のんびりした話は必要ですよね
無風地帯(閑話)-1
──今日の任務は、そう大したものでもなかった。
ロドスは様々な国の組織と交流をするため、様々な場所へ出向く。その護衛任務。大抵、そう大したことは起きず、平和な交渉が終えられる。
……荒事が好きな訳じゃない。そんなわけ、あるはずがない。
戦わないでいいのならば、それでいい。
強くなるのは楽しかった。Aceさんの元で訓練を積み、力をつけていけたのは大きな自信になったし、実力が認められてエリートオペレーターに昇進したことは、大きな達成感を生んだ。
ブレイズと切磋琢磨して、アホみたいに喧嘩していたあの頃は、なんだかんだ楽しかった。
でも、人を傷つけるのが好きなわけじゃない。
エリートオペレーターとして様々な地域の制圧任務をこなしてきた。殺さず、生かして制圧する。僕は優秀だったから、そう難しいことじゃなかった。別にプロの軍人を相手にするわけじゃないんだ、そのくらいのことは出来て当然だったし──。
何より、行動隊B2は優秀な部隊だった。
──人を傷つけるのは、別に好きじゃない。
戦闘狂じゃないんだ、別に力を誇示したい訳でも、あるはずがない。
平和な世界を作りたかった。
穏やかな暮らしができる世界を望んでいたんだ。
それだけだった。
無風地帯(間話)
休日──。
休みの日って言っても、僕にはそうやることがある訳でもなし。
ロドスに入ってから、規則正しい生活が身に染みついていた。朝6時──太陽は、まだ出ていない。
カーテンを開き──部屋を見回す。
デスクと制服、訓練用の服、クローゼット。
新しく購入した本棚、そこに入り切らず、山ほど積み上げられた本の山。あまり、読めていない。
薄暗い部屋に、灰色のパンダ耳の黒い影──いや待て。
「……何してる?」
僕のデスクの椅子で……寝ているのか?
「エフイーター、起きろ。おい」
「……うーん、あれ……。ブラスト。なんでいるの?」
「こっちのセリフだよ」
エフイーターが椅子に凭れて伸びをした──。
……格好が、無防備すぎる。インナーのままだ。目を逸らした。
「あーっとねー。そうだ、ちょっと朝早く起きすぎちゃってさ。暇だから来てみたんだけど……寝てる時くらい、部屋に鍵かけておいてもいいんじゃないのー?」
「おかげでお前が入ってこれたんだ。別に、誰か入ってきても僕は気にしないし困らないからね」
「無防備じゃない?」
「お前が言うな」
「お? あれあれ〜? おいブラスト、どこのことを言ってるのかな〜?」
「……なんのことやらさっぱりだ」
そっと目を逸らして僕は逃げた。エフイーターがそのあたりにあんまり羞恥心を抱いてないのは知ってるが──。
「で、特に用はないってことでいいの?」
「いいじゃん。あたしと君の仲なんだし。それにブラスト、お前最近あたしを避けてない?」
「……気のせいだろ、別に。お互い忙しい身だ」
「む。そんなこと言っちゃっていいのかな〜?」
「どう言う意味だ?」
「あんまりあたしを舐めてると、思い知らせちゃうぞ」
ベッドに座ったまま、僕はあくびを堪えた。
まだ眠い。寝るか。
「あ! おい! 無視すんなよブラスト!」
「……なんだよ。せっかくの休日なんだ、たまには休ませてくれ」
「ダーメーだ! くそ、動きもしない……。こうなったら」
目を閉じて横になっていると──体の上に一人分の体重。
……。
「……エフイーター。一応聞くけど、何してる?」
「むふふ〜。一緒に寝よ」
柔らかな感触がした。
僕はそっとベッドにエフイーターを落とした。
「……お前とは……そういうのになるつもりないよ、僕は──」
「あたしの誘いを断るとはいい度胸だ。っていうか別にいいじゃん、ちょっとベッドは狭いかもしれないけどさ」
「ひっついてくるなよ……」
「あのねブラスト。あんまり一人にならない方がいいよ。ちょっと最近、表情が怖いから」
「怖い? ……ああ、そう見えてたか。気をつける、別に怖がらせるつもりなんてないんだけどね」
エフイーターがまだ薄暗い部屋の中で、僕の目を覗き込んだ。
瞳の奥に何を考えているかは──分からんけど。
「……決めた。ブラスト、今日一日あたしと一緒にいろ」
「ええ? 突然どうした?」
「あのなブラスト。はっきり言うけど、お前最近危ないよ」
「なんのことやら。僕に張り付いててもつまんないと思うぜ」
「そういうことじゃなくてさ。……もういい。とにかく決めたからな。覚悟しとけよ!」
……厄介なことになったかな。
でもこれ、明らかに気遣いだよな。無碍にできないし──感謝しないといけない。
「……いらないけど、エフイーター。ありがとね」
「! 最初からそう言えばいいのにな〜。それじゃ、早速一眠り──」
ドアが開いた。
「ブラスト、起きてる? ちょっと付き合って欲しいんだけど──え?」
「え?」
「え?」
「……え?」
「なんで……そのパンダがここにいるの」
グレースロートが冷たい目で僕とエフイーターを睨んでいた。
Blastですけど、場所の雰囲気が最悪です。
えー、現在ロドス食堂、朝食を食べてます。今日の献立はトーストとポテトのスープ。コショウが効いていて美味しいですね。
テーブルを囲ってグレースロートとエフイーターが睨み合っています。無言です。なんか……怖いですね。はい、とても怖いです。
現場からは以上です。誰か助けて。未知の恐怖に襲われている。
「……」
「……」
「……。ごちそうさまでした。それじゃ僕はこれで」
「どこに行くの」
「逃げんな」
「ッスゥ──────」
僕は着席した。
「あの、お二方、いつまでやってるつもりなんですか?」
「……ねえパンダ耳。ブラストの部屋で何やってたの」
「別に? 見ての通りだったと思うけど」
「い、一緒に、寝てたってこと……?」
「んー? どうかな〜?」
僕はさりげなく席を立って、空のトレーを持って逃げようと──。
「だから逃げようとするなよ! ブラスト、お前もこいつに言ってやりなよ」
「なんて?」
「大人の事情があるんだって」
グレースロートが僕をキッと睨んだ。
……相当ヤバい目をしている。
グレースロートが僕に依存傾向を示していることは知ってる。身を以て知ってる。
原因も、知ってる。
僕が悪い。僕が殺させた。
僕が引き金を引かせてしまった、いや──僕のために、引き金を引かせてしまった。
僕が────、
お前が、お前がもっと疑うべきだった。もっとあの時、警戒していくべきだった。怪しい材料は思い返せば山ほどあったのに──お前が。Blast。お前のことだよ。
Blast。お前がこの子をそうさせたんだぞ? 分かっているのか?
「ブラスト。その顔、やめて」
「──え、いや……。どんな顔してた、今……」
「ひどい顔。……パンダ。仕方ないけど、今はこんなことしても仕方ない。割り切ってあげる」
「パンダっていうな! エフイーターさんって呼べ!」
「そう。……私も今日は休暇を貰ってる。ブラスト、今日の予定は?」
「何も。自主訓練でもしようかと思ってたけど──」
「いや、ブラストはあたしと遊びに行くんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「そうなんだ……。知らなかったな、僕の予定表ってのは誰でも書き込みができるらしい」
「いいじゃん、釣り行こ釣り。あ、肉も食べたいな……バーベキューやろうよ! せっかくだしアウトドアにしようぜ! 湖のほとりでさ、レンタルで器具と車借りて行こうよ!」
「私も行く」
「……ま、悪くない……かな? どうせ給料の使い道なんて本買うぐらいしかないし──」
そういうことになった。
「この道で合ってる?」
「うん。このまま行けばキャンプ場があるはず」
車を走らせる。こういう休日にも車を貸し出してくれるロドス最高だぜ。エリートオペレーターってのはいい身分だ。
本当に、いいご身分だ。なあ? お前はそうやって忘れていくのか? イーナの言葉を忘れたのか? イミンの最期の言葉も聞けなかったってのに?
お前は忘れようとしているのか? 忘れて楽になろうとしているのか?
それともお前は──、
「ダメだね。もう全然ダメ。仕方ない、
「確かに争ってる場合でもないよなー。目を離すとすぐこれだし。ほらブラスト、運転に集中しなよ」
「ああ、ごめん。悪いね、ちょっと気が抜けてた──」
「違う。気を抜いてるんじゃなくて、気を張ってるっていうか……とにかく! 今日は気を抜きにきたんだよ。分かってないなー」
「ん……悪い。分かってるよ、せっかくのオフなんだ。僕だってリフレッシュしたい」
「まあ今日は思いっきり楽しもう! そこのガキンチョが混ざってるのが気に食わないけどな!」
「誰がガキンチョだって? あんたにそんなこと言われる筋合いはないけど」
「おーまーえーなー! へんだ。ブラスト、今日は昼間から飲むよ! ガキはほっといてさ!」
「僕は酒が苦手だ。弱いし……」
「なんでだよ! 飲めよ!」
キャンプ場に到着。受付を済ませて車を停める。
──いい場所だ。
森に囲まれた湖。そのほとりには人はいない。別に日曜でもないただの平日に、キャンプしようなんて人もいないらしい。
ひんやりとした空気が肌を撫でる。
森に囲まれているからか、風は吹いておらず、ただ太陽の日差しが柔らかく緑に反射して、湖に溶けていった。
ドアを開けて器具を下ろす。
「えーっと、まずテントを組む、──あのさ。なんでテント一つしかないの?」
「? ああ、テントの大きさの話? 大丈夫、3人でも十分入れるよ、心配ないって。ちょっと狭いかもだけど」
「テントの中で寝るんだよね」
「そりゃあキャンプなんだし、テントで寝るのは当たり前でしょ?」
「それだと、僕と一緒に寝ることになるんだけど」
「そりゃそうでしょ?」
「え?」
「え?」
「?」
グレースロートが首を傾げていた。
「グレースロート。このままだと僕と一緒に寝ることになるけど」
「私は構わない」
「……。準備、するか……」
「任せて。野営の訓練は受けてある」
「いや、あー、うん……。やろっか……」
シート、固定用の釘を打って骨組み立てて──。
キャンプ……。初めてやるかもしれない。似たようなことは訓練でもたまにやるけど、純粋なレジャー目的は初めてだ。
思えば、あんまりこういうの、やろうとしてこなかったな。
手際良く設営を終える。
天幕を作って、その下に組み上げた椅子をセット。テーブルも揃えて完璧。
こんなもんだろ。
「ブラスト! 釣り行こーぜ釣り!」
「マジでやるの……? うわマジだ。釣り竿準備してたんだ」
「せっかくこんな綺麗な湖があるんだ、やんなきゃ損だよ。ほら、お昼ご飯を釣り上げよー! ほらあっち、行くぞー!」
「それで昼ごはん買ってきてなかったのね……。いいよ、やってみよう。ほら、グレースロートも」
「私はいい。興味ないし──」
強引に手を取って僕は歩き出した。
「あ──」
……どの面さげてって話だけど、グレースロートにはこういう楽しみ方があることを教えたかった。いや、僕も釣りはしないけど。
「ぶ、ブラスト、手……」
「いいから。一緒にやろう、僕も教えるよ」
「わ、分かった。その、でも──手、繋いで──」
「あ、ごめん。嫌だったかな」
手を離す──すぐにすごい力で握り返された。ぱしっていう音がした。
「嫌じゃない。……」
……なんか、グレースロートの顔が赤いような気もするが……気のせいだろ。
手の温度が伝わってくる。柔らかくて繊細な感触がした。
「ほらそこ! 何やってんだよー!? やめろ手を繋ぐなー! あたし以外といちゃついてんじゃないぞブラスト!」
「はいはい、分かった分かった──」
釣り。
一回か二回か、そのぐらいだけやったことがあった。いつだったか部隊の休暇で、Aceさんたちと一緒に──。
『……釣れた』
『おお、やったなブラスト。こいつは……アユだな。あとで調理して食おう。そっちに入れておけ』
『はい。初めてやりましたけど──釣れるもんですね』
『ああ。向いてるのかもな。そっちの堪え性のないヤツと違って』
『誰が堪え性がないって!? なんで私だけ釣れないのー!?』
『竿を動かしすぎだ。もっとじっくりやらないと魚は食いつかん』
『って言ってもさ、魚は餌に食いつくんでしょ? だったら動かさないといけないんじゃない?』
『結果はご覧の有り様みたいだけどね』
『む……ブラスト、ちょっと教えてよ』
何年ほど前の話だろうか。
あの時は──そうだ。LogosさんとScoutさんも来ていたんだっけ。特にScoutさんはAceさんと仲が良かったから、Logosさんを引っ張って来ていたんだ。
川のほとりで、ブレイズが釣りに苦闘していたのをよく覚えている。
「で、釣りってどうやってやるの?」
「エフイーターお前、言い出しっぺでしょ……」
「いやー、ブラストが知ってると思ってさ」
「仕方ない……。とりあえず餌をつけて遠くに投げよう。結構飛ぶはずだよ。あ、投げる時は周りに注意して──」
湖に作られた釣り用の足場。
遠くに飛んで行った針先が湖に落ちて微かな飛沫を上げた。
「それからゆっくりリールを巻こう。運が良ければ──」
「お、おおお? ねえブラスト、なんか引っかかってる!?」
「魚が食いつくんだよね。巻こう」
エフイーターが興奮しながらリールを巻いていく。
「グレースロート。これ網ね」
「なんで私に」
「せっかくだしさ。大物かもしれないし、近くまで来たらこれで取っちゃおう」
「……分かった」
──。
『教えるのはいいけど、僕だって初心者だよ? ほら、あっちのScoutさんとかめちゃくちゃ釣りあげてるし、そっちに教わるのがいいんじゃ』
『いいから! 教えてよ』
『分かったよ……』
別に──今日のような湖ではなかったな。渓流……山奥だったと思う。
じゃりじゃりした石の擦れる音と、川の流れる環境音に馴染みがなくて、なんだか不思議だった。
『ほら持って。投げるよ』
『え、ちょっとくっつきすぎ──』
『うるさい。いいか、お前はもっと落ち着いて、気を沈めるべきだ。いくよ』
『は、はいっ──』
『なんだその返事』
針がいい岩場の影に沈んだ……と思う。確か、そうだった。
『見てみろAce。お前んとこのお二人さん、ずいぶんお熱いようじゃないか?』
『Scout。今日はあんまりからかってやるな。せっかくブラストも楽しそうなんだ。ほっといてやれ』
『分かってるさ。……それにしても見てみろ、あのドラ猫さんの表情。珍しいものが見れたな』
『ブラストも偶にはやるようだな。普段からあれぐらいなら、色々とブレイズも楽だろうに』
僕もちょっと熱中していた記憶がある。ブレイズと一緒に握った竿に感触があって──。
『え、かかってる!? ブラスト、どうしたらいいかな!?』
『決まってる! 釣り上げるよ!』
『え、──釣れた! うそ、私も釣れたよ! やったねブラスト!』
『ひっつくな、魚が先だろ! てか僕がついてんだから当たり前だっての!』
──。
「お、おおお! デカいぞ〜! 来てる来てる──そりゃっ!」
「待って、私が網で獲る。あの大きさだと糸が切れるかも」
「関係あるか〜! おりゃ〜!」
釣り上がった魚が天高く宙を舞い、太陽の光が千切れた糸のシルエットを描いた。
「落ちてくる──私が獲る!」
そのまますっぽりとグレースロートが構えた網の中へ。
一瞬の溜めがあった。
「お、おおおおおお! 釣れた、釣れたぞ〜!」
「これが、釣り……。釣れた──」
『やった! 釣れたよ、ありがとうブラスト!』
──重なる。
ふと、ブレイズは今頃何をしているだろうか、と思った。
「やったね。でも釣りって別に魚をあんな高くまで飛ばさないからね」
「細かいことは置いといてさ〜! よっし、次だ次―!」
「やれやれ。糸切れちゃったし──とりあえず僕のヤツ。グレースロートはこれ使って。その間、僕は糸直すよ。あ、釣りのやり方はわかる?」
「とりあえずやってみる。遠くに投げればいいんでしょ?」
「そうだね」
今日の成果は上々だった。
昼頃までには、まあまあな数の魚が釣れていた。
「いや〜、初めてだったけどめっちゃ釣れたね〜! やっぱり他に人がいなかったからかな!」
「関係ないんじゃないの」
「うるせー! っていうか何さらっとあたしより釣ってんだよ!」
「別に。腕前じゃない?」
「こいつ〜!」
調理──。
器具は一式揃っていた。
湖の魚は泥臭いらしい。その辺りはちゃんと臭いをとらないといけない。
でもまあ、こういうのは僕も久しぶりだったし──楽しいな。
『こういうの、悪くないね! ブラスト、また来ようよ!』
「……そうだね」
無意識に呟いていた。
「およ? ブラスト、何か言った?」
「いや、なんでもない。さ、調理しよう」
酒。
アルミ缶に詰まった発泡酒……いわゆるビールだ。
僕はこの味は嫌いじゃない。それ自体は美味しいと思う。が。
いかんせん弱すぎるのが問題だ。
「う──」
「ほらどうしたんだよブラスト〜。にへへ、寝るなよ〜」
「や、やめろ……。僕は──弱い……」
「
「なんだよ、いいところだろ〜? あ、そうだ。お前も飲めよ、ほら!」
「飲まない。私、あんたみたいになりたくないし」
「偉いぞ、グレースロート……えらい」
エフイーターはまた煽った。顔が真っ赤だ。僕も真っ赤だ。
グレースロートだけが平然としていた。
昼食から乾杯できるのは結構だが──。う、やめろ……これ以上飲んだら死ぬ……。
死んだ。
グレースロートが肩を貸してくれて、僕はテントの中に倒れてそのまま死んだ。
「そんなに美味しいの、それ」
「飲んでみれば分かるよ〜。あ、でもお前みたいなガキんちょにはまだ早いかもな!」
「……一つもらう」
「お〜? あたしの前で酒を開けるとはいい度胸だ。どれくらい飲めるか試してやるよ!」
そんな会話が聞こえたような気がする。
・ブラスト(Blast)
主人公。
ちょっと危なくなって来てます。
自分を認識する時はブラストではなくblastに変化してます
この変化が意味するところは……まあなんかあります
・ブレイズ
徹底して登場しないメインヒロイン
概念こわれる
・グレースロート
かわいい
・エフイーター
酒に強いがやたら飲むのでいずれ自滅する
かわいい。