死なない。……可愛い部下からの頼みだからね」

「だったらなんで?」

「……さあね。でも──お前に預かって欲しかった。それだけだよ」

「分かった。ちゃんと持っておくから安心して! じゃ、行こっか!」

「ああ。行くか」

 

下らない感傷だろうか。

 

我ながら笑ってしまいそうになる。

 

これから僕は選択を迫られる。どうあっても、変わっていく。

 

以前までの僕には戻れない。どうやったって──。

 

それが怖いのかな。

 

だから、変わらないお前に、変わらないものを預かっていて欲しかった──なんてね。

 

でも……。

 

もしも僕が感染者のためではなく、ブレイズのために戦っていたとしたら、この先の未来は何か変わるだろうか。

 

……いや。

 

考えても無駄なことか。そんな過去はなかったし、未来も、……選ぶのが僕だというのならば、

 

せめて、今だけは笑い合っていよう。今だけは。




・ケルシー先生
何やってても似合う人

・Blast
迷い中。一節は『ライ麦畑で捕まえて』からの引用です

・ブレイズ
メインヒロインのはずなのに出番が少ない……少なくない?

シリアス多すぎィ!
次もシリアスになります
ゆるして ゆるそう!(前向き)

どうでもいい情報!
この回、およびこれから先の展開には呪術廻戦76話ー78話のオマージュが含まれています。わかる人には分かります。その場合、この先の展開もなんとなく予想がつくかと。
呪術廻戦アニメ化おめでとう! 面白いです!
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